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警視庁公安部陰陽課

「すごい設備の研究所だったね」

 帰りの車の中、久遠の言いかけに返事がないと思ったら後ろの座席で晴海は眠っていた。

「体力測定の疲れもあるだろうが、緊張していたんだな」

 すると突然。

「しまった、せっかく宿題持っていったのに」

 宝蔵院に教えてもらうつもりで持ち込んだ夏休み宿題のことをすっかり忘れてしまっていた。

「仕方ないよ。彼も今忙しいしまた今度にしなよ」

「そうようね。久太郎、数学得意なの」

「中学生の数学くらいなら大丈夫だよ」

「家に着いたら少し教えてね」

「わかりましたよ。晴海様」

 少しは頼られて久遠は少しうれしくなっていた。


 数日が経ち、八月へと夏休みもあと一か月となった。

 晴海は宝蔵院からのメールに添付された資料に目を通していた。

「天鼓君、戦い方の組み立てや、呪術の使い方までこんなに分かりやすく細い指導付きで教えてくれるなんてすごいわね。四月から身長も三センチも伸びていたなんて、私って今成長期なのかな」

 胸に手をやり頷いていた。

「また、メールだ。なんだ久太郎か」

 ゴロンとベットに寝転がり読みだした。

「やった!テーマパークへのお誘いだ!んっ?その前に捜査の依頼、しかたないなぁ。もう飴をちらつかせてぇ」

 部屋着からお出かけ用の服に着替え始めた。

「おじいちゃん警察の仕事、また後で電話するわね」

 外に出て待つ晴海に所へ車が止まった。

「あれ、久太郎、眼鏡なんてかけてどうしたの」

「おはよう、晴海様、これは宝蔵院君から掛けさせられているんだよ。画像は研究所にいる宝蔵院君に送られているんだ。このイヤホンとブローチ付けてください」

 晴海は小さなイヤホンを左耳に付けブローチを胸にとめた。

「おはようございます。水無瀬さん、今日はよろしくお願いします」

「おはよう、天鼓(てんこ)君、聴こえてる」

「ええ、大丈夫ですよ。僕の通信衛星を使って接続していますからどこでも問題ないです」

 通信衛星まで持っている宝蔵院だった。

「今日の任務はネオベゼルの家の関連施設だけども偵察も兼ねていますからこんなことになっています」

「ついに教団にメスを入れるのね。ちょっと待って、鳴釜(なるがま)くん!ついてきて」

 念のためのボディーガードを引き連れていくつもりだ。

「あの防犯ベル君も連れていくのかい」

「ええ、用心の為よ」

 車に乗り込むと座席にタブレットが置かれていた。久太郎からの事件の内容を聞きながら現場に向かった。


「つまりその教団施設の周りで六件も放火事件が頻発しているのね」

「お昼過ぎの犯行にもかかわらず目撃者もいなくて、防犯カメラの映像では突然発火現象が起こっているんだ。今はボヤ程度で済んでいるんだけど、どうだい零係(れいがかり)向きの事件だろ」

「天鼓君、防犯カメラの映像は解析してるの」

 タブレットに映し出されている放火現場の映像を見ながら宝蔵院に聞いた。


「久遠さんの言っている通り、火をつけている犯人は映っていません。しかも、時限装置や引火するような薬物も見つかっていないので自然発火したという判断が90%以上です。物質が自然発火するには周りが燃焼温度に達したということですが、それらしき状況下ではないことが結論付けられます。水無瀬さんの使う爆裂呪符のような方法なら可能な犯行です」

