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牢の中



貴人用とはいえ、牢の中は、お世辞にも快適とは言えなかった。


壁一面の鉄格子、冷えた食事、何よりも――お手洗いのドアにまで鉄格子の窓が取り付けられていて、プライバシーなんてあったものじゃない。

牢番が女性だっただけ、配慮されているのでしょうね。



貴人用の牢に入れられているのは私一人だけで、ここは随分と静かな空間だった。



そりゃあ……初日は、大声を出して、暴れまわったわよ。

だけど、疲れ果てて眠って、目が覚めたら、すっかり頭が冷えていた。


そもそも、意味不明な下らない罪状でこんな場所に入れられたんだから、真相が明るみになれば出られるに決まっている。

公爵令嬢である私が、シャーリーごときを害した程度で罰せられるなんて、ありえないんだから。



そう思って数日待ってみたけれど、ここから出されることはなかった。



次は、牢番に父や弟をはじめ、シャーリーやマーシャル殿下たち関係者を呼ぶように伝えさせた。


だけど、誰一人としてやって来る者はいなかった。



あまりに暇なので、牢番にあれこれと話しかけてみたけれど、なしのつぶて。

何を言っても反応しないくせに、時折どこからともなく持ち込んできた冊子を積み上げていく。


暇なので手に取ってみれば、下らない大衆紙だった。

見れば、どれもこれも一面を私の名前が飾っている。



一目見ただけで、公爵令嬢である私――アンジェリカ・ペンバートンをこき下ろす記事だった。



次点で、凛々しい王太子殿下と、新たに婚約者となった可憐な令嬢との、麗しいラブストーリーか。

そこにもありがたいことに、私の名前は彼らを引き裂く悪女として、しっかり登場している。


下らないと思いながらも、暇すぎる牢の中、読み物といえばこれくらいしかない。

もう少し気を利かせて、普通の書籍を差し入れてもらうことはできないものかしら?


陳腐な断罪劇に仕立て上げられたらしい、あの夜の一連の出来事だったけれど……どうやら庶民たちは私と同じく暇なようで、毎日毎日、何かしら私に絡めた記事を書いてくる。

いや……庶民だけではなく、貴族向けの冊子もあったから、国中の人間が暇みたい。


もっと他に、生産的なことは無いのかしら?



届けられた数多の記事に載せられた内容によると、今までの私の行いは『許されざる所業』であり、そんなことを繰り返してきた私は『悪意に満ちた恐ろしい人物』なのだそうだ。



――馬鹿馬鹿しい!

公爵家の権力が、どれほどのものだか、誰も理解できていないというの!?


こんな薄っぺらい記事に書かれているようなこと、何度でも、何千回だって繰り返したところで、許されるに決まっているのに!



ううん、『許される』んじゃないわ。

そもそも、最初から『許されている』ことなのよ。



それを、こんなにも騒ぎ立てるなんて……!

貴族社会を、一体どうしようと言うのかしら?



そもそも、本当に『恐ろしい』と思っているのなら、きっとこんなこと、書けやしないはずなのに。

公爵家の威光も、地に落ちたものね……。


穢されきってしまった『ペンバートン公爵家』の名。


大衆の娯楽のために、その名を使われるだなんて。

『公爵家』のためを思うなら、さっさと私を除名して『ただのアンジェリカ』にしてしまえば良いのに。


そんなことにも頭が回らないなんて、本当にしょうもない。


きっと厚顔無恥にも、今も父や弟、シャーリーは堂々と『ペンバートン公爵家』の名を使っているに違いない。



私の大切にしてきたものが、どんどんと奪われていく感覚は、不快感に満ちていた。



ある日、ようやく牢から出されて連れていかれたのは、私が犯したとされている罪を裁くために開かれた、裁判の場だった。



あの父が乗っ取っている公爵家から、弁護人など付けられるはずがない。

やってきた弁護人は、どうやら親戚連中が雇った人間らしい。


飢えたハイエナのような、うっとおしい奴ら。


お母様が亡くなって、父が公爵家を乗っ取らなければ、あの軟弱な弟が公爵位を継いだところで、親戚連中が父に代わって乗っ取りにかかって来ていただろう。

既に公爵家を掌握している父、次期公爵の地位を無責任に放り出した弟――となれば、残った私の側に付くしか、彼らに旨味が無いのでしょうね。


それでも、事前に私に面会すらできなかったということは、大した戦力では無いということ。

お金を積もうにも、王宮が管理している貴人用の牢番を買収するほどの額は、用意できなかったのでしょう。


見るからに鈍臭そうな弁護人を見て、大きく溜息を吐く。


自分の身は、自分で守るしかない……ということかしら?



