女子修道院
ようやくこのターン!
(σ・∀・)σ <ミンナモマッテタヤロ?
Let's ☆ 百合パラヽ(*´∀`)ノ
王太子マーシャルと異母妹シャーリーによる断罪騒ぎの判決が下されたことで、私は牢から出され、女子修道院に送られた。
見送りには、誰も来なかった。
意地汚いハイエナ共も、敗北色が濃厚になるとあっという間に手を引いたせいで、裁判で私に最終判決が下されるときには弁護人すらいなかったらしいので、驚きは特にない。
少し前まではクローゼットに収まりきらないほどのドレスや、箱いっぱいの宝飾品が私のものだったのに、今の私には……手荷物すら、無い。
必要なものは全て修道院に用意されていると、そればかり言われて、ここまで連れてこられた。
ただひたすらに、納得できない気持ちと恨みを持て余した状態の中、身一つで馬車から下りる。
修道院らしき場所の門の前には、私を待っていたのか、一人の女性が立っていた。
私を乗せてきた馬車がそそくさと去っていくと、女性が私に近づいてきたので、視線をそちらに移す。
「私たちの修道院へ、ようこそ! アンジェリカ……よね? 私はルアーン。これから、どうぞよろしくね?」
小首を傾げて手を差し伸べてきた女性に、そのまま見惚れてしまった。
これまでの私の世界に、私よりも美しい女性はいなかった。
それなのに……まさか、こんなところに、私やマーシャルすら超えてしまう美しさを持った人がいたなんて。
美しいものを見るのは、大好きよ。
だけど、ここまでの美しさは――本当に、罪。
淡く光を反射する、月明かりを編んだような癖のない長い髪に、きらめく水面を映したような瞳。
スッキリと整った顔立ちに、全く日に焼けていない滑らかな肌が、白百合を思わせる。
修道女に相応しい、清らかな雰囲気を醸し出す、麗しい人。
白と黒だけの簡素な修道服を着ているだけなのに、完成された美しさがそこにあった。
あまりの素晴らしさに、思わず神とやらを信じそうにすら、なってしまうわ。
自分の美しさに、絶対の自信を持っていた私だけれど……牢の中では、ロクな手入れができなかった。
身体を拭くために、毎日ぬるま湯が運ばれてくるだけでも、感謝しなければならないほどだった。
化粧もできずに髪も肌も荒れて、やつれた風貌になっていた私には、彼女に向かい立つ今の自分の姿が……少し、恥ずかしい。
一瞬にも、永遠にも思える邂逅を果たした後、差し出されていた彼女の手を、そっと握った。
「えぇ、私がアンジェリカよ。ルアーン、これからよろしくお願いしますわね」
――握手なんて、初めてだわ。
これまで、手の甲に口づけをされたことも、手を握られたことも、数えきれないほどあったれど……。
今まで経験したそれらとは、全く違う彼女との挨拶に、何故かわからないけれど、胸が高鳴った。
「うふふ、アンジェリカが来てくれて、本当に嬉しいわ……! さぁ、中に入りましょう!」
ルアーンに促されるままに、手を握られたまま、金属製の門をくぐる。
彼女にははじめから、丁寧だけれど対等な口をきかれていることすら、気にならない。
むしろ、ルアーンが私を敬うような喋り方をしていたら、きっと違和感を感じるだろうと、会ったばかりなのに、この私にそう思わせるほどの存在感が彼女にはあった。
修道院の敷地へ、足を踏み入れる。
まず見えたのは、美しく整えられた庭園だった。
大輪の薔薇をはじめ、色とりどりの花が咲き誇っている。
遠くにはガラス張りの大きな温室も見えたし、畑らしき畝も見えた。
そして……視線の先には、幾人もの修道女たちが土いじりをしている様子も、伺えた。
『修道院』なのだから、さぞかし清貧で、存在しない神とやらに一身に祈っている連中の集まりだと思っていたけれど……この時点で既に、予想は大きく覆された。
考えてみれば、冤罪とはいえ罪人として裁かれた私が送られる修道院が、普通のわけがなかったのよね……。
ルアーンに出会ってからたったの数分だけれど、いつの間にか高揚していた気持ちが、冷や水を浴びせられたように、一気に萎んだ。
女子修道院なのだから、女性ばかりの環境であることは当然なのだけれど……。
視線の先にいる修道女たちは基本的に二人一組のようで、それぞれの距離が、やけに近い。
薔薇をはじめとする、様々な花の香り、草の香り、土の香り、そして、なんというか……。
これまた初めての経験なのだけれど……一言で言えば、雌臭い。
辺りに漂う雰囲気だけで、彼女たちが爛れた関係なのだと、否が応でも思い知らされる。
さして近づいてもいないのにこれだけ感じるのだから、彼女たちは常日頃から、さぞかし……いかがわしい連中なのでしょうね。
思わず顔をしかめると、ルアーンにも伝わったのか、微笑みに少しだけ困ったような表情を乗せて頷かれた。
「わかるわ、私も来たばかりのころは面食らったのよ……しばらくは嫌でしょうけど、でもきっと、すぐに慣れるわ」
少しばかり投げやりな雰囲気を感じて、慣れるというか、慣れるしかないのだろうなと、思った。
そのまま修道院の敷地内をルアーンに案内されながら、ここがどういった修道院なのかを早速教えられた。
「ここはね、貴族の女性が何らかの事情で――貴族社会にいられなくなった人たちが、集められている場所なの」
「それじゃあ、ここにいる人たちは全員、貴族ということ?」
「ええ、そうよ。うふふ……実は私も、元男爵令嬢なのよ? アンジェリカにはわかったかしら?」
「男爵……?」
それにしては、所作がやけに洗練され過ぎているように思うけれど……?
私の疑問を悟ったのか、ルアーンの口角が上がって、人差し指が私の唇に押し付けられた。
「私のおとうさまは、没落した男爵家の当主だったのよ――でも、ここでは以前の家の爵位なんて、関係無いの」
『関係無い』と言う彼女は、お互いの家の爵位の優劣によって生じる力関係のことを言っているのではなくて……「これ以上は聞いてくれるな」、と言っているようだった。
「ここでは、みんなが対等よ? でも、アンジェリカは来たばかりだから、私が色々と教えてあげることになっているの。貴女の教育係……みたいなものかしら?」
「そう……なのね」
「あら、うふふ、緊張しないで? どれも、そんなに大したことじゃないのよ。みんなで生活していくのに、覚えておくことがいくつかあるっていうだけなの。私だって、この修道院のことを全て知っているわけじゃないし、わからなければ誰でも良いから、聞けば教えてくれるわ」
ルアーンの言葉に頷いたら、嬉しそうに目を細めて、頭を撫でられた。
――今日は、初めてのことが、本当に多い。
「ただね、大抵の人たちはペアを崩されることを嫌うから、片方しかいないときじゃなくて、二人揃っているところを話しかけた方が良いわ……。私は、アンジェリカより少し前に来たばかりだから、仲間外れ……というのとは違うけれど、ペアを組んでいる人がいないから、貴女の教育係を仰せつかったのよ」
「そう、なの……」
「ええ。でも、私の次に来てくれたのがアンジェリカで、嬉しい。きっとすぐに仲良くなれるわ?」
「そう、ね……」
似たような返事しかできない私に、ルアーンは透き通るような笑みを浮かべて、再び案内を再開した。
アンジェリカのターン、ち ょ う た の し い …… !