卒業パーティー
ここからは、本編のアンジェリカ視点です。
重複する部分もありますが、ご了承くださいませ。
本編をただ三人称視点からアンジェリカ視点にしたバージョンを考えていたのですが、結局同じ話になってしまうので、最初からアンジェリカの考え全開になりました。
ガッツリネタバレしながらになりますので、本編をお読みいただいた上でお進みくださいませ。
また本編以上に悪意が強いので、その辺りもご注意くださいませ。
「アンジェリカ・ペンバートン! 貴様を、公爵令嬢への傷害罪で裁く! 実の妹であり、私の愛するシャーリーを害そうと行った狼藉の数々、断じて許し難い! ……この者を捕らえよ!」
「殿下!? な、……きゃっ! 一体何をするの!」
私や王太子マーシャル殿下を含めた学園の卒業生たちの門出を祝うために開かれた、煌びやかなパーティで、信じられないことが起きていた。
未だ婚約を発表しないマーシャル殿下が、いよいよ婚約者を発表するのでは? と噂の今日。
選ばれるのは当然、ペンバートン公爵家の令嬢であるこの私、アンジェリカ・ペンバートンであるはずなのに。
それなのに……!
何故、その大切な場でこの私が、騎士たちに腕を掴まれて床に押さえつけられているというの!!
「騎士風情が、私に触れるな! 私は王太子妃になるのよ! さっさとこの手を離しなさい!」
高貴なる生まれのこの私に、こんなことをして……!
いくらマーシャル殿下の命令とはいえ、この騎士たちはただでは済まさないわ。
一族郎党、皮を剥いで皆殺しにしてやる!
だけど、どれだけ睨みつけて暴れても、拘束の手が緩まることはない。
恨みがましく再びマーシャル殿下を仰ぎ見ると、その青い瞳にゾッとするような冷たさを湛えて見下ろされ、吐き捨てられた。
「君が王太子妃になることは、ない。僕の伴侶は、ここにいるシャーリー――君の妹だ」
そんな、馬鹿な……!!!
目を見開いて、マーシャル殿下の隣で怯えた表情を浮かべる女に視線を移す。
震える女が、殿下にしがみついていて、そんな殿下は女の腰を抱いて支えてやっている。
これは……!
こんな馬鹿なことが、あってたまるものか!!
憎い異母妹、シャーリー。
コイツが、この私の『妹』と呼ばれることすら、許せない。
「そんな不義の子、私の妹ではありませんわ! 薄汚い売女の娘が! どうせお前も殿下に、はしたなく腰を振ったのでしょう!? 汚らわしい……!」
なんて卑しい女なの?
母が亡くなったばかりだったのに、ある日突然、父に連れられて母娘で公爵家に乗り込んできた異物。
父が公爵とはいえ、その肝心の父は婿養子。
妾だった母親は平民同然の出自で、着飾った娼婦にしか見えなかった。
シャーリー自身も、男に擦り寄っては高価な贈り物を強請ってばかりで、まるで公爵令嬢に相応しくない。
生まれ育ちも、容姿ですら、私には到底及ばないくせに。
可憐で儚げな演技で、周囲に上手く取り入っただけのくせに。
そんな女に、まさか王太子のマーシャル殿下まで……!?
私以外に、皇太子妃に相応しい人間はいないのに!
これから国を背負おうという方が、こんな下賤な娘に騙されているというの?
私の疑念は、正しいものだったらしい。
私の言葉で考え直すわけでもなく、相手にすらせずに、マーシャル殿下はシャーリーの頬を撫でて、慰めすら、した。
「なんと醜い女だ……。こんな女と半分も血が繋がっているなんて、可哀想に。大丈夫だ、シャーリー。奴が君を苦しめるのも、今日が最後になる」
「マーシャル様ぁ……」
私を無視して、うっとりと見つめ合う目の前の男女の、気味の悪いこと。
卑しい女と半分も血が繋がっていて、許せないのは私の方だというのに。
この女に苦しめられたのも、それこそ私の方なのに、マーシャル殿下はまるでわかっていない。
こんなに物分かりの悪い男が、次期国王だというの?
見目が良いだけに、余計に残念な気持ちが胸に広がっていく。
『伴侶を選ぶなら、見た目だけでなく中身も大切』とは誰かが言っていたけれど……確かに、鑑賞するのにこれ以上ない美男子で、王族の血を引く超一級の権力を持ち、剣術にも優れ、頭脳明晰で、政務の才能まで持ち合わせていても、こんな女に騙されているようでは、肝心の『中身』とやらがダメなのね。
学園でも、いずれ私の伴侶になると思っていたからマーシャル殿下に近づく女たちは排除してきたけれど……こうなってしまっては、無意味な努力だったと認めざるを得ないわ。
しかもマーシャル殿下は、シャーリーとの関係を否定しなかったわ。
なんてことなの……!
それじゃあ、この国に私に相応しい男性は、いないということなのね?
嗚呼、でも、そんなことよりも……大切なことを、マーシャル殿下に伝えなくては。
誰よりも高貴な血を引く者が、こんなこともわからないの!?
