表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

10/21

それから 2

アンジェリカ&ルアーンのネタばらし続きです。



異母妹にしてやられた過去を覆すには、アンジェリカが変わる必要があった。


家族との関係を良好なものとし、王太子に好かれ、慕ってくれる友人たちを作ったのはそのためである。



アンジェリカにとって、彼らとの関係を改善したのは、美味しくするために家畜を大切に育てるのと同義であった。



素材がどんなに劣悪で、アンジェリカにとって既に不要な存在だろうと、供物は供物である。

反吐が出そうだったが、それもこれも、ルアーンたちの教育を無駄にしないために必要なことだった。


思ってもいないことを言うのは、はじめのうち、僅かばかり残っていた公爵令嬢としてのプライドが、邪魔をしそうになったけれど……しばらく続けるうちに、呼吸をするように、スラスラと口をついて出てくるようになった。



彼らは、アンジェリカが心を入れ替えたように見せかけ、態度を変えただけで、その外面にコロリと騙された。


望む言葉をかけてやれば、あっさりと手のひらを返して喜ぶ連中など、家畜にも劣る。

そんな連中にどう思われようが、既にそんなことはどうだって良かった。


アンジェリカにとって彼らは、自分たちとは違う、気味の悪い生物となっていた。



「あんな連中がどうなろうと、知ったことじゃないけれど――うふふ、せいぜいみっともなく苦しめば良いのよ」



アンジェリカには、愛するルアーンと過ごす時間が、何よりも大切だ。


かつて、己が断罪される原因となった『愛ゆえに』という感情も、ルアーンと出会った後のアンジェリカには、悔しいが理解できるようになっていた。

だって……アンジェリカも、愛するルアーンのためなら、何でもしてあげたくなってしまうから。



だからといって、彼らの行動を許せるものではない。



彼女にとっては、ルアーンと比べるべくもない卑小な存在の彼らであったが、それでもアンジェリカは、過去に受けた屈辱を、完全に忘れ去ったわけではなかった。

程度の低い連中だと思いながらも、貶められた恨みは消え去っていなかった。



時が戻ったことで、彼らは、かつてアンジェリカを貶めた連中とは別人であると、考えられなくもなかったけれど……同じ声、同じ姿で、本質的な部分が変わることのない彼らは、やはりアンジェリカにとっては、憎しみの対象でしかなかった。



弟には、第二王子と通じたという、同性愛の疑惑をかけた。



そもそも、実の姉を見捨てておいて、騎士になろうだなんて、笑わせる。


あれだけ騎士へ憧れていたので、騎士団にいられないようにしてやった。


もしかすると、暗黙の了解として、密かに許されているのかもしれないけれど――真偽はさておき、おおっぴらになってしまえば、騎士団はともかく、化石のような教義を持つ、この国の教会が黙っていないだろう。


第二王子とは親しく、互いに切磋琢磨し合っているという報告は、アンジェリカ自身がローレンス本人から何度も聞いているので、案外本当に、そういう関係でもおかしくないかもしれない。


異端扱いされては、当然、公爵になれるはずもない。

あれだけ捨てたがっていたのだ、手間を省いてやったのだから、そこは感謝されても良いだろう。


手記では弟のことを、唯一残された大切な家族のように書いたが、アンジェリカにとって既にローレンスは、己に一番近い血縁という、ただそれだけの存在でしか無い。

そこに価値や情などあるはずもなく、彼はただひたすらに仇の一人であった。



父が、アンジェリカの母に毒を盛っていたのは、事実である。



公爵家の乗っ取りを企てているのも本当のことなので、父に関してアンジェリカが書き加えたことといえば、親類のハイエナ共が付け入りやすくなるように、話を膨らませた程度だ。


貴族は、家や血統を守ることに、異常なほどこだわる。

アンジェリカの父がやったような、強引な乗っ取りなど、とても許せることではない。


今まで手出しできなかったのは、アンジェリカやローレンスがいたためだ。

正当な後継者たちにしてきたことが公になれば、親族どころか、全く無関係の貴族たちまでもが一致団結して、追い落としにかかるだろう。


だけど、公爵家の乗っ取りのみならず、国に対しても翻意があると思わせるような内容を足したのは、アンジェリカの戯れだった。

ルアーンに早く出会えたことで、こっそり証拠となる武器を調達することができたのが、その理由である。


彼女のおかげで、偽の証拠の調達や仕込み、逆に、アンジェリカたちの不利益になる証拠や証人の隠滅などが、非常に捗ったので、やっぱりルアーンは凄いと、アンジェリカの中で彼女への愛が深まったのだった。



