記憶喪失と闇落ち王子
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ジンが記憶喪失になって数日が経過していた。
(どうやら俺は人猿族で、珍しい類いのモノらしい。名前はモンチ……何となく覚えがある。ただ記憶が無い所為か違和感が半端ない)
「貴方は私の夫よ? 思い出して」
「すまない、頭に靄がかかったみたいに自分の事も分からない」
ジンは夫と言う言葉には何故か納得していた。ずっとそう呼ばれていた気がしたからだ。
「そうだわ! 夫婦の営みをすれば思い出すかもしれませんわ!」
(夫婦の営みね~別にする事には抵抗ないが……)
「愛しているわ、ダーリン」
「……!? うっ…!」
その言葉を聞いたジンは激しい頭痛に襲われた。脳内を掻き回されたみたいにグルグルと目が回る。
「キャーッ! モンチどうしたの? しっかりして!」
ミュオンの叫び声が遠くに聞こえる。それと同時に誰かの声がジンの脳裏に蘇る。
『ジン、今日からお前は施設で訓練してもらう』
(そうだ……俺の名前はジン! 暗殺組織フォックスの若くて有能な幹部。変装が得意で冷酷な狐姫と呼ばれていた。そして命を狙われ拠点を変えた……その後は……クソッ! 頭が痛い! その後は……そ……の後は……?)
思い出そうとする度に襲い掛かる頭痛に苦しむジン。脂汗をかきながら目を閉じる。
(そうだ、美しい女が居た……軍服を着た長い髪の異世界の女)
『ダーリン』
(そして……その女と……)
「俺は……君と……魔法陣で此処に……来たのか?」
「ええ、そうよ! 何か思い出したの?」
(思い出したよ……俺は女を殺そうとしていた)
「いや……まだ断片的で……」
(此処まで思い出せば上等だ! 俺は暗殺者。名前はジン。モンチと名乗り軍服の長い髪の女を殺す任務に就いていた。そしてターゲットは目の前のこの女!)
中途半端に思い出したジンは有り得ない勘違いをしていた。
「ずっと俺の事ダーリンと呼んでいたのは君だったんだね?」
「えっ? ええ! その通りよモンチ! 貴方は私の夫、間違い無いわ」
(嘘を吐け! 俺がターゲットと結婚する筈無いだろう? 記憶喪失を良いことに何を企んでいるんだ? ただ単に俺に惚れているって事か? そうだった、俺に堕とせない女は居なかったんだ)
どうでもいいことばかりを思い出し肝心な事が一切抜けているジンの脳内。これだけ情報があれば良いだろうと思い出す努力を放棄した。
「そうだわ! 今度貴方のお披露目の宴を開こうと思うのよ。隣国の王族を呼んで盛大なパーティーにしましょう?」
「それは楽しみだね」
(精々、最後のパーティーを楽しむんだな)
□□□
人獅子族の王子ジュオ。彼は姉のミュオンの所為で女が苦手になった。
ある日ミュオンがこう言ったのだ。
「ジュオには女難の相が出ているわ」
次の日、目を覚ますとジュオの隣で全裸の女が添い寝をしていた。勿論ミュオンが仕向けたのだ。
ジュオは大量の鼻血を出して倒れた。それが毎日続いた。
何重もの鍵で阻止出来るようになると今度は女風呂に投げ込まれた。
ジュオはボコボコにされた挙句、痴漢だのエロガキだの罵られた。これも毎日だった。成長してミュオンより力が強くなりそれも回避できた。
しかし既に彼には女に対しての嫌悪感と恐怖心が植え付けられていたのだ。
ジュオが思春期を迎えていた頃、同年代の女が彼に話かけてきた。
無理矢理引っ張り出された、ミュオン主催の茶会での事だった。
「女性に恨みでも有るのですか?」
人猫族の美しい獣人だった。ビクリと身体を震わせた彼を見て彼女はクスリと笑い目を細める。
「敵を見るかのように睨まれては、女性は皆怖がってしまいます」
(何を言っている? 敢えてしている事だ! 近寄るな!)
そう口にしようとした彼の両頬を女がムニュッと掴んできた。声にならない叫び声がジュオの心の中でこだまする。
「つっ!!!」
「折角の甘いお顔が台無しです。笑ってください」
突然の出来事に固まったジュオにフフフといたずらっ子の様に笑う女。笑顔の眩しさと頬に触れる柔らかな指にジュオは戸惑いを覚えた。
「貴女だけズルいわ! 私もジュオ様とお話ししたい」
直後、わらわらと集まって来た女達に囲まれジュオは戸惑いながらもフワフワとしたひと時を過ごした。
時より鼻腔を蕩かす甘い香り、絡まってくる瑞々しい肌の弾力。いつの間にかジュオの女に対する嫌悪感と恐怖心が溶けて無くなっていた。
「あらあらまあまあ、ジュオったらモテモテですこと」
そこにミュオンが近寄って来た。だがその時の彼は天にも昇る上機嫌。
「姉上、お礼を言います。私の頑なな女性に対する偏見を正してくださったのですね? これからは態度を改めていきます」
満面の笑みを浮かべたミュオンは「後は若い人達で」とその場を後にした。ジュオは「同じ歳だろう」とツッコむのも忘れ改心したミュオンに感謝した。
だがしかし、ミュオンは矢張りミュオンだった。
王宮に先日の女達が押し寄せてジュオに詰め寄って来たのだ。
「ジュオ様これはどう言う事ですか?」
(はい? どう言う事ですか? 話が見えません)
「私とお付き合いすると言ったのでしょう?」
(全く心当たり有りませんが?)
「酷いわジュオ様! 私を愛していると言っていたくせに!」
(断言します、言っていません!)
「何を言っているの、貴女! 私が愛されているのよ!」
(さっきから不可解な……まるで私が女たらしみたいでは……)
女達の圧力に押されジュオは口をパクパクする事しか出来なかった。そして途方に暮れた頃、衝撃的な言葉を聞く。
「ジュオ様が言っていたって、ミュオン様が言っていました」
その言葉にピキッとジュオの身体が強張る。この状況はミュオンが仕掛けた罠だった。女に対しての警戒を解き油断した所を更なる女難に遭遇と言うシナリオだ。
(姉上がやりそうな事だ。何たる不覚! おのれまたしても……もうお前の好きな様にはさせない! そして何時か、男を使って仕返ししてやる!)
ジュオが闇落ちした瞬間だった。
月日は流れミュオンはハーレムを造り王宮を出て行った。
そして訪れた狩猟大会。ジュオはそこで珍しい人猿族の男、ジンを見付けた。
(姉が欲しがりそうな男だ)
ジュオはジンの事をリサーチして彼が人狐族の王女の婚約者だと言う事を知りミュオンを陥れる事を閃いたのだ。ジンを姉に狩らせようと。
(彼女の父は獣人界最強と言われていた男だ。さっきの人虎の王子とのやり取りで娘を溺愛している事が丸分かりだ。姉に食い尽くされた婚約者を目の当りにした王女は泣き崩れ、それを見た父王は激怒! 姉、糾弾からの追放! 又は惨殺!)
そしてミュオンはジュオの思惑通りジンに食い付いた。
(執事もペットも隠して連れてきている。間違いなく狩る!)
そして狩りも中盤に差し掛かった頃、騒ぎが起きた。ジンが行方不明になったと大会が中止になった。
「姉上、破滅の一歩を辿りましたね?」
そして今日はミュオンの新しい夫の披露の宴。四国の王族も皆招待されている。ジュオは招待状を握り締め不敵に笑った。
「どんな惨劇が待っているのか……楽しみだ」
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