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リンカ的整形

よろしくお願いいたします。

 

「マーク兄ちゃん何か食べさせて」


 此処は繁華街の裏にある小汚いオカマバー。カウンターの内側でグラスを磨いていたマークがリンカを見てギロリと睨む。リンカが母親に置き去りにされた養護施設の隣で道場を開いた老人の孫がマークだった。


「マー姉さんとお呼び! それから此処来たらタダで食べさせてもらえると思うな!」

「オムライスで良いから」

「あんた昔から人の話聞かないわよね?」


 先日、樹海から戻ったリンカは空腹と疲労で行き倒れになっていた。そこに通りがかったのがマークだった。ヒョイと担がれこのオカマバーに連れてこられた。「ヤられる!」と思っていた彼女にマークは「あんたみたいなチンチクリン誰も手を出さないわよ」と言い放った。オネエ言葉を喋りド派手な格好をしていたマークを見て「成る程、女には興味無いのね?」と安心したリンカだった。その後、このオネエが養護施設の隣の道場に居たマークだと判明し今に至る。


「あんた、また顔変えた?」

「フフフ、分かった? ちょくちょく整形しているの」


 リンカは今もジンの尾行を続け、隣に侍らす女たちを観察している。


(私は気付いてしまった! 彼は私の見た目と正反対の女しか侍らせない。色白でスレンダー、胸はそこそこ大きく尻はキュッと引き締まっている。髪はサラサラで長く、目は二重でパッチリ、小さい鼻と口角の上がった唇。分かるわ! 侍らせる女に私の面影を見るのが怖いのね? 安心してジン! 生まれ変わった私がジンを癒すから!?)


 ジンの行動は自分を喪った悲しみを紛らわせる行為と信じて疑わない。以前のジンの行動をガン無視するリンカだった。


「整形って……でもまあ、あんたの元の顏は世間じゃ受け入れられないからね~」

「オムレツまだ~?」

「ったく! ところで仕事見付かったの?」

「まあね。お弁当屋さん」

「そこで食えよ!」


 商店街の片隅にある小さなお弁当屋さんで働き始めたリンカ。顔を変えてからは地味で陰気な性格を封印し人と関わる仕事に就いたのだ。


「そこでバイトしているロウっていう子が居るんだけどイケメンだよ? 紹介しようか?」

「何でだよ! 要らないわよ!」

「そう? だったら早くオムレツ出して」

「何がだったらよ? 意味わからん」


 カランカランと扉のカウベルが鳴り男がひとり入店してきた。マークの顔が輝く。「きっとイケメンだ」とリンカは思ったが口には出さなかった。


「いらっしゃーい! 待ってたわ」


 入店した男はリンカと席をひとつ空けカウンターに座った。ジン以外には興味の無いリンカは男を見る事も無くマークにオムライスを強請っている。だが、暫くすると彼女の鼻腔に甘く爽やかな香りが届いた。


(この香りは………まさかジン!?)



「どうしたの? 固まって」


 目を見開いて冷や汗を流すリンカにマークが声を掛けてきた。


(止めて! まだ、心の準備も容姿の準備も出来てない! こっちを見ないで!)


 リンカの心の叫びも虚しく男がゆっくりと視線を向ける。


 ――ジンだった。


 一瞬ハッとした顔を見せたジンが次の瞬間柔らかな微笑みを浮かべた。


「何処かでお会いしませんでしたか?」


 その言葉にリンカはゴクリと生唾を飲み込む。


(私ってバレた? いや、そんな筈は無い。彼は私が死んだと思っている筈。と言う事は〈ナンパの常套句〉なのね? 今はまだ正体を晒す訳にはいかない。私に顔向けできないとジンは去って行くだろう。彼を十分魅了して心も身体も財産も人生も私のモノになった後で打ち明けなきゃ意味がない!)


 リンカは心で大きく頷いた。


(そんな事より……私ナンパされたのよね? と言う事はこの容姿で正解って事よね! 金目当て以外で声掛けられたこと無いから何て返事すれば良いの!?)


「えっと……友達からでお願いします?」


 オカマバーに微妙な空気が流れた。それをいち早く察知したのはマークだった。


(姫……顔が引き攣ってるぞ! それもそうか、こんなチンチクリンにあんな事言われればそうなるわな。よし! 此処は俺が助け船を用意してやるよ。恩を着せて抱いちまおうとか無いから安心しな)


 マークはコホンと咳ばらいをしジンに声を掛けた。


「彼女は貴方にナンパされたのだと勘違いしているのよ」

「えっ!? 違うの?」

「違うに決まっているでしょう! ねぇ?」

「はい。ナンパじゃ無いですよ?」

「嫌だ、恥ずかしい!」

「そうか。貴女のような美しい女性はナンパされた時によく使われた言葉だったから勘違いさせてしまったのでしょうね?」

「ええ、まあ……?」


 ウフフと笑うリンカに冷たい視線を送るマークだった。


「本当に知り会いに似ていたから……どうやら勘違いしていたようです。失礼しました」

「気にしないで下さい。でも……」

「でも?」

「結婚を前提に付き合って下さい」


(おい! 初めて言われた言葉に脳ミソ発酵したのか! バカ女!)