修道院には薬草園が併設されており、そこで育てられているものを含めた、薬草についての知識を、アンジェリカは学んでいた。


だから、母の焚いている香に、正しく使えば薬になるが、逆に肺の病には悪影響を及ぼす薬草と、気分を高揚させる効果があるが、強い依存性や副作用があるため、禁じられた薬草が混じっていることに気づいた。



父の手により、正しく、母にとっての毒が盛られていたことをその時知ったが、アンジェリカはそれを知りながらも、あえて放置することを選んだ。



彼女はあの断罪の場にいたわけではないけれど、アンジェリカが簡単に貶められてしまうような、程度の低い悪女となった、そもそもの要因は、彼女の娘への無関心であり、アンジェリカはそのことを忘れはしなかった。


手記が公開されるころには、母がこの世にいないことはわかっていたので、息を引き取る直前に、ローレンスが公爵位を捨て、騎士になることを教えてやった。

そして、生涯をかけて守り続けた公爵家が、父の策略で乗っ取られることを告げると、失意のまま死んでいった。


死の床で付き添うのは、彼女に対して悪意を持つアンジェリカのみという、可哀想な最期である。


アンジェリカが直接目にすることのできる唯一の成功例で、あの絶望を浮かべた表情は最高だった。



異母妹と王太子には、王殺しを計画し、実行中であるという罪を被せた。



いや、『罪を被せた』というのとは、少し違う。


笑ってしまうことに、これに関しても、アンジェリカの捏造ではなかった(・・・・・・)

シャーリーの関与こそ付け加えられたものだが、王太子が王へ毒を盛っているのは事実で、これは暗殺疑惑や未遂などではなく、現在進行中の大罪であった。


王の実の息子であり、既に立太子まで済ませているマーシャルが、何故そんな凶行に及んでいるのかは、アンジェリカの知ったことではなかったけれど……どうやら、王妃の思惑が絡んでいるらしいということを、ルアーンが教えてくれた。



マーシャルがアンジェリカに対して、欲の籠った下品な視線で舐めまわしたり、機会があればベタベタと触れてきていたのも、事実である。


既に、彼の見目や才能が全く無価値のものとなり、それどころか憎い仇の一人にそんな欲を向けられても、アンジェリカには、ただただ気持ち悪く、忌々しいだけだった。



そんなマーシャルとシャーリーの婚前交渉の姦淫罪については、アンジェリカのちょっとした意趣返しであった。



過去の世界では、あれだけお互い好き合っているアピールをしていたのだから、どうせそうだったんだろう。


王殺しとは比べ物にならない程、軽微な罪だし、実際守っていない者も大勢いるだろうが、国の主の座に就こうという者が、国教を蔑ろにしている、などと周知されてしまえば、致命的な汚点となるだろう。


そして王太子と第二王子、現在この国に存在する直系の王位継承者の両名が、罪と醜聞に塗れている状態で、シャーリーが王太子の子を孕んでいるかもしれない――となれば、とてもセンセーショナルで、素敵な話題となるに違いない。



「――あら、でもシャーリーが清い身だったらどうするの? 調べればわかることだもの。すぐに嘘だとバレてしまうわ?」



可愛らしく小首をかしげるルアーンに、アンジェリカは一瞬呆けた後、お腹を抱えて笑い出した。


ルアーンからすれば、他の証拠に比べて真偽が確認しやすいので、もし手記の記述と異なると判明すれば、他の内容も信憑性が下がってしまうことを心配しているのだろうけれど……アンジェリカは、シャーリーの身持ちの悪さに関しては自信があったので、その点については全く心配していなかった。


だからこそ、公爵令嬢としてそれなりの矜持を持っていた、かつてのアンジェリカは、そんなことはお構いなしのシャーリーを、蛇蝎の如く嫌ったのかもしれない。



「ぷっ……! あ、あの女が、生娘なわけ、ないじゃない……! ふ、ふふっ、どうせ、もう何人も咥え込んでいるわよ。マーシャル(あの男)に相手にされていなかったみたいだから、その反動で、案外もう、本当に他の男との子を孕んでいてもおかしくないわ」



