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だったら あがいてみせましょう!  作者: こばやし羽斗
手に入れろ スローライフ
4/33

カモノハシが! 喋るから聖域なのか 聖域だから喋るのか

5日目

 朝食の後、とりあえずの全財産、ビスケット、エールの瓶、備品一式を革袋に詰め込む。シーツも丸めたものを束ねて、一緒に括って背負えるようにする。


 アムズに持たされたトーチは置いていく事にした。

 何かの燃料を入れないといけないらしいが、その燃料も無ければ、仕組みもよく分からない。荷物になるだけだろう。

 革袋と布に包んだ剣と両方を背負うとかなりの重さになるのを、えいやっと気合を入れて歩き出す。


 

 もうここには戻ってこないつもりだった。

 


 

 *****

 

 

 

 水場の側が良い、果物などが成る木があればさらに良い。

 もう少し生活のし易い場所、森の外に出られればもっといい。


 そう思って進んできたものの、もうすでに5,6時間は歩いただろうか。


 一向に森は途切れる気配はない。ろくに日も差さず、薄暗い森の中をひたすらに進むうちに、すでに自分がちゃんと進めているのか、後戻ったり、同じ場所を堂々巡りしてしまっているのではないか。そんな不安が頭を過る。

 そのくらい、行けども行けども同じような森の景色がひたす続くばかりなのだ。

 

 背負った荷物の重みが、細い方に容赦なく食い込む。

 ここ数日で出来た足のマメは全てつぶれてしまったようだ。一歩歩くごとに無数の剣で突き刺してでもいるかのような痛みが走る。

 すでに痛みは全身に達していて、一体どこが痛くてどこが痛くないのかも分からない。

 加えて空腹と、溜まりに溜まった疲労で、目の前が霞んでくる。

 吐く息は荒く、異様に熱い。


 半ば意識は朦朧としている。

 それでも、苛烈な痛みと疲労感はしっかりと感じるのだから質が悪い。


 鉛のように重い量の足を引きずるように、一歩、また一歩と進めることだけに必死で、知らず知らずのうちに、辺りの森の空気が変わっていた事にも気づいていなかった。

 

(あれ……?なんか白い……?目、霞んでるのかな……)

 

 すでに焦点を合わせることすら難しくなってきた視界を、なんとかクリアにしようと瞬きするも、

 

(あれ……、あれ……?)

 

 いくら目を凝らしても、視界が白く滲んだままだ。


(目……やられちゃってる……?)


 思わずそう思ってしまうのも無理は無かった。

 疲労の極限に、半ば意識もうろうとしたまま、迷い込んでしまったそこは、すでに茉莉花(まつりか)がよく知る森とは異なる様相を呈していた。

 

 連なる木々、幹や枝は磨き抜かれた黒曜石のように艶のある黒色だった。

 そしてその枝に茂る全ての葉は、大きいもの、小再もの、丸みのあるもの、尖ったもの、全が、真珠のような、鈍く艶のある乳白色の輝きを放っている。

 

(なん、か……、目、チカチカする……)

 

 小さな石に躓いた。

 普段なら気にも留めないような、大人の拳骨程度の石だったが、今の茉莉花には避ける事も、ほんの数センチ余分に足をく上げる事もかなわなかったのだ。

 

(あ、ころぶ―――)

 

 と思った時には、すでにバランスを崩して、尻餅をついていた。

 

(身体うごかない……かも)

 

 思った時には、すでに身体ごと地面に倒れ込んでいた。

 全身が酷く重い。 吐き気さえ伴う倦怠感に蝕まれて、指一本たりとも動かせる気がしない。

 寝そべっている地面の、幾重にも折り重なった真珠色の落ち葉が、まるで真綿のクッションのような弾力と柔らかさで、重苦しい身体を受け止めてくれている。


 今は昼なのか、夜なのか。

 空気はひんやりとして、澄み切った泉の際のような清らかな気配に満ちていた。

 

