それから
月明かりが、室内を照らす。
部屋の中心には、見事な彫刻が施された木製の大きな寝台が鎮座しており、その上に横たわる者たちの艶めかしい姿が、月の光を受けて浮かび上がる。
享楽に耽った後の淫らな雰囲気が辺りに漂い、寝台の周囲は未だ独特の熱気に包まれていた。
「うふふ……アンジェリカったら、悪い子ね。こんなにたくさん捏造するなんて」
一糸纏わぬ姿で、パラパラと手記の写しを捲りながら、ルアーンが微笑む。
彼女の言葉を受けて、アンジェリカも悪戯っぽく返した。
「あら、私はルアーンたちの教えてくれた通りにしただけだわ? 皆で、アイツらにどうやって復讐するか、いろいろと考えたじゃない」
身を起こし、ルアーンに口づけを一つ降らせると、アンジェリカは続ける。
「ん……、無理やりで辻褄が合わないところもあるけれど……一人でやったにしては、上出来だと思うのよ。たくさん……とにかく、小さくて細かいことも、たくさん、たくさん盛り込んだわ。だって、あの連中にはどれが効くのかわからないんだもの。それに、全部が全部、嘘ってわけじゃないのよ? 私はただ、ちょっと誇張したり、つけ足したりしただけのものもあるわ? うふふ……大きな嘘には、真実を少し混ぜておくのだと、貴女が教えてくれたんだものね」
かつて、アンジェリカとルアーンのいた修道院は、『ワケアリ』の貴族の女性たちばかりが送られる場所だった。
中にいる女性たちの殆どが罪人であり、当然、そこにいる者たちの価値観や倫理観も、断罪されたアンジェリカのそれと大差はなかった。
己のために他者を虐げ、搾取するのは当然のことだという認識であった。
仲間意識が働いたのか、そんな者たちが集められた修道院だったけれど、誰もが互いには優しかった。
修道院送りとなったアンジェリカは、無知で感情的な行動が多かったので、ルアーンたちは『もっとこうしていれば』と一つずつ、丁寧に、かつての行動を諭した。
だけど、彼女たちがどんなに物知りで賢くても、結局アンジェリカと同じ場所にいたということは、彼女たちも何かをしくじったということだった。
そういった事情もあり、アンジェリカは彼女たちの『たられば』指導を一身に受けた。
基本的に、かつてのアンジェリカがやっていたような、相手を直接攻撃するようなものではなく、周囲に悟られず、疑われず、じわじわと苦しめるような、陰湿で残酷なものが多かった。
中には、もっと過激な方法を提案する者もいたけれど……最終的にアンジェリカが、今回の復讐に選んだ方法は『信頼されるアンジェリカ像を作った後、突然裏切って姿を消し、復讐相手達の醜聞を撒き散らし、その顔に泥を塗り、騒動を引き起こす』ことだった。
アンジェリカは、自分の時が戻っていることに気づいたとき、少しでも早くルアーンに会いたいと思った。
けれど、彼女たちに与えられた、たくさんの教えが胸にあった。
すぐに全てをかなぐり捨てて、彼女たちの元へ行くのは、忍びなかった。
なのでアンジェリカは、彼女たちの教えを十分に発揮したと証明するため、新しい人生を歩んだのだった。
既にアンジェリカにとって大切なのは、公爵令嬢としての自分ではなく、ルアーンたちと共に過ごした修道院での日々……そして彼女を救ってくれた、ルアーンそのものとなっていた。
今回のアンジェリカの行動は、愛するルアーンと、共に修道院で過ごした仲間たちへ捧げるためのものであった。
三冊目の手記も、アンジェリカからルアーンへの捧げ物の一つである。
「本当は全部一人でやるつもりだったのに……まさか、ルアーンの方から会いに来てくれるなんて思わなかったから、驚いたわ」
「うふふ……アンジェリカが頑張っているのがよくわかったから、もう少し背中を押してあげようと思ったの」
「ルアーンも私のことを覚えていてくれて、嬉しかったわ。おかげさまで、細部までもっと詰めることができたから、これで良かったのね。――だってこれは、貴女の復讐でもあるんだもの」
ルアーンも、アンジェリカと同じように、前回の生での記憶を持っていた。
というより……むしろ、ルアーンが死んだときに意識が過去へ戻ったのに、手を握っていたアンジェリカも付いてきてしまったというのが正しい。
ルアーンが言うには……幼いころに触れた聖具の影響ではないか、ということだった。
神の奇跡というよりは、邪神や悪魔の祝福のようであったけれど……そんなことは、アンジェリカにもルアーンにも、どうでも良いことである。
公爵令嬢として育ち、断罪されたアンジェリカよりも、更に過酷で、数奇な運命を持つルアーンこそが、この世界の主役であるとアンジェリカは確信している。
過去の世界で、ルアーンは男爵令嬢から紆余曲折を経て、ならず者たちの元締めをしていた。
アンジェリカがかつて雇っていたのも、彼女のところの下っ端であった。
異母妹と王太子に断罪され、罪人となったアンジェリカから、芋づる式にルアーンまで捕らえられた。
没落していながらも、かつては男爵令嬢だったということで、彼女もあの修道院に送られたのだった。
そんな過去の記憶を持つルアーンは、今や巨大な地下犯罪組織の首領である。
今いる瀟洒な屋敷も、そんな彼女の隠れ家の一つであった。
アンジェリカ&ルアーンのネタばらし続きます。