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だったら あがいてみせましょう!  作者: こばやし羽斗
手に入れろ スローライフ
14/33

貴族の少年と 1



「おーい、しっかりして!聞こえますか?」

 

 と言いながら、軽く頬を叩くと、青白い瞼がうっすらと開く。

 鮮やかな、日に透けた若葉のような緑色だった。

 

「良かった…!大丈夫?しっかりして」

 

 と声をかけたけれど、再びまた瞼が閉じられ意識を失ってしまう。

 

「おーい、もしもーし、おーい」

 

 ともう一度頬を軽くたたくと、「うー…」と軽くむずかるような声を上げる。

 意識不明という訳ではなさそうだ。

 せめて体を温めなければと、身体をしっかりとマントで包んでやる。

 

(このマント、濡れてない…)

 

 防水にでもなっているのだろうか。

 おかげで、凍傷にはなっていないようだ。多少低体温にはなっていそうだが。

 

 一体どのくらいの時間この状態だったのだろう。

 馬車の周りに吹き溜まりが出来てるということは、転落した後も吹雪が続いたということだ。吹雪が止んだ時刻を考えると、少なくとも半日以上は雪の中倒れていたことになる。

 

 隣で倒れる男の人も、せめてということで仰向けにして横たえる。重さ的にこれが精いっぱいだった。

 子供を抱いて庇って地面に叩きつけられたのだろう。上背の有るがっかりとした体格だ。


 服装こそ旅装だが、腰には剣も下げている。

 そして、マントもそうだが、かなり上質な身なりをしている。

 子供はさらにそうだ。一目で高級品と分かる仕立ての服を着ている。


 馬車も、無惨な状態ではあるが、表面の塗装や装飾を見る限り、非常に豪華な仕立ての馬車だということが分かる。窓枠には金細工で彫刻が施され紋章が彫られている。多分貴族のものだろう。

 

(ノーラたちが学士(アラウダ)たちのところに戻るまで15分、そこから村まで20分……。学士たちの足だともっとかかるかな…。それから準備をしてだから……)

 

 村から来ようとすると、この崖下の森の手前は沼地がある、沼地を避けるとなると、ザガンとうい窪地経由の大回りをして来ないとならない。

 

(村の人たちが来るまで……、2時間、3時間弱かな……)

 

 相変わらず目覚めない子供を、少しでも楽な体勢になるようにマントの上に横たえる。低体温の状況によっては急激に温めるのは危険だ。


 念のため心持顎を上げさせて気道を確保しつつ、他に異状ないかとざっと触診する。詳しい事は分からないが、どうやら左腕を骨折している事だけは分かった。

 

(応急処置しないと)

 

 道場でも時々怪我をする子がいたので、兄とともに定期的に応急処置講習に行かされていた。AEDの使い方だってばっちりだ。……もう使う機会は無いだろうが。

 

 付近の林に入って添え木になる木を探す。ついでにすぐに薪にできそうな乾いた枝が落ちて無いかと探して回るが、さすがに昨夜まで吹雪いていたのでなかなか乾いた枝は無い。


 一旦戻って、骨折した腕に枝を添えて布で巻くと、大破した馬車に近づく。

 馬車の筐体に使われていた木材の中には、車体の影になって雪が付いていない木もあるはずだ。

 なるべく潰れた遺体は目に入れないように気を付けたながら、車体がこれ以上崩れないよう慎重に、内側の化粧板など、めぼしい板などを外して、子供の傍まで運ぶ。

 

 ナイフで板の表面を削って簡易のフェザースティックを作る。集めた板がどのくらい燃えるのか分からないので少し多めに用意する。

 雪に穴を掘り、周りを板で囲んだ中にフェザースティックを並べ、ベルトに付けたポーチから発火石を出して火を点ける。


 発火石は文字通り火を点けるために石だ。細長い2本の棒でこれを数回こすり合わせると火が付く。何でできているのかは謎だが、言わば消耗しないマッチのようなものだ。

 最初の頃火起こしで苦労をしたので、初めて見た時は感動したものだ。


 

 焚火で、自分と子供の身体を温めながら、どのくらい待っただろうか、

 

 ―――ワンワンワンワンッ

 

 遠くから犬の鳴き声が聞こえて来た。

 

 はっとして、澄ませた耳に、

 

「ジャスミーン!!」

 

 と呼ぶ声が聞こえてくる。

 

「おーい!!こっちでーす!!」

 

 立ち上がって、精一杯声を張り上げて応える。

 

「ジャスミン、無事か!?」

 

 驚いたことに、先陣を切った到着したのはワトソンを連れたギーズだった。

 

「怪我はないか?」

 

 茉莉花の所に真っ直ぐ来て、肩に手を添えて怪我は無いか確認する。

 

「……うん」

 

