約束
「お父さん、またあのへんな男の子また見に来てるわよ」
舞台袖でヤーシャは父である団長とそんなことを言っていた。
「いいじゃないかこのサーカスが大好きなんだろう。大事なお客様だ。一番の演技を見せてやれヤーシャ」
宝蔵院は座席で目を輝かせ今か今かと開演を待っていた。なぜかヤーシャに会いたいという気持ちが押さえきれずに夢中になってサーカスに通っていた。公演中は彼女から一切目を離さず食い入るように見つめていた。
今日の公演も終わり、宝蔵院は意を決してバラの花束を抱えて楽屋に届けようとしていた。その見てくれの悪い姿にバラの花束が不似合いで、さらに滑稽さを増していた。
楽屋付近は混雑していて人の往来が激しかった。懸命にすり抜けながら進んでいたが大きな男とぶつかって跳ね飛ばされ、バラの花びらが宙を舞った。あわてて拾い上げようとオロオロと這いずり回っていた。転んだ時に花束をかばい腕を擦りむき血がにじんでいたが、気にすることなく懸命に花を拾い上げていた。
宝蔵院の目の前にすらりとした長い脚が立ちすくんだ。
顔を上げるとそこにはヤーシャがいた。とたん顔を真っ赤にしてうつむいてしまった。
「僕、これを私に届けに来てくれたのね」
ヤーシャは花を拾い上げて宝蔵院に渡した。宝蔵院は無言で下を向いて花束をヤーシャに差し出した。
「うれしいわ、真っ赤な薔薇が大好きなの、ありがとう。あら、すりむいて血が出てるじゃない。こっちに来なさい」
言われるがまま宝蔵院はヤーシャについていき、楽屋テントへと入っていった。
消毒薬を塗ってもらい包帯を巻いてもらうと
「ありがとうございました。こんな僕なんかを介抱してもらって」
もじもじと下を向いたまま小さな声で礼を言った。
「大事なファンなんだから当たり前よ。お茶でも飲んでいきなさい」
宝蔵院の手をぎゅっと握った。
気絶しそうになってしまい。ふらふらとしていた。そこへ携帯が鳴ったが夢うつつとなり気が付かない。
「電話鳴ってるわよ」
ヤーシャの声でわれに返り
「すみません、失礼します」
慌てて電話に出た。
「わかりました。アシストします」
カバンからパソコンを取り出して通信を始めた。
「すでにスタンバイして倉庫の中にいます」
いつのまにかサーカス団の団長、軽足もやってきた。
「サーシャどうしたんだ?あの子は」
「この花束をプレゼントしてくれたんだけど急にパソコン取り出してこの様子よ」
「あれはゴブリンというモンスターですね。おそらくメダルで操られているのでしょう。遠慮なく倒してください」
気になる言葉に軽足とヤーシャはパソコンを覗き込んだ。
「永晴の娘の晴海ちゃんじゃないか、ゴブリンと戦ってるぞ」
驚いて二人は顔を見合わせた。
「坊や、これはどういうことなんだい。晴海ちゃんはなぜゴブリンと戦ってるのかい?おじさんに教えてくれないか」
「僕は水無瀬さんと同じく特務捜査課零係の捜査官なんです。実はお二人のことも知っているんです」
「またこんな子供をお前さん所の本部長はいったい何を考えてるんだい」
「お父さんまた怒って、いい加減にしなさいよ。私もこのくらいの時に訓練させられたんだよ」
「だからだよ。おまえのことと重ねてしまうんだ。守れなかったわしのふがいなさで後悔の念が湧いてくるんだ」
「私はもう大丈夫よ。後悔もなにもないわ。戦える力を授けてもらったと感謝してるわ」
配送センターでのオペレーションは終わった。
「こんなところで申し訳ありませんでした。僕は失礼します」
宝蔵院は去ろうとしていた。
「ちょっと待って、お名前は」
「宝蔵院天鼓と言います」
「天鼓君、またサーカスいらっしゃいね。その時はお茶しましょ」
ヤーシャの言葉にドキドキとし、急いでテントを出ていった。
舎利弗は県警近くの静かなスコッチバーのカウンターの一番奥の席に腰かけていた。
深々と帽子をかぶったままでマッカランの18年を呑んでいた。
その横に男が音もたてずに座った。
「久しぶりですね。こうして呑むのも、俺も同じものを」
バーテンダーにオーダーした。
「18年だ。どうしていた」
舎利弗は貴具に尋ねた。
「そう、18年前、家族を全員殺されたんだよ。教団のメダル妖怪に親父や兄貴は貴具家に伝わるアイテムを奪われて」
「相談が欲しかったな」
「あの頃は復讐心でなにもほかのことは考えられなかったもので舎利弗さんには謝っても謝り切れない」
「生きていてくれたことだけで十分だ」
乾杯をした。
「しかし今日のようなことはこれっきりにしてくれ、スタンドプレイは仲間を危険にさらすことになる」
「反省してますよ。相談したいことがあるんですが」
「なんだ。聞こうじゃないか」
「久遠の使っている弾丸、宝蔵院の作っているあれを俺にも支給するように彼に言ってもらえませんか。本部長の許可がないと渡さないと言っているんですよ」
「わしが許可するまで渡すなと言っておいたんだ。君のことだ一人で乗り込もうとするに違いないと思い釘を刺したんだ。今は許可できない。チームに溶け込んでからだ」
「やはりそうですか。わかりましたしばらく我慢します」
グラスのスコッチを飲み干した。
「ではごちそうさまでした」
席を立とうとする貴具に
「ところで貴具家に伝わるアイテムとは何なんだ聞かせてくれ」
「異世界へのゲート発見機とでもいうものですかね。使い方がさっぱりわかりませんが」




