◆◇◇◇◇ 承
水曜日、再び満腹寺を訪れた久遠はもう一人の人物を連れてやってきた。
「おはようございます。晴海様、お迎えに参りました」
「はーい、久太郎おはよう!」
髪を下ろした晴海が出てきた。今日の服装はいつもの制服から胸元にフリルのついた真っ赤なワンピースだった。
「あれ、どなたそちらのおじさまは」
ヒョロヒョロな久遠とは対照的ながっしりした熊のような赤いネクタイの中年男性が立っていた。
「初めまして晴海さん、久遠の上司の舎利弗響です。本日、ご同行いたします」
「まあ神戸牛ごちそうになりました。ありがとうございます。おじさま。水無瀬晴海です」
にっこり首を傾げた。
「かわいいお嬢さんじゃないか。久遠、君の言っていた感じと違うぞ」
久遠をジロリ睨む晴海
「あら私、いつも通りなんですけど久遠さん、なんておっしゃたのかしら」
さりげなく久遠の足を踏みながら言ったのだった。
「早速だが車に乗ってもらおうか」
久遠は車の後部座席のドアを開け晴海そして舎利弗を乗せた。
「晴海さん、おじさんは驚いたよ。あんな恐ろしい蜘蛛女を倒してしまうなんて」
「いえ、たまたまですわ。呪符でお祓いしただけなので」
瞼をぱちぱちと上目づかいで舎利弗を見た。
猫を被って、このおやじ転がしがと、久遠は心の中でつぶやくのだった。
「あれから事態が代わってな。警察が介入することになったんだよ。河田精密機械の機密文書が盗まれていたんだよ」
「産業スパイに奪われたんですか」
「そうかもしれんし内部犯行もありうる。捜査中だよ」
しばらく晴海は舎利弗とおしゃべりをした。東京に嫁いだ娘の子が同い年らしかった。それに重ねあわせて晴海をかわいがるのであろう。
「本部長着きました」
駐車場に車を停め受付に向かう。
受付には警備会社の制服で帽子をかぶった初老の男性が入館者のチェックをしていた。
「私が受付をするからそこで待っていなさい」
舎利弗が前に進み出て受つの窓口を覗き込んだ
「すみませんここにお名前と来訪目的を書いていただけますか。IDカードを渡しますので」
ボールペンを持ち用紙に書こうとする舎利弗、インクが切れていた。
「インク切れだ。ほかしておいてくれ。新しいのを頼む」
「ほかす?放置しておくのですか?」
「本部長、ほかすは関西弁で、標準語は捨てるなんですよ。僕も普通に使ってましたが東京出張で笑われちゃったもので」
「君は門田守さん、東京から来たのか」
名札を見て舎利弗は言った。
「ええ、最近こちらに転勤になったものでいろいろ戸惑ってます」
「うちの娘も東京にいてね。孫がいるんだよ写真見るかい。若菜っていうんだ」
携帯を取り出そうとごそごそとしていた。
「本部長、本部長」
小さな声で久遠が声かけた。そこへ秘書らしき女の人があらわれて挨拶をしてきた。
「このたびはお世話になります。秘書の河田です。ご案内します」
入り組んだ廊下を河田秘書についていく。
「お姉さん、この部屋は何?」
晴海が河田秘書に聞く。
「ここは警備センターですわ。各部の監視カメラをモニターするところです」
「久太郎、会社中に憑く人の気配がするけど、ここからが強い匂いがするわ」
「河田さん、ちょっと寄り道ですがこの部屋を調べさせていただけませんか」
「ええ、なにも関係ありませんがどうぞ」
二人の警備員とモニターがたくさん並んでいる。
「すみません警察の久遠ですがちょっとおじゃまします。どうだい晴海ちゃん」
「やっぱりそう」
晴海は小さなポシェットから呪符を取り出し操作パネルに張り付けた。
とたんモニターがすべて<目>を映し出した。
「な、なんだこれは」
驚く舎利弗たち。
「オンキリキリバザラウンバッタ」
晴海は印を結んだ。呪符は燃え上がり小さなメダルへと変わった。
「この監視室は付喪神に乗っ取られていたわ。何者かがデータをハッキングしていたみたいね」
