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だったら あがいてみせましょう!  作者: こばやし羽斗
手に入れろ スローライフ
3/33

覚悟を決めます



(多分、ネリーはもう戻ってこない―――)

 

 

 茉莉花(まつりか)がしぶしぶと、そんな結論に達したのは、置き去りにされてから3日目の事だった。

 




******

 す




 2日目

 死んだように眠った翌朝。

 疲れのせいか、目覚めた時にはすでに日が高く昇った後だった。

 

 ―――気温が上がってしまって、もう朝露を集められない。

 その事実に少しだけ呆然としたけれど、


(……まあ、寝坊しちゃったものはしょうがないよね)


明日はちゃんと早起きしようと、気持ちを立て直す。

昔から切り替えは早いのだ。

 

 昨日とは別方向に、たぶん2時間くらい森の中を探索したが、めぼしい収穫は無かった。

 戻ってきてからは火起こしの道具作りをした。モノクルでは日光ありきなので、夜や雨だと使えないからだ。


 作ったのは弓ギリ式発火具だ。以前家族で行った、縄文遺跡での火起こし体験で使ったものだが、面白かったので、夏休みの自由研究で作ったりもしたのだ。

 うろ覚えだったり、ろくな道具が無かったりで難航したが、3時間くらいかけて、なんとかそれっぽいものを作ることが出来た。


 試しに火を起してみたが、やはり30分近くかかった。

 昔の人はこんなので毎回火起こししていたのだろうか。


(昔の人はすごいなあ……)


 チャッカマンが恋しくて仕方がない茉莉花だった。

 

 

 

 3日目

 無事に早朝に起きられたので、朝露を集めることができた。

 食事はいつも通りビスケット1枚とチーズ1かけらだ。今のところ朝晩食べているが、このまま他の食べ物を見つけられないようなら、もう少し節制しなければならないのではと悩む。


 心配なのはチーズの賞味期限(?)だ。イタリアンレストランで見るような、硬くて乾燥したタイプだから、少しは日持ちするのかもしれないが、いつまで持ってくれるのだろうか。


 

 この日もまた、午前中いっぱい探索に費やしたが収穫は無し。

 しかも昼過ぎくらいから雨が降りだした。

 幸い森の中にいたので、それほど濡れなかったし3時間ほどで止んだので、暗くなる前に無事戻ることが出来た。


 荷物や発火具は革袋に入れて吊るしておいたので無事だった。だけど、集めておいた薪が一通り濡れてしまっていた。

 乾いた薪を見つけるのが難しく、この日は初めて火を焚かずに寝る事になった。

 

 火のない夜明かしは、酷く心細かった。

 辺りを警戒して、身を縮こませてうつらうつらと浅い眠りを繰り返しながら、茉莉花は、それまで考えまいとしていた事実を、しぶしぶと受け入れざるを得なくなった。

 

(多分、ネリーはもう来ないんだろうな……)


 


4日目

 探索に出るも変わりは無し。

 薪はまだ乾いていなかったが、森の中で濡れずに済んだ枝などを拾ってきて、なんとか火起こしだけは成功した。


 その日の夜。


(もうこの場所にこだわるのはお終いにしよう)


 と決心した。


 この最初の4日間、とにかく待つことを優先していた。

 この倒木の場所をベース地にして、森の中を探索しても、午後には戻って、少しでも過ごしやすくするべく作業して過ごす。

 多少なりとも食べ物があったから出来た事だ。


(置き去りにした相手を信じるなんて、バカだよね……)


 と思いつつも、それでも『クラリベルの記憶の中』に残る、ネリーと過ごした思い出と、そして茉莉花自身も助けられた炎の中の姿を思い返すと、簡単には置き去りにされたと思いきれなかったのだ。

 ……思いたくなかっただけだったが。

 

(信じたいと思いつつも、認めざるを得ないジレンマかあ。ヘンゼルとグレーテルもこんな気持ちだったのかなあ……)