「父を同じくしようと、その娘は公爵家の血を引いていない! そんな者が、王太子妃になれるものですか!」
だけど、至極当然な私の指摘は、お気に召さなかったらしい。
自分たちの世界に入り込んでいたところを、邪魔したとでも思われたのかしら?
美しい顔を醜く歪めて、マーシャル殿下が再び声を荒げた。
「黙れ! そんなことは、貴様が気にすることではない! ……王がシャーリーを、私の伴侶として認めたのだ! 異論は許さん」
「な……! そんな……馬鹿なことが……」
とうとう、何よりも素直な感想が口をついて出てしまった。
国王陛下が……認めた?
シャーリーを? 王太子妃として??
何故? 意味がわからないわ。
私が気にすることではないと言うけれど、高貴な血を引く者がその血を繋ぐために、やはり高貴な血を持つ者を伴侶にするのは当然のことでしょう?
この国で高位貴族令嬢の筆頭はこの私、アンジェリカ・ペンバートンであって、それに続くのは、下賤な生まれのシャーリーなどでは、決してないのに。
馬鹿馬鹿し過ぎて、まるで理解できない。
陛下まで丸め込まれてしまったのなら、この国はもうお終いだわ……!
そんなところまで堕ちてしまったというの!?
怒りで打ち震えているうちに、いつの間にか立たされていたらしい。
そして聞こえてきた声に視線をやれば、これまた下らない会話が繰り広げられていた。
「マーシャル様、あまりお姉さまに酷いことをしないでくださいませ」
「シャーリー、君は優しいな……。だが、君へ行った仕打ちの数々から、彼女の罪は明らかだ。貴人用の牢に入れられるので、決して酷いことにはならないよ。……本当は、この手で奴の首を落としてやりたいところだがね」
「そんなこと、仰らないでください……! 私のお姉さまなのです。きっと、いつかご自分のなさったことを反省してくださるはずです」
そういえば、そもそも私は『公爵令嬢であるシャーリーへの傷害罪』と言われたのだったかしら?
まさか……公爵令嬢と呼ぶことすら烏滸がましい小娘を、ピンピンとしてこの場にしゃしゃり出ているこの女を、『傷つけた罪』ですって!?
正当な公爵令嬢であるこの私が害されたのであれば極刑でしょうけれど、シャーリーごときを私がいじめてやった程度で、何を言っているのかしら?
たとえそれで死んだとしても、罪に問われる謂れは無いわ!
シャーリーが王太子妃になること以上に、馬鹿馬鹿しいことがあったなんて!
その上……仮に王太子妃になるのなら、それならば未来の王族の一員が害されたということ。
ならば私が公爵令嬢とはいえ、貴人用の牢に入れられて打ち首にならないというのも可笑しな話。
罪状と罰がぐちゃぐちゃ過ぎる。
なんてお粗末なの?
シャーリーに至っては、更に庇い立てするなんて、本当に貴族として不適格な女ね。
ただの言い掛かりだけど、この程度で済まされるということは、結局、お前が高貴な者として扱われていないということの証明ではないの!
『義姉を庇うお優しい未来の王太子妃殿下』を演出しているのかもしれないけれど、私にだけ見えるように厭らしく笑みを浮かべるなんて、稚拙な演技だと丸わかりで、本当に腹が立つ。
こんな馬鹿共に、こんな目に合わされるなんて、許せない……!
大勢の貴族たちの前で辱められて、身体は痛むし、頭からは恐らく血が出ているに違いない。
ドレスや髪だってぐしゃぐしゃで、マーシャル殿下の瞳の色に合わせた髪飾りなんか、すぐにでも投げ捨ててしまいたい。
こんな姿を晒すことになるなんて、ありえない!
だけど私の力では、騎士の拘束は振りほどくことはできない。
周囲を見渡しても、今までヘコヘコと付き従っていた者たちは、私を悪女だと糾弾する側に回って、全て私にやらされたことだと騒ぎ立てている。
お前たちは、保身に走るよりも先に、するべきことがあるでしょうが!!!
情けない……!
なんて情けないの!!
いくら王太子殿下相手とはいえ、忠言することも臣下の務めではなくて?
この馬鹿げた騒動を引き起こした馬鹿共を、諫める者は誰もいないというの!?
遠くに見えた父親の姿には、落胆を隠すことができなかった。
辱めを受けた私の姿なんて、見てもいない。
その誇らしげな視線の先には、王太子のマーシャル殿下に並び立つ、愛娘のシャーリーがいるのだろう。
大した期待もしていなかったけれど、やっぱり呆れてしまう。
公爵という、貴族の中で最上級の爵位を持ちながら、その公爵家の名に、今まさに泥を塗られたところだというのに。
……婿養子は、これだから。
幾度となく使い古されたであろう文句が、頭を過る。
侯爵家の三男に生まれて、自分で身を立てるしかなくなった分際で、公爵家の婿に選ばれたことを喜ぶどころか、恨むなんて。
愛した女は、一代爵位を賜った商家上がりの男爵の孫。
仮にも侯爵家の生まれで、そんな女を選んだ時点でありえないのに、婿入りした後も関係を続けた恥知らず。
いくら政略結婚だったとはいえ、もっと他にマシな男はいなかったのかしら?
