とある公爵令嬢の手記 2
手記のターン続きです。
「穏やかな日々は過ぎ去ってしまった。今年から、シャーリーも学園へ通いだした。彼女は私のいないところで、私にいじめられていると嘯いているらしいと、友人たちが教えてくれた。真実は、まるっきり逆なのに。今はまだ、誰も信じていないらしいということが、せめてもの救いね」
「学園で最近、窃盗騒ぎが起きている。盗まれたのはちょっとした小物ばかりらしいけれど、犯罪は犯罪だわ。私も、気を付けるようにしよう」
「学園での窃盗の犯人は、まだ見つかっていないけれど……気になることがある。たまたま見えた、シャーリーの部屋の机の上に、やけに細々としたものが、たくさん並べられていたような……。きっと気のせいだと、思いたい。でも……私は真相に、薄々と気づいてしまっている」
「マーシャル殿下に、婚約して欲しいと言われた。私も殿下をお慕いしているので、とても嬉しかった。だけど、まだローレンスが公爵家に戻れる状況ではない。すぐにでも頷いてしまいたかったけれど、もう少しだけ待ってほしいと伝えたら、大きく舌打ちをされてしまった。確かに私も失礼だとは思ったけれど、そんな殿下を見るのは初めてで、驚いてしまった。すぐに何事もなかったかのように、いつもの殿下に戻られたけれど……あれは、一体?」
「殿下は、あれから何度も、私に婚約してほしいと頼んでくる。そのたび私は苦しくて、申し訳なくなってしまう。次の休みに、ローレンスが帰宅するので、公爵邸に戻ってこれないか聞いてみようと思う」
***
「嗚呼……なんてこと! なんてことなの!? ローレンスが泊りがけで帰ってくるなんて、何かあるのかもしれないと思っていたけれど、まさかこんなことが……」
「とても、とてもここには書けない……。書いてしまえば、あの子の枷となってしまう。だけど、告げられたことを、私の胸に秘めておくには、あまりにも……。お母さま、お母さま、何故いらっしゃらないの? 今こそ、傍で支えてほしいのに!」
「あんな話を聞いてしまったら、とてもローレンスに邸に戻ってきてほしいとは、言い出せなかった。殿下、ごめんなさい。私、まだお返事できない……」
***
「やはり、私の胸の内に秘めておくことはできない。ローレンス、ごめんなさい……愚かな姉を、どうか許してちょうだい。もう一体、何故、何のためにこんなものを書いているのか、わからなくなってしまった。これはもう、世に出せるものではなくなってしまった。でも……あの子が騎士としてやっていくのであれば、これを公表する必要は、もう無いのね。公爵家を守る必要も……もう無くなったのかしら?」
「あの日、ローレンスが私に告白したのは……騎士を目指す仲間の中に、想いを寄せる人ができたということだった。私は、あの子に好きな人ができるのは良いことだと、はじめ素直にそう思った。けれど……少し考えて、彼の様子を見て、わかってしまった。女性騎士は、少ない。女性の騎士見習いも……とても少ない。そして、今の学園の騎士コースに、女生徒は、いない。同性愛を、教会は禁じているというのに、なんということだろう」
「そして、そして……あの子は、もっと重大なことを、私に告白した。その想い人と……関係を、持ってしまったのだと。寝食を共にする仲で、仲間意識や友情を超えた気持ちを、お互いが抱いてしまったのだと。それを、どうか私に許してほしいと、泣きながら頼まれた。私も、泣いてしまった。でも……違うの。許さないわけ、ないじゃない。あの子が、私にこのことを告白するまで、きっと一人で抱え込んで、辛くて、苦しかっただろうと、そう思うと、つい涙が出てしまっただけ。教会が禁じようが、誰が咎めようが、私は、あの子の味方よ。私はローレンスが幸せなら、それで良いの……」
「でも、だけど……。あの子のお相手が、まさか第二王子殿下だなんて……! 知られてしまっては、とんでもないことになってしまう。マーシャル殿下の弟君と、私の弟が……なんて、変な感じだけど、それどころじゃないわね」
「これで、父たちを訴えることは叶わなくなってしまった。どんな罪であろうと、調べが始まれば、いずれローレンスと第二王子の関係も、突き止められてしまうだろう……。誰もが、後ろ暗い事情を抱えてしまっている。もう、公爵家を取り戻すことは……諦めるしか、ないのかしら? ローレンスも、公爵家へ戻るよりも、騎士として成功した方が……幸せなのかもしれない」
***
「ローレンスの秘密を知ってしまってから、余計にマーシャル殿下との婚約をどうしたものか、考えてしまうことが増えている。それがなくても、最近は、やけに殿下に触れられる事が増えて、困ってしまうのに」
「近頃殿下は、私への欲を隠すことが無くなってきた。私がまだ婚約を了承しないことに触れては『婚約したら、すぐにでもそのドレスの下を暴きたい』と囁いて、昏い欲を滾らせた瞳を私に向けてくる。そのことを喜べない私は、やはり、殿下と婚約するべきではないのかもしれないと、そう思ってしまう。……少し、お会いする回数を減らしてみるのも、悪くないかもしれない」
