初めての狩りと冬の始まり
秋の終わり頃となる秋の半ばの2つ月めには収穫祭がある。収穫のシーズンを終えて、農閑期に入る前のお祭りだ。
この日は村の広場にキャンプファイヤーのように大きな火が焚かれ、皆でご馳走を食べたり、歌ったり踊ったりして賑やかに過ごすのだそうだ。
ただ子供の時間は食事までで、夜も更けてお酒の時間になると、子供たちはめいめいの家へ帰っていく。
茉莉花は家が遠い事もあり、本来なら不参加なのだが、ジーンおばさんが泊めてくれるということで参加できることになった。
朝から、女たちは総出で料理をして、男たちは広場の設営や、この日のために用意された豚を仕留めて丸焼きにしたり、樽酒を準備したりする。
大人総出で支度をするので、子供たちは集められ、宴の準備が出来るまで、果物や薬草を摘んだり魚を捕ったりして過ごす。
村につくと、ジーンおばさんが子供たちのところに連れて行ってくれた。
「ギーズのところに来たジャスミンだよ、仲良くしてやっておくれ、ノーラ、あんたと同い年だよ」
ノーラは藍色の髪をした少女だった。
「よろしくね」
とにっこり笑ってくれる。そばかすのある顔に、薄黄色の目が特徴的だ。
年上の子の指示に従って、女の子は薬草摘みと栗拾い、男の子は川へ行って魚捕りへと別れる。
茉莉花もノーラと一緒に籠を背負って栗を拾う。
「ジャスミンが来てくれて嬉しいわ、同い年は男ばっかり4人もいたの、一つ上は女の子の方が多いのに」
長い夜と呼ばれる真冬の間、6歳から12歳の子供たちは学校に通う。
教室は1つなので全員一緒だが、年によって勉強の内容が違うので、学年ごとにテーブルが分かれてしまうらしいのだ。12歳までの間ずっと、男の子ばかりのテーブルに座るのが憂鬱なのだと言う。
「ジャスミンは学校に来るの?そしたら私一緒に座れるから嬉しいんだけど」
と訊かれ。
(あれ、私学校行くのかな?無理に行かなくても良いんだけど…)
と思いながら、ギーズに訊いてみるね、と無難に答えた。
夕方になって準備が整うと、皆で広場に集まる。
焚火が焚かれ、逆さに吊るされた豚が焼かれている。肉の焼ける香ばしい匂いが辺りに漂っている。
老若男女、全部で200人以上はいただろうか。この村にこんなに人がいるとは知らなかった。火の側でギーズが男たちと豚を切り出している。
汁物をよそった椀を渡され、焼いた肉を渡された。
皆で集めた魚や栗も調理されて並んでいる。子供たちには糖蜜をかけたケーキや、ナッツの入ったトフィなども配られた。
1人の男の人が竪琴のような楽器を出してきて弾き始めると、女の人が数人で歌を歌いだした。
手拍子を打つ人、踊り出す人。
みんな、長い農耕シーズンから解放されてさっぱりした顔をしている。
とても賑やかな夜だった。
*****
収穫祭から1つ月が過ぎる頃には冬に入る。
この頃になると天気が崩れ始めて、曇天が多くなる。雪がちらつきだしたりもする。
冬の間、村人たちは編み物や木工細工などの手仕事をしたり、中には街に働きに出る人もいる。
言わば農村のオフシーズンだが、狩人の仕事は基本的に休みは無い。
雪は降るが、豪雪地帯と言うほどではないし、メインの獲物である鹿や猪、兎などは冬眠もしない。
ただ長い夜と呼ばれる冬の盛りになると、季節風が強くなり地吹雪になることが増えるので、狩りも控える日が多くなるし、村はともかく街までは下ろしにも行けなくなる。
必然的にこの間は、腸詰や干し肉などの加工の方に力を入れるようになる。
そして学校は、まさにこの長い夜の2つ月の間なのだ。
「ということで、お前は学校に行け」
「え~~…」
狩りに行く頻度は下がるし、加工だけなら手は足りてるから大丈夫なのだという。
「それに学校行かせねーと、ジーンとかがうるせーんだよ」
茉莉花の学校行きが決まってしまった。
*****
収穫祭から2つ月が過ぎて、4日後にはノクスに入るというその日、夕食の席でギーズが、
