◎プロローグ
平安時代から続くこの寺は平清盛の家来といわれる、藤原盛俊が創建した禅宗の古刹である。
最初は玄武寺と呼ばれていたが源平合戦後、落ちのびてきた平家の武者たちを匿い腹いっぱい食事を振る舞ったことで満腹寺と呼ばれるようになった。
晴海はこの寺で生まれ育った中学一年生の娘、幼い頃、両親が神隠しにあい祖父、水無瀬晴山と二人で暮らしていた。
「おじいちゃん行ってくるね」
「頼んだぞ晴海、しっかり稼いでおくれ」
中学のブレザー姿にカバンにはたくさんを呪符を詰めて晴海は出かけていった。
ほっそりとした体つき力強い大きな目と長い黒髪を束ねたポニーテールが印象的だ。山間の電車で海の広がる街へと降り立った。
「まいど、満腹寺です」
乙仲通りの古びたビルの中にある雑然と商品のおかれた道具屋へと晴海は入っていった。
「今回もご苦労様、晴海ちゃんお願いするね」
座っている女店主は銭形響子、この店のオーナー、ミニスカートでタイトな衣服で大きな胸を強調している。
「響子さん、パンティ見えてますけど」
「あら失礼」
スカートを整える。
うんざりした表情で
「で、ブツはどれですか」
「これなの、夜中動き回って大変なのよ」
古びた壺を差し出した。
その壺は妖怪に憑かれていた。付喪神、長い年月を経ると道具には精霊が宿ると言われている。
「秒で始末するから」
と晴海はいうとカバンから一枚の呪符を取り出し壺に張り付けた。
印を結び。
「オンキリキリバザラウンバッタ」
真言を唱えると呪符はボット燃え出し一枚のメダルへとなり転がった。
「いつもながら手際いいわね」
「仕事ですから、はい請求書」
祈祷料と書いた請求書を響子へ渡した。
「もう少し負けてもらえない。ここのところ不景気で」
「その頭、美容室へ通いすぎてるじゃないですか。いやならこのメダル元に戻しますけど」
キッと大きな目で響子を睨んだ。
「もう、わかったわよ。ちゃんと月末には振り込みますから、晴海ちゃんのミルク代」
響子は晴海の胸を見ながら言った。
「ミルクなんか飲まなくても、もう少し成長したら大きくなります!」
気にしている胸のことを言われ腹を立てていた。
「ごめんごめん、これでケーキでも食べて帰りなさい」
千円札を手渡した。
「御茶代が足りないんですけど」
「わかったわよ」
もう一枚手渡した。
「まいどありがとうございました。またのご利用お待ちしてます」
頭を下げて道具屋を後にした。
ケーキ屋へ入り、いちじくのタルトとザクロと呼ばれるケーキと紅茶を頼んだ。
「ここは安くておいしくてサイコー、残ったお金でじいちゃんに豚まん買って帰ろっと」
満腹寺は宗派を破門となってから駐車場の収入と保育園の経営、そして晴海のお払いの収入で生計を立てていた。
再び電車に乗り寺へと帰っていく。土日はいつもこのように過ごす晴海だった。
「ただいま、おじいちゃんお土産もあるよ」
「おかえり晴海ちゃん今日もお払いかい」
「白鳥先生!いらっしゃいませ」
晴海の顔がパッと明るくなって丁寧に挨拶をした。
客人は白鳥道真、恋愛小説家で晴海はその小説ファンであった。すっきりとしたいい男でハーフかと思えるほどだ。
執筆活動をするときは近くの芸大の同級生の経営する温泉宿、古泉須久那坊に泊っている。
晴海ががっかりしていることは白鳥には春奈というきれいな妻がいることだ。大学で知り合った彼女は世界中を旅してコンサートしているオペラ歌手だ。
なぜ白鳥がこの寺と縁があるのかというと仏画を依頼されているのであった。日本画を学んだ白鳥だが実家は仏師であった。ここの寺には彼の先祖の作った仏像が祀られている。白鳥の描く百鬼夜行は実際に見たかのように生き生きと描写されていた。
「白鳥先生、今日はどうしていらしたの」
「いや、京都の工房で先日見つかった古文書にこの寺で先祖が彫った仏像のリストがあったんだが、そのうちの一体がこの寺にないんだよ。それを調べに来たのさ」
「わしもそのことは知らなんだが、この寺の開祖、藤原盛俊さまの像だというんじゃ」
晴山もわからないらしい。
「先生、それなら私心当たりがあるんですけど」
「えっ晴海ちゃん本当かい」
白鳥は驚いた。
「ちょっと待ってくださいね。驚かないでね」
というと印を結んで
「塗壁くん出てきて頂戴」
本堂の壁が浮き上がって妖怪、塗壁があらわれた。
二人は別に驚きもせず
「塗壁がどうしたというんだ?」
「塗壁くんあのおじいちゃんの像だしてお願い」
うなずくと体から錫杖を持った彫像を一体吐き出した。
「おお、これに間違いない。文献通り錫杖を持っているし、作風はご先祖様のものだ」
「よかった。お役に立てて」
晴海はにっこりと笑った。
晴海は両親がいなくなった後、この寺に巣くう妖怪たちと仲良くなったのであった。寂しく一人でいる幼子の遊び相手として彼女を支えていたのだった。
「しかし見事な錫杖じゃな。玄武の頭部に遊環が六個」
晴山が手に取り見ようと抜こうとするがぬけない。
「あれ、私には取れたよ」
と言い晴海が錫杖を像から抜き取った。
「錫杖が持ち主と認めたんだな。三回打ち鳴らしてごらん。文献通りだと」と白鳥が言うと晴海は床を錫杖で三回たたいた。
キラキラと晴海が輝きだしてその姿を変えていった。
錫杖は小さな黒い日傘へ、髪はこんもり盛り上げられリボン、フリルのあるゴスロリの法衣へ厚底の編み込みブーツ姿へと晴海を変えた。
「おお、プリなんちゃらかと思ったぞ」
晴山は驚いた。晴海は急いで鏡のある部屋へと走っていった。
「うっそーゴスロリじゃん、めっちゃいい」
うっとりと鏡を見つめている心なしかバストアップも果たしているようだ。急いで本堂に戻り
「白鳥先生!いったいこれは」
「戦闘モードにチェンジできる錫杖だそうだよ。その遊環にも秘密があるんだが、また今度説明するよ」
「どうして私が選ばれたのかしら?」
日傘を閉じると元の姿に戻った。
「とりあえず塗壁の中へしまっておきなさい」
「はい、塗壁くんお願い」
彫像と錫杖を塗り込んだ。
晴海はまだ変身した姿を思い出しドキドキしていた。
「おじゃまします。県警の久遠と申しますが白鳥先生はこちらにおいででしょうか」
痩せて頼りなさそうな二十代中ごろの男が立っていた
「ああ、久遠刑事こっちだよ。なにごとかね」
白鳥は恋愛小説家のほかに超常現象研究家として警察に協力することもあった。
「お力をお借りしたい事件がありまして聞いていただけますか」
そして晴海は妙な事件に巻き込まれることになっていくのであった。