表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

3/21

修道女との出会い



修道院は、アンジェリカが思っていたほど過ごし辛くはなかった。



結局『ワケアリ』の貴族の女性が送られる場所だったので、親の爵位こそ違えど、皆価値観が似通っていたせいか。


それとも、日々慎ましやかに暮らすことが、意外と性に合ったのか。


それとも――ルアーン・ストラウド()男爵令嬢に出会ったからだろうか。




ルアーンは、アンジェリカよりも先輩の修道女だった。


艶やかな漆黒の髪に、濃紫の瞳を持つアンジェリカの、大輪の薔薇を思わせる派手な容姿とは対照的に、ルアーンはまるで月明かりを編んだような癖のない髪と、きらめく水面を映したような瞳を持つ、白百合に似た清らかな雰囲気の麗しい女性だった。


彼女は既に没落した男爵家という、貴族としては下級の生まれであったけれど、数歳しか違わないのに、アンジェリカの知らないことをたくさん知っていた。


時には母のように。

時には姉のように。


時折不安定になるアンジェリカを励まし、支えてくれたのもルアーンであった。


アンジェリカにとって、ルアーンはまるで聖女のようだった。



王太子と異母妹が結婚し、国中が慶事に沸き立った日。

獣のように咆哮をあげ、怒りで視界を真っ赤に染め、呪詛を吐かずにはいられなかったアンジェリカに、ずっと付き添っていてくれたのも、彼女だった。


ルアーンはアンジェリカの身に起きたことを、一つ一つゆっくり聞き出すと、何がいけなかったのか、どこが悪かったのか、何故そんなことになってしまったのか、丁寧にアンジェリカに説いた。


彼女は、たくさんのことをアンジェリカに教えてくれた。

他の修道女たちも、あれこれと、取り留めもないほどたくさんのことを、アンジェリカと共有した。


そうして彼女たちに諭されて、アンジェリカはようやく、過去の己の過ちを省みることができた。


いつしか修道院での生活は、アンジェリカにとって、生まれて初めて感じる安らぎと幸せに満ち溢れていた。






だけど、そんな修道院での生活も、長くは続かなかった。






***



とある年の、冬。

疫病が大流行し、修道院の者たちにも、何人か感染者が出た。


治療のために、修道院で育てていた、ありとあらゆる薬草を使ったけれど……最も効果のあったものでも、せいぜい苦しみを一時的に緩和する程度でしかなかった。


感染した者を治すどころか、次々と修道女たちが病に倒れていく。



ルアーンも、疫病に感染した一人であった。



しばらくして、特効薬が開発されたという話も聞くけれど、貴族出身の女性たちが集められた修道院とはいえ、貴重で高価な薬を、一つたりとも手に入れることは出来なかった。


アンジェリカもあらゆる伝手を――それこそ恥を忍んで、公爵家や王宮に勤める弟、王家に嫁いだ異母妹へも助けを求めたが……ついぞ返事が来ることは無かった。


貴族たちが薬を買い占めているという噂もあったし、王家ですら確保できていないという噂も、義賊が市井の民たちに配り回っているという噂も、あった。

それぞれの噂の真偽はともかく……結局のところアンジェリカには、ルアーンや修道院の仲間たちを救う薬を手に入れることが出来なかった、ということだけが、純然たる事実として圧し掛かっていた。



「ねぇアンジェリカ、泣かないでちょうだい……」



修道院の狭い一室。

窓から射しこむ月明かりに、既に身体を起こすことも出来なくなったルアーンと、そんな彼女に付き添うアンジェリカの姿が照らされる。


数日前までは熱に浮かされていたルアーンだったけれど、昨日からは徐々に体温が下がっていくばかりだった。

少しでも熱を逃がさないように、アンジェリカはルアーンのベッドに身を寄せ、強く手を握りしめる。


カサついたルアーンの声に、新たに涙を流しながら、アンジェリカは言った。



「置いていかないで、ルアーン。逝っては嫌……! まだ少し、もう少しだけ、一緒にいてちょうだい」



修道院にやって来たころからは考えられないくらい、ぐずぐずと泣き腫らしているアンジェリカに、ルアーンは口元を綻ばせた。



「うふふ、……アンジェリカったら……甘えん坊さんね。大丈夫……、知っていることは、全部伝えたわ。貴女なら、私がいなくても、きっと、もう、大丈夫よ……」



柔らかな笑みを浮かべるルアーンの姿に、アンジェリカは胸が引き千切られたように痛んだ。


薬さえあれば――と、ずっと願い続けてきたことが頭を掠めるけれど、いや、もう今更薬が手に入ろうと……彼女が助からないことはわかっていた。

己の心を救ってくれた恩人に、何もしてあげられないことが、もどかしくて苦しかった。


アンジェリカも、ルアーンや他の修道女たちの看病をするうちに、同じく病に侵されていた。

自分も長くないことはよくわかっていたが、せめて最期の瞬間は、ルアーンと共に在りたかった。



「嫌……! いやよ……ルアーン! 待って……、あ、あ……ああああぁぁぁぁああ!!!」



アンジェリカの手を堅く握り、最期の言葉を伝えると、透き通るような微笑みを浮かべたまま、ルアーンは息を引き取った。






かつて公爵令嬢だった修道女の慟哭が、月夜を裂いた。






評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