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だったら あがいてみせましょう!  作者: こばやし羽斗
手に入れろ スローライフ
12/33

初めての狩りと冬の始まり




 秋の終わり頃となる秋の半ばの2つ月めには収穫祭がある。収穫のシーズンを終えて、農閑期に入る前のお祭りだ。


 この日は村の広場にキャンプファイヤーのように大きな火が焚かれ、皆でご馳走を食べたり、歌ったり踊ったりして賑やかに過ごすのだそうだ。

 ただ子供の時間は食事までで、夜も更けてお酒の時間になると、子供たちはめいめいの家へ帰っていく。


 茉莉花は家が遠い事もあり、本来なら不参加なのだが、ジーンおばさんが泊めてくれるということで参加できることになった。

 


 朝から、女たちは総出で料理をして、男たちは広場の設営や、この日のために用意された豚を仕留めて丸焼きにしたり、樽酒を準備したりする。

 大人総出で支度をするので、子供たちは集められ、宴の準備が出来るまで、果物や薬草を摘んだり魚を捕ったりして過ごす。

 

 


 村につくと、ジーンおばさんが子供たちのところに連れて行ってくれた。

 

「ギーズのところに来たジャスミンだよ、仲良くしてやっておくれ、ノーラ、あんたと同い年だよ」

 

 ノーラは藍色の髪をした少女だった。

 

「よろしくね」

 

 とにっこり笑ってくれる。そばかすのある顔に、薄黄色の目が特徴的だ。

 


 年上の子の指示に従って、女の子は薬草摘みと栗拾い、男の子は川へ行って魚捕りへと別れる。

 茉莉花もノーラと一緒に籠を背負って栗を拾う。

 

「ジャスミンが来てくれて嬉しいわ、同い年は男ばっかり4人もいたの、一つ上は女の子の方が多いのに」

 

 長い夜(ノクス)と呼ばれる真冬の間、6歳から12歳の子供たちは学校に通う。

 教室は1つなので全員一緒だが、年によって勉強の内容が違うので、学年ごとにテーブルが分かれてしまうらしいのだ。12歳までの間ずっと、男の子ばかりのテーブルに座るのが憂鬱なのだと言う。

 

「ジャスミンは学校に来るの?そしたら私一緒に座れるから嬉しいんだけど」

 

 と訊かれ。

 

(あれ、私学校行くのかな?無理に行かなくても良いんだけど…)

 

 と思いながら、ギーズに訊いてみるね、と無難に答えた。

 

 

 夕方になって準備が整うと、皆で広場に集まる。


 焚火が焚かれ、逆さに吊るされた豚が焼かれている。肉の焼ける香ばしい匂いが辺りに漂っている。

 老若男女、全部で200人以上はいただろうか。この村にこんなに人がいるとは知らなかった。火の側でギーズが男たちと豚を切り出している。


 汁物をよそった椀を渡され、焼いた肉を渡された。

 皆で集めた魚や栗も調理されて並んでいる。子供たちには糖蜜をかけたケーキや、ナッツの入ったトフィなども配られた。


1人の男の人が竪琴のような楽器を出してきて弾き始めると、女の人が数人で歌を歌いだした。

手拍子を打つ人、踊り出す人。

みんな、長い農耕シーズンから解放されてさっぱりした顔をしている。


 とても賑やかな夜だった。

 


 *****

 



 収穫祭から1つ月が過ぎる頃には冬に入る。

 この頃になると天気が崩れ始めて、曇天が多くなる。雪がちらつきだしたりもする。

 

 冬の間、村人たちは編み物や木工細工などの手仕事をしたり、中には街に働きに出る人もいる。

 言わば農村のオフシーズンだが、狩人の仕事は基本的に休みは無い。

 雪は降るが、豪雪地帯と言うほどではないし、メインの獲物である鹿や猪、兎などは冬眠もしない。


 ただ長い夜(ノクス)と呼ばれる冬の盛りになると、季節風が強くなり地吹雪になることが増えるので、狩りも控える日が多くなるし、村はともかく街までは下ろしにも行けなくなる。

 必然的にこの間は、腸詰や干し肉などの加工の方に力を入れるようになる。

 

 そして学校は、まさにこの長い夜(ノクス)の2つ月の間なのだ。

 

 

「ということで、お前は学校に行け」

 

「え~~…」

 

 狩りに行く頻度は下がるし、加工だけなら手は足りてるから大丈夫なのだという。

 

「それに学校行かせねーと、ジーンとかがうるせーんだよ」

 

 茉莉花の学校行きが決まってしまった。

 

 

*****



 

