表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
だったら あがいてみせましょう!  作者: こばやし羽斗
手に入れろ スローライフ
23/33

別離

※本日2度目のアップになります。ご注意ください。


 

「おや、ジャスミンいらっしゃい」

「今日は一人かい?」

 

 店にはドノバンおじさんとジーンおばさんの他に、たまたまシードさんもいた。シードさんはノーラのお父さんだ。

 

「今日は獲れたてのロース肉を持ってきたよ」

 

 と袋からロースの塊を出すと、「これはいいね、ありがとう」「おー、良い肉だね」「ドノバンうちに少し売っとくれよ」などと言われる。

 ジーンおばさんが肉を置きに奥に行っている間に、ドノバンおじさんがパンとチーズ、さらには「これ、ギーズに頼まれてたのだよ」と油の入った瓶を渡してくれる。

 

「ジャスミン、うちに寄ってくか?ノーラいるぞ」

 

 食べ物や油を籠にしまっていると、シードおじさんが訊いてくるのに、ちょっと考えてから。

 

「今日はやめとく。ギーズが心配だし……」

「今日はギーズは?一緒じゃないのかい?」

 

 訊いてきたのはドノバンおじさんだった。

 

「昨日街で飲んだみたいで、体調悪いみたい」

 

 と応えると、「あー……」と、ドノバンとシードに納得したような顔をされてしまった。二人ともギーズとは飲み友達なのでお察しなのだろう。

 

 その顔を見ながら、ふと。

 

「ねえ、おじさんたち、コーズって行ったことある?」

 

 と試しに聞いてみると、二人とも「コーズ?」と言ってから、各々首を振った。

 

「コーズ?聞いたことないあ……」

 

 知ってるか?とドノバンがシードの顔を見ると。

 

「あれ、それって西の森のずーーっと先にあるところか?よその領地だろ?」

 

 とこちらも首を傾げている。

 さすがに知らないようだ。

 

 そう言えば、農村の人たちは、一度畑を持つと外に出なくなると、前にノーラも言ってたっけ。

 行ったとしてもせいぜいコンフィの街くらいで、

 

 『街道は、手押し車で麦を売りに行くための道としか考えてないんだよ』

 『道は、コンフィの市場以外にもいろいろ繋がってるのに、その他の世界に行ってみようなんて欠片も思ってないんだから』

 

 と憤慨してたなあ。と考えている間に、ジーンおばさんも戻ってきて、

 

「遠いところなのかい? そんな話誰から聞いたんだい?」

 

 遠い場所の話題を出すこと自体、危ないとばかりに心配されてしまう。

 

「聞いたっていうか…。西の森の向こうっていうから気になったの、ほらこないだみたいに魔獣とか出たら困るし」

 

 と取り繕うと、おばさんも納得したようにだった。

 ジャスミンに「お土産だよ」と、焼きたてのクッキーの包みを握らせてくれて、

 

「女の子は魔獣の事なんて心配しなくていいんだよ、もし今度魔獣が出たら今度こそ男たちに任せて、ジャスミンはうちに来ると良いよ。前好きだって言ってたタフィーを一緒に作ってもいいし、そろそろ刺繍も習った方が良いしね」

 

「ありがとう、おばさん」

 

 と、飛び切りの笑顔で礼を云って、

 

「ギーズが心配だから今日は帰らなくちゃ」

 

 と、そそくさと店を出た。

 

 

 

 クッキーを食べながら、それでも少し速足でワトソンと急いで帰りつくと、ギーズは相変わらずテーブルの前に座っていた。

 テーブルの前には相変わらずエールのカップがあるけれど、普段は陽気に呑むのに今日は欠片も酔ったように見えなかった。

 

「ギーズただいま」

 

 と声を掛けると、顏を上げて「おかえり」と言われる。

 それでも相変わらず動こうとしないので、

 

「もう部屋暗いからランプ付けるよ、夕ご飯は食べられそう?」

 

