あなたは拾い食いをする
森の中を一人歩いている。
村へと続く通り慣れた道だった。
倒木の場所も、岩が転がっている場所も生えてる木の種類もよく知る道だ。
日は傾き辺りは暗くなってきている。
先程まで服の下にはほんのりと汗をかくほどだったが、今では肌寒ささえ感じていた。
俺は背負っていた荷袋を下ろすと中から水袋を出し一口だけ飲んだ。
水袋は空っぽに近い。
水を補給出来る場所はすぐそこだが今日はもう動けそうになかった。
腰に下げた剣を外すと地面に置き、その横に座った。
疲れていた。
足が重かった。いや足だけでなく体中が重い。
荷袋から昼間摘んだベリーを取り出すと口に入れた。
じゃりじゃりと口の中に残る種を噛み締めながら、甘みの少ない酸っぱい味を楽しんだ。
お腹に少しでも物が入ることで力が戻る気がした。
近くに生えているタンポポを毟って口に入れた。
花びらが口の中でバラバラになり歯に引っかかる感覚が残った。それでも腹の足しにはなるだろう。
もう少しで村に着く。
あと半日も歩けばたどり着く距離だった。
それでも今日はもう動けそうになかった。
藪の影に隠れるようにして体を横にし、剣を抱きながら目をつむる。
瞼の裏でゆっくりと文字が流れていくのが見える。
大半は無意味な文字だ。
朝起きるまで覚えていなくちゃいけない事柄がなかった探しながら眠った。
あなたは目を覚ました。あなたは地面から起き上がった。地面の上で寝てしまった。体が痛い。
あなたは飢えている。なにか食べなければ……。あなたはカエルを拾った。あなたはカエルを食べた。生肉を食べてしまった。あなたは寄生虫に侵された。お腹がごろごろする。あなたはヨブ山の山道を歩いている。ガサガサ。あなたは木の陰にゴブリンを見つけた。あなたはゴブリンの頭を安物の剣でたたきつけた。ゴブリンは死んだ。ガサガサ。背後から襲撃を受けた。ゴブリンがあなたに棍棒を振り下ろした。ぐふっ。あなたは軽い傷を負った。あなたは吐き気を感じている。あなたはゴブリンの体に安物の剣を突き刺した。ゴブリンは重症を負った。ゴブリンは恐怖に身を震わせている。あなたはゴブリンの頭を安物の剣でたたきつぶした。ゴブリンは死んだ。お腹がごろごろする。あなたは吐き気を感じている。あなたはゴブリンの死体を拾った。あなたは周囲を探索した。あなたは木の枝を拾った。あなたは木の枝を拾った。あなたは木の枝を拾った。あなたは焚き火を起こした。あなたはゴブリンの死体を焼いた。あなたはゴブリンの死体を食べた。生焼けだ。あなたは寄生虫に侵された。お腹がごろごろする。あなたはベリーを摘んだ。ガサガサ。あなたはベリーを摘んだ。あなたは吐き気を感じている。襲撃だ。オークがあなたに棍棒を振り下ろした。あなたは吹き飛ばされた。オークが誇らしげに棍棒を振り回している。あなたは重傷を負った。あなたは安物の剣をオークに突き刺した。オークに軽い傷を負わせた。オークがあなたを手で振り払った。あなたは吹き飛ばされた。あなたは重傷を負っている。あなたは安物の剣をオークに突き刺した。オークに致命傷を負わせた。オークはあなたから逃げ出した。あなたは座り込み休んだ。お腹がごろごろする。あなたは立ち上がり歩き出した。あなたはヨブ山の山道を歩いている。あなたはヨブ山の山道を歩いている。あなたは座り込んだ。お腹がごろごろする。あなたは力が抜けている。あなたはベリーを食べた。酸っぱい。あなたはたんぽぽを食べた。不味い。あなたは藪の中で眠りについた。あなたは悪夢を見た。
男が声をかけてくる。
「マルンの村へはこの道であってるか?」
俺はそうだと答えた。
見たことのない男だった。村の近くでゴブリンが繁殖していると猟師たちが話していたのが一週間前になる。村長が冒険者を雇ったんだろうか。
細い身なりの男だった。
髪が長く目元を隠しているが、細く鋭い目が髪の間からこちらを見ているのがわかった。
短剣を左右の腰に差し、身体は革でできた胸当てをしているがはじめて着たように綺麗だ。
こちらを見ながら癖なのか指を気持ち悪いくらいにヌルヌルと動かしながら剣の鞘を触っている。
