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滅音(ほろびね)

作者: フェイツ

かつて、美しい川があった。

小さな汚物なら百メートル程度の流れで浄化されるほどの、

素晴らしい能力を秘めたゆるやかな川だった。


やがて、長い長い時の流れの過程で人間が移り住んだ。

川は周囲の土地にも色々な作用で恵みを与えてくれた。

さらに時が移り、人は文明を飛躍的に向上させた。


文明人にとって、川は危険に満ちた場所になっていった。

小動物による被害や、子供の怪我、時には溺れて命を失う人が出た。

時代が移り変わる過程で、人は川を人工的に作り替えていった。

あらゆる危険な要素を取り払っていった。

危険から身を守る能力と引き換えに、安全を求めていった。


自然との対話を忘れた人々にとって、小さな危機は大きな不安を与えた。

人はますます安全を追い求めた。

その一方で常識を失った大人が増えていった。

台風一過の増水した川で泳ぐことを勇気と取り違え、あえなく命を落とした。


立ち入り禁止の柵に覆われ、醜いコンクリートが敷き詰められた川は、

魚から産卵場所を奪い、水質の変化が水草の生存場所をおびやかした。

違法投棄を罰する看板が、反発的な人々の違法投棄を呼び寄せた。

光景が汚れ、水が汚れた。


浄化能力をなくし、姿を変えられ、人の意のままに抑圧された川は、

自分の生きている価値も存在する意味も失った。


生態系の崩れた川に、肉食の外来魚が勢力を増した。

細々と生き残っていた小魚を糧にし、爆発的に増えた外来魚は、

やがて食糧を失って一気に絶滅へとひた走った。


何度目かの台風が来たときに、川は責任を放棄した。

投げやりに放った水が周囲へと氾濫し、大地の景色を奪った。

天地晦冥の中で土砂が崩れ、人々の住居をもろくも流し去った。

多くの被害が心に届いていたのかいなかったのか、

数日後に川は何事もなかったように沈黙した。


人々は国の責任を求めた。

国は更なる安全対策へと案を講じた。


◆ ◆ ◆


緑が破壊された。

悪循環が始まった。

雨が降り、次々と表層土を洗い流した。

表層土がなくなって、草も木も生えなくなった。

植物系の撤退が気候の変化を呼んだ。

雨が降らなくなり、大地から完全に水を奪い去った。

くわえて地中深くの塩分が水分蒸発作用とともに地表に吸い上げられ、

大地の生態系の修復ももはや不可能になった。

連日の日照りが大地を焼き、ひび割れが生じた。

砂漠化が始まって、急速に広がっていった。

植物が失われ、酸素が減った。

酸素が減って、水も減った。底を尽きかけていた河川の水も消えた。

川という川、湖という湖が涸れた。


◆ ◆ ◆


大きな美しい湖があった。

その湖の一画に藻が発生した。

一日で倍の量に増えていく藻が発生した。

1が2になり2が4になるのを見ても、人々は被害の大きさを思わなかった。

やがて、目に余るほどの藻が翌日に倍の量になっている光景を見て、

ようやく善意の人が藻を間引き始めた。

残りの人は人任せだった。あるいは、その藻の存在すら気にかけてはいなかった。

さらに時が経過し、人々の手が届かない一画から発生した藻が、

急激にその姿を現した。

空から撮影した写真が驚くべき湖の姿を人々に見せた。

湖の面積のすでに半分が藻に覆われていた。

何もしなければ、生息している魚たちの命は残り1日しかない。


◆ ◆ ◆


地球にやさしいはずのものが違法投棄された。

