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新しい未来



壊れた馬車に残されたアンジェリカの手記は、発見した騎士によって回収され、騎士団長の手から直接王の元へと渡った。


それが良いことだったのか、そうでないのかは、人によって判断が分かれるものの……とにかくそこまでは、誰かに握りつぶされることなく、手記に記された内容の是非を判断すべき人物のもとへ届いたのだった。



病床にいた王は、息子の想い人が遺した手記を読むなり、手記で名前が挙げられた主要人物たちを、王宮に隔離した。


公爵であるアンジェリカの父をはじめ、公爵家一行は目を白黒させたが、逆らうことはできなかった。


王太子マーシャルと、アンジェリカの弟であるローレンスは、未だ行方がわからないアンジェリカの捜索に出ていたため、王宮から離れた場所にいたが、丁度川の下流から、アンジェリカであると判断せざるを得ない遺体が上がったため、消沈して戻ったところを、賓客用の居室へ押し込まれた。



手記に記された内容の真偽が問われたが、王は心当たりがあったのだろう、まず自室の香炉と、王太子の部屋を調べるよう命じた。


自身の命どころか、国の存亡に関わる重大なことだったので、王は書かれたことが嘘であってほしいと強く願っていたが……怪しい香の煙を吸っていたというアンジェリカの母の状態と、己の病状がよく似たものであると自覚していた。


王に渡された香は、王太子自身が持ち込んだものであり、王宮に勤める王の専属医が何も言わなかったことからも、本当に王に渡された香が良からぬものであったとすれば、王の立場は、既にかなり危ういものであると判断せざるを得ない。



――事実、過去の世界で王は、疫病が蔓延する前に亡くなっていたので、ほぼ手遅れではあるのだが。


誰が信頼できるのか判断がつきかねる中、王は、全てを疑いながら調査しなければならなかった。



王太子が王を弑逆しようとしている、という疑惑だけでも大事件なのに、手記には他にもたくさんの罪が記されていた。



一つ一つ調査するのには時間がかかりそうで、しかも、ここに書かれたことがすべて真実だったとなればとんでもないことであるし、全員を裁けば、国が立ち行かなくなってしまう。


何より、直系の王位継承者がいなくなる。


最悪の場合、すべてに――己が毒殺されかけたという事実にすら目を瞑り、手記に書かれたことを握りつぶすことも考えなければいけないだろうと、王は為政者として思考を巡らせていく。


――王太子のことはさておき、第二王子と公爵家の嫡男の不適切な関係に関しては……公表さえしなければ、隠し通すことも可能ではないか?

醜聞でしばらく荒れるだろうが、王家も公爵家も跡継ぎが不在になるという状態は避けられる。

無理やりにでも女をあてがってしまえば、後はどうとでもなるだろう。


――そうだ、公爵家の乗っ取り劇を主題にして、王太子の罪はアンジェリカ嬢を人質に、公爵の愛娘に騙され、唆されたことにすれば、離宮への幽閉で済ませることができるのでは?

毒を盛ったことは許しがたいが……幽閉さえしてしまえば、病死(・・)でも事故死(・・・)でも、いくらでも手の打ちようはある。

王は全てを知りながらも、あえて泳がせるために毒を盛られたフリをしていた――ということにすれば、王自身も、息子に毒を盛られ、その息子を怒りに任せて処刑……などという、愚かで残虐な印象を、周囲に与えずに済むかもしれない。



毒と病に侵されながらも、王は己や国のために何を守り、何を切り捨てるか、上げられてくる調査の結果と合わせながら、頭を悩ませていた。



しかし――そんな王の思惑は、出版社によって手記の写しが記事にされ、王都中に広まったことで、無残にも打ち砕かれることとなる。



***



アンジェリカはかつて過去の世界で、己のしてきた所業が、どれほど悪意に満ちて恐ろしいものであったか、人々が面白おかしく吹聴し、尾ひれが付いていく様を見せつけられたことがある。



