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だったら あがいてみせましょう!  作者: こばやし羽斗
手に入れろ スローライフ
18/33

はじめての地図、そして魔獣が出た!?


 

 翌朝、茉莉花が起きた頃にはすでにオズワルドは村を出た後だった。

 

 夜も明けきっていない、まだ暗い時間に、家の手伝いで外に出ていたミックという男の子が、4台の馬車が連なって村から出て行くところと、2頭の飛竜が遠ざかる様子を目撃したらしい。

 

 トーチの灯の下、金細工を施した馬車がどれほど豪華だったか、話してくれたけれど、馬車の中に乗っている人の姿までは見なかったらしい。

 

 あれだけ大騒ぎになったというのに、いなくなる時は、跡形もなくという言葉がぴったりなほど、知らないうちにいなくなってしまった。

 なんとなく、狐につままれたような気持ちになったのは茉莉花だけではないと思う。

 

 それでも茉莉花の手元には絹のハンカチが残っている。

 確かにオズワルドがここにいたという証だ。

 茉莉花はハンカチを、誰にも見られないよう自分の荷物の一番奥にしまい込んだ。

 

 

 

 

 オズワルドが去ってしまうと、村はまた元の平和な生活に戻った。

 子供たちの親の中には、都の役人に雇われて、事故現場の片づけに駆り出されている人もいるらしく、時々それ関連の話題が出たりする程度だ。

 

 遺体は現場に埋葬されたらしい。

 クリフトンの事を思って、心の中でそっと手を合わせる。

 

 驚いたのが馬だ。

 身体の損傷が激しいものを除いて、解体して村の家々に配られたらしい。

 ということで、学校でも馬肉の料理が出た。

 

 そうこうしているうちに、月日は確実に進み、長い夜(ノクス)も終わりに近づいた。

 学校最後の日には、大掃除をするのは日本と同じだ。

 教室と、それから寄宿生たちは部屋も掃除をして、最後に学士(アラウダ)たちを見送って、60日弱の学校生活は終わった。

 

 

 

 小屋に戻ってからは、ギーズが宣言通り仕事を残していてくれたので、数日間はかかりきりになった。

 掃除や洗濯などの家事はもちろん、山羊のベルちゃんの世話、狩猟道具の手入れ、腸詰、ハム、干し肉などの加工作業etc etc…

 さまざまな作業を二人で分担して片付けた。


 

 長い夜(ノクス)が終わると、天候も落ち着き始め、晴れ間が見える事も多くなった。それとともに根雪が解け始める。


 もともと雪の量そのものは大したことが無いのだが、吹雪が多いせいで吹き溜まりがすごい。

 少しでも早く溶けるように、スコップで吹き溜まりを崩すのだが、これをやっていると、ワトソンが崩した雪の塊に身体を突っ込んで遊びたがるので参った。

 雪に塗れて、べちょべちょになったワトソンは、毛がぺったりとしてそれはそれで可愛かったけれど、あまりやると冷えるので、暖炉で毛づくろいがてら温めるところまでがお約束だ。

 

 電気も水道もない。力仕事や、大きなものを扱う事も多くて、この身体では厳しい事も大いけれど、それでも茉莉花はこの生活が好きだと思った。

 ただ一つ困ることと言えば。

 身体が資本の生活が性に合いすぎて、どんどん前世で覚えた知識などを忘れていくような気がする。特に勉強関係。

 

(2次関数も三角比も、もう絶対解けないよ。無理!)

  

 そもそも、どちらも元々解けないので良いとして。

 

(そのうち日本語まで喋れなくなりそうだよ……)

 

 使う機会が無さ過ぎて、頭の中の、日本語に関する部分が、どんどん錆び付いていっているのを感じる。


 もう使うことはないと分かってはいても、日本語を忘れてしまうのは、自分のアイデンティティが揺らぐようで不安なのだ。

 

(喋らないからダメなんだよね)


 ということで、時々日本語で歌を歌う事にした。鼻歌のようなものだが、日本語を口ずさむと、少しだけだけど、記憶を繋ぎとめられる気がするのだ。



 

 雪溶けが始まると、もう一つ嬉しいことがあった。

 狩りが本格的に始まったのだ。


 一度狩りデビューしていたこともあり、今度はギーズも茉莉花が行きたがるのを止めなかった。

 ただ、今は雪解け水で地面が泥土になっており、足場が激しく悪い。それもあり、前回よりもギーズ達に付いて行くのはよりハードだった。

 