「呪符をどこかに張り付けたということ」

「可能な犯行方法の一つが普通の人間には無理なことか、やっぱり零係案件ですね。誰か発火前に現場に近寄った人は割り出せるかい?」

 久遠のアイディアだが調べるには時間がかかってしまう。

 晴海はそれぞれの放火現場の犯行後の映像を見ていた。


「現場近所に着いたのでこれから晴海様に見てもらっていきます」

 コインパーキングに車を止めた。

「ちょっと何か引っかかるのよね。天鼓君、野次馬の顔って認証できる?」

「ええ、簡単ですよ。ちょっと待ってください」

「晴海様、どうしたんですか。何かわかったんですか」

「うーん、野次馬の映像を見てたらなんかモヤモヤするんだけど、わからないわ」

「わかりました。全部の現場に同じ人物が写り込んでいました。編集画像を送ります」

 久遠も晴海のタブレット覗き込んだ。

「本当だ。この少し太った男、現場より周りをきょろきょろ見ている。よく気が付いたね何者だろう」

「警視庁のデータベースに一致する人物はいませんね。前科はないようですね」

 人相がよくわかる画像を送信して来た。

「悪い人には見えないわね。ちょっとオタクっぽいけど」

「とりあえずネオベゼルの家の施設に行ってみましょう」

「ねえねえ久太郎、どうしてその施設が怪しいの」

「それは僕の推察です」

 宝蔵院が答えた。

「ボヤのあった場所をマーキングすると故意としか思えない位置関係があるんです。見てください」

 地図とマーキングされた画像がタブレットに映し出されたが、六カ所の位置は老人ホームから離れていて、とても関係があるように見えない。晴海と久遠が尋ねようとすると地図にラインが引かれていった。

「北斗七星?」

「そうなんです。禹歩(うほ)という手法でこの星の位置に歩くことによって北極星のある地点に呪術を掛けます。老人ホームになんらかの呪術攻撃をしようとしているんです」

「あと一カ所で完成するということ?」

「おそらくはそうでしょう」


「老人ホームを調べに行きましょう」

 久遠は歩みだした。そしてネオベゼル・シニアハウスの入り口に立った。

「見た目は怪しげな感じじゃないなぁ」

「でも豪華そうよ。きっとお金持ちが入所しているじゃない」

 大理石とガラス張りの外観はただの老人ホームには見えなかった。

 オートロックのインターフォン越しに久遠は警察手帳を見せ中に入った。

 受付の職員に所長と面会を願い出た。

 職員に案内されて所長室にたどり着いた。分厚いドアを開けて中に入ると、優しい表情の女性がいた。

「お忙しいところ申し訳ありません。県警の久遠と申します。ご存じかと思いますが、このあたりで放火事件が頻発していることについて何か心当たりや、目撃したことを聞いて回っております」

「どうぞ、お座りください。ネオベゼル・シニアハウスの所長の済日(さいび)と申します。外出の予定があるので手短にお願いします」

「すみません。すぐに終わりますのでお話うかがえますか」

「と言われても、私共の施設は御覧になられたと思いますがただの老人介護の施設ですので、職員たちもそんな時間に出歩くこともありませんのでせっかくのお越しですが何もお話しすることはありませんわ」

「それでは失礼させていただきます。お時間をいただき申し訳ありませんでした」

 久遠と晴海は施設を後にした。


「天鼓君、施設の中は何か怪しいとこはなかった」

「残念ながら、なにも・・・すみません」

「謝ることはないのよ。北斗七星の最後のポイントに向かうわ」

 地図を見ながら探しに行くとマンションの自転車置き場であった。

「あっ!久太郎、あの男よ。捕まえて」

 男の後を追って走り出した。追われることに気が付いた男も駆けだした。

 突然男が転んでしまった。晴海のお手伝い妖怪の鳴釜が足元にうずくまっていた。久遠が取り押さえ警察手帳を出す。

「ちょっとなんで逃げるんですか。職務質問させてもらいます。何か身分証明書をお持ちですか」

 男の腕をしっかり握って聞いた。

「何もしてないよ。逃げないから手を離せよ」

 男はするりと握った手をいとも簡単に振りほどいた。

「この呪符を貼り付けたのはあなた」

 晴海はビニール袋に入れた一枚の呪符を見せた。

「ちぇ、剥がしやがったか。邪魔をしやがって」

「どういうことだ。ネオベゼル・シニアハウスに何をしようとしてたんだ」

「ほう、よくそこまで突き止めたな。久遠に水無瀬かそこそこやるようだな」

 晴海と久遠は警戒に緊張した。

「俺は同業者だよ。警視庁公安部陰陽課の貴具(きぐ)(すなお)だ」

「公安!それがなぜ」

「仕方ないな。共同戦線と行こうか、話してやるよ」

 貴具(きぐ)は話し始めた。

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