(なんか…気持ちいい……?かも)

 

(ここが自分の部屋だったらいいのに……)

 

 柔らかい布団、カーテンを揺らす風、畳の匂い、階下から聞こえる母が家事をする音―――。

 

(もう一度、帰りたいな……)

 

 次に目が覚めたら、布団の上だったら―――それなら、どんなに―――。

 

(起きたら、お母さんにおはようって言おう、変な夢見たよって……、小さな子供になったよって……、それから……)。

 

 意識がふわふわと、綿飴みたいにとりとめなく解けていくのが分かる。

 そのまま泥沼のような眠りに引きずり込まれそうになった時。

 

 

 

「おい、そこの人間」

 

 

 

 乳白に染まった空気の中、響いてきたのは耳慣れぬ男の声だった。

 それは若々しいようにも、辛苦を嘗め尽くした老君のようにも聞こえる不思議な声だった。


 普通なら、ここ数日間で初めて聞く他人の声に大きく反応したはずだ。

 けれど、今の茉莉花はその喋り声でさえ、ただの鼓膜を震わせるさざめきとしか感じられなかった。

 

「おい、そんなとこで寝るな、人間」

 

(……うるさいなあ、せっかく寝てるのに)

 

 虫を払うかのように、しっしっと手を振りたかったけれど、腕一本、指一本すら重たくて動かすことが出来ない。

 面倒なので、そのまま無視を決め込もうとしたら。

 

「寝るなというのが聞こえないのか」

 

 という言葉と共に、わき腹に走る軽い痛み。

 

「い……たあ…」

 

 蹴られた―――?

 

 それほど強くは無いものの、さすがに文句の一つでも言おうと、声の方に顔を向けて薄っすらと目を開ける。

 

 横たわる茉莉花の脇に立っていたのは、幼稚園児くらいの背丈の二本足の動物だった。


 全身を柔らかそうな茶色い毛で覆われた姿は、大きなイタチのようにも、小さい熊のようにも見える。

 けれど頭の上に耳が無い。何よりその顔の下半分で存在を主張する、アヒルのそれを平べったくつぶしたような大きな口。

 その独特のフォルムには見覚えがあった。

 

「あ……、カモノハシ……」

 

 そう、テレビや図鑑で何度も見たカモノハシにそっくりだ。

 

「は?なんだそれは」


「あれ…、喋る、カモノハシ……」


「私はディランだ」


「ん……、ん、で゛ぃらん…?」

 

 なんだかエラそうな声が聞こえてくるけれど、いかんせんあまりにも眠い。

 

 普通なら、異形なモノに話しかけられている状態で眠るなどあり得ない。

 だがこの場所の、清浄で清らかな空気と、目の前の、愛嬌のある―――それでいて、冷厳ささえ感じさせる気配を纏った存在に、張りつめていた神経の糸がほろほろと解れ、緩んでいくのを感じて。

 

 それからはもう駄目だった。

 

「おい、寝るなというに。ここは聖域だぞ」

 

 茶色い毛で覆われた手が肩に触れてくる。

 

(あれ、ちゃんと指が5本ある…、カモノハシの前足と違う……)


 など埒もないことがあたまを過る中、「ん……せい、いき…?」と、もにょもにょと答えていると。

 

「おや、お前は……」

 

 と、意外そうな声が耳に入ってきたけれど、いかんせんもう限界が近かった。

 

「仕方ない。たまには奴に恩を売っておくか」

 

 などという声が耳を素通りして、意識は完全に闇に沈んでいた。

 

 

 

 *****

 

 

 

 さらさらと、聴き心地の良い音が聞こえてくる。

 心地い風にあおられて、細い髪が頬をくすぐる。そのむず痒さに耐えきれず、手で払いのけようとして、ふと目が覚めた。

 

「んん~~……」

 