 

 

 狩りに出るようになると、ギーズは様々なテクニックを少しずつ教えてくれるようになった。

 罠の作り方、仕掛ける場所、動物の習性、さらには仕留めた動物の処置の仕方、肉の加工方法など。

 身体的に難しいものもあったけれど、元々が興味ある事柄なので、知識面はもちろん、実技の方もするすると身に付けていった。

 

 自分では自覚はないが、

 

 『お前は本当に覚えが早い』

 

 と褒められたので、多分覚えが早い方なのだろう。

 

 ただこれは、前世の知識あってこそと言う部分も大きい。

 何を覚えるにしろ、その人の前提知識や経験が多ければ多いほど、有利なのは当たり前なのだ。

 例えば同じ初めて道具を使うにしても、梃子の原理に関する知識があるのと無いのとでは、身に付く速さも変わってくる。

 前世の知識様々である。

 

(やっぱりもう少し頭使わないと。忘れる一方じゃ不味いよね)

 

 ついつい、身体を動かす事ばかりに集中してしまいがちだったが、

 

(もっといろいろ脳みそを使て……、そうシナプス! シナプスをつなげないと。何か日本語、何か……え~~)


---春はあけぼの。やうやう白くなりゆく山ぎは、すこしあかりて、紫だちたる雲のほそくたなびきたる。

 

 とりあえず枕草子などを諳んじてみたが、これでどのくらいシナプスは繋がっただろうか。

 

 今度は九九は暗証だ!などと、役に立つのか立たないのか微妙な事を、考えたりしているうちに、更に日々は進み、季節は春になった。

 

 

 ジャスミン―――もといクラリベルは7歳になった。

 


 もっとも、これは別にクラリベルが春生れという訳ではなく、この世界ではみんな等しく春の1つ月の初めに1つ年を取るのだ。

 いわゆる数え年である。

 

 

 春の1つ月の初めには復活祭がある。

 これは何かに怒って岩の中に姿を隠してしまった春の女神が、また姿を現したおかげで、大地が復活したとかしないとか、なんか聞いたことがあるような感じの神話によるお祭りらしい。

 

 どこの世界でも神様のあれこれは意外に生々しい。

 

 この復活祭の時に、一緒に成人式と洗礼式が行われるそうだ。

 成人式は18歳、洗礼式は8歳。クラリベル―――もといジャスミンの洗礼式は来年である。

 

 同じお祭りでも収穫祭と違って、まだ夜は寒い時期なので、儀式関連は昼間のみで、夜は家族でお祝いをするそうだ。

 大人はクロスグリのワイン、子供はレーズンとクリームを挟んだパンケーキを食べるらしい。


 茉莉花は本来は関係ないのだが、ドノバンとジーンおばさんが呼んでくれたので、夕方にギーズと一緒にお邪魔してお菓子とご馳走をいただいた。

 

 

 

 

 根雪も解け、狩りにも慣れた頃からは、弓やナイフの実践的な使い方の訓練も始まった。

 これは対大型動物に対しての訓練も兼ねていた。

 

 こちらの方も―――というか、むしろむしろこちらの方は、茉莉花の得意分野だ。

 元々の朝のトレーニング時間に、ギーズによる特訓が追加されるようになった。

 

 弓は茉莉花の身長に合わせてギーズが作ってくれたが、ナイフは街に行ったとき、ローワンの店で買い求めたもので、刃渡り20センチほどの両刃のものだ。

 素振りもライフワークとして続けてはいるが、最近ではナイフや弓の訓練の方に時間を割くことが多くなってきている。

 特にナイフはほぼギーズとの体術も兼ねた実戦訓練なので、楽しくて仕方がないのだ。

 

 案の定ギーズは恐ろしく強い。力やリーチの差ももちろんだが、とにかく身のこなしにそつがなく、反応が素早い。当たり前だが一本取るなど夢のまた夢だ。

 