 

 この生活が始まって以降、やたら思い出されるのが、グリム童話で有名な兄妹だ。同じ置き去り児ということで、茉莉花の中でやたらに親近感が高まっている。


 ただ兄妹は最初から置き去りにされる事を知っていたし、兄は機転を利かせて白い石を拾ったり、妹に至っては、魔女をだましたり、炉に突き落としたりと、かなり根性の座った活躍を見せるのだ。


 さらに最後にはちゃっかり宝まで持ち帰るという、高スペックかつ起死回生逆転ホームラン兄妹だ。


 羨ましい。心底羨ましい。

 何が羨ましいって。


(魔女付きでもいい、誰か私にお菓子の家プリーズ……)


 ここ最近ろくな栄養が摂れてない事もあり、お菓子の家の幻影さえ見えそうな勢いだ。

 

 ……などと。

 もちろん、ハッピーエンドの童話に逃避してばかりいた訳では無い。

 待つことに徹した4日間、茉莉花が心掛けたのは、現在持っている限りの記憶や状況の理解と整理、分析だった。

 

 

 まず茉莉花自身についてだが。

 

(やっぱり、死んでしまったんだろうなー)

 

 今のこの世界が、茉莉花が見ている夢でないのだとしたら―――そうだと良いなと思うし、実際少し疑っていたけれど、2日、3日と時間が経つにつれ、その線は薄いと思わざるを得なかった。


 たぶんこれは、漫画や小説なんかで見かける『転生』というやつなのではと思う。思うが。

 

 気になるのは、最初に火事の中で目覚める(とは言わないかもしれないが)瞬間に聞いた、『助けて!』という声だ。

 

 あれは、あの声こそが、本物の『クラリベル』の声だったのではないだろうか。

 あくまで推論だが、クラリベルは、あの絶体絶命のピンチの中、少しでも生き残る可能性の高い茉莉花に意識を明け渡したのではないだろうか。


 確かに、あのままネリーが来てくれなかったとしたら、齢6歳のお嬢様育ちのクラリベルはあっさりと焼死していたと思う。


 結果的には助けられたけれど、少なくとも茉莉花はあの場面でも逃げ出す気満々だった。

 シーツをロープ代わりにして窓から下りようと思っていたし、それが無理だったとしても、何とかして―――たとえ火だるまになったとしても、何が何でも、生き延びるためにあがいたと思う。

 

 だがそこで疑問なのは、クラリベルの人格(魂?)はどこに行ったのか?ということだ。


 クラリベルの魂が茉莉花に置き換わってしまったのか?


 それとも、今現在もこの身体に、クラリベルと茉莉花と二つの魂が入っているのか?いわゆる多重人格のような感じで?


 もしそうだとすると、将来的にまた何かの瞬間、再びクラリベルに意識を明け渡す可能性もあるのか?

 念のため意識を集中して、心の中でクラリベルに呼び掛けたりもしてみたが、反応らしきものはない、特に違和感もない。

 

 もちろん『クラリベル=茉莉花の転生後』で、火事をきっかけに前世(?)の記憶が蘇ったという線も濃厚だ。

 茉莉花の中には、クラリベルとしての6年分の記憶もちゃんとあるのだから。


 ただ意識の上ではあくまで茉莉花なせいか、思い出そうとすると知識付きの映像が頭の中で再生されるようなイメージで、今一つ現実感というか、生々しさに欠ける。

 それもあり、どうしても感覚的に、茉莉花の記憶領域に、クラリベルの分が追加されたように思えてしまう。


 実際には、身体はクラリベルのものだし、入り込んだのなら茉莉花の筈なのだが。

 

(まあ、こればかりは今悩んでもどうにもならないよね……)

 

