卒業パーティーでの断罪劇
タイトルほどポップな内容ではありません。
キーワードをご確認の上、お進みください。
やり直しターンは4話目からです。
多分『ざまぁw』どころの騒ぎじゃないので、ご注意ください。
人によって好みが分かれたり、嫌な部分もあるかと思いますので、気になったら閉じてくださいませ。
※この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ございません。
※全て創作の世界観のお話です。
「アンジェリカ・ペンバートン! 貴様を、公爵令嬢への傷害罪で裁く! 実の妹であり、私の愛するシャーリーを害そうと行った狼藉の数々、断じて許し難い! ……この者を捕らえよ!」
「殿下!? な、……きゃっ! 何をするの!」
今日こそは、きっと王太子のマーシャル殿下が結婚を申し込みに来ると、そう思っていたのに。
王太子やアンジェリカたちを含め、学園を卒業する者たちの門出を祝うため開かれた煌びやかなパーティーが一転、己の逮捕劇の場になろうとは、アンジェリカには露とも想像し得なかった。
王太子の指示を受けた騎士が、無防備なアンジェリカを捕らえる。
アンジェリカはペンバートン公爵家の令嬢だというのに、そんなことはお構いなしに、腕を捻られ、頭を押さえつけられ、床に転がされた。
この日のために誂えたドレスはクシャクシャになり、侍女が丁寧に結い上げた艶やかな黒髪が、強く掴まれたせいで乱れて顔にまとわりつく。
王太子の瞳の色に合わせて最高級のサファイアを使った髪飾りは、押さえつけられた際に後頭部を傷つけたのか、着けていたあたりが酷く痛んだ。
生まれて初めてこのような扱いをされたアンジェリカの頭に、一瞬で血が上る。
「騎士風情が、私に触れるな! 私は王太子妃になるのよ! さっさとこの手を離しなさい!」
顔を朱に染めて怒鳴り散らすが、拘束が緩まることはない。
むしろ、羽虫でも見るような目で王太子が吐き捨てた。
「君が王太子妃になることは、ない。僕の伴侶は、ここにいるシャーリー――君の妹だ」
アンジェリカは、王太子に支えられ、その隣で怯えた表情を浮かべる少女を仰ぎ見る。
父に唯一可愛がられる、異母妹。
母が病で亡くなってすぐに邸にやってきて、妾の子のくせにアンジェリカと同じ公爵令嬢となった娘。
可憐で儚げな容姿を使って、周囲に上手く取り入った女。
容姿も、才能も、権力も、全てを持っている王太子の隣に相応しいのは、アンジェリカだったはずなのに。
こんな……こんな女に、人生を狂わされるなんて。
「そんな不義の子、私の妹ではありませんわ! 薄汚い売女の娘が! どうせお前も殿下に、はしたなく腰を振ったのでしょう!? 汚らわしい……!」
口汚く罵ったアンジェリカだったが、王太子は彼女の言うことを歯牙にもかけず、酷い言葉を投げつけられたシャーリーの頬を撫でる。
「なんと醜い女だ……。こんな女と半分も血が繋がっているなんて、可哀想に。大丈夫だ、シャーリー。奴が君を苦しめるのも、今日が最後になる」
「マーシャル様ぁ……」
まるで一枚絵のようにうっとりと見つめ合う二人だったが、王太子は続くアンジェリカの言葉に、眉を顰めた。
「父を同じくしようと、その娘は公爵家の血を引いていない! そんな者が、王太子妃になれるものですか!」
異母妹のシャーリーが、公爵家の血を引かないのは事実であった。
男子に恵まれなかった公爵家の娘だった、アンジェリカの母。
その婿養子としてやって来たのが、当時侯爵家の三男であった父だ。
そんな父の不貞の末にできた娘がシャーリーであり、アンジェリカには、彼女が己とは似ても似つかない亜麻色の髪を靡かせて、同じ公爵令嬢としてのうのうと暮らしていることが、何よりも耐え難かった。
アンジェリカとしては至極当然の指摘であったのだが、それが我慢できなかったのか、王太子は再び声を荒げた。
「黙れ! そんなことは、貴様が気にすることではない! ……王がシャーリーを、私の伴侶として認めたのだ! 異論は許さん」
「な……! そんな……馬鹿なことが……」