何年たっても同じ姿のままそこに残っていた。

周囲には気候の変化があり、深い緑も生い茂っているのに、

かれらの力では浄化できないものだった。

優しさはお互いの関係の中で自然に引き出されるもの。

やがて、地球は人間に優しくしなくなった。


★ ★ ★


どんな未来へと突き進むのだろう。


教師が生徒に体罰をした。

人々の一面的な解釈はともかく、事実は生徒を思うあまりの体罰だったと仮定する。

親が騒いで抗議した。マスコミへの訴えも辞さないと教職員を脅して詰め寄った。

校長は自分や学校の名誉と保身を考えた。

生徒に愛情を持って接した教師を処分してしまった。

世間で似たことが繰り返され、教師は生徒を叱ることをおそれ始めた。

生徒の機嫌におびえ、小さなことは見て見ぬふりをする教師が増えた。

くわえてネット上の悪口にもおびえ、生徒に気に入られるようにふるまっていった。

教師と生徒の心が触れ合わなくなった。教師は仕事のやりがいをなくした。

ストレスにさらされた教職員の間で悪口・陰口がはびこった。

教師を目指す人が減った。質の良い教師もいなくなった。

生徒の機嫌を気にする教師が授業に遊びを許し始めた。

子供たちの学力が低下し、親はこんどは教師のいい加減さをなじった。

親身になってくれていた教師を自らの身勝手で排除し、

残された保身の人たちに親身になることを要求し始めた。


警官が拳銃で威嚇射撃をした。

世間が過剰に騒ぎ立てた。あることないこと、憶測が無数に乱れ飛んだ。

教師と似た過程をたどって、警官たちは拳銃を使うことを心の片隅でおそれた。

少年たちが喧嘩をしているのを見て、ある警官が反撃された時のことを考えた。

見て見ぬふりをして、その場から退散した。

良心の呵責と責任放棄への罪悪感が連日、心をさいなんで不安に陥れた。

巡回もいい加減になった。何も見なければ何もする必要はないと考え出した。日常はそうしているうほうが楽だった。

そんな自分に不安なまま、否、日に日に自信を失いながら年月が経過し、

警察官としての自覚も基盤も不確かなまま、その警官は昇級していった。

さらなる不安と責任の重圧に耐えられなくなったその人は、やがて、

自分を見失って善悪のない行為へと逃避した。


手術で人の命を救えなかった医師が社会的な立場を追われた。

手の施しようがないほどに手遅れな状態だったことは、認められなかった。

時を前後して、病院内で自分勝手にふるまう人々が増え始めていた。

他人の責任ばかりを求める人々で、医師もまた内面から崩壊の気配を見せ始めた。

実際に責任の重圧にあえいでいる医師もいた。病院を去る医師が徐々に増え始めた。

医師不足に拍車がかかった。


腐敗した官僚が接待漬けにあっていた。

彼を心配して注意したホステスは嫌われた。

自尊心をくすぐることを言うホステスだけを抱え込んだ。

お金が欲しいホステスもまた、彼に忠告する邪魔なホステスを排除していった。

もともと彼はそういう人間関係の選び方を重ねてきた。

利用されていることに気づかず、何かで立場が危うくなった時にはもう、誰も助けてはくれない。

でも彼は違った解釈をした。誰もが簡単に人を裏切ると思った。


逃げてばかりいる人がいた。逃げ道はいくらでもあった。

解決するよりも逃げることを選んだ。解決する能力も危険を見分ける能力も育たなかった。

やがて、どこへ行っても障害ばかりで逃げ道をなくした。


自分を守ってくれる人を自らの手で痛めつけていることに気づかない人々が、