 いくら考えたところで、現実が変わる訳ではない。迷ったり思い煩うのは時間の無駄だろう。

 元々あまり突き詰めて考えるのが苦手だった茉莉花なので、あっさりと、この問題については考えを放棄して、この現状を整理するためにも、クラリベルの記憶の整理に勤しむ事にした。

 

 とは言えやはり子供なので、記憶らしい記憶としてしっかりと覚えてるのは、3歳の前後くらいからで、その前はぼんやりした映像がいくつか思い出せるくらいだ。

 比較的鮮明な直近の記憶を漁ってみるに、燃やされてしまった屋敷がクラリベルの家だったことは間違いない。

 

 家族は『お父様』と『お母様』(クラリベル風呼称)と、それから多分13,4歳くらいの、『お兄様』がいたけれど、ほとんど見かけた覚えがないから、普段は屋敷にいなかったのかもしれない。


 家族の事なのに、なんでそんなに曖昧なのかと言えば、情緒がまだ幼くて、周囲への理解が、系統立ててというよりも、自身への関わり度や好悪によって大きく偏っているからだ。

 

 そもそも家族の在り方が、茉莉花の知っているものとは少し違う。


 クラリベルが最も興味を抱き、記憶も豊富な相手はネリーだが、それは一日のほとんどの時間を共に過ごしていたからだ。


 朝起きると、子供部屋でネリーと食事を摂って、勉強して、午後からは遊んだり、散歩に行ったり、裁縫したりというのが基本のルーティンだった。

 そして両親と顔を合わせるのは、朝と就寝前の挨拶がメインで、時々お客様の時に顔見せに呼ばれたりするくらいなのだ。


 それでも『お母さま』は、子供部屋に様子を見に来たり、午後の散歩や裁縫を『ご一緒』したりと、それなり可愛がってもらった記憶があるけれど、『お父様』の方はご挨拶の時すら何日も顔を見せないこともあった。


 イメージ的には、共働き家庭で、ずっとお世話してくれているシッターさんと、時間は限られるもののそれなりに構ってくれるママ、忙しくてなかなか帰ってこないパパ、みたいな感じだろうか。


 『お父様』でさえ、このありさまなので、異性で、年が離れていて、普段家にいない『お兄様』の印象がはなはだ薄いのも頷ける。


 多分もう少し年齢が上がって、家族との関わりが変わって来れば、印象も違ってきたのかもしれない。


 茉莉花自身も、兄とは歳が離れていて関わりが薄かったせいか、子供の頃兄に関する記憶がほとんどない。今でこそ、道場の手伝いを始めて関りが増えたせいか、そこそこ仲がいいけれど。


 

 そしてあの事件だ。

 屋敷の火事は、あの日聞いた声の主―――男たちの仕業なのだろう。


 『お母さま』は殺したと彼らは言っていた。『お父様』も殺そうと探していた。結局どうなったのかは分からないが、多分生きてはいないか、少なくとも無事ではないのではと思う。

 もし無事だったならば、少なくともクラリベルが森に置き去りにされてそのままということは無いのではと思うからだ。


 あの男たちは最初から両親を狙っているようだった。クラリベルも見つかれば殺されていたに違いない。


 

 なぜクラリベルの家は襲われたのか?

 あの男たちは一体何者なのか?


 

 この2つは、今ここでいくら考えたところで答えは出ないだろう。

 そして。

 

 今、自分がいるこの場所はどこなのか?

 屋敷からはどのくらい遠ざかったのか?

 一体この先どうすればいいのか?

 

 とにかく情報が足りなすぎると思う。

 今は目の前のことをこなしていくしかないのだろう。

 少なくとも、今の茉莉花の使命はただ一つ。

 

 生き延びること―――。

 

 どんなに過酷でも、厳しくても。

 とにかく生き延びるためにあがきまくること。


 なんといっても、これに尽きるだろう。

 多分、茉莉花はそのためにこの体に蘇ったのだから。

 


 見知らぬこの世界、この場所で、生き残るための覚悟を決めなければならなかった。

 


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