 そして、訓練を始めてみて改めて思ったのは、この身体(クラリベル)の、異常なほどの身の軽さだ。


 足が速いのはもちろんだが、ジャンプ力もすごい。

 助走をつけると、軽く1メートル以上高く飛び上がれる。

 何より驚きなのが着地だ。

 2メートルくらいの高さから、足に負担がくること無くトン…と軽く着地するのだ。

 そういう時、茉莉花はほとんど自重を感じない。まるで軽い羽か何かのように軽やかなのだ。

 

(私、人間じゃないかも……)

 

 と今更真剣に思ったが、茉莉花ほどじゃないにしても、ギーズも人間離れした身のこなしをするので、この世界では普通なのかもしれない。

 

 

 これらの訓練は、イノシシなどの大型動物が暴れた場合に備えて、必要なものだったが、本当の意味で戦い方が必要だと分かったのは、さらにその翌年。 

 茉莉花が、8歳の時のことだった。

 

 

 

 

 この小屋に来てから3年目になるその春は、茉莉花の洗礼式の年でもあった。

 

 村で復活祭が行われるその日、ギーズが用意してくれたワンピースを着て村に行った。

 

 村の広場ではノーラたちお馴染みの同学年の子たちが集まっていた。

 この後一緒に、学士(アラウダ)から訓示を受けて受洗するのだ。

 

(洗礼も学士(アラウダ)なのかあ。そう言えばモーモントもアグネスも神様のお話や、お祈りの話をしてた気がするね……?)

 

 復活祭に来た学士は知らない人だったが、モーモントやアグネスと同じ、グレーの長いローブを身に付けている。

 ありがたいお話を、眠気を堪えながらうろ覚えで聞いた後、一人一人額に手を当てられ、何か祈りの言葉のようなものを掛けられた。

 

 その後は、村の役場に行って、大きな分厚い本のような帳簿に自分の名前を書いた。

 所謂住民登録のようなものらしい。

 

 そう言えばジャスミンは元々、ロハスという街にいるギーズのお姉さんから預かっているという設定だったはずだが、それはどうなったのか? とギーズに訊いたけれど、「んなこといちいち気にすんな」と言われた。

 それでいいのか?

 

 住民登録は『どこで生まれたか』よりも、『どこで登録を受けたか』が大事なんだそうだ。



「そもそも村も、よそ出身のやつ多いからな」


 と言われて驚く。

 そう言えば、茉莉花もよそ者扱いされたことがない。それだけよそから来る人が多いということか。


「まあ兵士になった奴はたいてい赴任先で結婚するからな、この辺だとコンフィ辺りに赴任してきて、退役後に近くの村に住むんだよ」


 兵士は農村出身者が多い。農村出身者は畑さえあればどこででも生きていけるため、比較的気楽に、数年間でまとまった額が貰える兵士になるらしい。

 兵士が必要になるような街の周りには、たいていいくつかの村がある。どこの村でも登録証を渡して登録すれば、空いている畑や家を用意してくれるのだそうだ。

 

 意外なフットワークの軽さだ。

 そもそも住民登録からして、名前を書くだけのガバガバなものなのだ。親の名前さえ書かない。


 

 ちなみに茉莉花の登録名は『ジャスミン』だ。

 少し悩まないでもなかったが、今更な気がしてそのまま押し通すことにした。

 

 この先、もし茉莉花が兵役に付いたり、別の領地などに行くことがあった場合、村の役場で登録証を出してもらうのだそうだ。


 

 とりあえず、そんな感じで洗礼式が終わり、その後はジーンおばさんに招かれてお祝いの食事をごちそうになった。

 

 

 *****



 

 洗礼式から2つ月ほどが経ち、そろそろ春も終わりが近づいてきた日のこと。

 珍しく村の会合に呼ばれて帰って来たギーズが、難しい顔をして会合での事を話し出した。

 


「牛が…? 食い殺された…?」


 

 村では基本、麦や野菜、果物などを育てている家がほとんどだが、その他にも養蜂や酪農などを行っている家もある。

 最もポピュラーなのは山羊で、たいていの家で飼っている。こちらは毎朝山羊飼いが森の向こうの牧場に連れて行く。


 だが、牛の場合遠くには行けないので、家の近隣で放牧することになる。それもあり、自然牛を飼っている家は村の中心地からは離れた場所となるのだが、今回、やはり村の中心から1時間近く離れた場所の、森のすぐそばで放牧されていた牛が、食い殺されたらしい。


頭と骨、臓物の一部以外は食い荒らされるという悲惨な状況だったようだ。

 