自分の周囲を荒廃させ、さらに神経質に暴走を始めた。


★ ★ ★


他人のアラ探しでブログをつづっていた人がいた。

ある時期に神経過敏に騒ぎ立てるようになって、とうとう、ブツリと姿を消した。

人の欠点を暴きたてて嘲笑するたびに、善良な仲間が次々と距離を置き始めた。

変わって、人を嘲笑する人々がその人の周囲に集まった。

人間関係が悪化した。

人を嘲笑するたびに、その人は自分の隠し持つ同じ一面を表に出せなくなっていった。

立派な人の立派じゃない部分を批判するたびに、その人は自分自身を追い詰めていった。

他人の悪口を言うたびに、その人自身の心がどうにもならないほど荒れていた。


★ ★ ★


悪口は言えば言うだけ、その対象が憎らしくなるもの。

一時的な吐き出しの効果と引き換えに、ますます自分の心を荒らすもの。

共通の対象を憎んで一緒に悪口を言い合う仲間は、お互いの結束が固いと信じ込む。

離れたときには不安だから。


★ ★ ★


サッカーに夢を託す健康的な男の子がいた。

かつてはネットいじめで孤立の淵に立たされた子だった。

幸い、その子は集団で悪口を言う仲間を必要とはしなかった。

クラスに執着しないでサッカーに夢中になって、健康な汗を流した。

やがて彼を見るクラスメイト達の目が変わって、悪口は自然消滅した。

その男の子は穏やかに笑いながら語っていた。

「正面から勝負ができない連中でしょ」

彼を取り巻く仲間たちも健康的な笑顔を見せる子だった。

良い意味でも悪い意味でも、人は似た者同士なのかもしれない。

夢がある人の周囲には夢を持つ人が集まる。

人を憎み、悪口を言う仲間に入るには、その人自身も誰かを憎まねばならない。

憎しみはときに人を団結させ、暴走させる。

その残忍で陰湿な集団での陰口も、ときにその神通力が発揮されない対象が確かにある。


★ ★ ★


彼は思った。自分を馬鹿にするやつは許せない。

全員が敵だと思った。敵意に満ちたゆがんだ目で世界を見ていた。

自分に絶望していた。

自分が向上するのを拒んで、彼自身が人を見下す視線で人々を見ていた。

彼自身が、人を尊敬することを知らなかった。だから尊敬される意味も知らなかった。

周囲のみんなも敵意の目で自分を見ているに違いないと思い込んでいた。

憎しみを隠すために自分を隠した。おとなしく目立たない暮らしをした。

笑顔で挨拶をした。相手も笑顔で挨拶を返した。

笑顔さえ見せれば人は騙されると、屈折した心で考えた。

何年もの積み重ねで、挨拶は人をだます目的のものになっていった。

周囲の人もみんな人をだましているのだと思い込んだ。

何年もの時を積み重ね、心の中の川が憎しみと猜疑心で氾濫した。

様子がおかしいと周囲の人々が気づいたのは、その少し前のことだった。

誰も特別な関心は寄せなかった。

つねに気にしてくれる関係を誰とも結んではいなかったから。


彼女の魂は見ていた。

両親がマスコミに答えているのを。まるで心当たりがないと。

あれだけ、哀しそうな顔をして一生懸命に訴えたのに。

身を投げる前に彼女は想像した。

私がいなくなれば、みんな、泣いてくれるだろう。

もっと愛してあげればよかったと後悔してくれるだろう。

でも、あれだけ訴えても、親でさえ変わった様子に気づいてくれなかった。

マスコミは近所の主婦のところへやってきた。挨拶しかしない程度の主婦だった。

おとなしくて優しい、幸せそうな子だったのになどと、

その主婦はカメラの位置を気にしながら言っていた。

あなたが私の何を知っているというの?

