街でお買い物
林を抜けると、広い街道が現れた。久方ぶりに見るまともな道だった。
馬車が通る関係だろうか、土の上にくっきりとした轍ができ上っている。
しばらく歩くと道の両側は麦畑が広がって来た。小さい集落が点在して、小高い丘の上には風車も見える。
さらにど歩くと、道の先にベージュ色の城壁が見えて来た。
(外国の風景みたいだなあ)
外国も何も異世界な訳だが、広がる麦畑の中の一本道と、その向こうに見える城壁で囲われた街の景色は、テレビで見たヨーロッパの昔の街並みのようだった。
わくわくと、自然足並みが早くなるが、
「そう言えばお前についてだが」
とギーズが声を掛けて来た。
「俺の姉貴の娘ってことにしとくからな」
と言われた。
ロハスという、遠い街にいるお姉さんの娘と言う設定らしい。
茉莉花的には何でもよかったので頷いておく。
近づいて改めて見ると、城壁はかなり高い。下手したら3階建ての家くらいありそうだ。
日本の城は周りにお濠があるが、こちらの城は、何もないところ突然高い城壁が建っている。街も城壁の中だ。
城壁の手前で道が二手に分かれていて、片方の道はさらに先に、片方はそのまま門に向かって伸びている。門に向かう道の手前の土手に、小さな看板が刺さっていた。
「コンフィ…?」
街の名前だろうか?と、書かれた文字を読むと、
「お前字が読めるのか?」
と意外そうな顔をされた。
「うん、少しだけど」
と答えると、
「そうか」
と、何か考え込むような顔をされた。
門は、4階建ての建物になっていた。大人の2倍以上はある両開きの門扉が開け放たれて、両脇には、剣を下げて、胸当てと肩当ての簡易鎧を身に付けた男たちが立っている。
見るからに厳つい雰囲気だが、ギーズが近づくと、
「ようギーズ、今日は良い獲物あるかい?」
「見かけない嬢ちゃんだね、連れかい?」
と、慣れた様子で声を掛けてくる。
「ああ、姉の子でね。しばらく預かることになったんだ」
言いながら、籠を下ろすと、「鹿肉と、腸詰があるよ」と中を見せる。
「おお、いいな」
「お前んとこの腸詰、また買ってきて欲しいって、かみさんに頼まれたんだよ」
などと言いながら、めいめい骨付き肉と腸詰を買う。
市場で買うよりも、直に買う方が安いらしい。
ほくほくした男たちが、
「どうだ、今日は」
「いつもの店、行くだろ?」
と、ギーズに向かって、コップを傾けるジェスチャーをする。
……酒飲みというのは、どこの世界でも似たようなことをするのだろうか。
「ああ?俺は子供連れだぞ、んなとこ行くかよ」
と苦い顔をして顎を逸らすギーズに、
「おうおう、そうかそうか」
「じゃあ、また今度だな」
「気を付けてな、お父さん」
ニヤニヤしながら、軽口とともに手を振る男たちを後にして、街の中に入る。
城壁の中は、石畳が敷き詰められた3メートル幅くらいの道の両脇に、3階建ての建物がぎっしりと並んでいる。全て城壁と同じベージュ色の石造りで、屋根はくすんだオレンジ色だ。
最初こそ人通りもまばらだったけれど、通りを進んで2つめの角を曲がると、道幅も広めでぐっと賑やかな通りに出た。
石畳の道の両側に店が立ち並び、それぞれの店のドアの上には、銅板の看板が掲げられている。
大きめの窓にアクセサリーや櫛などを並べてる店や、ペンや本などを並べている店、店のドアを大きく開け放して、色とりどり菓子や、パンを並べて売っている店もあった。
宿屋らしい看板を掲げた店からは、美味しい料理の店が漂ってくる。昼の間は酒場件食堂になるようだ。前を通り過ぎようとすると、店の主人らしい男が顔を出して
「ようギーズ、今日は寄ってくかい」
と声を掛けられた。
「今日は仕事だよ、また今度な」
と軽く手を振りながら応えていると、店の中の常連らしき客からも、
「なんだギーズ、飲んでかないのかぁ?」
などと声がかかる。
意外に顔が広いようだ。
(……全部酒の誘いみたいだけど)
他にも、顔見知りらしき相手に引き留められたりしながら、通りを進んだギーズが入って行ったのは、豚の形を象った看板の店だった。
ひときわ屋根と幌が大きく通りにせり出したその店の中は、露台にハムや腸詰めが並び、屋根の梁に引っかけられた棒からは、肉の塊や腸詰、ハムなんかがいくつもぶら下がっている。
(おおお、肉屋さんかぁ―――)
と感動して見ている間にも、奥から出て来た主人が、
「ギーズじゃないか。どうだい、いいのはあるかい」
「ああ、鹿肉と猪の腸詰だ。鹿肉は昨日仕留めたばかりだ。柔らかいぞ」
などと親し気に挨拶をして商談を始めている。
「あれ、そのお嬢ちゃんはどうしたんだい?」
店の奥から顔を出したおかみさんが、ギーズの影に隠れている茉莉花に気付く。
「ああ姪っ子だ、姉が怪我してね、面倒見れないってんで、しばらく預かってるんだ」
「へえ、可愛い子じゃない。こんな小さい子がいるんだ、あんまり遊んでちゃだめだよ」
とおかみさんが言えば、
「違いない」
とご主人も笑うのに、苦い顔をするギーズ。
(一体、普段どんな生活をしてるんだろ……)
多少不安になっている間に、商談はまとまったようだ。
肉とソーセージを渡してお金を受け取っている。
おかみさんは、
「また来ておくれね、これは帰りにお食べ」
頭を撫でながら、紙に包んだャンディーを持たせてくれた。
「ありがとう」とお礼を言って、ギーズの後を追って店を出る。
肉屋を後にして、少し通りを歩いて次の店に入る。
その店は、他の賑やかな店とは少し雰囲気が違っていた。看板には『ローワンの店』と彫られてるだけだ。
店の中には古びたカウンターがあって、その奥にモノクルを掛けた痩せた男が座っている。
カウンターの奥の棚には、酒の瓶や、毛皮のマフ、宝石を埋め込んだネックレス、レースの刺繍の施された手袋、金細工の施されたステッキなど、一見取り留めのない、だが値が張りそうな品々が並んでいた。
「やあギーズ、調子はどうだい」
「変わらねえな、ぼちぼちだ」
と応えると、籠の中から昨日剥いだ鹿の毛皮を取り出す。
「ほお、牡鹿だね、なかなか見事だ」
と、男は毛皮を手に取って丹念に調べ始める。何度もひっくり返したり、手触りを確かめたりした後、男が指を8本立てると、ギーズが首を振って両の掌を開く。
「10だ」
「いやいや、待ってくれよ、わき腹に傷があるじゃないか」
ギーズの言葉に男が腹の刺し傷を指し示す。
何度かお互いの主張を確かめ合うようなやりとりの後、結局毛皮は『95000ギオン』ということでまとまったらしい。
(ギオン…?)