「明日天気が良かったら、森へ行ってみるか?」
と言い出した。
「え、良いの!?」
「ああ、もうすぐ学校だからな、その前に狩人の仕事を体験しておくといい」
村の女の子がどんな暮らしをしているのか、直に見て、狩人との生活の違いをその目で確認しろということらしい。
ギーズの考えがどうあれ、一緒に森へ行けるのは嬉しかった。
翌日は残念ながら吹雪だったが、そのさらに翌日、朝から風が穏やかで雲間から日も射していた。絶好の狩り日和だ。
二人で家事を済ませてから、大急ぎで支度をする。
茉莉花はいつものキュロット姿にコートを羽織って、鹿の毛皮で作った頭巾をかぶる。
コートは先日、街で冬支度の品と一緒に買い求めたものだが、頭巾は自分で作ったお手製だ。
茉莉花時代ぞうきん一枚満足に縫えなかったが、ここに来てからずいぶん裁縫の腕が上達したと思う。
とは言えギーズはもっと上手い。というより村では基本服を手作りするので、皆裁縫が上手だ。男でも繕いなど簡単にこなしてしまう。
準備が整ったら籠を手に持ち、弓と矢筒を背負って出発する。
ワトソンも一緒だ。ワトソンの背中にも籠が括りつけられている。
まずは森に入って、罠を仕掛けてある場所を順に巡っていく。兎や鹿などが出没しやすい個所に、全部で20か所近く仕掛けてあり、その中にはギーズと出会った場所もあった。
罠はいずれも、輪っかを動物の足に絡める括り罠だ。
最初に見たものはロープ製だったが、林の中の、猪などの大きな獣用に仕掛けられた物は、真鍮製なのか硬めの針金で作られていた。
今日は1か所、兎がかかっていた。素早くギーズがナイフで仕留める。そのまま後ろ脚を縛って、近くの木に吊るして血抜きをする。
血抜きをしつつ、吊るしたまま皮も剥いでしまう。服でも脱がせるようにするすると剥がしてから、頭部と切り離し、腹部にも刃を入れて内臓を抜いていく。
加工小屋での解体作業は何度も手伝っているが、現地での処置を見るのは初めてだ。慎重に入れられていくナイフの動きを、一瞬でも見逃すまいと、食い入るように見守った。
一通りの処置を終えて、獲物を抱えて帰路に着くことにした。
二人で森を抜けて歩いていると、ふいに「しっ」とギーズに動きを止められた。
見ると、5メートルくらい先の灌木の枝に、丸っぽいフォルムの白いぶちの鳥が留まっている。
「イグアシだ」
小さな声で囁かれる。1度確か食べたことがある。鶏よりも肉が締まっていて脂身が多かったはずだ。
鳥を見つめる茉莉花に、ギーズが弓を射るジェスチャーをしてくる。
射ってみろということらしい。
音をたてないように慎重に弓を外し矢をつがえる。
(親指付け根の部分をしっかり使って、弓を押すように―――)
ヒュン…ッと矢が離れ、次の瞬間、ボトリ…と、音を立ててイグアシの身体が枝から落ちた。
「いいぞ」
ポンと、茉莉花の肩を叩いて、ギーズが枝から落ちた獲物に近づいていく。
拾い上げて矢を抜く背中を見ながら、ドキドキと鼓動が激しく波打つのを感じる。
握りしめた弓を見る。
(今、この手で―――)
獲物を仕留めた高揚感と、命を殺めた事への罪悪感。
二つの相反する感情に、何とも言えずに佇んでいる間に、ギーズが両の足を括りつけて、
「お前が持て」
と渡してくる。
ギーズが兎を持つのを真似て、縄で吊り下げて肩にかけて持つと、ずっしりとした重みが肩にかかった。
それはそのまま命の重みなのだと思った。
森を抜けて小屋への道を歩きながら、
(ごめん……、大事に食べるからね)
とそっと心の中で鳥に詫びる。
以前、兎の命を奪った時にも感じた、罪悪感にも似た感情。
そして、自分自身で体験した数日間の飢え。
人は―――いや、生き物は命を奪いながら生きている。
この先、茉莉花はさらにいくつもの命を奪うことになるのだろう。
そしてこの罪悪感めいた気持ちは、多分奪うたびに徐々に感じなくなるのだろう。
