ジン拉致される
よろしくお願いいたします。
「カルロが消えた」
ウルフのボスが憤慨していた。
数週間前にジンを始末する為、自ら東の地へと赴いたカルロが仲間と共に忽然と消えたのだ。
「ジンに返り討ちされたのね?」
ボスにしな垂れ掛っていた女が不敵な笑みを漏らし豊満な胸を彼の腕に押し付けた。
「くそっ! 忌々しい奴め!」
(当たり前よ。カルロごときがジンに敵う筈無いわ。この私だって殺されかけたのだから)
そう心で呟く女の名前はイーリン。変装した超イケメンのジンに騙され足を開いたばかりに命の灯が消えそうになった某国マフィアのの殺し屋だ。
一命を取り留めた彼女は顔を変え名前を変え別人となって生きてきた。そして某国に戻る事無くフラフラとしているところをウルフのボスに拾われたのだ。ウルフのボスだけは彼女がイーリンだと知っている。
「ねえボス、次は私が行ってもいいかしら?」
「イーリンがか? まあお前には奴に対しての恨みが俺以上に有るだろうからな」
「ええ! 百倍にして返してやるわ!」
「頼もしいな。それなら良い相棒が居る。おい、入れ!」
ボスに呼ばれて入って来たのは若い男だった。引き締まった体躯、切れ長の鋭い目、口元を黒いマスクで隠し長い黒髪を後ろでひとつに纏めていた。マスクで顔を隠しているがイケメンだ。
「名前はシノブ。ジンの潜伏先の出身の奴だ。忍者の末裔だそうだ」
「シノブです。以後お見知りおきを」
「イーリンよ。よろしく」
(真面目で堅物って感じね? からかってやろうかしら)
面食いのイーリンが食い付いた。
「夜もパートナーになりましょうか?」
「私に足を開いた女性は全て太平洋に沈んでいますが……いいので?」
ジンと同類だった。
□□□
「えっ……? リンカ……なの?」
弁当屋の店先でレジに入ったリンカと二十歳くらいの女が言葉を交わしている。ロウはその様子を厨房から眺めていた。
(リンちゃんの知り合いみたいだけど……ガクガク震えてない? あの子)
「整形したの、奇麗になったでしょう?」
「そうね……さようなら!」
女は弁当を掴むと一目散に逃げて行った。その光景を不思議に思ったロウが厨房から出て来てリンカに話し掛ける。
「リンちゃんの知り合い?」
「中学生の時、私を虐めていた子」
(虐めていた子の反応じゃ無いよね?)
「ガクガク震えて逃げて行ったけど?」
「私、虐められっ子だったんだ……」
俯きシュンとするリンカの言葉が信じられないロウは疑いの目を向け、つい心の声が漏れる。
「リンちゃんだったら問答無用でやり返してそうだけど?」
「あの子にはやり返したかな? 悪口が酷くて黙らせたの、物理的に」
「聞きたくないけど、どうやって?」
「口にカナブン突っ込んでやったわ」
(えげつない! 君の方が虐めっ子だよ)
ロウはリンカを『自称虐められっ子』と認定した。
□□□
「レバニラ炒めひとつ」
「ねーわよ!」
リンカはマークの店に来ていた。なんだかんだと最終的には料理を出すマークだが流石にレバニラ炒めは無いようだ。
(今日はアイツ来ないみたいだな、よしよし。此処で甘い雰囲気出しやがったら我を忘れて暴走しそうだ。念のために監禁部屋と拘束具用意するか)
許されない恋をしているマークはとうとうヤンデレ化していた。
「ところで、施設の連中とは会ってるの?」
「うん、この前大量のゴミが出て片付けお願いした」
「まだ、こき使ってんの?」
「私を虐めた報いよ!」
リンカの居た養護施設では体を鍛える為のごっこ遊びをしていた。それが戦闘ごっこだ。初めは太刀打ち出来なかったリンカだが半年もすると施設の子供たちを完膚なきまでに叩きのめしていたのだ。やり過ぎだと叱る先生たちも病院送りした事がある。
「やり返した時点で虐めとは言わないから」
「焼肉定食で我慢する~」
「だから、人の話聞け! それもねーわよ!」
□□□
「お久しぶりね、私を覚えてる?」
(誰だコイツ?)
マンションのロックを解除し中に入ろうとしたジンに見知らぬ女が声を掛けてきた。女は派手な服装に厚化粧、香水の匂いをプンプンさせているイーリンだった。見覚えのないジンは怪訝な顔を彼女に向けた。
「人違いでは?」
踵を返したところでイーリンの手がジンの手首を掴む。長く尖った爪が手首に食い込みジンは顔を顰めた。
「忘れたとは言わせないわよ? ジン。貴方に殺されかけたイーリンよ? 生きていて驚いたでしょう?」
「…………はぁ?」
「ポカンじゃ無いわよ! 驚愕しなさいよ!」
反応の薄いジンに内心傷付いたイーリン。目は少し涙目だ。
(いやいやいや、ポカンだろう? 顔が全然違うし。それにお前がイーリンなら今まで会っていたイーリンは誰だって話だ)
「顔が全然違う」
「殺されかけたのよ? 整形したに決まっているじゃない!」
「じゃあ、昨日のイーリンは……」
(誰だ……?)
「昨日のイーリンって何の話よ? 顔が違っても声は同じでしょ?」
(声? そうだ、この声だ。ねっとりと絡みつくような声……イーリンの声だ。俺とした事がイーリンの偽物に騙されるなんて……暗殺人生の唯一の汚点だ! 偽イーリン! この汚点はお前の命で償って貰うぞ!)
真イーリンを殺りそこなった汚点は一旦置いておくジンだった。
「うっ!」
その時、ジンの首にチクリとした痛みが走った。瞬間、眩暈にも似た睡魔が襲い掛かる。朦朧とする頭を振り必死に目を凝らすと生垣から男が出てきた。黒装束に身を包んだシノブだった。
(くそ、仲間が居たのか……油断した! マズい……意識が……)
「アハハハ! 殺されかけたお礼はキッチリ返すわよ? ジン!」
イーリンの高笑いを聞きながらジンの意識は闇に包まれた。
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