お金の単位だろうか。
ギーズの様子を見ると比較的満足のいく結果なようだ。
「可愛いお嬢ちゃんだね」
二人のやりとりを横で黙って見ていた茉莉花に目を止めて、男が言うと、
「ああ、姪っ子だ」
姉の子を預かっているのだと、これまで何度か繰り返したやり取りのあと。
「仕方ない、今日は嬢ちゃんの歓迎祝いだ」
と、モノクルをした男が、手元の箱から数枚のコインを出して、ギーズの手に握らせた。
次に向かったのは酒屋でエールのボトルを3本と、強めのアルコールを買った。
その後も、チーズの塊2つ、石鹸を2つ、手袋、砥石などをあちこちの店で買いそろえてから、パン屋と八百屋で、籠に詰められるだけパンや野菜を買った。
二人の籠に入りきらない分は、ワトソンの背中にも括りつけられた。
買い物を一通り終えて、最後に向かったのは裏通りの古着屋だった。
「この子の服を一式見繕ってくれないか」
「おや、可愛い子だねえ。ちょうど良いのがあるよ」
店番のおばさんが、奥の箱の中から女児用の服を出してくる。
「こんなのとこんなのがあれば良いんじゃないかい?」
と、ブラウスにベスト、スカート、それとワンピースを選んでくれた。
広げられた服を見て、
(うーん、動きづらそうだなー)
と思っていると。
茉莉花の渋い顔に気付いたのか、ギーズが、
「気に入らねーのか?」
と訊いてくる。
「気に入らないというか…」
近くにあった男児用のズボンを指さして、
「こういうのがいい」
と希望を言う。
茉莉花時代もスカートなんて制服以外には着なかった。男児用の服の方が抵抗がないのだ。
「ああ?」
とギーズが困惑したような声を上げたけれど、
「だってスカートじゃ、動きづらいです」
「……うん?」
「私ギーズみたいな狩人になりたいんです。でもスカートだと山の中を駆けまわれないし」
だからこっちのズボンが良い、と告げると、
「狩人って、お前なあ…」
と困惑した声を上げる。
「え、だって最初に言いましたよね?狩りのお手伝いしますって」
言い切る茉莉花と、困惑した顔を見せるギーズに、お店のおばさんがくすくすと笑いだした。
「ずいぶんしっかり者のお嬢ちゃんだねえ」
楽しそうな声で言って、奥の棚からもう一枚出してきてくれた。
「女の子だしズボンだけだとあとあと困るよ、これはね、スカートみたいに見えるけど、裾がズボンみたいに分かれてるんだよ。これなら動き易いだろうよ」
と、広げてくれたのは、丈夫そうな布で仕立てられたキュロットだった。布に十分な余裕があるので、歩かなければスカートのようにも見える。
薦められた他の服に比べて生地が厚手で仕立てもいい。多分どこかの令嬢の乗馬用のものだろう。
合わせてみると、丈も幅も茉莉花にぴったりだ。
ギーズを振り返ると、微妙な顔をしつつも頷いてくれた。
結局最初に出してもらったシャツとベストに加えてキュロットと、それからギーズお薦めのワンピース、おばさんが見繕ってくれた下着を買って店を出た。
キュロットが高そうだったので、ワンピースまではいらないと言ったのだけど、ギーズが買った方が良いと推したのだ。
髪の毛の時も思ったことだが、ギーズの中では、女の子はこうあるべきという規範があるのかもしれない。それともギーズがというよりも、この世界の常識なのかもしれなかったが。
籠はパンと野菜でパンパンだったので、買った服は籠の上に紐で括りつけて持ち帰ることになった。
思いのほか買い物に時間がかかったようで、街を出る時にはすっかりと昼を回っていた。
とりあえず街道を早めに抜けて、途中の草原でお弁当を食べることにした。土手に二人で座って、ワトソンを遊ばせながらチーズのサンドイッチを食べる。天気も良くちょっとしたピクニック気分だった。
一日歩き通しで疲れたけれど、なかなか楽しい1日だった。
近々タイトルを変えようと思っています。
興味がある方、良かったら活動報告を見てください。