「これは手品で何を隠したのですか?」
秘書の河田が問うた。
「いえ違います。御社の防犯システムは何者かによって付喪神という妖怪に憑依されていたのです」
久遠が説明をした。
「憑依?妖怪ですって、そんなものが・・」
「理解できることがすべてとは限らないのよ。超精神科学ではこんなことは常識なの、お姉さん」
「はあぁ」
首を傾げた河田秘書だった。
「しかしたいしたもんだ。この目で実際に見るまでにわかに信じがたかったが本物だな。晴海さんはまさにスペシャリストだ」
舎利弗は感嘆の声を上げた。
「警備員の方は何か異変に気が付きませんでしたか」
久遠はメモ帳に警備員の名まえをかき込みながら聴取を始めた。
「いや驚きましたよ。こんなものがこの監視装置に取り憑いていたなんて、特に業務に支障はなかったのですが」
「私も特に何も、ただ空耳かと思ったんですが笑い声がたまに聞こえてましたけど」
「あっ、この一週間の録画がすべて消えてしまってます」
「証拠を隠滅して祓われたか、しまったな」
久太郎はメモを閉じた。
「あのう、よろしかったら社長がお待ちですから先へ進んでよろしいですか」
「晴海ちゃん、いいかな」
「もうここには用はないわ。いきましょう」
河田に案内され応接室へ通された。しばらくすると
「いやあ、舎利弗君、本部長自らがご登場とはありがたい。その娘さんが言っていたスペシャリストか」
「初めまして水無瀬晴海、妖怪探偵です」
「河田太郎、ここの社長です。よろしくお願いしますよ。まあ座ってください」
晴海はじっと河田を見つめたが憑き人ではないようだ。自分の会社の機密を盗み出すはずはない。
久遠はメモを開き聴取を開始した。
「まず、先週の出来事の確認ですが、休まれている三人の社員はどのような業務をご担当でしたか」
「日立と紀伊と尾張のことですね。彼らは設計技師で新しい製品の開発を担当していました。開発が遅れて大変ですわ。少しでも先に発表しないとこの業界では後れを取ってしまいますからね。二番じゃダメなんですよ」
「それで、昨日の事件となったわけですね。その開発データを盗まれたと」
「そうなんだ、圭子、二人を呼んでくれ」
河田秘書は部屋を出ていった。
「やっぱり娘さんでしたか」
「ああそうだ。ゆくゆくはいい婿をもらってこの会社を継いでもらうつもりだ。久遠くんどうかね」
「だめだめ、久太郎は頼りないから会社つぶされちゃうよ」
「字がうまい以外はこれと言った取り柄がないからな」
「もう、本部長まで」
「社長、呼んできました」
「三木田君と狭川君だ。警察の舎利弗君、わしの友人だなんだ。正直になんでも話すんだぞ」
「はい社長、三木田登です」
「狭川信一郎です」
「県警の久遠です私が聴取させていただきます」
挨拶をしてメモを開いた。
「まずは三木田さん、昨日の出来事を聞かせてください」
「三人が休んでから開発が遅れて残業になったんですよ。お腹が空いてきて近くの蕎麦屋、収穫日庵から出前を取ったんです。それを食べ終わって作業の続きをしようと思ってパソコンに向かうとUSBが抜き取られていたんです」
「狭川さんも気が付いたことはありますか」
「ええ私もお腹が空いていて夢中で食べていたものでうっかり目を離していたんです」
「何を出前したの?」
晴海が聞いた。
「タヌキとハイカラですけど」
「晴海ちゃん、何の関係があるのそんなことを聞いて」
「その出前持ちさんに何か変なところなかった。一番の容疑者よ」
「マスクをしてたけどいつもの配達の人じゃなかったな。三木田君」
「そうだったな。注文を取り違えるし、僕がタヌキだというのにハイカラ渡してくるし」
「何かキョロキョロしてたな」
「よし!わかった!その出前持ちが犯人だ」
手を叩いて舎利弗が叫んだ。
「ちょっと待って頂戴。収穫日庵に電話してタヌキとハイカラの出前頼んで」
晴海がそう言って腕を組んだ。