 ずいぶんと深く眠っていたようだった。


 ここ数日間で折り重なるように身体に溜まっていた重苦しい疲労感がすっきりと抜けて、なにやら全身が軽くなったような気がする。茉莉花時代時折感じることのあった、気力と体力が充実感に満たされた感覚だ。

 久々に身軽な動作で身体を起して、辺りを見回す。

 

「……ここ、どこ……?」

 

 真っ先に目に入ったのは、赤い木苺を実らせたいくつもの灌木、そしてその向こうに広がる草原だった。


 さらりと頬を撫でる風が、灌木の葉を揺らし、豊かな緑の絨毯を渡っていく。なだらかな丘陵になっているその向こうの地平いっぱいに、黒々とした木々の連なりが見える。

 

(あの森……、あれが今までいた森なのかな?)

 

 どうやらここは森を抜けたところにある草原らしい。


 もっときちんと見ようと、手を付いて身を乗り出した瞬間、ガチャリと音が鳴る。

 茉莉花の横、ちょうど腕が当たる場所に全財産である革袋と剣の包みが置かれている。

 慌てて中を確認するも、中身に過不足は無かった。剣も無事だ。


 安堵して一息つく耳に、草原を渡る音とともに、もう一つさらさらと心地よい音が聞こえてくる。

 振り向けば、灌木の茂みの背後は背の低い崖が続いていて、その隙間を縫うように、清水を湛えた小さな沢が流れていた。

 

「……!!!」

 

 そこから先は、ひたすら本能に従うのみだった。


 沢の水は怖い位に透明で、キリリと冷たい水を飲むと身体中を浄化されていくようだ。

 そして、灌木に実っていた赤い実は、何と木苺だった。独特のギザギザの葉っぱも、ルビーを束ねたような実も、まさしく、祖母の家の庭でもいで食べていた木苺とそっくり同じだ。

 つまんで口に入れると、瑞々しい甘酸っぱさが口いっぱいに広がっていく。一つ、また一つと、心ゆくまで木苺をつまみんで、もう一度清水を掬って飲む。

 

 久々に量を気にせず食べることが出来て、ひと心地付いてから。

 

(……なんで、こんなところいるんだろ)

 

 ようやく根本的な疑問に行き当たった。

 


 覚えているのは、体力の限界を超えて、半ば意識もうろうとしながら歩き続けた事。

 ……そして、途中から森の空気が変わった事だった。

 

(そうだ、確か葉っぱが白く光って……、……っ! あと、カモノハシ……!)

 

 慌てて辺りを見回すけれど、当たり前だがカモノハシの姿はどこにもない。

 

(もしかして、あのカモノハシがここに運んでくれた……?)

 

 そんなまさかと言い切れない、どこか峻厳さを湛えた空気を、あの絶滅危惧種の哺乳類そっくりな生き物は纏っていた。……気がする。

 

(大体喋ってたし……、え、夢じゃないよね?)

 

 もしかして、この世界ではあんな風に喋る動物(?)が結構いるのだろうか?

 そんな疑問が頭をもたげるが。

 

(……ま、いいか)

 

 今ここで、いくら考えたところで答えが出るはずもない。

 例によって、あっさりと思考を打ち切ると、

 

(何はともあれ、今夜の寝床……、薪……!)

 

 今やらなければならない事に頭と体を使うべきだ。

 立ち上がって、腕を回してみたり、身体をひねったりしてみる。


(あれ、もしかして……)

 

 もう一度座り込んでブーツを脱ぐ。

 足の裏にいくつもあった痛々しい肉刺がきれいに治っている。


(すごい……!)


 体のどこにも異常はない。この世界に来てから一番というくらいに調子がいい。

 一体どういう仕組かは分からない。

 あのカモノハシが一体何者だったかも。

 それでも、どのような配剤かわ分からなくても、自分が救われたのだということは分かる。

 そして、


 ―――この幸運を無駄にしてはいけない。


「……よし!」

 

 気合を入れて、もう一度立ち上がると、寝床となる拠点を確保するために歩き出した。

 

  


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