「そうかい。ありがとよ」
そう答えると、男は村へと続く道を歩いていった。
男を見送ると、俺は男と反対方向へと進んだ。
俺は街に向かっていた。
10日後に妹が結婚するのだ。
結婚式に着ける銀のブレスレットを買う約束をしていた。何とかかき集めた金は銀貨十枚。これで買えればいいが……無理ならなにかしら別のものを用意しなければいけない。
街へ向かう道すがら魔物が襲ってくる。
ゴブリンは一度繁殖すると一気に数を増やす。
俺の剣の腕は大したものではない。剣術を習ったことなどないからだ。だがゴブリンを相手にするくらい訳はなかった。
大した腕がなくとも殺せるゴブリンを駆除するのに冒険者を雇うのには理由があった。
数が多いのである。
集団から溢れた2、3匹を殺すのなら村人でも問題がない。
10やら20になると冒険者を雇うことになる。
数がいても村人だけで駆除できるが、村人に死者が出る可能性も高くなるからだ。そうなるくらいなら端金で冒険者を雇ったほうが安全と考えるのが一般的だった。
魔物を殺しながら進み。夜になると草むらで眠った。
食料は荷袋の中に数日分入れていたから道中補給する必要はない。だが一人での移動は精神的にも肉体的にも辛いものだった。
本来なら馬車にでも乗って進むのが正解なのだ。
商人に金を払えば馬車に揺られるだけで街に着く。護衛も付いてるから魔物の心配さえ不要だ。
金がないから俺は一人で危険な道を歩くことになった。
昼も夜も浅くしか寝ることも休むことも出来ないままの旅になる。
街に着く頃には服は血と泥で汚れ、体に付着したゴブリンの贓物が腐敗しえずくような臭いが漂っていた。
通りを歩くと皆鼻をつまみこちらを嫌な顔をして見てくる。
俺は銀の腕輪を探した。
どこにあるのだろう。金物屋かそれとも鍛冶屋か。
俺は馴れない街の中を一人彷徨った。
村に帰り着いたのは8日後のことだった。
身体は疲れ今すぐにでも眠りにつきたかった。
帰りの道も魔物が嫌というほど現れた。
銀の腕輪は想定よりも上等な物が買えた。
布に包まれたそれを見せたら妹はどんな顔をするだろう?そんなことを考えた。
魔物を殺しながら歩く。
生き物を殺す感覚が麻痺するくらいに何匹も殺している。
殺して殺して殺して殺す。
異常な数だった。
体は何箇所か傷つき服はボロ切れのようになってしまった。
この数では冒険者一人じゃどうにもならないだろう。
結婚式が終わったら魔物の駆除を手伝わなければいけない。
ぼんやりとそんなことを考えた。
山道を抜けると村が見える。木の囲いで外からは中の様子が見えないが大きな門が俺を出迎えた。
門の上には人が見張れるよう見張り台がある。
見張り台の上で眠りこける人影が見える。それを見て少しだけ笑った。酔っぱらいの爺さんがまた酒を飲んだまま見張りをしているのかと思ったからだ。
違和感に気づいたのは門が人が通れるくらいのスペースが開いていたからだった。
その隙間から村に入ると、人が倒れていた。
異様な光景だった。
自分の右腕を口に突っ込んで肘の部分まで飲み込んでいるのだ。
すごい形相だった。
目は見開き口は顎が外れたように広がっている。
ピクリとも動かないその人物は俺の家の横に住む老婆だった。
死んでいた。
腐り始めた体には蠅がたかっている。
「何が……いったい?」
村中に腐敗した肉の臭いが漂っている。
死体は村のあちこちにあった。蠅が集まり村の中を我が物顔で飛び回っている。
老婆と同じように自分の腕を飲み込んだまま、倒れている死体が道のあちこちに転がっている。車輪引きされたように馬車の車輪に手足を絡ませて死んでいる男がため池の上に浮かんでいた。その顔には恐怖に引き攣り天を仰いでいる。畑には頭を上に向け鍬の柄が口から飲み込んでいる農夫が、足を投げ出し足と体が直角にしたまま座っている。
俺の家は、家族は……。
転がる死体を無視し走った。
家に着くと扉が開いていた。
中で親父が首を吊っていた。
母と妹がお互いの首を絞め合い。恐ろしい形相で死んでいた。