だけど、数回に渡る裁判で実感したのは――『胸糞悪い出来レースに放り込まれた』ということだけだった。



異母妹である公爵令嬢のシャーリーを害するために、どんな計画を実行して、誰を雇ったのか……など、かなり細かいところまで調べ上げてきたらしかったけれど、それが何だというのかしら?


初回は、自身の無実を全力で伝えた。

おかしいのは私ではなく、公爵令嬢として扱うべきではない卑しい女に騙された王太子殿下や、それに同調した国王陛下であるとすら、誰もが触れないようにしていた真実に触れてやったのに、聞き入れられることはなかった。


国のために進言しているというのに、言い合いが加熱したせいで、次回には声を出せないように猿ぐつわをかまされた。

それでも必死に声を上げたら、そのせいで不覚にも気を失って倒れてしまった。


その次からは、裁判の席に連れていかれることすらなくなった。


裁かれる当人がいないまま、裁判が進むなんて……冤罪であることは丸わかりなのに、一体どういうことなのかしら?



国の先行きに悲観しだしたころ、加熱した各社の記事には次第に「あることないこと」から「ないことないこと」ばかりが書き連ねられるようになっていった。


流石にネタも切れてきたということかしら?



私が学園在学中のときの出来事はとっくにしゃぶりつくして、生い立ちから私の短い半生のどこでも良いから記事にできるような内容を探して、あげつらっている段階すら通り過ぎたということね。


よくもまぁ、これだけ取材して探し出してくるものだと、最近では関心すら覚えていたけれど。



毎日届けられるとんでもない量の冊子は、マーシャル殿下の差し金だったみたい。

初めての裁判のときに「貴様の行いが世間でどれだけ非難を浴びているか、実感したか?」と聞かれたのよ。

その隣でシャーリーも下品な笑みを浮かべていたから、あの二人が仕組んだことに違いないでしょうね。


冤罪で騒ぎ立てて、まるで無関係な国中の人間を巻き込んで、私や公爵家の名前を貶めて、辱めて、私の大切なものを奪っていくだなんて……絶対に、許さない。



私をこんな目に合わせた連中へ、日々、憎しみを重ね続けて――紙屑同然の束に埋まりそうになったころに見つけた、一つの記事。



「やだ、とうとう捏造が始まったわ……」



これまでの記事は、全く無関係のことでも何かしら、今まで散々紙面を騒がせてきた『アンジェリカ・ペンバートン』の存在を匂わせるものだったのに対して、今手にしている記事はといえば、最早同名の別人であると断言できるくらい、清々しいほど完全に創作(フィクション)だった。


皮肉にもこの<別人>のアンジェリカ・ペンバートンの記事には、自身の存在と被るところがまるで無かったので、ようやく私は『読み物』として楽しめる冊子を手に入れたことになる。



この記事が言うには……公爵令嬢アンジェリカは、はじめから悪女だったわけではなく、今まで置かれてきた環境や徹底した貴族主義の教育によって歪められた被害者で、母の死により家庭環境が激変したことによるストレスや、貴族の子女たちが集められた学園という閉鎖された空間で抑圧されたせいで悪化し、王太子殿下へ抱いていた恋心が暴走して悲劇を起こしてしまったのですって。



とっても興味深い記事だったのだけれど……これを書いた人間は、記者よりも作家に向いていると思うの。


名前や境遇のよく似た別人の人生を垣間見ているみたいで、あんまり気に入って何度も読んでいたから、内容だけでなく出版社や記者の名前まで覚えてしまったわ。



だけど、この記事に登場する()があんまりにも別人過ぎたから、方々から総叩きされたみたい。


まぁ……当然よね。

読み物としては面白かったけれど、記事としては、世間の求めていたものとは違ったのでしょう。


もし私が、この記事に書かれているような心の弱い脆弱な神経の持ち主だったのなら……今頃は悲嘆に暮れて、泣き叫んでいるに違いないわ。

この私がそのような醜態を晒すような人間なはず、ないじゃない。



そうして日々を過ごしているうちに、裁判での判決が出た。


結局、私は冤罪で裁かれて、王都の端にある女子修道院へ送られることになった。



国で最も高貴で権力を持つ連中が主導したのだから、当然の結末とも言えたけれど……到底、私に受け入れられるものではなかった。



珍しく、おバカでお茶目なアンジェリカが見れる回でしたw

平然と過ごしているように見えますが、本人が頑張って、あえてそういう心の声にしているだけで、普通にブチギレています。

日々、誰にも邪魔されず、新鮮な憎しみを積み重ね続けました。

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