 収穫祭から2つ月が過ぎて、4日後にはノクスに入るというその日、夕食の席でギーズが、

 

「明日天気が良かったら、森へ行ってみるか?」

 

 と言い出した。

 

「え、良いの!?」

 

「ああ、もうすぐ学校だからな、その前に狩人の仕事を体験しておくといい」

 

 村の女の子がどんな暮らしをしているのか、直に見て、狩人との生活の違いをその目で確認しろということらしい。


 ギーズの考えがどうあれ、一緒に森へ行けるのは嬉しかった。

 

 

 

 翌日は残念ながら吹雪だったが、そのさらに翌日、朝から風が穏やかで雲間から日も射していた。絶好の狩り日和だ。

 

 二人で家事を済ませてから、大急ぎで支度をする。

 茉莉花はいつものキュロット姿にコートを羽織って、鹿の毛皮で作った頭巾をかぶる。

 コートは先日、街で冬支度の品と一緒に買い求めたものだが、頭巾は自分で作ったお手製だ。

 

 茉莉花時代ぞうきん一枚満足に縫えなかったが、ここに来てからずいぶん裁縫の腕が上達したと思う。

 とは言えギーズはもっと上手い。というより村では基本服を手作りするので、皆裁縫が上手だ。男でも繕いなど簡単にこなしてしまう。

 

 準備が整ったら籠を手に持ち、弓と矢筒を背負って出発する。

 ワトソンも一緒だ。ワトソンの背中にも籠が括りつけられている。

 

 まずは森に入って、罠を仕掛けてある場所を順に巡っていく。兎や鹿などが出没しやすい個所に、全部で20か所近く仕掛けてあり、その中にはギーズと出会った場所もあった。

 

 罠はいずれも、輪っかを動物の足に絡める括り罠だ。

 最初に見たものはロープ製だったが、林の中の、猪などの大きな獣用に仕掛けられた物は、真鍮製なのか硬めの針金で作られていた。

 

 今日は1か所、兎がかかっていた。素早くギーズがナイフで仕留める。そのまま後ろ脚を縛って、近くの木に吊るして血抜きをする。

 血抜きをしつつ、吊るしたまま皮も剥いでしまう。服でも脱がせるようにするすると剥がしてから、頭部と切り離し、腹部にも刃を入れて内臓を抜いていく。


 加工小屋での解体作業は何度も手伝っているが、現地での処置を見るのは初めてだ。慎重に入れられていくナイフの動きを、一瞬でも見逃すまいと、食い入るように見守った。

 

 一通りの処置を終えて、獲物を抱えて帰路に着くことにした。

 二人で森を抜けて歩いていると、ふいに「しっ」とギーズに動きを止められた。

 見ると、5メートルくらい先の灌木の枝に、丸っぽいフォルムの白いぶちの鳥が留まっている。

 

「イグアシだ」

 

 小さな声で囁かれる。1度確か食べたことがある。鶏よりも肉が締まっていて脂身が多かったはずだ。

 鳥を見つめる茉莉花に、ギーズが弓を射るジェスチャーをしてくる。

 射ってみろということらしい。


 音をたてないように慎重に弓を外し矢をつがえる。


(親指付け根の部分をしっかり使って、弓を押すように―――)


 ヒュン…ッと矢が離れ、次の瞬間、ボトリ…と、音を立ててイグアシの身体が枝から落ちた。

 

「いいぞ」

 

 ポンと、茉莉花の肩を叩いて、ギーズが枝から落ちた獲物に近づいていく。

 拾い上げて矢を抜く背中を見ながら、ドキドキと鼓動が激しく波打つのを感じる。

 握りしめた弓を見る。

 

(今、この手で―――)

 

 獲物を仕留めた高揚感と、命を殺めた事への罪悪感。

 二つの相反する感情に、何とも言えずに佇んでいる間に、ギーズが両の足を括りつけて、

 

「お前が持て」

 

 と渡してくる。

 ギーズが兎を持つのを真似て、縄で吊り下げて肩にかけて持つと、ずっしりとした重みが肩にかかった。

 それはそのまま命の重みなのだと思った。

 

 森を抜けて小屋への道を歩きながら、

 

(ごめん……、大事に食べるからね)

 

 とそっと心の中で鳥に詫びる。

 以前、兎の命を奪った時にも感じた、罪悪感にも似た感情。

 そして、自分自身で体験した数日間の飢え。


 人は―――いや、生き物は命を奪いながら生きている。


 この先、茉莉花はさらにいくつもの命を奪うことになるのだろう。

 そしてこの罪悪感めいた気持ちは、多分奪うたびに徐々に感じなくなるのだろう。

 

