プロローグ②
よろしくお願いいたします。
「ジン、今日からお前は施設で訓練してもらう」
ジンが幼い頃、家族が殺された。彼は天涯狐独の身となり父親が働いていた組織に拾われた。
各国に拠点を構える暗殺組織。
【フォックス】
彼の家族はその敵対組織【ウルフ】によって殺されたのだ。だがジンはウルフを恨んではいなかった。彼は昔から感情が欠落していたのだ。日々の訓練と言う名の人殺しも淡々とこなしていた。気付けば幹部にまでなっていた。
ジンの得意とする暗殺はハニートラップ。彼の顏は見目麗しく女装をさせれば堕ちない男はいないと言われていた。「男とどうヤるかって? 企業秘密だ!」とはジンの談。付いた二つ名が【冷酷な狐姫】そして女も堕とせなかった事は無い。
ジンは仕事を始めて気が付いた事があった。感情が欠落していると思っていたが、どうやら彼は美しい女と強靭な男を殺す事に喜びを感じるのだ。美しい女の顔が血と涙と涎で汚れ無様に口を開けて息絶えるさま、激しく腰を振っていた強靭な男が一刺しでピクリとも動かなくなるさまを見て興奮していた。
所謂ギャップ萌え。
彼は次々と己の欲望を満たしていったのだった。
「姫、どうやらウルフの連中がお前の命を狙っているらしい」
ボスに呼ばれてアジトに顔を出したジンがそう言われた。
(殺り過ぎたかな? アイツらのターゲットを根こそぎ掻っ攫って殺したからな。反省。それより姫って呼ぶな!)
「暫く拠点を変えて潜伏しておけ、分かったな? 姫」
潜伏先に選ばれた拠点はジンの母親の故郷だった。彼が幼い頃、数年暮らしていた場所だった。
「了解です、ボス」
彼はその足で隠れ家に戻り荷物を詰め直ぐに空港へと向かった。
潜伏先の隠れ家はセキュリティ万全のタワマンだった。昔住んでいた場所の近くのようだ。彼は此処に居た頃、道場に通っていた。その道場に居た少し年上の【マーク兄さん】は物凄く強くてジンの憧れの人だった。
(裏の世界にドップリ浸かった今の俺を見たら幻滅するだろうな)
アジトに連絡したら暫くはのんびりしろと言われた。彼は散策でもしようと地味なサラリーマン風の変装をして街に出た。
そして後悔した。
ジンの目の前には頭から血を流した地味でブスな女が彼を凝視していた。そしてソレがトカゲ並みの速さで彼の足元まで這いずって来た。
「そこのイケメンのお兄さん! どうか……どうか私を助けて!」
(うわー話し掛けられた。殺して良いかな?)
彼は仕方なく手を貸してしまった。そして女に近くの公園まで強制的に連れてこられ、あげくに聞いてもいない身の上話を聞かされる。
(殺して良いよね?)
女はリンカと名乗った。彼が適当に相槌を打っていたらリンカが今日寝るところが無いと騒ぎ始めた。暗殺を生業とする彼にとって目立つことは避けたいと思い、つい「一泊なら泊って良いから」と言ってしまった。リンカは血と涙と泥だらけの顏でジンに抱きついて来た。「汚い!」彼は思わずハンカチをリンカの顔面に叩きつけた。
「お帰りなさい、ダーリン」
(何故居る!?)
ジンは満面の笑顔で玄関に立っているリンカを見て固まる。
(今朝、金を渡して一緒に此処出たよな? 鍵掛けたよな? ピッキングか? セキュリティ万全のフォックスの幹部の隠れ家をピッキング出来るのか?)
リンカに冷たい視線を送りポケットに忍ばせていたナイフに手を掛けた。そこでふと、先程アジトで交わされた会話が彼の脳裏を過ぎる。
「目くらましに後腐れしない目立たない女でも侍らせておけば奴らに気付かれないんじゃないか? 用が済めば殺せば良いし、な!」
天の声か、悪魔の囁きか、彼はこの提案に乗る事にした。
悪魔の囁きだった。
「ダーリン起きてデートしましょう」
「まだ朝の4時だけど?」
「ダーリン見て見て、ご飯作ってみたの」
「ああ……そう、ブタの餌かと思った」
「ダーリン私、赤ちゃん出来たかも?」
「指一本入れてねーよ! 殺すぞ!」
感情の欠落した彼がキャラ崩壊を起こしていた!
(もう限界。殺す。今殺す。後、ダーリンって呼ぶな!)
ジンは延長コードを握り締めソファーに寝転ぶリンカに近付く。
ブブブブブ……。着信が入った。
《姫、仕事だ》
(チッ! 命拾いしたな、ブス女!)
この後ジンは次々と仕事が入りリンカと顔を合わせなくて済んだ。
キャラ崩壊を起こす程彼女に振り回されていたジンは仕事に没頭する事で心の安寧を取り戻す。
だがしかし、彼の安寧はリンカの一言で崩される事となる。
「ダーリンのバカ! 男に寝取られるとは思わなかった。でも女装したダーリンも美しかったぞ! さよなら!」
ジンは人生で初めて驚愕した。一度も見破られる事が無かった完璧な女装を、あろうことかリンカに見破られたのだ!
(マズい! 殺すしかない! 元々殺すつもりだったし、おいこら待て! 逃がすものか!)
ジンは死んだリンカを樹海に埋め足早に森を出る。金にならない殺しなんて重労働なだけで楽しくも何とも無いと心で悪態をついた。
(もうこりごりだ! 地味なブスには近付かないぞ!)
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