◆◆◇◇◇ 転
「毎度、お待たせしました。収穫日庵です」
応接室に老人が出前を持ってきた。
「おっと、太郎ちゃん久しぶりだな」
河田社長に気安く声をかける。
「親父さんわざわざの出前ですか」
「出前持ちの岡持が休んでしまってな」
「あのう、昨日はその岡持さんが出前を運んだんですか」
久遠が聞いた。
「そうなんだが、ここの出前から帰ったら、ぼーっとしてしまってふぬけてしまったんだよ。こまったもんだ。ここでなんかあったのかい太郎ちゃん」
「お親しいのですか二人は」
久遠がメモを取っている。
「この工場がまだ小さな掘立小屋のような頃からの付き合いだ。よくざるそば食いに来てたよな」
「あの頃は忙しくてすぐに食べれる収穫日庵で大盛りのそばを食べて懸命に働いていたな」
河田社長は懐かしげにつぶやいた。
「おじさん、確認だけど、これがタヌキよね」
晴海は出前されたどんぶりを指さして、
「そうだよ。うちのは甘タヌキだよ」
「秘書お姉さん、昨日の入館者のリストをあの受付の警備員の人に持ってきてもらって」
「何かお分かりになったのですか。晴海様」
「久太郎まだわからないの。簡単なことじゃない」
しばらくして警備員がリストを持って応接室にやってきた。
久太郎が受け取って見ようとしたとたん、晴海がひったくってチェックを始めた。
「やっぱりね。警備員のおじさん、出前が余ちゃったからタヌキを食べてくれない」
「いいんですか、ちょうど昼の休憩なんでありがたくいただきます」
と、手に取ろうとした瞬間
「この事件!妖怪探偵水無瀬晴海がスパッと解明してあげる」
「おお、わかったのかね晴海さん」
舎利弗が晴海を見つめた。
「それはハイカラ、関西ではねタヌキはお揚げのお蕎麦、天かすが乗ったのはハイカラよ。あなたが出前持ちに化けてこの部屋に入ったのね。岡持さんの記入がないじゃない」
壁際まで警備員を追い込んだ。そして椅子を引き寄せ乗ると壁ドンをした。
「何を言っているんですかお嬢ちゃん、私は関係ありませんよ」
壁から錫杖を引き抜いた晴海は警備員の帽子を跳ね飛ばした。
てっぺんが禿げていたというより濡れた皿が乗っていた。
「あゝ」
部屋の全員が声を上げた。
急いで応接間の窓を開けてそこから逃げ出す警備員、工場敷地の外の川を目指しているようだ。
「こら久遠、早く追って捕まえるんだ!」
舎利弗が命令すると久遠が同じく窓を飛び越え追いかけていく。
「あら、意外と足が速いのね」
みるみる犯人との間を詰めて捕まえた。
晴海も窓から出て久遠の方へと向かって行くが犯人はポケットから尻子玉を取り出して飲み込んだ。
ビリビリと服が裂けていき久遠を跳ね飛ばした。
倍以上に大きくなって真っ赤に変貌した河童となった警備員は晴海に襲い掛かってきた。
「いざいくわよ!」
と言うと錫杖を三回地面を叩き、遊環を揺り鳴らした。
キラキラと晴海が輝きだす。錫杖は小さな黒い日傘へ、遊環の四つが離れ手足に巻き付き、髪はこんもり盛り上げられリボン、フリルのあるゴスロリの法衣へ厚底の編み込みブーツ姿へと晴海を変えた。
「水無瀬晴海!河童ちゃん、お祓いしちゃうわよ!」
決め台詞と共に爆裂呪符を投げた。
河童は飛び跳ねてよけ高圧力の水を吐き出した。
「きゃっ」
晴海の軽い体を吹き飛ばした。しりもちをついた
「もう、痛いじゃない、びしょびしょだし」
「このくらいの攻撃は大丈夫でやんすけどあまり喰らい過ぎるとダメージが残りやんしょ」
バサバサと蝙蝠のようなバットリ、彼女の装備の取説妖魔が言った。
「バットリ、何か対処法は?」
「水系の妖怪でやんすから火炎呪符はいかがでやんしょ」
晴海はポシェットから炎呪の符を取り出した。
「これをまた、投げるの?」
「違うでやんす。傘の柄に貼るでやんしょ、そして相手に向けて真言でやんす」
いわれるがままに柄を相手に向けて
「オンキリキリバザラウンバッタ」
勢いよく火炎放射器のように業火が河童に向かって行った。
またもカエルのように飛び退いた河童だが顏には焦りが見える。
「いい感じじゃない火炎放射」
呪符が灰のように消えると火炎も止まった。次の呪符を装填すると
「いいぞ、晴海様!その調子だ!」
応援する久遠に河童は飛びつき人質に取った。
「バカね、久太郎!、一緒に焼いちゃうよ」
久遠と河童が顔を見合わせた。
「まじで!」
二人が同時に言った。二人の周りをぐるりと回り始めた晴海は
「オンキリキリバザラウンバッタ」
二人の周りに炎の壁を作ってしまった。
「久太郎、河童が干上がるまで、しばらく我慢するのよ」
「勘弁してくださいよ。晴海様、サウナ以上の暑さです」
「護摩行だと思って念仏でも唱えて我慢しなさい」
護摩行とはプロ野球の選手もオフにやっている炎の前でお経を唱える修行のことだ。
河童は水を吐いて消そうとするがその体力もなくなっているようだ。次第に頭の皿にひびが入ってきた。
「もう少しよ、久太郎」
河童は捕まえていた久太郎を離し倒れこんだ。
「河童が倒れました。早く火を止めてください。晴海様」
消火器を持った舎利弗が駆けつけて消火にかかった。
「さあ、とどめよ」
と言った途端、豪雨が降り始めてしまった。