 日差しが傾いたせいで部屋の中がだいぶ暗くなっていた。

 貰って来た油や食料品を片付けて、窓を開けて空気を入れ替えたり、ランプに灯をともしたり、朝からそのままだった水桶やカップを片付けたりとバタバタと動きまわっていると、

 

「ジャスミン」

 

 と呼ばれ。

 振り向くと、魔獣を狩る前ですら見なかったほどの、真剣な顔のギーズと目が合った。

 

「話がある」

 

 

 ―――ああ、やだなあ。

 

 

 真っ先に浮かんだのはそれだ。

 なんでだろう、話を聞く前から、とうていいい話には思えなかった。

 それでも、他に選択肢なんてあるはずもなく、しぶしぶとギーズの向かいの席に腰掛ける。

 

 話があると言っておきながら、ギーズもどう云ったものか少し迷っているようだったけれど、一度大きく「ふうー」と息をついて。

 意を決したように、開いた口から出てきたのは。

 

「しばらく留守にする」

 

 一番言われたくない言葉だった。

 

 けれど、不思議なくらい驚きは無かった。

 多分、心のどこかで、そう言われるような気がしていたのだと思う。

 

 どこに?

 何しに?

 いつまで?

 誰と?

 ちゃんと帰ってくる?

 私を連れて行ってはくれないの?

 

 訊きたいことは山ほどあった。

 だけど、ギーズの瞳は、訊かないでほしいし、訊かれても答えるつもりはないと語っている。

 

 ギーズは―――。

 素性の分からない茉莉花を置いてくれた。

 何も訊かないでいてくれた。

 

 だから今、茉莉花も訊いてはいけないのだと分かる。

 分かるけれど。

 

「……いつまで?」

 

 散々に逡巡して。

 結局、口を付いて出たのは一番無難な問いだった。

 

「3か月……、いや半年くらいだな。この小屋はいったん閉じようと思ってる。お前のことはジーンおばさんに頼むつもりだ」

 

 ワトソンと山羊も頼むつもりだ。

 村ならノーラもいるし、寂しくはないだろう。

 狩りがしたければ、村から行くと良い。

 罠の道具も、加工の道具も、この小屋のものは全部、お前が好きに使っていい。

 

 聞き分けの良い態度に、あからさまにほっとしたように、饒舌にこれからのことを説明し始めるのを聞きながら。

 

 それでも、どうしても。

 

「……連れて行ってはくれないの?」

 

 どうしても、訊いておきたかった問いを、口に出さずにはいられなかった。

 

「無理だ」

 

 即座に切って捨てられる。

 たぶんそうだろうと、訊く前から分かっていたけれど。

 

「……どうしても?」

 

「どうしてもだ」

 

「頼んでも?」

 

「どんなに頼んでもだ」

 

 分かっていた答えだけれど。

 それでも訊かなければ。

 訊いて、頼まないまま行かせてしまえば。

 きっとずっと後悔する、そんな気がしたのだ。

 

 ふう―――。

 

 大きくため息を付いて、そして。

 

「…分かった」

 

 と、言うと、ギーズは安心したような顔を見せる。

 

「ただし、村には行かない。ここでワトソンと暮らすよ」

 

 と言うと、とたんに眉間に皺が寄る。

 

「馬鹿を云うな、こんなところで一人危ないだろう」

 

「危ないって何が?」

 

 と訊き返すと、言葉に詰まる。

 この4年で茉莉花は確実に成長している。身体の成長はもちろんだが、弓もナイフも、そして剣技もだ。

 その辺の野生動物だったら仕留める自信はあるし、正直ギーズにはかなわないものの、ナイフなどの得物さえあれば、村の男とだって負けない自信はある。

 

 もちろんたった10歳の子供を一人で置いておくなど、日本ではありえない事態だ。

 だがこの世界では8歳を過ぎた子供は、見習いや奉公に出されたりするのが珍しくない。

 農村部では家の働き手として、そのまま家に残っている子供が多いが、街の子供や農村でも子だくさんの家庭では、8歳を過ぎると外に出される子が多いと聞く。

 