あれは修道院に送られる前、貴人用の牢に入れられた際のことだ。



罪人となったアンジェリカについて書かれた紙面――数多ある出版社がこぞって彼女について、あることないこと書き立てたそれを、牢番が何冊も置いていく。

異母妹と王太子の差し金だったことは間違いなく、「貴様がしたことは世間で大批判されているぞ」と見せつけたかったのだろう。


他にすることもないので、パラパラと読んではみたが、大半は酷いものだった。


やれ、アンジェリカがこんなことをしていた、あんなことを言っていた、だとか、彼女に命令されて嫌々何かを強要されたといった内容を、どれだけ詳しく、そして下品に書けるのか、各社が競い合っているような状況であった。


アンジェリカの言ったこと、やったことを掘り下げて記事にするのは、まだわかる。


だけど全く無関係のことでも、『あの(・・)アンジェリカならやりそうだ』と思われるような内容なら、事実はどうあれ、全て彼女の仕業のように書き立てられることも多かった。



そんなくだらない紙屑同然の束に紛れながら、アンジェリカの目をひときわ惹き、興味をそそった記事があった。



他社が、アンジェリカの生い立ちやら行動の、ごく表面をなぞる程度のものだったのに対して、その記事はまるで、これまでアンジェリカの傍で見聞きし、取材したかのような、妙な現実味を持ったものだった。


内容こそ、完全に創作(フィクション)で、そこに書かれた<アンジェリカ>は全くの別人であったけれど、当事者である本人ですら引き込まれてしまうような、興味深い記事であった。

恐らくそれを書いた記者は、取材した内容で記事を書くよりも、創作の才能があったのだろう。


名前や境遇のよく似た別人の人生を垣間見ているようで、アンジェリカはそれを気に入って何度も読んでいたため、出版社や記者の名前を覚えていたのだった。

そのため、今回アンジェリカの手記を送りつけるのに丁度良いと、この出版社が選ばれた。


大して有名な出版社ではないので、事前に察知されて握りつぶされるということも無いだろうし、この機会に大いに脚光を浴びるだろう。

経営者に、王家への忠誠心など欠片も無いことまで、既に確認済みだった。


手記を公表した後の大混乱が予想できないはずもない。

疑われたり、圧力をかけられるだろうが……それでも公表することを選んだ彼らが、その後生き残れるかは、彼らの手腕と運次第だろう。



破壊された馬車から回収されたアンジェリカの手記は、内容が内容だったため、はじめは、王が信頼するごく近しい側近たちのみに公開されていた。


そのため、隔離された当事者たちは、何故自分たちが軟禁されているのか知る由もなかった。

皮肉なことに、彼らが自身の軟禁されている理由を知るのは、手記の写しが出版社の記事によって周知されてからのことである。


そこで初めて、己がとんでもない疑惑で捕らえられ、冤罪がかけられているのかを知ることになった。


奇しくもかつてのアンジェリカのように、己についてあることないこと書かれた記事が続々と届き、それらを読むことで周囲にどのように見られているのかと、頭を抱えた。


亡きアンジェリカが彼らについて記したことは、心当たりのある後ろ暗いこともあったし、全くの虚言も含まれていた。


彼らにできたのは、『全てが嘘偽りである』と声高に叫ぶことだけだったが、それを全て真に受けてもらえるほど、アンジェリカの信用は低くなかった。


部外者には、アンジェリカは表向き公爵令嬢として何不自由なく、素晴らしい人物として振舞っていたが、陰では虐げられ、裏切られ、酷い目に遭わされていた、憐れな被害者のように見えていた。



アンジェリカの手記が公表されてしまったことで、王は『現在調査中のことで、握りつぶそうという意図は無かった』と述べるしかなくなった。


『出版社のでっち上げであり、そのような事実は無い』と突っぱねることも、できなくはなかったが……騎士たちの中には、馬車襲撃跡地から手記が発見されたことを知る者も少なくなかった上、実際既に調査が開始されていることや、王の心情的にも、全員を無罪放免にはし難かったこともあり、アンジェリカの手記の存在や、そこに記された内容が記事と一致することを認めた。



当然のことながら、議会や世論をはじめ、国中が大荒れに荒れた。


そして、ここしばらくの心労が祟り……王の病は、悪化の一途を辿る。



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