だけど、初めての獲物を前に、このような感情を抱いたということを忘れないでおこうと思った。
*****
ノクスの初日は休暇になっている。本格的に始まる冬に備えて、家族でご馳走を食べて健康を祝いあうのだ。
朝から家を片付けて掃除をし、ドアや窓に杉の葉を色紐で括ったものを飾り、新しい蝋燭を燃やす。
なんとなく大晦日と正月のようなイメージだが、この世界では新年は春らしい。
夜は焼いた鹿肉と、野菜のチーズ焼き、糖蜜のパイなどで静かにお祝いをした。
ノクスの2日目からは学校が始まる。
学校は村の役場のすぐ隣に建っていて、教室の他にも部屋がいくつかと、炊事場などがある。
家が遠い子が寝泊まりするだけでなく、都からくる先生や、村にお客さんが来たときなどもここに泊まってもらうのだ。
茉莉花も吹雪の中の行き来は難しいだろうということで、学校に寝泊まりすることになる。ノクスは2つの月、約60日間だ。その間ここには戻って来れないことになる。
「60日かあ……」
籠に荷物を詰めながら、思わず重たいため息をつく。
「なんだ、辛気臭い顏してるな、ノーラと仲良くなったんだろ」
友達もいるし、あきらめて行ってこいと、ギーズが腸詰やシカ肉を布に包みながら言う。
「うん……」
別に学校そのものが嫌な訳じゃない。勉強は面倒だけど必要だろうし、ノーラとまた会えるのは嬉しい。
でも60日間もここを出なければならない。
ちらりと部屋の隅に目を向ける。
ギーズが作ってくれた寝台。寝台だけじゃない、この小屋そのもの―――犬のワトソンや、山羊のベルちゃんがいて、何よりもギーズがいるこの場所。
茉莉花が必死の思いで手に入れた居場所だ。
そこと何十日間も離れなければいけないのがたまらなく不安だ。
(帰ってきて、居場所が無くなってたらどうしよう……)
その不安感がどうにも拭えないのだ。
準備の手が鈍る茉莉花の代わりに、ギーズが横でテキパキと荷物をまとめていく。いつもの籠の中に、着替えや食器、石板などの他に、布でくるんだ腸詰やシカ肉のブロック、パン、チーズ、油なども詰め込んでいく。生徒各自食料を持ち込むのだ。2か月分だからかなりの量になる。
さすがに茉莉花一人では運びきれないので、ギーズが一緒に運んでくれることになっている。
学校に着くと、茉莉花と同じ寄宿する生徒が何人も荷物を運びこんでいた。
ギーズに手伝ってもらって荷物を部屋へ運ぶ。
今年寄宿する子供は全部で12人、天候によっては増える事もあるらしい。
部屋は男女別に分かれて使う。
女子の部屋は縦長で、両側に部屋の壁をくり抜いたような箱型の寝台がそれぞれ2つずつ並んでいる。
寝台は大人2人が並んで寝れるようなサイズで、子供だと3人でも使えるらしい。茉莉花はベティと言う7歳の子と一緒に寝る事になった。
寝台の横には荷物を入れる棚があり、部屋の真ん中にストーブと、皆で使えるテーブルがある。
持ち込んだ食糧は厨房に運ぶ。まかないには村の女の人が交代で来てくれるらしい。食器は食事のたびに持ち出して、終わったら洗って各自で保管だ。
「じゃあ、身体に気を付けて過ごせよ」
片づけを終えて、ギーズが帰り支度を始める。
「うん…」
否でも不安が高まってしまって、答える声も浮かない物になる。
たぶん相当情けない顔をしていたのだろう。
なぜ分かったかと言えば、
「あー……、ジャスミン」
ギーズが、首の後ろを搔きながら。
どうしたものか、と言う声を出したからだ。
「2つ月だかんな、いっぱい仕事溜まってるだろうから。帰ったらしっかり働いてもらうかんな」
覚悟しとけよ―――と、目を逸らしながら言われる。
多分、気を使わせてしまったのだろう。
だけど、帰れる確約を貰えたことが、素直に嬉しかった。
「は……、はいっ」
一気に弾みだした気持ちのまま、勢いよく返事をした。
次回は19日になります。
10月中はなるべく1日おきにアップできるようがんばります。