必殺、黒狼一家
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「兄さんが居ない!」
彼は黒狼一家の頭の二番目の息子だ。
黒狼一家は名前の通り姿が黒い。黒い髪、黒い耳、黒い尻尾、鋭い爪も全部黒だ。故に暗殺に向いていると言える。闇夜に紛れてグサリと刺す、そんな特徴を持つ一家だ。
一家の家業は所謂代理殺人。「恨み晴らさでおくべきか……どうぞ私の代りにこのお金で……」と言う感じの仕事だ。大体は力の無い弱い存在が金にものを言わせての依頼が多い中、稀に要人からの仕事が入る事がある。要人の邪魔になる存在を誰にも知られず消す時に一家が使われるのだ。引き受けた仕事は一度も失敗した事がないと裏の界隈ではもてはやされていた。
そんな極々偶の仕事が十数年前に入ってきた。
「人狐族の王女暗殺」
当初は直ぐに片付けられると高を括っていた一家だったが、異世界に逃げたターゲットを探すのは容易な事では無かった。
任務失敗と言う文字が黒狼一家の頭の脳裏を過ぎった。
だが……そんなある日の事《新婚旅行は異世界で》と言う謳い文句に唆され、高額を支払って異世界に行った舎弟が王女の情報を持って帰って来た。
「王女らしき人物と護衛が十数人居ました」
「王女だと言う根拠は有るのか?」
「俺は匂いに敏感な性質で、その匂いが高貴な人狐だと直ぐに分かりました」
この舎弟は匂いフェチだった。
「ずっと嗅いでいたい芳しい匂いでした」
おまけにド変態だった……後日、この台詞が妻にバレて鼻の骨を折る鉄拳を食らったらしい。
その後、舎弟の誰かが赴くのだろうと思っていたガロは父である頭の言葉に驚愕し怒りを覚える。
「お前が彼の地へ赴き見事ターゲットを葬り去るのだ」
父親の視線の先にはロウが居た。兄大好きガロは父親を射殺さんばかりに睨みつけ、その口は呪詛の如くブツブツと言葉を発していた。
「クソ親父……俺の大切な兄さんに任務を任せる気か? クソ親父殺す! その首、今直ぐ差し出せ! 頭と胴体切り離してやる」
ガロは懐から鋭いナイフを取り出し今にも切り掛かろうとしていた。だがガロの異変に気付いた舎弟達に抑え込まれ本懐を遂げることが出来なかったのだ。
この一連の騒動はロウに知られる事は無かった。ガロは舎弟に気絶させられ、ロウはあれよあれよと地球に転移させられてしまったからだ。
ガロは幼い頃からロウを見ていた。だからロウが一家の仕事を嫌がっている事を知っていたのだ。
目を覚ましたガロは父親に直談判しに行った。
「兄さんはこの仕事に向いていない。きっと本人もそう思っているだろう。華奢で力も弱く血を見るのが苦手なんだ。幼い頃から蝶よ花よと育てられ、あらゆる危険から守られてきた。暗殺一家の長男がそれで良いのかと俺は問いたい!」
凄い剣幕で乱入してきたガロに父である頭は少しだけビビっていた。だが、頭の威厳を保つため言葉を絞り出す。
「それは……良くないな……」
「良いんだよ! 兄さんはそれで良いんだ! それが兄さんだ! 守り、庇い、包み込み……世の中の悪意から遠ざける。砂糖をシロップで煮詰めた世界でオブラートに包まれて生きるべきなんだ!」
そう彼は紛う事無き《兄至上主義者》だったのだ! 兄を苦しみや悲しみの無い甘く優しい世界にどっぷり浸からせる為なら命も惜しまないと豪語する少しイカレタ野郎なのだ。
「えっ? 駄目だろう……」
「そんな俺の願い虚しく兄さんは旅立ってしまった……ちゃんとご飯食べているかな? ちゃんとお風呂入っているかな? 暑くないだろうか? 寒くないだろうか? 仕事は舎弟に任せて観光でもしていれば良いのに!」
「だから駄目だって……」
兄を心配する弟に父の言葉は聞こえない。
そして数ヶ月が過ぎ、レンカの波動をキャッチしたと言う知らせを受けたガロは「きっとターゲットの近くに兄さんが居る筈!」と人狼の王城へと向かった。
城に辿り着くと近くに居た騎士を混沌させ服を奪い城の中へ入り広間に居たクウガの横に何食わぬ顔で並んだ。情報が欲しい時はこうやって侵入するのが一家のやり方だ。
広間には数人のエルフがいて呪文を唱えると大きな魔法陣が光りだした。
光る魔法陣から五人の人物が現れた。ひとりはロウでガロは歓喜に震えた。次の瞬間魔法陣に居た人数が四人になっている事に気付いたガロだったが兄さえ居れば後はどうでも良いのだ。
(ああ……良かった! 生きていてくれて! これからは一生俺が囲い込んで守るよ! さあ! この胸に飛び込んできて! 兄さん!)
ところがロウは「用を足してくる」と言ったきりガロの下には戻らなかった。
「きっと一家が嫌になって姿を消したんだね。心配しなくても俺が養ってあげるから戻ってきてくれよ……兄さん!」
それから一家の総力を挙げて(主に匂いフェチの舎弟を使って)ロウの捜索が始まった。そして探し出した先は人狐の王城だった。
「嫌だ~帰りたくな~い。リンちゃん助けて~」
「兄さん、お願いだ! その庇護欲フェロモン出すの止めてくれ! 誰もが兄さんを守りたくなるじゃないか!」
「庇護欲フェロモンって何だよ? 気色悪いな」
「別に助けたくならないけど?」
「ジンくんもリンちゃんも酷い!」
この日からリンカとガロの攻防戦が始まった。
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