わなわなと震えだしたアンジェリカは、王太子の合図により騎士に立たされ、パーティー会場から連れ出されようとしていた。
「マーシャル様、あまりお姉さまに酷いことをしないでくださいませ」
「シャーリー、君は優しいな……。だが、君へ行った仕打ちの数々から、彼女の罪は明らかだ。貴人用の牢に入れられるので、決して酷いことにはならないよ。……本当は、この手で奴の首を落としてやりたいところだがね」
「そんなこと、仰らないでください……! 私のお姉さまなのです。きっと、いつかご自分のなさったことを反省してくださるはずです」
随分とぬるいことを言う女だと視線をやれば、アンジェリカにだけ見えるように厭らしく笑みを浮かべる顔に、やはり演技かと青筋が浮かぶ。
確かに、邸にやって来たころから気に入らなくて、いじめ続けていたけれど。
公爵家の正当な血を継ぐアンジェリカを、こんな目に遭わせるなんて。
侮っていた相手にしてやられるとは、正にこのこと。
腸が煮えくり返るが、既に何を言っても彼らには届かず、騎士の拘束は緩まない。
周囲を見渡しても、今まで金魚のフンのように付き従っていた者たちは、アンジェリカを悪女だと糾弾する側に回り、権力をチラつかせた彼女に、あれをやらされた、これを強要されたと騒ぎ立てている。
遠くに父の姿が見えたが、既に彼は、アンジェリカを視界にすら入れていなかった。
それどころか、愛娘のシャーリーが王太子の隣に並んでいる様を、誇らしげに眺めている。
さほど期待していたわけではないけれど……呆れてしまうほど、いつも通りの父親だった。
彼の中で、自分の愛すべき子供は、唯一愛した女との間に生まれたシャーリー一人だけなのだろう。
会場を出る直前、実の弟であるローレンスだけが、牢へ向かうアンジェリカ一行に声をかけた。
無礼にもアンジェリカを掴んで拘束し、連行する騎士を止めてくれるのかと期待すれば、まさかアンジェリカを捕らえる人間に礼を言い、「よろしくお願いします」と頭を下げる始末。
「ローレンス! 何をしているの!? 早くコイツらに、手を放すように言いなさいよ! お前は私の弟でしょう!? 何とかなさい!」
再び暴れだしたアンジェリカに冷たい視線を向けると、ローレンスは大きく溜息を吐いた。
「貴女はやり過ぎたんですよ。いい加減、理解したらどうです。公爵家の人間だからって、何でも許されるわけじゃない。正直、遅すぎたくらいだ」
「何を……!」
「第一、僕に彼らは止められませんよ。――僕も貴女が先ほど口にした『騎士風情』見習いの一人だと、お忘れですか?」
冷酷に告げるローレンスに、アンジェリカは開いた口が塞がらなかった。
「騎士なんて職、ただの腰掛けの暇潰しでしょう!? お前は公爵家の跡取りなのよ? 次期公爵が、姉を見捨てるというの!?」
「……僕は、騎士として身を立てることを決めました。こんな薄汚れた公爵家を継ぐなど、真っ平御免だ」
「な、なんてことを……!」
騎士爵と呼ばれるものも一応存在しているが、王家に次ぐ権力を有する公爵位と比べれば、木っ端も甚だしい。
だが、目の前の弟はそれを選ぶという。
同じ母から生まれた、たった一人の弟。
幼いころから、次期公爵として大切に育てられていた。
物心ついたころには、既に母の愛と期待は弟にだけ向けられていて。
病で母が息を引き取るまで、それは変わらなかった。
『男児だから』というただ一つの理由だけで、本来アンジェリカが受けるべきだった愛情や、継ぐべきだったものを、生まれながらに奪っていったくせに、今になってそれを捨てるなんて。
「……許せない! 許せない許せない許せない!! そんなに要らないなら、返してよ!! 全部、今まで奪ったものを、私に返して!!!」
「貴女から奪ったつもりはないですし、僕だって、欲しがったことなど、一度も無いんですがね」
「嘘つき!! お前さえ……お前さえいなければ! お前なんか、生まれてこなければ良かったんだ!」
目を血走らせて叫ぶアンジェリカに、最後に一瞥をくれると、ローレンスは姉を捕らえる騎士たちに合図を出した。
こうして、アンジェリカ・ペンバートンは罪人となった。