その力を増すもの
森羅万象を、木火土金水で象徴する五気で割り当て、春に木気、夏に火気、秋に金気、冬に水気、そして残った土気は季節の変わり目とした。これを土旺用事、略して土用と呼んだ。
「こんにちは、久遠です」
「書斎で待っててね」
奥から晴海の声がした。
「おじゃまします」
大きな声で答え、久遠はいつものように書斎へ向かっていった。
しばらくすると冷たい麦茶を持って晴海がやってきた。
「ありがとうございます。暑いですね今日も」
「あっエアコン入れて待ってればよかったのに。本堂は涼しいんだけどこの部屋は熱がこもっちゃうのよね」」
晴海がリモコンを取りスイッチを入れた。
「白鳥先生連絡取れた?」
「ええ、11時にこちらで待ち合わせることになりました。明日から三宮の百貨店で個展をされるとのことで京都からいらっしゃるみたいです」
白鳥は恋愛小説家以外に日本画家もやっていた。
「明日からなの行かなくっちゃ」
「これは舎利弗本部長からのおみやげです」
紙袋を晴海に渡した。
「なにかしら、お肉?」
「今日は丑の日ですよ」
「やった!鰻ね。一昨日から夏休みでお昼も何か作らないといけなくて、これからご飯を炊こうと思ってたのよ。久太郎も食べていきなさいよ」
「えっいいんですか。ご相伴にお預かりして」
「この紙袋の重さからしてたっぷりありそうだから。先生が来たらお昼にしましょう」
紙袋を持って台所へ戻っていった。
久遠は本棚を眺め白鳥の到着を待った。しばらくすると玄関で声がして白鳥がやってきた。
「お待たせしたかな」
「いえ、時間ちょうどです。お忙しいところわざわざすみません」
「作品の搬入は済ませてあるから、あとは夕方に陳列のチェックだけだよ」
晴海がアイスのアールグレイを持って入ってきた。
「先生、こんにちは、舎利弗のおじさまから鰻の差し入れがあるので一緒に食べましょう。それとご相談があるんですけど」
「久遠くんから聞いているよ。強敵が現れたんだってね」
「鉄鼠と火車の二体なんですけど妖怪メダルの色が銀色だったんです。とにかく妖力が高くて手の打ちようがなかったんです」
「よく無事でいられたな。運がよかったと思った方がいいよ。少し戦い方を学んだほうがいいかもしれない」
「何か方法があるんですか妖怪との戦い方を学ぶすべが」
「妖怪との戦いか、舎利弗本部長はその昔、柔道のオリンピック代表の強化選手だったんだけど対人にしか意味ないか。神頼みしてみようか」
「久太郎、何ふざけてんのよ。こっちは真剣なんだから」
「神頼みかそれもいいかもしれないな」
「先生まで」
「いや、神は神でも神獣だよ。確かこの書斎に本があったな」
白鳥は本棚ではなく机のうしろの木箱を探し始めた。
和綴じの本を一冊掘り出してきた。
「これだこれ、この寺の創建した藤原盛俊の日記だ。なかなか興味深いファンタジー小説のような内容だがその当時の出来事が書いてある。ここに四神獣の話があるんだ」
といいパラパラと読み始め、本を閉じ
「食事をしたら、久遠くん、僕と晴海さんを街まで送ってくれないか。百貨店に行く前によりたい場所があるんだ」
三人は食堂へと場所変えた。
「おじいちゃん、ご飯よ!」
祖父の晴山を呼んだ。
「いい匂いがしているな。今日は土用の丑だったな」
「いただきものよ。舎利弗のおじさまから」
「肉といい鰻といい、いい男じゃのう」
晴海はどんぶりにご飯をよそいオーブンで温めなおした鰻を載せてタレをかけた。
おしんこと半助と肝の入ったお吸い物をテーブルに置いた。
「じゃあ、いただきます」
「美味しいですね。何でもご実家の肉屋のそばにある鰻屋さんで焼いた一色産だそうです」
「さすが舎利弗のおじさま、肝焼きまで入れてくれてたの。おじいちゃん晩酌の肴に残してるからね」
「関東では切って焼いているが関西では頭ごと焼くので鰻の頭、半助ができるのがいいね。このお吸い物も美味しいよ」
白鳥も満足しているようだ。
「よかった。先生に美味しいと言ってもらえて」
食事が終わり四人はお茶を飲み歓談していた。
「晴山和尚も、お祓いの仕事をなさっていたんですか」
久遠は聞いてみた。
「この子の父親の永晴は学者をやめずに本ばかり書いておったからな。ついこの前までわしがお祓いを請け負っておったのじゃが晴海には才能があってのついつい甘えておるんじゃよ」
「何か独自の修行法とかあるのですか」
「一子相伝、口伝で引き継いでおるだけじゃ」
「晴海様のパワーアップの方法とかないんですかね」
「パワーアップか、何かあったような気がするんじゃがなあ。忘れてしもうた。そのうち思い出すと思うから待っておれ」
「もう、おじいちゃんしっかりしてよ」
「さてそろそろ久遠くん、行ってくれるかな」
「はい、先生わかりました」
久遠の車で白鳥と晴海は街へと降りていった。
トンネルで新神戸まで来たところで
「久遠くんこっちだ」
北野の神社へ向かうように白鳥は伝えた。
車を駐車場にとめ神社の石段を登っていった。
「異人館ばかりあるところだと思っていたらこんな神社があったんですね」
久遠は感心していた。
「私はこの神社が好きでたまに神戸に来たときはお参りに来ているんだ。菅原道真と青龍を祭っているんだよ」
「すごくパワーを感じるわ。心が洗われるようだわ」
「ここからは一人で進んでみなさい。水無瀬家のものならなにか答えてくれるかもしれない」
「はい、先生わかりました」
晴海は鳥居の前で一礼して先に進み手水舎の水でみそぎをして精神を統一した。
「水無瀬家のものだな。こちらにくるがよい」
心の中で声聞こえた。言われた方向へ進むと空間のゆがみが生じていた。
「入るがよい」
声の命ずるままに晴海は入っていった。
後ろからついて来ていた久太郎は驚いて
「先生!晴海様が消えてしまいました!」
「うむ、なんとかなったようだな」
「そんな、どうなるんですか晴海様は」
「しばらく待っていればいいだけだ。安心しろ久遠くん」
晴海が消えた場所を見つめるだけの久遠だった。




