リンカ諦めの境地
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ジンが行方不明になって半月が過ぎた。リンカは生きた屍状態のままガロにおんぶされて人獅子国の披露宴会場に入っている。ロウがギンカに頼んでガロを護衛に付けたのだ。腑抜けたリンカを隙あらば我が物にしようとする輩から守る為と言ったら直ぐに許可が出た。
当然マークが異を唱えたのだが、兄が絡むとやたらと強いガロには勝てるわけがなかった。
獣人界の王侯貴族は男女共に軍服を着用する。いつでもどこでも戦えますと言う意思表示だ。
人獅子族は白磁、人狼族は群青、人虎族は漆黒、そして人狐族は緋色だ。王族とその眷属以外は迷彩柄を着用する決まりだ。
今日は四国の王家とその眷属だけが招待されていて会場は四色の軍服で埋め尽くされていた。
「おや? 狐の姫……おんぶされてどうしたのかな?」
会場入りして直ぐに人虎の第二王子コクトが声を掛けてきた。両脇に派手な女獣人を侍らせている。リンカはボーっとしたままコクトを見てコテンと首を傾げる。
「ダニ……?」
「ダニじゃ無い! コクトだ! お前の所為でエルフに土下座して拘束具の鍵外して貰ったんだぞ! 自業自得だけどな!」
「止めたまえ、ダニ王子。娘は今、婚約者が行方不明で憔悴しきっておるのだ」
「ああ……聞いてるよ。死体で見つからなければ良いな」
その言葉を聞いた途端、ロウでも分かるくらいリンカの怒気が上がった。その波動に辺りが騒然となる。
「ダーリンが死体で見つかったら、お前、殺す」
「何で?」
「その後……変態とガロ君とマーク兄ちゃんと兄さま殺す」
「八つ当たり宣言だね? 僕入って無くて良かった」
「父も入って無くて良かった」
「何で俺が入っているんだよ! おんぶしてやらないぞ!」
「じゃあ、ガロ君は保留……」
「俺がおんぶしてやるから保留にしてくれ!」
「マーク兄ちゃん……ウザいから殺す」
そう言ってまたリンカは生きた屍状態に戻るのだった。
緩やかな音楽が流れて見目麗しい獣人達が入場してきた。王女の夫達だ。煌びやかな衣装を着て微笑んではいるけれど、明らかに目が死んでいる。二手に分かれて跪き片手を胸に当てもう片方を入場口に振り上げた。
高らかにファンファーレが鳴る。
(リンちゃん! 腑抜けてないで入り口見て! きっとジンが入場して来るから!)
「本日の主役、ミュオン王女様、そして新しい夫の……モンチ様です」
司会の言葉にロウが驚愕する。てっきり新しい夫はジンだと踏んでいたのに呼ばれた名前はモンチ……すなわちシノブの事だ。
(えっ!? モンチ? モンチなの!? ジンじゃ無くて? うっそ~!!!)
豪奢な白い軍服を纏ってミュオン王女が入場して来た。
そして王女の手を引いているのは………。
「ジン!!」
リンカの鼻腔に爽やかな甘い香りが漂ってきた。
(ずっと探していた匂い……でも……きっと気の所為)
何処かで必ず生きていると信じて奮起しては落胆する毎日を送っていたリンカは既に諦めかけていた。
(このままずっと、ジンの幻影を追い続けるの? もう、諦めなければいけないのではないの?)
そんなリンカの視界にジンが映り込む。
(姿まではっきり見えてきた……幻影でも構わない。煌びやかな軍服もとても良く似合っているわ。まるで結婚式の新郎みたい)
「ジン!」
(ロウ君が叫んでる……ロウ君にもジンの幻影が見えているの? もしかして幻影じゃ無くて幽霊? 成仏していないの? ジン!)
「何ボーっとしてんだ暴力姫! アイツ、お前の婚約者じゃ無いのか?」
「ええ!? ガロ君にも見え……痛い! 急に降ろさないでよ!」
「リンちゃん! ジンが生きていたよ!」
ロウ支えられリンカは前を向く。そこには確かにジンが居た。
(生きていた! 生きていた! 生きていた!)
リンカは溢れそうな涙を押し留めジンの下へと掛けて行く。が、その光景を見てしまい足が止まってしまっていた。
(その女……誰?)
ジンはミュオンの腰に手を回し蕩ける視線を向けて微笑んでいる。
「ご結婚おめでとうございます!」
(結婚? 誰が? 誰と? まさかジンとこの女が?)
「リンカ大丈夫だ! 俺がジンの代りに娶ってやるから」
「クウガ王子! 空気読んで!」
「俺だって今は言えねーぞ?」
すかさずリンカの傍に来たクウガがロウとマークにドン引きされた。
(どうして? ジンは私の恋人よ! その場所に居て良いのは私だけ!)
(違う……)
(恋人だと言っていたのは私だけ……ジンが私を恋人だと断言した事は無い。甘い言葉も、抱擁も、口づけも……何ひとつ無い。また……捨てられた……ううん、最初から拾われてもいない!)
リンカとミュオンの目が合った。ミュオンは勝ち誇ったような歪な笑いを浮かべジンに頬を摺り寄せる。この男は私のモノだと言うかのように。
(私はもうジンにとって必要の無い女なのだ。最初から必要とされて無かったけど!)
拍手が沸き上がる。二人を祝福して。
リンカの頬に涙が流れる……すかさずゴシゴシと袖口で拭った。
(この女に涙なんか見せたく無い。二人の仲睦まじい姿を見たく無い!)
(帰ろう……私の初恋は今度こそ終わった)
踵を返し歩いているとロウに腕を掴まれた。
「いいの?」
「いいの? いい訳無い! でもジンはあの女を選んだ」
「あの王女、ジンを攫ったんだよ?」
「はぁ? ジンが攫われた? どう言う事? ジンの意志では無いって事?」
その時、ロウの横にシュっと誰かが立った。
「申し訳ありません。姉は見目麗しい獣人を攫っては本能のままに食い散らかす阿婆擦れです」
「アンタ誰? 食い散らかす? ジンがスプラッタ状態に?」
「リンちゃん大胆な癖にお子ちゃまなんだから」
「手遅れにならない内に御父上に頼んで助けてあげてください」
「父上に頼む? 必要無いわ!」
「ええ!! リンちゃんジンを諦めるの?」
「婚約者を愛しているのではないのですか?」
(諦める訳が無い! 勿論愛している! 私の初恋。振り向いて貰うまで何度でも挑むわ!)
リンカの水色の瞳が赤く縁取られ瞳孔が縦に割れ金色に光る。身体からゆらゆらと気が溢れ出し、触れれば火傷しそうな熱さだ。
白銀の髪は逆立ち、牙と爪は鋭さを増し、尾は九本に分裂し扇のように開いている。
「戦闘開始よ!」
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