 びっくりした―――。


 真っ先に駆け付けてくれたこともそうだが、何よりも。

 

(ギーズ見たら、なんか、身体の力が一気に抜けたみたい…)

 

 思わず座り込みそうになったジャスミンを、慌てて支えながら、

 

「大丈夫か、いったん座ってろ」

 

 と焚火の側に座るように言われる。

 ワトソンが心配そうに、茉莉花の周りをグルグル回りながら鼻を擦り付けてくる。

 

「大丈夫、ちょっと気が抜けただけ」

 

 と応えながら、ピスピス鼻を鳴らすワトソンを撫でていると、村の男たちが続々と到着する。

 

「ジャスミン大丈夫か」

 

「良かった」

 

 ドノバンさんや、ノーラのお父さんなど、顔見知りの村人から声を掛けられる。

 最後に来たのが学士(アラウダ)アグネス、そしてノーラだ。

 

「心配しましたよ。怪我が無くてよかったです…」

 

 とアグネスに抱きしめられる。

 

「モーモントもそれは心配していたのですが、村で待っているように頼んだのです」

 

(だよね……、学士(アラウダ)モーモント来たら倒れそうだよ……)

 

 学士モーモントの、落ちくぼんだ目と白いひげを思い出しながら失礼な事を考えていると、ノーラがジャスミンに飛びついてくる。

 

「ジャスミン、無事で良かった」

 

 と半泣きで安堵の声を上げる。

 下まで無事に降りられたのは見たけれど、待ってる間に何かあったらどうしようと気が気じゃなかったそうだ。

 

「ベティとアリアも、来たいって言ってたんだけど……」

 

 父親が捜索隊に参加するノーラだけが、場所の案内も兼ねて来ることが許可されたらしい。

 

 そうしている間にも、ギーズや村の男たちは辺りの被害と、生存者の子供の状況を検分していく。

 その様子をノーラ、ワトソンとともに、焚火に当たりながら待つ。

 

 一通り大人たちが見て回った結果、やはり生存者は子供一人だけのようだった。

 そして馬車はというと、茉莉花の見立て通り貴族の物のようだ。学士(アラウダ)アグネスが紋章を見て顔色を変えていた。

 とりあえず今日のところは子供を運んで、残りの作業は後日ということになり引き上げる事になった。

 

 

 

 村に帰ると、ジーンおばさんやドノバンさん、ギーズからも、無謀すぎるとお説教を喰らうことになった。

 一人で残るなど危険すぎる。落石は二次災害も多い。弱くなった崖が再び崩れてくる危険性もあったのだ。

 いかに無謀な事だったか、どんな危険が考えられたか、説教交じりで長々と説明された後、

 

「骨折の手当てや、火を起して体を温めたりしてあげてたそうじゃないか。もし私があの子の親だったら、あんたには感謝してもしきれないくらいだよ。……でも頼むから、あまり無理はしないでおくれ」

 

 と言って、ジーンおばさんに抱きしめられた。

 

 ギーズには、頭をグシャグシャと押さえられて、

 

「あまり無茶するな」

 

 と言われた。

 

 なぜギーズが捜索隊に参加できたのかと言えば、久々に天候が穏やかだったので、追加の食糧と薪を学校に届けに来ていたのだそうだ。そこに学士(アラウダ)たちの緊急要請にが到着したらしい。

 

「……だが、よくやった」

 

 とも褒めてくれた。

 

 もう独断で危ない事はしない、と約束させられはしたが。

 

 

 

 怪我をした子供は、学校の建物の中にある客間に運び込まれたらしい。

 学校に戻ると、他の子たちが興奮しながら茉莉花に事の子細を聞きたがった。

 

「馬車がすごいことになってたって、どんなだったんだ?」

 

「なあなあ、あの子供『キゾク』なんだって大人たちが言ってたぞ、ほんとか?」

 

「人が死んでたのか?」

 

 と口々に訊いてきたので、

 

 馬車が落ちて倒れていたけど、崩れていて中は良く見えなかった。

 子供は意識が無かったしよく分からない。

 遺体はあったと思うけど、ぐちゃぐちゃになった馬車の中だったんだと思う。

 

 と、当たり障りのない事を答えてあげた。

 

 

 その日は夜になっても、村の顔役たちなどが学校に出入りして、件の子供が寝ているであろう客間近辺を中心にピリピリとした空気が漂っていた。

 

 


 

 翌日からは通常の授業に戻った。

 皆も、客間にいるらしい見知らぬ子供が気になって仕方ないようだったが、相手は怪我人である上に、貴族にかかわる事だということで、『失礼があっては困る』、『絶対に関わるな』と各々家できつく言い含められてきたようだ。誰も覗きに行ったりする子は現れなかった。

 

 さらにその翌日の昼休み、昼食の後庭に出ようとしたところを学士(アラウダ)アグネスに呼び止められた。

 

