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17/21

慟哭



新しい暮らしには、すっかり馴染んだけれど――私をこの場所へ送り込んだ連中への恨みは、ずっと燻ったままだった。



私が修道院で暮らし始めてしばらく経った、ある快晴の日。

この日王都の大聖堂にて、王太子マーシャルと大恋愛の末に結ばれた公爵令嬢シャーリーの結婚式が執り行われた。


婚約が発表された際も、彼らの物語は世紀のロマンスとして盛り上がったそうだけど、結婚式当日の盛り上がりはその比ではなかった。


王族の久しぶりの慶事に、国中が沸き立った。

各地で祝いのための催しが開かれて、どこもかしこも朝からお祭り騒ぎが繰り広げられた。


王都の端にあるこの修道院にも、熱気と歓声が伝わってくるほどだった。



私を奸計に嵌め、辱めるだけでは飽き足らず、名を汚し、全てを奪い取り、本来の居場所から追いやった憎い連中が、諸手を挙げて祝福されている。



私にはとても……とても、耐えられなかった。



燦々と降り注ぐ陽光すら、恨めしかった。

ここ数日は、部屋から一歩も出られなかった。


朝までは、どうにか耐えた。


だけど、閉めきった窓の向こう側からですら、遠くで彼らを称える祝福の声や、楽しげな祭りの喧騒と振動が風に乗って伝わってくると……もう、ダメだった。



卒業パーティーの光景。

交わした言葉。

浴びせられた罵倒。

蔑むような視線。

冷たい牢。

下品な大衆紙の束。

結末の決まり切っていたお粗末な裁判。


あっさりと見限った取り巻き連中。

娘に無関心だった両親。

実の姉を見捨てたローレンス。

まるで使えなかった親戚共。


そして――うっとりと互いを見つめ合ってから、私を嘲笑った、マーシャルとシャーリー。



あの日からの出来事が、グルグルと頭を駆け巡る。



怒りで、視界が真っ赤に染まる。


いつしか口からは、自分のものとは思えない、獣のような咆哮が上がっていた。



何も、見たくない。

何も、聞きたくない。



あんな連中を祝うような世界、無くなってしまえば良いのに。


どうして、私が、こんな目に遭わされなければいけないの?



「あ、ああああああアァァァァァァア!!!! 許せない! 許せない、許せない、許せないィィィイ!!! あの連中を、許すものか! 私をこんな目に遭わせて、許されるものかァ!! あんな女のせいで、全てが奪われた!! あの男が、全てを奪った!!! 誰も、私を守らなかった!!! 私は、公爵家の娘だったのに!!! あの女とは、比べ物にならないほど、高貴な血を引いているのに! 罪なんて犯していない!! 私は、私に許された当然の権利を行使しただけ! あんな女、いなくなった方が、良かったのに! それなのに、何故、あんな女が王太子妃に!? アイツらこそ、秩序を軽んじる、国に仇なす存在じゃない!! 裁かれるべきなのは、アイツらの方なのに!!! 許さない! 許さない許さない許さないユルサナイ――」



頭を掻き毟りながら、醜く、狂ったように叫ぶ私を、そっと抱きしめたのはルアーンだった。


これまでも、鬱々と気が滅入った日には、手を握って、ただ隣にいてくれた。



「大丈夫、大丈夫よ、アンジェリカ……。貴女は、何も悪くないわ。許さなくたって、良いの。許せないのは当然だわ。貴女をこんな目に遭わせた連中が、全部間違っているのよ。狂っているのは、世界の方。良いのよ、アンジェリカ。全部全部、吐き出してしまいましょうね」

「あ、ああ、ぁ……」

「良い子ね、アンジェリカ。私が、付いているから、大丈夫。もう大丈夫よ……」



気づけば私は、ルアーンの腕に抱かれて、大声で泣きじゃくっていた。


泣くようなことなんかじゃ、無いのに。

それなのに……何故か、涙が溢れた。


ルアーンの腕の中は、温かかった。

私は彼女の柔らかな胸に顔をうずめて、わんわんと泣いた。


普段の私なら、振りほどいていたのに。

ううん、相手がルアーンじゃなかったら、きっとそうしていたわ。


それなのに彼女といるときは、不思議と気持ちが安らぐの。


ルーアンは理想の母のようでもあり、理想の姉のようでもあった。

でもきっと、彼女はそのどちらとも、少し違う。



もっともっと――特別な、存在。



既にもう言葉になっていない叫びにも、ルアーンは一つ一つ頷いては、頭を撫でてくれた。






私は泣きながら、ただひたすらに彼女にしがみついていた。






***



気づいたら……泣き疲れて、いつの間にか眠ってしまったようだった。



ぼんやりと目を開くと、私は温かな膝を枕代わりに、寝台に横たわっていた。

ルアーンはずっと付いていてくれたようで、ゆったりとした歌を口ずさみながら、優しく私の髪を撫でている。


柔らかな旋律の歌声が、夕日に照らされた室内に溶けていく。



もう――外の喧騒は、気にならなかった。



私が目覚めたことに気が付いたのか、歌が止み、彼女の手が私の頬に添えられる。



「お目覚めかしら? 私の眠り姫さん」



美しく笑うルアーンに、返事をしようとして――「ぅ゛ん゛」と、くぐもった声が出て、眉を顰める。


嫌だ……もう、最悪だわ。


大声で泣いたせいで、喉はガラガラだし、目は痛いし、鼻もヒリヒリする。

頭もガンガンと痛むし、瞼は腫れているだろうし、顔もぐちゃぐちゃでしょうね。



とりあえず顔を洗おうと起き上がろうとしたところで、ルアーンがこちらに屈んだ。



私の上に影が落ちて、ルアーンの顔が近づき――そのまま、目尻に一つ、口づけが落とされる。

軽いリップ音を鳴らして唇が離れると、続けて額、頬……と口づけが降ってきた。


熱くしっとりした吐息が、顔にかかる。

ルアーンの唇は、柔らかくて温かかった。


優しい彼女のことだから、聖母のような表情を浮かべているのかと思ったけれど……不思議と、今彼女がどんな表情を浮かべているのか、わからなかった。



「ん……」



滲む視界の中、とうとう唇が重なった。

振り払うようなことはせず、力を抜いて、身を任せる。






初めての口づけは、涙の味がした――。






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