 マークの声にならない怒号が心の中で響き渡る。


「ハハハ……冗談がお好きなようですね?」

「本気ですけど?」


(姫に近付くヤツは俺が全力で排除してやる。俺の為に、な!)


「リン! いい加減になさい! ごめんなさいね~お客さん。この子ったら最近急に……それはもう急に綺麗になったから調子に乗っているのよ~」


 マークは遠回しに整形を匂わせてジンに引くように仕向けた。だがリンカは「やだ、マー姉さん! 私そんなに綺麗になったの?」とまんざらではない様子だ。


「そうなんですね……もしかして恋でもしているんですか?」

「ええ! 貴方に♡」


(悪化したーー!)とマークの心の怒号は続く。


 一方、ジンは……。


(ふっ……結婚を前提にだと? 笑わせる)


 頬を赤らめ熱い視線を送るリンカに対し、微笑みながらも冷めた目で彼女を見据えていた。


(まさか生きていたとはな……俺とした事が詰めが甘かったみたいだ。上手く化けているつもりだろうがバレバレなんだよ! フォックスの幹部であるこの俺が正体に気付かないとでも思っているのか? 俺程のレベルになると匂いで分かるのさ!)


 ジンは心でほくそ笑む。


(某国マフィアの殺し屋、イーリン!)


 フォックスの幹部であるジンが、匂いで分かると豪語したジンが、まさかの人違いをしていた。


(ベッドの上で、もがき苦しむ姿は最高だったのにな、まさか死んだふりとは興醒めだ。今度はちゃんと息の根を止めてやる!)


 ジンは目を細め、リンカの手を取る。


「それは嬉しいですね。本気にしますよ?」

「はい! 一目惚れです」

「その熱い視線に殺されそうです」


 ジンの言葉にリンカが固まった。


(ククク、〈殺し〉ってワードだけで顔色悪くするなんて殺し屋が聞いて呆れる)


「私は貴方を殺したりしません……例え殺されても」

「リン! あんた何言ってんの? まだ脳ミソ発酵中?」

「心に響く殺し文句だ」

「貴方も何言ってんの?」


(まあ、精々頑張るんだな! 返り討ち決定だけど?)


 リンカの手の甲に口づけたジンの目がキラリと光った。



 □□□



「ロウ君って無駄に器用だね?」


 此処は商店街の片隅にある弁当屋。ロウは今トンカツに添えるキャベツの千切りをしている。初めて持った刃物だったが意外とハイスペックな彼は難なく使いこなせたのだ。


「リンちゃんが不器用なだけだよ?」

「まあ、酷い! 私だって人並みには出来るのに!」


(そうかな? この前切っていたキャベツの千切り使い物にならなかったよ? あれは乱切りだね……こっそり炒め物に回したよ)


 ロウが逃げ出してから数ヶ月が過ぎていた。未だこれと言ってしっくりくる仕事は見付けていない。基本インドア派だった彼は意欲的に仕事を見付ける事をしなかっただけだが……。


(舎弟達は僕が逃げ出した事を父にバレるのが怖いのか必死に隠しているみたいだ。僕に気を遣わず、ちゃっちゃとターゲット始末してきて欲しいな)


「ロウ君、ロウ君、聞いて! 聞いて! 私この度交際する事になりました」

「へぇ物好きな人も居るもんだね?」


 つい心の声が出てしまったロウは内心焦る。おばちゃんみたいにバシバシ背中を叩くリンカに少しばかりイラついて本音が漏れ出たのだ。


「凄くイケメンなの」


(ああ……この子、人の話聞かない奴だった)


 ホッとした彼は素知らぬ顔で話を続けた。


「馴れ初めは?」

「私がある男に全財産巻き上げられて突き飛ばされ血だらけで倒れていた所を助けてくれたんだ」


(勇者なの? 僕なら速攻逃げるけどね)


「ふーん、優しい人なんだね」

「でもね、一度離れ離れになって……その間に私整形したの。だから彼に正体バレると逃げられちゃうのよね」


(えっ? それ僕聞いていい話なの? 正体バレたら逃げられるって……離れる前に一体何したの、この子!?)


「へぇそうなんだ~」

「だからバレる前にがっちりハートを掴もうと思っているんだ」


(彼氏~! 今直ぐ全力で逃げて~!)


「ところで……整形前の顏ってどんなだったの?」

「うーん……世間では受け入れられない顔って言われた事あるかな」

「………」


(ああ……だから逃げられるのか……な?)



読んでいただきありがとうございます。


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