「ジャスミン、オズワルド様があなたに会いたいと言っています」

 

「オズワルド様……」

 

「あなたが助けた方です」

 

 雪の中であなたが声を掛けてくれたのを覚えているそうですよ。と言われ、そう言えばあの時一瞬た時目を開けたなと思い出す。

 

(オズワルドって言うんだ……)

 

 村に運び込まれた後、夜になって目が覚めたのだそうだ。

 茉莉花の見立て通り低体温症だったことと、腕の骨折以外は大きな怪我などは無いとのことだった。

 昨日の夜、ようやく熱も下がり、今日は朝から食事も不通に摂れているらしい。

 

「オズワルド様はとても高貴な身分の方です。失礼があってはいけません」

 

 一般市民が貴族に失礼な事をした場合、酷いとその場で殺されてしまう事もあるのだという。

 

(何それ、こわっ)

 

「質問には私が応えるようにしますから、あなたはなるべく粗相の無いよう、大人しくしていてください」

 

 と言われ、ガクガク何度も頷く。

 

(絶対口きかないようにしよう)

 

 ぞんざいな態度で咎められる未来しか見えない。


 最低限のマナーとして、挨拶の仕方を教えられる

 スカートをつまんで、片足を引き会釈するやり方だ。

 言われるまま、しっかりと腰を落として深々と頭を下げる。キュロットなのであまり決まらないのだが、アグネスには「大変結構です」と褒められた。

 

「村の育ちだというのに、ずいぶんきちんとした身のこなしですね」

 

 感心したように言われる。

 実はクラリベル時代に何度もお客様相手にやらされていたので、身に付いているのだ。

 

 客間は、建物の一番奥まった場所にあった。

 ノックをして「入ります」と、アグネスが声を掛けてドアを開ける。

 

 中は華美では無いものの、きちんと手入れされ、整えられた広い部屋だった。

 白い漆喰の壁には染み一つなく、黒く塗られた床板はツヤツヤに磨かれ、棚やテーブル、椅子などの調度品も全て、教室や茉莉花たちの寄宿部屋とは段違いのものだった。

 一番奥の寝台の上に、茉莉花と同じくらいの少年が座っていた。

 大きめの白い寝巻が、細い身体をより一層細く見せている。布で吊られた腕が痛々しい。

 髪の毛は濃いハチミツ色で、瞳はグリーンだ。白く柔和な顔立ちで、髪が短くなければ女の子と言っても通用する。

 

「オズワルド様、お連れしました」

 

 部屋にはいってから、教えられた通り礼をし、そのまま片膝を付いて、右手を胸に添え、アグネスの隣で待機する。

 

「はじめまして、わたしはオズワルドです、其方(そなた)の名は?」

 

「ジャスミンと申します。村の狩人の娘です」

 

 最初に言い含められた通り、黙っているジャスミンに代ってアグネスが応える。冬の間しか来ないので、情報に少し齟齬があるが、もちろん口は挟まない。

 

「雪の中で其方が声を掛けてくれたのを覚えています。腕の治療もしてくれたのですね」

 

「そうです、なかなか機転が利く賢い子です」

 

 『賢い子』と言う言葉に、思わず内心「よしっ」とガッツポーズする。茉莉花時代にはとんと言われなかった言葉だ。

 ついついにやけそうになる頬を必死で引き締めていると、

 

「……少し、二人で話したいのですが」

 

 などとオズワルドが云いだした。

 

(ええ~っ)

 

 怖いなあ…と固まる茉莉花を庇うように、

 

「お許しください。何分粗野な育ちの者ですので、粗相などありましては……」

 

「大丈夫です。ここにいるのは私だけです」

 

「ですが……」

 

「お願いです。今ならば咎めだてする者もいません。ですから…」

 

 逆に言えば、誰かいれば咎められるということだ。

 本当に怖い。青くなる茉莉花だったが、

 

「……そこまでおっしゃるのでしたら」

 

 アグネスは説得を諦めてしまったようだ。

 

「ではジャスミン、わたしは後ろに下がっています。くれぐれも粗相の無いように」

 

 と、ドアの方まで下がろうとすると。

 

「……二人きりにしていただけませんか?」

 

 と、さらにオズワルドに請われて、

 

「さすがにそれは……」

 

 躊躇するアグネスに、

 

「お願いします」

 

 と、頭を下げようとするのにアグネスの方が慌ててしまう。

 

「わ、分かりました。それでは、頃合いを見てお呼びしますね」

 

 と言って、後ろ髪を引かれるような様子で部屋の外に出てしまう。

 バタン……とドアが閉まった。

 

(ええ~~~)

 

 内心冷や汗をかきまくりな茉莉花だけが、部屋の中に取り残された。



粗相する予感に怯える茉莉花です。

次はオズワルドとのお話です。

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