 だけど、初めての獲物を前に、このような感情を抱いたということを忘れないでおこうと思った。

 

 

 *****

 

 

 

 ノクスの初日は休暇になっている。本格的に始まる冬に備えて、家族でご馳走を食べて健康を祝いあうのだ。


 朝から家を片付けて掃除をし、ドアや窓に杉の葉を色紐で括ったものを飾り、新しい蝋燭を燃やす。

 なんとなく大晦日と正月のようなイメージだが、この世界では新年は春らしい。

 夜は焼いた鹿肉と、野菜のチーズ焼き、糖蜜のパイなどで静かにお祝いをした。

 

 



 ノクスの2日目からは学校が始まる。


 学校は村の役場のすぐ隣に建っていて、教室の他にも部屋がいくつかと、炊事場などがある。

 家が遠い子が寝泊まりするだけでなく、都からくる先生や、村にお客さんが来たときなどもここに泊まってもらうのだ。


 茉莉花も吹雪の中の行き来は難しいだろうということで、学校に寝泊まりすることになる。ノクスは2つの月、約60日間だ。その間ここには戻って来れないことになる。

 

「60日かあ……」

 

 籠に荷物を詰めながら、思わず重たいため息をつく。

 

「なんだ、辛気臭い顏してるな、ノーラと仲良くなったんだろ」

 

 友達もいるし、あきらめて行ってこいと、ギーズが腸詰やシカ肉を布に包みながら言う。

 

「うん……」

 

 別に学校そのものが嫌な訳じゃない。勉強は面倒だけど必要だろうし、ノーラとまた会えるのは嬉しい。

 でも60日間もここを出なければならない。

 

 ちらりと部屋の隅に目を向ける。

 ギーズが作ってくれた寝台。寝台だけじゃない、この小屋そのもの―――犬のワトソンや、山羊のベルちゃんがいて、何よりもギーズがいるこの場所。

 茉莉花が必死の思いで手に入れた居場所だ。

 

 そこと何十日間も離れなければいけないのがたまらなく不安だ。

 

(帰ってきて、居場所が無くなってたらどうしよう……)

 

 その不安感がどうにも拭えないのだ。

 

 準備の手が鈍る茉莉花の代わりに、ギーズが横でテキパキと荷物をまとめていく。いつもの籠の中に、着替えや食器、石板などの他に、布でくるんだ腸詰やシカ肉のブロック、パン、チーズ、油なども詰め込んでいく。生徒各自食料を持ち込むのだ。2か月分だからかなりの量になる。

 さすがに茉莉花一人では運びきれないので、ギーズが一緒に運んでくれることになっている。

 

 

 学校に着くと、茉莉花と同じ寄宿する生徒が何人も荷物を運びこんでいた。

 ギーズに手伝ってもらって荷物を部屋へ運ぶ。


 今年寄宿する子供は全部で12人、天候によっては増える事もあるらしい。


 部屋は男女別に分かれて使う。

 女子の部屋は縦長で、両側に部屋の壁をくり抜いたような箱型の寝台がそれぞれ2つずつ並んでいる。

 寝台は大人2人が並んで寝れるようなサイズで、子供だと3人でも使えるらしい。茉莉花はベティと言う7歳の子と一緒に寝る事になった。

 寝台の横には荷物を入れる棚があり、部屋の真ん中にストーブと、皆で使えるテーブルがある。


 持ち込んだ食糧は厨房に運ぶ。まかないには村の女の人が交代で来てくれるらしい。食器は食事のたびに持ち出して、終わったら洗って各自で保管だ。

 

 

「じゃあ、身体に気を付けて過ごせよ」

 

 片づけを終えて、ギーズが帰り支度を始める。

 

「うん…」

 

 否でも不安が高まってしまって、答える声も浮かない物になる。

 

 たぶん相当情けない顔をしていたのだろう。

 なぜ分かったかと言えば、

 

「あー……、ジャスミン」

 

 ギーズが、首の後ろを搔きながら。

 どうしたものか、と言う声を出したからだ。

 

「2つ月だかんな、いっぱい仕事溜まってるだろうから。帰ったらしっかり働いてもらうかんな」

 

 覚悟しとけよ―――と、目を逸らしながら言われる。

 

 多分、気を使わせてしまったのだろう。

 だけど、帰れる確約を貰えたことが、素直に嬉しかった。

 

「は……、はいっ」

 

 一気に弾みだした気持ちのまま、勢いよく返事をした。

 

 


次回は19日になります。

10月中はなるべく1日おきにアップできるようがんばります。

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