1、受付嬢には敵わない
君は天才というものに憧れたことがあるだろうか。
あるよね。あるだろ? あるって言えよ。
な? あるよな? うん、そうだろうそうだろう。
何せ天才というものはこの世界において選ばれた者の証であり、選ばれた人間にしか使用されることのないワードなのだ。一度は自分も天才の名を冠されたい。それが大方の人間の思いだ。
「アインさん?」
早くも自分が何を言っているのかよくわからないが、とにかく人というのは天才に憧れるものさ。
そもそも天才とは?
金持ち? 違うね。あんな奴らただ血統と運に恵まれただけの馬鹿だからね。
モデルや俳優? あいつらは生まれ持った才能だけで金と異性がもらえる豊かな阿呆だ。
学者? あれはまあ天才だけど、今俺が言いたいことはそういうんじゃないじゃん。
「おーい」
俺たちの職業は冒険者と呼ばれ、その役職は五つに分けられる。
近接に優れる攻撃の中心『勇者』、身を削ってパーティを守る『守護者』、攻守において万能、最も重要な役割と言われる『魔術師』、回復役を担う生命線『支援者』、それ以外の役割諸々の総称『自余』。
「聞いてます?」
とんでもない攻撃力を持ってたり、すさまじい耐久性があったり、爆発的な魔力を秘めていたり、まるで何事もなかったかのように大けがを治癒させてみたり。
それぞれの役割にはそれに適した名手というのがいるもので、そういう奴らはギルドやら国やらからAだのSだの素晴らしいランクを与えられるのだ。
世間はそういう連中を天才と呼ぶ。
だが俺の考えは違う。天才っていうのは特有の独自性がないといけない。
つまり自余こそが天才であり、尊重されるべきなのだ。
「おいハゲ」
「誰がハゲだ! どう見てもふさふさだろうが!」
「なんでハゲにだけそんな過剰反応を……。どうせみんなハゲるのに」
「だからこそ今の豊かな大地に価値があるのだ。この肥沃な三日月地帯にな!」
「その言い方だとV字ハゲみたいですけどね。はい、これ」
そう言って一枚の紙をすっとテーブルに置いた。
彼女はヘーゼル=オブライエン。
このギルドの受付嬢であり、ウェイターでもある女性だ。
ミディアムヘアの茶髪と、その名の通りのヘーゼルアイがチャームポイント。だと思う。
誰とでも仲良くなれるコミュ力も相まって、ギルドの看板娘を張っている。
ん? ヘーゼル=ブライアントだったかな。
そんな子からこういった手紙をもらえるのはとても名誉なことだが、俺は彼女の気持ちに応えることはできない。
オーバーンか?
「悪いな。気持ちは嬉しいが今俺はそういう時期じゃないんだ。自分のことで精一杯でね」
「バカなこと言ってると追い出しますよ」
「すいませんでした。しかし恋文じゃないならこれはなんだ」
「開いたらわかりますよ」
俺はテーブルの上の紙を開く。中には横に長い数字の列が並んでいる。
円周率かなんかだろう。
「ついに割り切ったのか」
「何言ってるんですか。溜まったツケ、早く払ってくださいよ」
よくよく数字を見直すと、3で始まってないし、小数点もないし、一と四も続かない。
「こんな金持ってるわけないだろう」
「でも払ってもらわないと」
「俺を海の藻屑にする気か?」
「それで清算できるなら」
皆さん聞きました?
これがキュートな看板娘ヘーゼル=オブザーバーの実態です。
「平日の昼間っからお酒飲んでばっかりで碌に働きもせず、虚空を見上げ物思いに浸る。随分いい御身分でしたね。でもブルジョア気取りも今日までです」
ヘーゼルは腕を組み、こちらをにらみつけている。先ほどまでの可愛い笑顔は何処へやら。
彼女は再びテーブルに一枚の紙を叩きつける。
おー、こわ。
「補助人登録契約書? なんだこれ」
「補助人というのは主に現在パーティを組んでいないけれど、依頼をこなしたい冒険者の方がギルドと結ぶ契約です。依頼を受けたいけど人数が足りない、一時的にパーティの能力を底上げしたい、正規メンバーが見つかるまでのつなぎが欲しい。そんな方々の利害の一致により作られたシステムです」
「つまりどこのパーティにも入れてもらえない奴が数合わせの補欠として使い捨てされる便利システムと」
「最低の言い方をしたらそうなります」
俺は勢いよく席を立ち、彼女に向かって中指を立てる。
「やだね! こんなクソ契約誰が結ぶか! なぁにが有望株だ! ただのトライアウトじゃねーか! 俺はもう24だぞ? そんな駆け出しみたいなことする歳じゃねーんだ」
「全然若いじゃないですか。それに仰る通り、最近はより高いレベルのパーティに入団するために今いるパーティを離れて補助人契約を結ぶ人もいますね」
「あ、ほんとにそんな感じなんだ。じゃねーわ! とにかく俺はこんな奴隷契約、絶対結ばねぇからな」
「はぁ」
ヘーゼルはため息をついて机の上の紙をトントンと指さす。
へん! そんな脅しになんか屈しないもんね! いつか絶対返すし。これマジで。
「そうですか。なら諦めます」
「さすがだヘーゼル。話が分かる。最高のギルド嬢だぜ」
「ギルド協会に連絡を入れます」
へ? 今なんて?
「ギルドに借金まみれの浮浪者が住み着いて困っていると」
「おい待て」
「ギルド協会はあなたの扱いに困るでしょうからね。きっとお偉いさんの方まで話が回るでしょうね」
「ヘーゼル? もしかして香水変えた? なんか今日すごくいい匂いだと思ったんだよね」
「そしたらあなたも元鞘に収まることになるでしょう。借金だってすぐに返済できるんじゃないですか。おめでとうございます」
「わかった。ペンをよこせ。ここにいるぞ、後にこの世界を揺るがす最強の有望株がな!」
かくして俺の新しい冒険者ライフが始まったわけだ。
不本意だけどな。
「そういやヘーゼル。お前の家名ってなんだっけ」
「イスキエルドです」
「あっ、へぇ」