「殿下のお誘いを何度も断るのは心苦しくて、久しぶりに殿下の私室へ招かれた。今日は婚約のことに触れられなくて、正直ホッとしたけれど……帰り際にちらりと見えてしまった、見覚えのある小瓶と、その中身は……ずっと昔、お母さまが亡くなる前に焚いていたお香のものと、よく似ているように感じた」
「気になって、次のお休みにも殿下の私室にお邪魔した。あの小瓶は……なくなっていた。そして……先ほどまで、国王陛下に会っていたという殿下から、微かに、あのころお母さまの部屋で嗅いだものと同じ、香の香りが漂っていた」
「最近の陛下は……体調を崩されて、伏せっていることが増えていると聞くけれど、まさか、まさか……マーシャル殿下が陛下に、父が母にしたことと、同じことをしているなんて……そんなこと、ありえないわよね? これが、私の考えすぎであれば……いえ、考えるだけでも不敬だわ。殿下に限って、そんなこと、ありえないのよ」
***
「とんでもないことを、聞いてしまった。殿下に『いつまで待たせる気だ』と言われてしまって、卒業パーティーまで待ってほしいとお願いしたのだけれど、そうしたら……! 『お前の異母妹は、すぐに私の欲を満たしてくれたのに』と言われた。それがどういうことか、わからないほど子供ではないけれど……殿下とシャーリーが、婚前交渉なんて! ローレンスの秘密を知った時よりも、ショックが大きくて、目の前が真っ暗になってしまった。やっぱり私、殿下のこと、お慕いしていたのね……。だけど、そんなことを言われては、殿下を見る目が変わってしまった。あんなに、素敵な方だと思っていたのに……。思わず泣いてしまって、殿下とは結婚できないと叫んでしまったけれど、そんなこと、殿下には関係なかったらしい」
「『お前を王太子妃にするのは、決定事項だ』『何のために待ったと思っている』『逃がすものか』と、強く腕を握られて、怒鳴られた。あの美しい、青い瞳が大好きだったのに、あんなに冷たく見える日が来るなんて……。大好きだったあの瞳も、あの香の香りと合わさって、今ではとても怖く感じる。公爵家を出られても、殿下と結婚して幸せになれるとは、もう思えない。でも、それって……私が今までしてきたことって、一体何だったのかしら?」
***
「卒業パーティーで着るようにと、マーシャル殿下から、ドレスや宝飾品の一式が贈られた。けれど……もう私には、素直に喜ぶことができない。彼の瞳と同じ色のドレスはまるで、逃がさないと言われているようで、着るのが怖かった」
「躊躇う私の前に、シャーリーがやって来ると『殿下に抱かれたのは私なのに、どうしてアンタのところにドレスが届くの!? それは、私のものよ!』と言われて、頬を打たれた。怖くて、憎くて、たくさんの感情がない交ぜになって、涙が溢れたけれど……彼女はお構いなしに続けた。『殿下は、何度も、たくさん、私を抱いたわ。……ふふ、もうすでに、私の中に殿下との御子が宿っているかもしれないわね? だから……ねぇ、もうわかったでしょう? 早くそのドレスと飾りを、渡しなさい』」
「もう、何も考えられなくなってしまった。あの子は、公爵令嬢としての地位や、私の持ち物だけでなく、お母さまとの思い出も、お父さまの愛情も、お慕いしていたマーシャル殿下も、彼との、あったはずの未来も……何もかも私から奪っていった。立っていることもやっとの中、殿下から贈られてきた品を、箱ごとシャーリーに渡すと、彼女は満足して去っていった。彼女が立ち去るときに漂ってきた香りも……あの日殿下から漂ってきたものと同じだった」
「嗚呼、そういうことなのね……! シャーリーを通じて、殿下にあのお香が渡ったのよ。きっと……母の時と同じように、父が用意したんだわ。それに、領地の倉庫に入れられていた、大量の武器。きっとあれも、何か企みがあるんだわ。それが何なのか、私にはこれ以上、調べようがないけれど」
「もう、潮時かしら。ローレンス達には申し訳ないけれど、もう私一人が抱えておくには、事態が大きくなりすぎてしまった。かつての母のように、陛下の病が、あのお香で悪化しているのなら……とても放ってはおけない。苦しんでいた母を見ているのは、辛かった。あの時は原因が判っても、助けることはできなかった。でも、陛下にあのお香が渡ったのは、きっと最近のこと。今ならまだ、間に合うかもしれない」
「全てが詳らかになったとき、心配なのは、ローレンスと第二王子殿下のこと。あの子たちは、ただお互いを好きになってしまっただけ。だから……このことで調査が進む前に、どこか遠くへ行けないか、考えましょう。陛下が亡くなってしまえば、マーシャル殿下が国王になってしまう。彼は……私たちが敬うべき者ではない。私は、この国の民の一人として、国王の身に起きていることを知らせる義務がある。ローレンス、どうか、どうか……許してちょうだい」
「この手記は、念のために一冊、私が持って行く。もう一冊は……私の身に何かあったときのため、信頼できる出版社に届くように手配した。何か起きたときは、彼らが上手くやってくれると信じるしかない」
手記のターンはここまでです。