 ギーズも重々分かっているのか、苦い顔で黙り込む。

 

「危ないって思うなら、早く帰ってきてください」

 

「ジャスミン…」

 

「待ってるから。……どこに行くの? って訊きたいけど、多分答えてはくれないよね?」

 

「……すまん」

 

「うん、そんな気してたよ、……ふざけんなコノヤロー」

 

 と言うと、ちょっとだけ目を見開いて、

 

「おっかねーなー」

 

 と、くっくっと笑う。

 その笑みに刻まれた苦渋には、気づかないふりをしてあげることにした。

 

 

 

 翌日以降は忙しかった。

 街と村、両方に足を運んで、事情を説明をして挨拶したり、買うものを買って、払うべきものを払って、渡す物を渡してと、一通りの用事を済ませるだけで丸2日が過ぎた。

 ジーンおばさんは、ジャスミンを置いていくというギーズに少しだけ怒って、それから何度もうちにおいでと言ってくれたけど、

 

「ありがとう、でもギーズがいない間、あの小屋をしっかり守りたいの」

 

 というジャスミンの言葉に、なぜかいたく感激したようで、最後には定期的に顔を出すこと、万が一ギーズの戻りが遅れて冬にずれ込むようならおばさんの所でお世話になるということで納得してくれた。

 

 

 

 帰って来た後も、慌ただしかった。ギーズは支度に追われていたし、茉莉花は茉莉花で用意出来る限りの携帯食造りに励んだ。

 

 一通り支度を追えて、その日の夜はストックしてある肉の中でも一番いい肉を焼いた。

 エールの瓶も開けて、もぎたての果物と、街で買った焼き菓子も食卓に並べた。



 

 出立は早朝になった。

 いつものマントに加えて、同じく魔獣の毛尾を織り込んだ上衣を着こみ、剣と短刀を指す。背負ったカバンには飲み物と携帯食を詰め込んだギーズに、最後に呼ばれた。

 側に行くと、布の包みを差し出してきた。

 

 忘れもしない。4年前茉莉花が持ってきて、そして1年前納屋で見つけた剣だ。

 包みを解いて、設えや手触りを確認している茉莉花に、

 

「お前の身体には大きすぎると思って預かっていたが、そろそろ返しておく。多分まだ重いだろうし、腰に吊るすのは早いと思う」

 

 と、背中に背負うためのホルダーを一緒に差し出してきた。弓も一緒に背負うためのホルダーも取り付けられている。

 

「これは……」

 

 一体いつから準備してくれていたのだろうか。

 どう見ても特注品だろうそれに、喉の奥が熱くなるのを感じて、受け取ったそれを大切に胸元で握りしめると。

 

「この剣は絶対に手放すなよ」

 

 いつだかネリーに言われたのと同じ言葉を言われる。

 

「……うん」

 

 言葉にならない返事に、ギーズは少しだけ笑って頷くと。

 

「……じゃあな」

 

 とだけ言って、荷物を背負う。


 

 

 茉莉花にとって、世界の半分がはぎ取られるかのような喪失感を味わうその日。

 空は青く晴れ渡り、この世に何一つ憂いなどないかのような、澄み切った空気が辺りには満ち満ちていた。

 

 片手を上げて去っていく遠ざかる背中を、ワトソンと一緒に為す術なく見送る。

 誰よりも頼もしく、慕わしい背中が、森の木々に紛れ、やがて完全に見えなくなってしまっ後になっても。

 

 

 茉莉花は、その場を動くことが出来なかった。

 

 


ここまでで第1部完です。

11月と12月は仕事が壊滅的に忙しいので、更新スピードが落ちそうです。


励みになりますので、感想、レビュー、ブクマ、評価、頂けると嬉しいです!!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