マスコミがマイクを離すと、その主婦はなごりおしそうな顔をした。

いつ報道されるのかを確認していた。その後、近くの主婦たちを呼び集めた。


彼は掲示板で誰かに甘えたかった。

「彼女がいれば、何事にも耐え忍び死ぬ気で頑張りますよ。」

自分が頑張らないのは彼女がいないせい。責任転嫁。

次いで、みんな死ねばいいのにと言ってみる。子供が言う、みんな死んじゃえに似ている。

憎悪が周囲に向けられず自分に向かうなら、「自分なんて死んでもいい」。

スポーツカーに彼女を乗せた他人の事故を願う。

本当は自分自身がスポーツカーに彼女を乗せて人々の前を走りたい。

羨ましいという感じ方を自身に禁じる。「俺を馬鹿にしている」に置き換える。

自分自身がそのカップルを馬鹿にする。だから、目が合ったカップルの視線に“反撃”を見る。

スポーツカーがカッコイイという視点で見る人には、カップルの視線も違ったものに見える。

ねたましい人の死を願う。それが日に日に、殺してやるに変わってゆく。

ところが、こんなことを書いて甘えているうちに人が去り、反応がなくなった。

この人と関わったらきっと大変なことになる。

この人に関わられたら取り返しのつかないことになる。


★ ★ ★


欲張りなチーターがいました。

ライオンに喧嘩で勝てないことが不服だったのです。

神様にお願いして、ライオンのように大きな頭と立派な牙を手に入れました。

走るのに特化したチーターの首が重くなって、走るのにバランスを失ってしまいました。

これでは獲物が捕まえられません。もっと強い足が欲しいのですが。

欲張りなチーターは元の頭に戻すよりも、ついでに体を強化することを考えました。

望み通りの足を手に入れたチーターは、さらに体が重くなっているのに気付きました。

チーターは足だけで走るのではなく、しなやかな胴体もフルに伸縮して全力疾走するのです。

もっと強い胴体をください。チーターは神様にお願いします。

もう足の速い獲物に追いつけないチーターは、ライオンに勝つまでは引き下がれなくなりました。

最終的にあれこれと望んでは、すっかり自分本来の姿を捨てたチーターは、

百獣の王の座をめぐり、とにかく本物と勝負する時が来たのです。

でも残念なことに、チーターは実戦するまで肝心なことを視野から逃していました。

ライオンとチーターでは、成獣に育つまでに積み重ねてきた生き方が違うのです。

本物と対峙したチーターは勇気を失ってしまいました。


★ ★ ★


カモシカは崖に住んでいて、見事な運動能力を身につけた。

危険な崖をかけのぼるために進化した。

文明で便利に暮した人類はやがて、心身ともに退化した。

病気が減り寿命が延びても老化が早まった。ストレスにも不安にも弱い心ができた。

不安に強く生きるより不安そのものを遠ざける生き方を選んだ人々は、

ますます退化の途を下り始めた。

一度手にした文明は、もはや破壊されるまでは手放せないものになるだろう。


★ ★ ★


自由の名のもとに人々は自由の意味を身勝手に解釈し始めた。

選択の責任を持たないことまでも自由の範疇に入れて解釈した。

無数の選択肢があることで、どこにでも行けると錯覚した。

いざ一人で歩きだした時に、ふっと不安に襲われた。

どの道がどこに通じているのかわからなかった。

記憶に入れた地図と実際の道に立ったときでは違う。

生き方が多様化した時代だから、複雑な道をそのつど自分で選択を繰り返さなければ、

人はいとも簡単に自分の生き方を見失うようになった。


★ ★ ★


人々が荒れ狂った。

優しさや平和が叫ばれていたのは、人々の狂気があふれ出す寸前の世の中のことだった。

暴徒と化した人々の誰もがそんな言葉を失った。

神は一度だけ機会を与える決心をした。

どういう経過を経たのか、世の中から争いという争いが消え去り、平和を取り戻した。

優しく疑いを知らないことが当たり前の時代に、優しさという言葉が価値をなくした。

やがて、どういうはずみなのか、悪を持った人が生まれた。

疑いを知らない人々しか住まない世界は、詐欺師たちにとって天国になった。

神は人の存在に対しての決断に走った。


★ ★ ★


人間の天敵が排除された。

猛威をふるうウイルスが何度か襲った。

全体からみれば少数の犠牲者をもとにワクチンなどが開発され、そのたびに人は克服してきた。

ウイルスでさえ、人類の天敵にはなり得なかった。

それならと、何者かの存在が思った。

人を内部から破壊してしまおうと。

人々の狂気が高まり、抑圧の封印が解き放たれる。


★ ★ ★


人類がとうとう袂を分かった。

国籍も何も関係なかった。

文明を愛する者、自然に帰る者に大きく分かれた。


★ ★ ★ ★ ★


文明が・・・瓦礫と化した。

わずかに生き残った幸運な人間が、残された自然を追い求めて移り住んだ。

文明の瓦礫の中に、やがて人々は情報伝達の媒体を発見した。

ネット文明の記憶媒体はほとんどが熱によって融解し、もともと消え去っていた。

わずかに発見されたものの中身を読み取る手段を、人々は持っていなかった。

紙に書かれた文字もまた大部分が失われた。

残された文字の意味もわからない人々が多かった。

石に刻まれた絵や文字が発見された。次々と発見された。

もっとも原始的な情報伝達の方法が、もっとも熱にも水害にも耐えて生き延び、息づいていた。

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