容疑者がいっぱい
よろしくお願いいたします。
「ジンがジンが何処にも居ないのーー! ああああーー!!!」
「リンカ泣かないで……僕が必ず見付けるから」
「あーーん! 兄さまーー!!」
レンカの胸で泣き叫ぶリンカ。大粒の涙を流しウックウックとしゃくり上げてまるで幼子みたいに泣いている。そんなリンカを優しく包み込みながらレンカは愉悦に浸っていた。
(お帰りリンカ。やっと戻って来てくれたね……アレはちゃんと見付けてあげるからね? 生きてはいないけどね)
それはジンが行方不明になって数時間過ぎた頃……。
「モンチ、お前はもう要らないから解放してあげる」
「えっ!? それは……本当ですか?」
「以前逃げ出したペットが戻ってきたからね」
「では……あの……服を返して……」
「さっさと出てけよ!」
レンカはシノブを追い出し回収した猿耳を台座に置いた。それはエルフを脅して作らせた録画と再生が出来る機械だ。再生と書かれたボタンを押すとウイーンと音が鳴り再生が始まる。
「へぇ……モンチ逃げ出そうと思っていたんだ。あんなに可愛がってあげたのに。それよりモンチ、独り言多いね。口調を変える必要あるの?」
シノブが多重人格になった瞬間の映像だった。レンカはシノブの独り言としてスルーした。どこまでも不憫なシノブ。
「あっ! 目の前にアレが居る。まさか僕のペットが殺しに来るとは思わないよね? モンチ中々やるじゃないか! アレがフラフラしているよ」
画面ではジンとシノブが滝の近くで戦っている場面が映し出されていた。そしてジンの背後から迫るライオンの影。
「アハハハ! ライオンに喉元を噛まれているよ……致命傷だね? モンチ! ライオンだ、ライオンだって煩いよ! そんなに珍しいの? あーあ。崖から落ちちゃった。あれじゃもう助からないよね?」
レンカはここに来る前に見ていた映像を思い出し思わず笑いそうになった。
「ジンはきっと生きているよ」
「兄さま……ひっく……うん、信じる……ひっく……」
(あああああ!!! 可愛い! 可愛い! 上目遣いの潤んだ瞳。
眉間に皺を寄せてごらん……そう! 上手に出来たね? 完璧だよ! ずっとずっとその顔が見たかったんだ!)
レンカは今にも嬉しさで叫び出しそうな心の声を何食わぬ顔で抑え込み、妹の想い人を心配する兄を演じていた。
(その顔を堪能した後は……怒りの泣き顔だよ? あの映像を見せるんだ。「何故今まで隠していたの!?」って泣きながら僕を責めるだろう……ああ……早く見たい)
誰が見ても妹を慰めている兄の構図にしか見えないのだが、ただひとりその偽りの姿を見破った人物が居た。
(レンカ王子が悦に浸っている)
それは暗殺のスキルはポンコツでも何かとハイスペックなロウだった。
愉悦に浸るレンカを見て不快感を覚えたロウは広間から出た。
(狩猟大会でジンが行方不明になった。今も捜索が続いているらしい。もしかすると誰かの差し金でジンは葬られた?)
ロウは、ここ最近のジンとリンカの事を考えた。隙あらばとリンカの婿のポジションを狙う奴と、婿そのものを排除しようとする奴。
(容疑者は……クウガ王子、マーク近衛騎士、ギンカ国王、そしてレンカ王子)
今まで無事だったのが不思議なくらいのラインナップだ。
(先ずはクウガ王子。以前リンちゃんの命を狙っていた。殺せないと分かり一転、今度は結婚を迫っている。そこで邪魔なのがジンだ。うん、怪しい)
(次にマーク近衛騎士。彼の地でリンちゃんの護衛をしていたらしい。今も騎士の仕事ほっぽってリンちゃんに付き纏っている。ストーカーだな。怪しい)
(一番怪しいのはリンちゃんの父親のギンカ。獣人界最強の名に相応しい戦闘力と能力。ただリンちゃんに嫌われる事を最も恐れているからナイかもしれないけど)
(最後はレンカ王子。さっきのあの顏……妹を僕から奪おうとする男を葬ってやったぜ! フフフフって顔だ。極度のシスコン。怪しい)
等々、考えながら歩いていたロウの耳に聞きたくない声が届いた。
「兄さん! 何処ですか~? 兄さーん」
(ゲッ! ガロが来てる! 隠れなきゃ! 撃退マシーンが故障中だ)
憔悴したリンカではガロを撃退出来ないと判断したロウは近くの部屋に忍び込んだ。
その部屋には色んな道具がたくさん置いてあった。大小様々な鞭、突起が付いた板、天井から吊るされた鎖、拘束具付きの椅子。
「うわ~拷問部屋だ~実家にもあった……ん? 何で天涯付きの豪華なベッドが有るんだろう?」
ロウは勘が良い。直ぐにピンときた! 此処はレンカ王子の自室だと。
「凄いな、鞭ってこんなに種類あるんだ。ん? あれは何だろう? 猫耳? 猿耳か? 画面に何か映し出されてる。あれは……ジン!」
「あのドSシスコン王子、やっぱり殺していた」と納得したロウは画面に映し出されたライオンの後ろの人物を見て首を傾げた。
「あれ? この人って……」
ロウは急いでガロを探した。
□□□
マークは団員総出でジンの捜索に来ていた。既に日付が変わり海に流されていれば生存は絶望的とみなされていた。
(姫は昨日、俺の胸で泣いた……)
『ジンが居ないの……ジンの匂いがしないの~!』
縋り付き泣き叫ぶリンカにマークの庇護欲が沸き上がる。愛情弁当で頓挫していた《独りになった姫を人知れず攫っちまおう計画》はジンの行方不明事件で跡形もなく消えたが、これはこれで役得と内心喜ぶマークだった。
そして現在、リンカが呆然としていた滝壺周辺を捜索していた。そこにはマークがリンカを拉致する為に作った愛情弁当が散らばっていた。
(これを食べたのなら昏倒している筈。あれは……?)
岩に血の跡と猛獣と思われる動物の毛。滝壺へと繋がる何かが滑り落ちた痕跡。そこから弾き出される答えは……。
(弁当を食べて昏倒した所を猛獣に襲われ崖から転落。激流に呑まれて溺死。事件解決! 犯人は猛獣! 早速報告だ!)
軽快な足取りで本部に戻ろうとしたマークがふと立ち止まる。
(いや待てよ……睡眠薬入り弁当を作った俺が一番悪いんじゃね? 邪魔者が消えたのは良いが万が一死体が見つかり薬物が検出された時、俺が犯人と疑われんじゃねーか?)
マークは急いで証拠隠滅を図った。
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