もしシャーリーが、本当にまだ純潔を守っていたのなら、心の底から謝罪しても良いとすら、アンジェリカは思った。


だけど、もし調べでそうでないと判明すれば……相手が王太子ではない(・・・・)と証明することは難しいだろう。


マーシャルは、アンジェリカと共に過ごすときにも、度々従者や護衛を下がらせることがあった。

いかがわしいことは特になかったけれど、未婚の男女が二人っきりになるなど、疑ってくれと言っているようなものだ。

もし他でも同じような対応をしていれば、庇える者はいない。


そして卒業パーティーでアンジェリカが着るはずだったドレスを、シャーリーが着ている姿を見た王太子が激昂したとしても……手記が公表された後では、美しい姉の代わりに、欲を発散させるために使うだけ使った憐れな異母妹を、王太子が手酷く捨てたのだと見えなくもない。



愚かな異母妹、シャーリー。



アンジェリカが彼女の言動を咎めないせいで、より厚顔で傲岸不遜になっていった。


つまり、彼女が歪んでいたのは、決してアンジェリカにいじめられたせいなどではなかった、ということだ。


アンジェリカの優しさに付け込むような態度に、苦言を呈する者も数多くいたけれど、シャーリーは一度たりとも、それを気にも留めず、アンジェリカに寄生し強請る様を、悔い改め反省する素振りすら見せようとはしなかった。



アンジェリカや公爵家の品のみならず、学園――つまりは他の貴族たちから窃盗を働いた、という疑いもかけた。


既に、シャーリーの評判は地に落ちているものの、風当たりはさらに強くなり、唯一守ってくれるであろう父自身も罪人である。


どうあれ、彼女にはもう、真っ当な人生を歩むことはできない。



手記には彼らの罪を示唆する内容の他にも、母や王に盛られた毒の中に、禁止されている薬草が使われていることや、その薬草がとある貴族の手を経て、彼らの元へ渡っていることなど、他にも関係のありそうな、細々としたたくさんの余罪や情報を散りばめた。


証拠もたくさん仕込んである。



だけど、捏造した内容を含め、彼らが手記に書かれた全ての罪で裁かれると考えるほど、アンジェリカはこの一連の復讐に、過剰な期待はしていなかった。



アンジェリカがただ文字にしただけの、絵空事のような罪もたくさんあるので、それらを含めた全てが信用されるとは思わない。


逆にもし、全て真実として扱われるのであれば――この国の捜査機関は、救いようもない無能の集まりだということの証明に他ならないが、そうだったとしてもアンジェリカは困らないし、むしろ大歓迎だった。



どうであれ、アンジェリカは既に死んだ身(・・・・)である。

全て虚言として処理されようとも、疑惑の芽として人々の中に残るのであれば、それだけでも構わなかった。



ルアーンや修道院の仲間たちの教えは、アンジェリカがここまでスムーズに復讐を実行したことで、証明できただろう。


結果については、まだもう少し待ってみないことにはわからないけれど……ルアーンが認めてくれたので、それで十分だと、アンジェリカは思う。



己の復讐心が満たされるよりも、ルアーンが愉しげに笑ってくれることの方が、余程重要だった。



「んっ……! やだ、冷たいわ。なぁに?」



まだルアーンが手記を読んでいるのに、アンジェリカはどこからか取り出した袋を傾け、美しくカットが施された宝石たちを手のひらに山盛りにしては、白くなだらかな曲線を描くルアーンの腰のくぼみへチャラチャラと落としていく。

ルアーンがくすぐったそうに身をよじると、宝石たちは月の光を受けてきらめきながら、シーツの海に沈んでいった。



「うふふ、せっかく持ってきたから、ルアーンを飾ってみようと思ったの。これはこれで、ルアーンの肌によく映えて綺麗だけど……ふふ、やっぱりこんなものなくても、そのままのルアーンが、一番美しいわ」



うっそりと笑みを浮かべるアンジェリカに、ルアーンは降参したように手記を閉じた。


かつての復讐も、国の大事も、彼女たちにとっては寝台の上での睦言にしかならない。


月明かりに浮かぶ美しい恋人たちの瞳には、未だ欲が燻っていた。



彼女たちのターンはここまでです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[気になる点] 普通ならここで終わってると思うが・・・ なんであと2話残ってるんだ? なんだよ「彼女たちのターンはここまで」って まさか、他の人間のターンもあるのかい? [一言] 思ったより捏造でない…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