断罪の日
卒業パーティーの日、朝から公爵家は荒れていた。
王太子マーシャルからアンジェリカ宛てに贈られた、彼の瞳の色を思わせる青いドレスや、それに合わせて誂えられた宝飾品の数々を、当然の如くシャーリーは欲しがった。
「ズルい! ズルいズルいズルい!! なんで、どうして、お姉さまばっかり……! きっと、私の方が良く似合うわ! ちょうだい! ねぇ、私にちょうだいよ!」
「いい加減にしないか! これは王太子殿下からアンジェリカに贈られた品だぞ!? お前が欲しがって与えられるようなものではない!!」
火が付いて狂ったように喚き散らすシャーリーに、とうとう父が声を荒げる。
彼女が次々と起こす醜聞に、流石の父も困らされているようであった。
愛する女との大切な娘は、行く先々で痴態を繰り広げ、悪評を撒き散らす。
それに引き換え、かつて義務だけで作った娘は、品行方正で誰からも好かれ、次期国王である王太子から一身に求愛を受けている。
全く懐かなかった息子も、自身には無かった剣の才能を持ち、既にその頭角を現し始めていた。
何のために、後ろ指を指されながらも、彼女たち母子を公爵家へ迎え入れたのか……父の嘆きに、シャーリーは気づかない。
頭を抱える父を横目に、アンジェリカが気遣わし気に声をかけた。
「ねぇ、シャーリー、そのドレスが気に入ったのね? ……多分、貴女が言うように、これはシャーリーが着た方が、よく似合うと思うわ。実を言うと……私、今日の卒業パーティーは成人を祝う節目の日でもあるから、お母さまの遺したドレスや飾りを着けたいと思っていたの。でもせっかく贈ってくださった殿下に申し訳ないし、シャーリーが望むのなら、私の代わりに着てくれるかしら?」
「い、いいの……?」
「こんなことを言うのは良くないかもしれないけど、マーシャル殿下には、シャーリーがお似合いだと、ずっと思っていたの。だから……えぇ、良いのよ。これを着てパーティーへ行ってちょうだい」
柔らかく微笑み、潔く身を引くと告げるアンジェリカに、シャーリーは一瞬探るような目つきになったけれど……すぐに思い直したのか、喜色も露わに、ご機嫌で支度に取り掛かった。
***
アンジェリカは、卒業パーティーに向かう一行を見送った。
元よりアンジェリカ、ローレンスの乗る馬車と、父、愛人、シャーリーの乗る馬車は分かれていたが、支度を整えたアンジェリカが「少し具合が悪いので遅れて行く」と告げると、渋りながらも出かけていった。
弟のローレンスなどは「一緒に残る」と、アンジェリカを置いていくのを固辞していたが、「シャーリーを見張っておいてほしい」と頼むと、苦々しい表情を浮かべながらも、姉の言うことに従い、公爵邸を後にした。
家人のいなくなった公爵邸で、アンジェリカは最後の仕上げを行うと、用意された馬車へ乗り込んだ。
走りだした馬車の座席で揺られながら、アンジェリカはパーティーの様子を想像する。
彼らは既に入場しているだろうか。
王太子は、贈ったドレスをアンジェリカではなくシャーリーが身に着けているのを見て、どう思うだろうか。
アンジェリカの為に誂えられたドレスは、いつだってシャーリーの小柄な身体に合っていなかった。
どうにかこうにか、詰めたり折ったり調整していたが、明らかに着られている状態で、余計に彼女を貧相に見せていた。
かつての、己の魅力を十二分に知り尽くしたシャーリーとは、まるで違っていた。
異母妹は、アンジェリカが現れるまで、陳腐な断罪劇を我慢できているだろうか。
それとも、辺り構わずアンジェリカのありもしない悪事を吹聴して回り、王太子や弟に諫められているだろうか。
アンジェリカが会場に到着すれば、全て動き出すだろう。
誰もが、異母妹の虚言を聞き流し、可哀想に、酷い目に遭ったねと、慰めてくれるに違いない。
アンジェリカの地位や名誉は守られ、王太子から向けられる愛は一層深いものとなるだろう。
そして、やり過ぎた異母妹は軽微な罪に問われ、領地で『療養』という名の幽閉が待っている。
だけど――
「そんな程度で、済ませるものですか。あんなくだらない場に顔を出すつもりなんて、更々ないわ。今夜は、それぞれ勝手に、好きなようにやっていれば良いのよ。……私はもう、そんな些末なことに興味なんて無いの」
冷ややかに瞳を瞬かせ、アンジェリカは一人ごちる。
彼女が吐き捨てた言葉は、煌びやかなパーティーの場にいる者たちに届くことは無かった。
馬車がゆっくりと停まると、先ほどまでとは一転、アンジェリカの瞳が熱を帯びる。
うっとりと妖艶な笑みを浮かべ、アンジェリカは呟いた。
「やっと一緒にいられるわね……ルアーン」
彼女の脳裏には、既にパーティー会場の出来事への関心などなく――ただひたすらに、愛する人に会えるという喜びに満ち溢れていた。
***
公爵家には、先に出発した一行の乗る馬車の他にも、代わりの馬車はいくらでもあった。
アンジェリカに用意されたのは、彼女が普段から学園の往復に使っている家紋付きの馬車で、具合が悪いという彼女のために、少しでも慣れた環境を用意しようという、仕える人々の好意の表れであった。
果たして、それがどのように影響したのだろうか……。
一目で公爵令嬢のアンジェリカが乗っていると判るその馬車は、翌朝、一向にパーティー会場に現れなかった彼女を探すため、派遣された騎士たちによって発見された。
現場には無残にも、扉を破壊された車体や、馬と御者の死体が転がっていた。
馬まで殺されていたことで、強盗よりは襲撃や誘拐の線が濃厚となったが……その場に、アンジェリカの姿は見つからなかった。
現場に遺体が無かったことから、アンジェリカの安否を願う人々は、彼女の捜索に全力を注いだ。
王太子は自ら騎士を率いて捜索隊を組織し、彼女の弟は単身馬を駆って方々を探し回った。
馬車が発見された地点の近くに川があったため、逃げたアンジェリカが、流されてしまったことも考えられた。
休む間すら惜しんでの捜索が続いたが、彼らの必死の働きも虚しく、川のかなり下流で、女性の死体が発見された。
遺体は損傷が激しく、顔の確認は出来なかったが、髪の色や当時身に着けていたであろうドレスの切れ端から、それが行方不明になっていたアンジェリカ・ペンバートンであると断定された。
人々の嘆きは大きく、彼女の不審死について様々な憶測がなされたが――それは、これから国中を巻き込む、悪夢の始まりでしかなかった。