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ワクチン

「水無瀬さん大丈夫ですか。だいぶ血を抜きましたけど」

「問題ないわ。もっと採ってもらってもいいくらい」

 とは言ってはいるが貧血でフラフラの状態であった。

 宝蔵院と看護婦姿のヤーシャが防護服を着て作業をしていた。

 作業を続けるヤーシャの首すじを見ていた晴海は妙な飢餓(きが)感を覚えた。


 噛みつきたい。のどに鮮血が流れ込むことをイメージした。

「私なにを考えてるの」

 晴海はあわてて欲望を押さえた。

「しばらくそのソファーで横になりなさい」

 ヤーシャの言葉に従って腰を下ろして横になった。睡魔が襲い深い眠りについてしまった。


 どれくらい眠ったのであろう。目を覚ますと部屋には一人きりであった。傍らのサイドテーブルの上に真っ赤な液体の入ったグラスが置かれてあった。

 急いで手に取り勢いよくグラスの液体を飲み干すとトマトジュースであった。そして、がっかりとした自分に晴海は驚いた。

「いっぱい血を取られたから変な妄想をしただけよ。まったく変なの」

「起きられましたか。なんとか抗体成分の抽出に成功しましたよ」

 宝蔵院の言葉で時計を見ると半日以上の時間が流れていた。

「もうこんな時間なのね。お腹がすいちゃったわ」

「軽足さんが食べるものを作ってますから食堂へ行きましょう」

 研究所のみんなで遅い昼食となった。

「天ちゃん、どうなんだい。ワクチンは成功しそうかな」

 軽足は山盛りのマカロニを運びながら宝蔵院に問いかけた。

「ええ、動物実験は成功しました。あとは人体用に調整して久遠さんに試してみるつもりです」

 晴海は夢中でマカロニを食べていた。

「晴海ちゃんいい食べっぷりだね」

「すごくお腹が減っちゃって、ステーキみたいなものも食べたいな」

「いいお肉があるから焼いてやろうか」

「飛び切りレアでいいわ」

 軽足は冷蔵庫から分厚いサーロインを取り出して焼き始めた。

 レアとのご要望でさっと焼き色をつけただけのステーキが運ばれてきた。晴海はナイフで大きめに切ると口の中へと頬張って、あっという間に一枚を食べてしまった。

「もう大満足、また眠たくなっちゃった。でも天鼓君、早く久太郎に試してみてよ」

 久遠の病室としている部屋に宝蔵院は向かった。

「やあ、宝蔵院君、少し楽になってきたけどまだ熱があるみたいだ」

 少しやつれた久遠は元気を取り繕うとしたが弱々しい声で答えていた。

「このワクチンは治療薬も兼ねていますのですぐに効き目が出始めるはずです」

 宝蔵院は久遠の腕に注射をした。

 久遠は眉を寄せ少し苦悶の表情をすると気絶してしまった。

「副反応じゃないと思うんですがバイタルは正常のようですね」

 久遠に繋がれた機械を見ながら宝蔵院は落ち着いてそういった。

「しばらく様子を見ましょう」

「腹ごなしに運動でもして待とうかな。ヤーシャさん御手合せお願いできるかしら」

 自分が苦戦した銀メダル妖怪を倒したヤーシャを見たかったのである。

「いいだろう。私も暇にしていたところだ」


 二人はトレーニングルームへ向かった。

 ゴスロリ戦闘服に変化した晴海はヤーシャと向かい合った。

「晴海、遠慮はいらないからすべての武器を使いなさい。このスーツを試してみるわ」

 宝蔵院の開発したプロテクタースーツを着たヤーシャが言った。

「水無瀬晴海!お願いします!」

 最初から全開で爆裂呪符を連射した。右へ左へ自由自在で動き回るヤーシャにはかすりもしない。

「やっぱりすごいわね。これはどうかしら!火球(ボイデ)付与(エンチャント)!」

 呪符が一発直撃したが、かまわず直進して晴海の背後にヤーシャが忍び寄った。

「まずは私が一本ね。動きが単調すぎるわ。戦闘鬼も召喚しなさい。それが本来のあなたの戦い方よ」

「お言葉に甘えて、オンキリキリバザラウンバッタ、チュッ」

 日輪と月光が現れた。ヤーシャは(こん)を手に取った。

 舞うように華麗に昆を使いながら二体の鬼と対等に戦うヤーシャに晴海は見とれていた。

「見とれている場合じゃないわ隙を見付けなきゃ」

 水流呪符を傘の柄に貼って晴海も動き回った。ヤーシャの死角に入り込む。

「今ね!」

 水流を打ち込んだ。

 まるで背中に目があるかのようにヤーシャがよけるが

水球(ポーア)付与(エンチャント)!」

 水球の銃弾へと変化した水流はUターンしてヤーシャを直撃した。

「いい攻撃だ。火球なら大ダメージを与えられるな。面白くなってきた」

 二人と二体は時を忘れ何度も組み合っていた。


「二人とも、久遠さんが目を覚ましました。来てください」

 スピーカーから宝蔵院の声がした。

「ありがとうございました。ヤーシャさん、勉強になりました」

「私も面白かったぞ。さあ汗を流して久遠のとこへ行こう」

 二人はシャワールームへ行った。

 隣でシャワーを浴びるサーシャを晴海はじっと見つめて

「素敵なスタイル、うらやましいわ」

「晴海も悪くないぞ。バランスの取れたラインをしているし肌がきれいだ」

 ヤーシャは晴海に抱き着きなで回した。

「きゃ!もう、ヤーシャさんたら」

「ところでその背中の刻印はなんだ」

「えっ?」

 鏡を合わせて背中を見た晴海は

「知らないわ。いつの間に」

「あとでフーに見てもらうといい。何かわかるかもしれない」

 体を拭き久遠の病室へと向かった。


「成功ですよ。ウィルスをすべて駆逐してます」

 宝蔵院は笑顔で晴海に言った。


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