河童スパイ 起
梅雨前のなんともさえない空の満腹寺にさえない訪問者がきた。
「こんにちは、県警の久遠です。いらっしゃいますか」
ハンカチで汗をぬぐいながら大きな声で呼びかけた。
「久太郎、何の用事、白鳥先生はいないわよ」
奥から出てきた晴海が答えた。
「知ってますよ。例の旅館で編集の人に缶詰めになってますから、原稿を渡したらここへお茶を飲みに行くから待っててくれと言われたもので」
「白鳥先生いらっしゃるの」
飛び跳ね笑顔が浮かぶ晴海。
「僕にもそんなにいい顔を見せてくれないかな」
「冗談じゃないわよ。先生と比べたらあんたなんて椎茸よ。で、事件なの」
「いや先月の蜘蛛女の件でその後の報告と、もう一件不可解な出来事があってご意見をとお尋ねしたんだよ。しかし晴海ちゃん酷いな椎茸なんて」
「いいの椎茸もいい出汁が出るから搾りがいがあるのよ。上がって頂戴、父の書斎で待っているといいわ」
「おじゃまします」
晴海は書斎へ久遠を案内した。
一人書斎に残された久遠は本棚に目をやった。
「すごい量の本だな。オカルトや、心霊現象の専門書、見たこともない本ばかりだ」
一冊手を取り読みだしていた。
「はい、お茶でもどうぞ」
晴海がお盆に番茶の入った安茶碗を持ちやってきた。
「ありがとう」
一口飲むが二番煎じの薄い薄い味がした。
「すごい資料がいっぱいあるでしょう。あなたの持っているゴラン書店の本は特に面白いのよ」
「見たことも聞いたこともない出版社だな」
「もう倒産してしまって古本屋さんでしか手に入らなくなちゃっているけど、その筋の人には有名よ」
「そうなんだ。刑事になるか出版社に勤めるかで大学出たときに悩んだ時期もあったけど、この出版社に勤めてたら大変だったな」
「その古代呪術と詠唱法については父さんの著作よ」
「お父さんとお母さんのことについては聞いてるよ。寂しくないかい」
「二人とも必ず帰ってくるから、絶対に、だから寂しくないわ」
いつになく強がる晴海であった。
「お待たせしたな。久遠くん」
白鳥がやってきた。
「先生、こんにちは、アールグレイ入れてくるから」
急いで出ていった。
「久遠くん、彼女に両親のことはあまり言わないでくれるか。強がって見せているが心に鍵をかけてしまっているから、あとスタイルのこともな」
「すいませんでした。気をつけます」
晴海が戻ってきた。
「はい、先生」
マイセンのカップに紅茶を入れてきた。それを恨めしそうに久遠が見つめていた。
「さて話を聞こうか」
「まずはじめに前回の事件の報告書の作成は困りました。晴海ちゃんのことは上層部からも一言も書かないようにと言われて、感謝状の件はなかったことになりました。ごめんね晴海ちゃん」
「いいわよ別に、それに本部長さんって人から神戸牛の詰め合わせ送ってきたから、おじいちゃんと美味しくすき焼食べたから」
「いいなあ神戸牛か。長いことすき焼なんて食べてないなぁ。本部長からも一度もごちそうになってないのに」
と言いながらメモ帳を開き久遠が報告を始めた。
「まず、樺木小町ですが、下着と一緒に盗撮もしていたようでそれをセットで裏ルートで販売していたようです。かなりの金額を売り上げていたようですがその金は全く残っていませんでした。どこかへ送金していたようです」
「送金先はわかったのかい」
「押収した資料に振込レシートがあり、ネオゼブルの家という宗教団体に送金していたみたいです」
「新宗教だな。確か・・・」
といい本棚の本を探し一冊手に取った。
「これだ、銀羽教、江戸初期からある邪教を母体としたサタニズム信仰者たちの宗教組織だな」
「そんなおどろおどろしい団体にですか。何故でしょう」
「それはわからない。君が調べることだ」
「そうですね。すみません」
「ところで今日も不可解な出来事とかの相談もあるんでしょう」
横から晴海が言った。
「そうなんです。うちの舎利弗刑事本部長の知り合いの精密機器の工場を経営する河田太郎氏の相談なんです」
「河童でも見たというのかい」
「えっ!なんでわかるんですか」
「いや、河太郎っていうのは河童の別称名だけどそうなのかい」
白鳥は笑っている。
「工場の防犯カメラに写っており社員が怖がっているそうです」
「誰かがいたずらでコスプレしてるんじゃないかい」
「いえ、社員の何人かが原因不明の状態で休んでしまっているんです。こんなことでは警察も介入ができないんですけどどうにか調べていただけませんか」
「原因不明の状態とは詳しく行ってくれないか」
「それが気力がなくてしっかりしていなくなって、俗にいうふぬけてしまっているんです」
「それは河童の仕業よ!尻子玉を抜かれたんだわ」
晴海が口をはさんだ。
「そうかもしれんな。どうだ興味がわいたか」
「はい先生、調べてみたいです」
「というわけで久遠くん、また晴海ちゃんと捜査してみてはどうだ」
「晴海様、お願いできますか」
「じゃあ来週の水曜日、体育祭の代休だから一日空いてるわ」
「迎えに来させていただきます。ところで尻子玉って何です?」
「おしりの中にある霊的な臓器よ。それを河童は盗ることができるのよ。それを取られるとふぬけ状態になっちゃうのよ」
「それは大変ですね。元には戻らないんですか」
「ビー玉みたいな形になっているから、それを戻してやればいいんじゃないかな」
「では河童退治ですね。水曜日よろしくお願いします」