 あの大きな牛が食い殺されたというのがまず想像がつかない。

 普段森を歩き回っているけれど、大きな獣といっても鹿やイノシシくらいなのだ。そう言えば熊や狼も見たことが無い。

 

 首を傾げる茉莉花に、ギーズが難しい顔をして、

 

「魔獣だ」

 

「魔獣?」

 

 魔獣って…、『魔』獣で合ってるだろうか。

 ポカンとしていると、

 

「やはり知らなかったか」

 

 とため息をつくと。魔獣について説明をしてくれた。


 曰く。

 森の中には魔獣と呼ばれる獣がいる。

 なぜ『魔』獣と呼ばれるかと言えば、魔法を帯びた攻撃をするからだ。

 ポピュラーなものだと、毒の息を吐いたり、炎を纏った爪で攻撃をしたりする。

 

「え、めちゃくちゃ危険じゃないですか!」

 

「そうだ、危険だ。だが普段はこんな人里近くに魔獣が現れることは無い。基本は大陸の端か、まれに領境近辺に出る事もあるが」

 

「りょうきょう……」

 

 聞き慣れない言葉に首を傾げると、

 

「文字通り領地の境だ」

 

 とギーズが石板を持ってきて簡単な地図を描いてくれた。恐ろしく簡単な概略図だが。

 石板の中央に大きな丸、どうやらこれがこの大陸らしい。

 それからその真ん中に小さい丸、

 

「この真ん中が王都、その周りに王領、それからその周りに大きい領地が7つある。俺たちがいるのはここ、ワイアットだ」

 

 と、真ん中の部分と、放射状に広がったうちの一つ、右斜め上の部分に丸を付ける。

 

「大陸の端っこや領地の境は山や川、森が多い、たいてい険しくて人がいない。普通魔獣はそういうところにいる」

 

 外側の大きな丸の端っこや、7つに割ったライン際をぐりぐりと塗りつぶす。

 どうやらその辺りが山や森らしい。

 それにしても。

 

(私、ワイアットってところにいるのか……)

 

 初めて知った事実だ。

 普段の生活では、ゴロゴロ村とコンフィの街だけ知っていれば事足りるし、学校でも2学年目では読み書きの練習ばかりで、地理は習っていない。

 多分学年が上がれば習うのだろうけれど。

 

 ゴロゴロの村はこの地図だとどのあたりになるのだろう。

 ―――それから。

 

(クラリベルの屋敷は……、どの辺りだったのかな)

 

 しげしげと地図を見ていると、

 

「興味があるのか?」

 

「うん、この小屋とか、あと村はどの辺なんですか?」

 

「今はこの辺りだ。大体領地の真ん中あたりだな」

 

 確かに、指さされた場所は末広がりの領地の中でも真ん中、やや上寄りあたりだ。

 

(この辺かー。この地図ってやっぱり北が上なのかな、クラリベルの家もこの辺?でも馬で来たし、結構離れてたのかも……)

 

 正直、全く分からないなーと考えていると。

 

「普通はこんな人里には魔獣は出ないんだがな、時々迷い込んでくることがある。ただ危険には違いないからな、そのままにしてはおけん」

 

「え、じゃあ…」

 

 ギーズが今日村に呼ばれたのって…。

 

「そうだ、魔獣討伐を頼まれた。村の男たちも一緒に行くと言ったが、何日かかる分からないから断った」

 

「断ったって…」

 

 そんな危険な相手、一人より複数で行ったほうがいいに決まってるのに。

 そりゃ無駄に大人数で行く必要はないけど、絶対に2、3人はいた方がいろいろと便利だ。

 

「という訳で、明日朝のうちに準備して午後には発つつもりだ。ワトソンも連れて行く。魔獣を探すのに役に立つしな。仕留めるまでは戻らないつもりだ」

 

 いきなりの話に頭が追い付かない。

 

「え? え?」

 

 と慌てる茉莉花をよそに、ギーズが淡々と話を続ける。

 

「早くて4、5日、もしかしたら10日近くかかるかもしれん。お前一人では心配だろうから、ジーンおばさんのところに…」

 

「わ、私も行く!!」

 

 

 思わず、強い口調で叫んでしまっていた。

 

 

 

 


魔獣狩りまで行きたかったんですが、辿り着けませんでした……。


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