お母様も、一体何を考えて父の不貞を許していたのやら。
子供まで許すなんて……そのせいで今、娘がどんな目に合わされているのか、あの世で見ているのかしら?
もし父と妾との間に生まれた子供が男児だったのなら、目が開く前に縊り殺されていたに違いない。
たとえ女児だったとしても、同じようにしておけば、私が今こんな目に遭わされることもなかったでしょうに!
亡き母への恨みも募るけれど、そんなときに騎士の歩みを止めたのは、私の唯一の弟だった。
嗚呼、ようやく話の通じる人間が現れた――そう期待してしまったのも、仕方ないことだと思うの。
それなのに……実の弟は、こともあろうに私を捕らえる騎士たちに礼を言い、あまつさえ頭まで下げた!
「ローレンス! 何をしているの!? 早くコイツらに、手を放すように言いなさいよ! お前は私の弟でしょう!? 何とかなさい!」
両親から同じ血を継いでいるはずなのに、弟のローレンスが何を考えているのか、まるで理解できない。
それなのに、何故お前の方が溜息を吐くの!?
「貴女はやり過ぎたんですよ。いい加減、理解したらどうです。公爵家の人間だからって、何でも許されるわけじゃない。正直、遅すぎたくらいだ」
「何を……!」
緩くうねる黒髪に、濃紫の瞳。
私によく似た風貌で、憎々しげに目を細めて告げられた。
「第一、僕に彼らは止められませんよ。――僕も貴女が先ほど口にした『騎士風情』見習いの一人だと、お忘れですか?」
あまりのことに、しばらくは開いた口が塞がらなかった。
父が役に立たない今、公爵家を立て直して、国王陛下やマーシャル殿下と渡り合えるのは、もうお前しかいないのに。
それが……なんですって?
今、跡継ぎとして育てられた次期公爵であるお前が、『公爵家』の権力を軽んじたというの!?
その上、『騎士見習いだから』、実の姉であり、公爵令嬢である私を拘束している騎士を、止められないと!?
「騎士なんて職、ただの腰掛けの暇潰しでしょう!? お前は公爵家の跡取りなのよ? 次期公爵が、姉を見捨てるというの!?」
「……僕は、騎士として身を立てることを決めました。こんな薄汚れた公爵家を継ぐなど、真っ平御免だ」
「な、なんてことを……!」
騎士なんて、古臭い考えを持つだけの、使い捨ての駒じゃない!!!
そんなものを公爵位と天秤にかけて、しかもそちらを選ぶというの!?
『薄汚れた公爵家』……確かに、今はそうでしょう。
父が公爵家を乗っ取ったせいで、いろんなことが滅茶苦茶になってしまった。
だけど! だからこそ、跡継ぎであるローレンスが早々に家督を継いで、公爵家を再び正常な状態に戻すべきだと、あれほど言ったのに!
「訓練があるから」と言っては、たったの一度も邸に帰って来なかったのは、お前じゃないの!
あの頃から……もう次期公爵の座なんて、どうでも良かったの?
何故、そんなにも簡単に捨てられるの?
血の繋がりですら……実の姉である私を見捨ててまで、騎士の道を選ぶというの?
私とはたったの二歳しか違わないのに、どうしてそんなに愚かな選択ができるの?
『公爵家』を体現していた、お母様。
そんな母に、幼い頃から一身に愛情と期待を向けられていた弟。
先に生まれたのは、私だったのに。
古臭い慣習のせいで、『男児だから』という、そのたった一つの理由だけで!
私が欲しくて堪らなかった『次期公爵』の座を、生まれながらに奪っていったくせに!!
『公爵家』が私のものになるのなら、王太子妃になんて、なれなくたって良かったのに。
誰よりも『公爵家』を大切にしているのは、この私なのに!!
「……許せない! 許せない許せない許せない!! そんなに要らないなら、返してよ!! 全部、今まで奪ったものを、私に返して!!!」
今まで抑えていた感情が、爆発した。
それなのに、目の前の弟は、顔色一つ変えやしない。
それどころか……同じ邸で育ったこの私に対して、平然と嘯いて見せた。
「貴女から奪ったつもりはないですし、僕だって、欲しがったことなど、一度も無いんですがね」
そんなはずない!!!
あんなに誇らしげな顔で、私を見下していたくせに!!
『公爵家の嫡男』だから、優秀な剣術の講師が付けられた!
『公爵家の嫡男』だから、同じ騎士コースにいる第二王子殿下と親しくなれた!
今まで、お前が当然のように享受してきたものは、全て『公爵家』あってのものだったのに!!!
「嘘つき!! お前さえ……お前さえいなければ! お前なんか、生まれてこなければ良かったんだ!」
もし、そうだったなら、きっと。
私が下らない罪で、罪人として牢に入れられることも、なかったはずなのに。