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アンジェリカ・ペンバートン



アンジェリカ・ペンバートンは、確かに誰もが認める悪女であった。



公爵家に生まれ、物心ついたころには数々の教師が付けられたが、勉学に励むことは疎か、何かを努力することも無かった。


椅子に座らされ、書き取りをするよう言われても癇癪を起こして暴れまわる。

豪奢なドレスを着て、綺麗に着飾ることのできるダンスの授業だけは楽しんだものだが……令嬢に最も必要とされるお作法は、必要最低限しか身につけることができなかった。



そんな彼女であったが、幼いころから自身が生まれながらに持つ権力の使い方は、よく心得ていた。



――頬を力いっぱい打つ音が、美しく整えられた庭園に響く。



「ねぇ、(わたくし)を誰だと思っているの?」

「ひっ……! も、もう止めて……!」

「質問に答えてないわ? ねぇ……誰に向かって舐めた口を利いたのか、わかっているのかしら?」

「だ、誰か……たすけ……」



貴族の子供たちが集められたお茶会で、彼女の無作法を笑った令嬢はその場で床に転がされ、しばらく打たれ続けることとなった。


加減を知らない力で掴まれたせいで、ぶちぶちと髪を抜かれ、土に塗れながら泣きじゃくる令嬢だったが……その場にいた同年代の貴族の子供たちの中に、アンジェリカを止められる者は誰もいなかった。


気づいた大人たちにようやく引き剥がされたが、公爵家の令嬢であるアンジェリカは鼻で笑って「逆らえばまたこうなるわ」と告げると、悠々と帰りの馬車に乗り込んだ。


この程度で罰せられる事は無いとわかっていたし、多少咎められようが、聞き流せば済む程度の話だった。



年を重ねる程、彼女は力の使い方を覚えていった。



彼女の持つ権力に群がり、付き従う者は大勢いた。

そうした者たちに囲まれて過ごすうちに、自身で暴力を振るうことは『はしたない』ことだと理解した。


だが彼女が気に入らないものは、まだまだ、たくさんあった。


なので、彼女の取り巻きを手足として使うことを覚えた。

何か気に障ると、それとなく伝えれば、あとは周囲が勝手にやってくれる。


学園に通いだすころには、かつて子供たちの集まるお茶会で無作法を咎められたのも、確かに仕方ないことと考えるようになったけれど……それを認めてやろうと思った時には、既にあの令嬢は領地から出られなくなっていた。



アンジェリカには気に入らないものも多かったが、美しいものを愛でる心も持ち合わせていた。



特に執心したのは、王太子であるマーシャル殿下だ。


幼いころは、どちらかといえば可愛らしい雰囲気だったのが、成長するにつれ王譲りの逞しさと、王妃譲りの匂い立つような美貌を併せ持つ美男子となっていた。


彫刻よりも整った容姿に、夏の空を切り取ったような青い瞳、陽の光を受けて輝く金糸のような髪。

騎士たちに交じって剣の訓練をする姿は、生命力に満ち溢れていた。


優れているのは彼の容姿や剣術のみならず、勉学や政務でもその才能を発揮していた。

王族・貴族の子女が通う学園での成績は常にトップであったし、歳の離れた文官たちに交じり国政にも参加し、既にいくつもの政策を成功に導き、立派に次期王としての務めを果たしていた。



「マーシャル殿下こそ、私の伴侶に相応しいのだわ」



アンジェリカはそう言って憚らなかったし、事実、心の底からそう思っていた。


彼女も幼いころから整った顔立ちをしていたが、そのころには公爵家の令嬢に相応しく、まるで大輪の薔薇を思わせるような艶やかな淑女となっていた。

美しく成長し、絶大な権力を持つ己と釣り合うのは、やはり次期王として周囲に認められている彼しかいないのだと。


公爵家の令嬢という立場すら、アンジェリカを留めておくには不足だった。


アンジェリカにとって国一番の美男子である王太子を手に入れ、その婚約者の座に就き――ゆくゆくは王太子妃、王妃となることは、少女らしい憧れなどではなく、もはや決定事項であった。



そのため、王太子へふわふわとした恋心を抱き、彼に近づく令嬢を排除するように動いたのも……当然の成り行きだろう。



口頭で『お願い』して、聞いてくれるならそれで済ませた。

そうでない者には『わからせる』必要があった。


令嬢たちに囲ませたこともあったし、令息たちに囲ませたこともあった。

時には、学園の生徒ではなく『外部の者』を雇ったこともある。


そうして、一人、また一人と、王太子を狙う令嬢たちを蹴落としてゆくアンジェリカだったが、異母妹のシャーリーが学園に通いだしたことで、雲行きが怪しくなっていった。


学園内でシャーリーを『構って』あげようとすると、必ずと言って良いほど邪魔をする者が現れる。

それも、王太子に近しい者たちが、代わる代わる。


時には、王太子自身が苦言を呈することもあった。



アンジェリカには、それが理解できなかった。


今までは何も言われなかったし、止められもしなかったのに、一体……何故?



それが『愛ゆえに』という、意味不明の感情からくる行動であると知ったのは、アンジェリカが異母妹と王太子にしてやられ、父に切り捨てられ、弟に見捨てられたあの夜会の後、貴人用の牢を経て、罰として罪を償うために送られた修道院でのことだった。



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