◆◇◇◇◇ 承
車は街道を南下してよろこびの村と書いている大きなゲートをくぐっていった。
「始めてきたけど広い施設ね」
晴海は車からの景色を眺め感心していた。
「200ヘクタールの敷地があるからね。甲子園球場、50個分くらいだね」
関西人は東京ドームより甲子園球場を物差しに使いたがる。
「そんなこと言われても甲子園なんて行ったことないから、わからないわ。とりあえず広いってことよね」
病院棟の駐車場に車を置き、入り口に向かう二人、受付で久遠は警察手帳を見せて入館した。
「この先の特別病棟に権化森がいるんだ」
一度来ていたのであろう。久遠はすたすたと先へ進んでいった。
病室の入り口には二人の護衛らしい黒服の警官が立っていた。
久遠はまた警察手帳を開いて見せ、続いて晴海も通り過ぎようとしたところで止められた。
「なによ。私も捜査官よ」
ポケットから警察手帳を出して中を見せた。
驚く警官は手に取ってまじまじと見つめて
「失礼たしました。水無瀬警部補」
敬礼をした。
「えっ!晴海様、警部補だったんですか。僕よりも位が上じゃないですか」
久遠が肩を落とした。ノンキャリアな久遠には届かない階級だった。
病室に入ると一人では広すぎるのではというくらいの大きな部屋であった。
権化森はベットから上体を起き上がらせ、見ていたテレビのニュースを消して二人を迎えた。そして、部屋にいた秘書を表に出るように命じた。
「久遠刑事、その子が例の特別捜査官か。大丈夫なのか小学生くらいじゃないか」
「中学一年生です。あまり失礼なことを言うとこの件は手を引かせてもらいます」
「すまなかった。舎利弗君からは君の有能さは聞いて知ってはいたが、あまりにかわいらしい女の子だったものでつい、口が滑ってしまった。本当にすまないことをした」
頭を深々と下げた。
「権化森さんもこうして謝れているので機嫌を直してくださいよ」
「わかりました。仕事をします。で、脅迫状とメダルはあるの」
「それはここに」
久遠がカバンからビニール袋に入った証拠品を取り出した。
「指紋は受け取った権化森さんと秘書の根角さんのものしか検出されませんでした」
新聞の文字を切り貼りした”しゃべるな”の紙と、メダルを晴海はじっくりと見た。
「このメダルは偽物、妖気のかけらもないわ。でもこの手紙からはかすかに妖気を感じる。書いた人は憑き人に違いないわ。権化森さん何をしゃべってはいけないの答えて、命の危険が迫っているから」
権化森を睨みながら晴海は凄んだ。
「命の危険、本当かね」
「あなたを狙っている犯人は信じられないでしょうが、妖怪の力を使って犯行を行います。普通の警察の警護では及びもつかない能力で襲い掛かってきます。私たち特務捜査課零係の水無瀬特別捜査官にしか退治できないんですよ。正直に話してください」
「言ってわからないなら現物を見てもらいましょうか。塗壁くん出てきて」
病室の壁が動き出したと思うとそこから塗壁が現れた。
「うおお、な、なんだねこれは」
権化森の顔に恐怖が浮かんだ。
晴海は錫杖を取り出し、錫杖の先についた輪っか、遊環にキスをして
「オンキリキリバザラウンバッタ」
二体の鬼を召還した。赤鬼と青鬼は腕を組み権化森を睨んだ。
「これでもしゃべりたくないの!どうなの!」
ドンと錫杖を床に打ち付けた。
「わ、わかりました。すべてお話いたします。お願いだからこの妖怪たちを下げてください」
脅えて頭を抱えた権化森は懇願した。
「わかったらよろしい」
晴海は日輪と月光に投げキスをすると元の遊環へ戻し、錫杖を塗壁に仕舞った。
「じつはある宗教団体から多額の献金を受けた際に頼まれごとをされたんだ」
「それは今、問題にされている贈収賄事件のことですか。本当のことを言ってくれんですね」
久遠はメモを取り始めた。
「そうだ。あの京都の土地のことだ」
「あれはたしか年金基金の保養所として作られた山荘で使われなくなってそのままになった国有地を売却した件ですよね。かなり安く売却されたということでしたよね」
「あんな不便で次の予定も何もない土地だから大した問題にならないと思ったんだ」
「山荘を取り壊して埋蔵調査にかかると謎の古代遺物が発掘されたんですよね」
「それなら覚えてるわ。呪術に使ったかのような人型の遺物よね。父さんの本に似たような図版が載っていて興味があったのよ」
「そうしたらこの問題が浮かび上がってきたんだ。売却価格が安すぎると市民オンブズマンから指摘を受けて、わしはエライ迷惑じゃ」
「ところで言っちゃダメなことは何なんなの」
「持ち上がった週刊誌に不正が明るみにでると掲載されると連絡を受けてその宗教団体の担当者に相談しした時に」
口ごもる権化森
「あったときなんなの」
「突然、あのメダルを飲み込んだかと思うと炎をまとった化け猫に変化したんじゃよ。そして口止めを念押されたんだ」
「その宗教団体はネオベゼルの家ですね」
ペンを止め久遠が聞いた。
「そうだ。もうこれ以上わしに聞かんでくれ!出て行ってくれ」
ベットに潜り込んでしまった。
「久太郎、さっき出ていった秘書、何か気が付かなかった」
「えっ?なにか、確か根角とか言ったな」
と言い手帳に挟んだ秘書の顔写真入り名刺を取り出した。
「ちょっとかして」
名刺を奪い取るとペンで落書きを始めた。
「こうやって、髭を書き込めば」
と久遠に見せた。
「これはメダル運び屋の似顔絵と瓜二つだ。権化森議員、あの秘書は何者ですか」
「あいつが今回の土地取引の件を持ち込んできたんだ」
ベットの中から答えた。
「追うわよ!久太郎!」