⑦第一部 第二章 仙人 三節 三本足の烏
ーーー仲間が増えたみたい。
あたしはちょっと怪しい烏だと、最初は思ったんだけど…?
白雲斎はたまに姿を見せるがいつのまにかいなくなる。
それは修行が始まってひと月ほど経った日の事だった。
音も立てず黒いものが降りて来たかと思うと、ふんわりと苫屋のひさしに止まった。
大きな烏だった。
しかも三本足の烏だ。
「そんなコチコチで、じいさんの秘伝をものにできるのカア?」
「はあ?」
間の抜けた言い方に釣られて佐助も間の抜けた声を出した。
「肩の力を抜け!」
「肩の力だと?」
「熱心で一生懸命なのは良い。
だが、あんまり力んでおっては吸収できんでな。
『大事な術』を教えにわざわざ来てやったんじゃぞ。
日輪の中からな」
修行に熱中している佐助は不機嫌だ。
「日輪からだと? いったい何者だ?」
「よくぞ聞いてくれた。
わしは八咫烏の勘三郎。
じい様の世話役じゃ」
というと大きな羽根を広げた。
「見たカア?
これが八咫じゃ。
咫とは長さの単位なのだ。
人間の親指と中指を広げた長さのことを言う。
八咫、つまり約五尺もある立派な烏という意味じゃ」
「やたがらす?」
「そう。我が先祖は遥か昔の神代の頃より、素盞嗚尊の尊き使いとしてお仕えし、日輪の中に住んでおる。
昫とは親戚のようなものじゃ」
「昫の親戚じゃと?」
「のようなものじゃ。
そのうち証拠を見せて進ぜよう」
「今、見せてみろ!」
「今日はいかん。
今日はおぬしに『気分転換の術』を教える気になっておるのでな」
勘三郎は羽を広げて扇のように風を送り込むと、
「毒きのこの『笑い茸』は習ったばかりじゃろう。
では早速『茸ほぐしの術』の実技と参ろうか」
琿が突然「ヒーヒー」と笑い出した。
笑いが止まらなくなって本人も困っている。
勘三郎が、
「『笑い茸』という言葉を起点に術をかけてある。
風の中に笑い茸の秘薬の粉を入れておいたんだぞ。
カッカッカア!」
「笑い茸」と言う言葉を二度も聞いた佐助も笑い出す。
琿は佐助が笑い出したのを見ると、火に油を注いだようになってしまった。
「やり過ぎたかのう?」
佐助がなんとか返事をする。
「そうだな。
琿は猿より狒々(ヒヒ)に近いからな。
ヒッヒッヒ!」
それを聞いた琿はまた「ヒーヒー」と言って笑い転げている。
佐助は佐助で、自分の軽口を自分で受けてしまい「ヒーヒー」とやり出した。
「コリャあ、底が抜けておるわい。
肩に力が入り過ぎると覚えが悪くなって頭の中で空回りし出すのでな。
ちっとだけ、解してやろうと思ったのじゃが。
これ程効くところを見ると、おぬし達余程緊張しておったな」
昫はきょとんとしている。
ーーーおいらの弱点は笑い上戸だ。
この烏め、知っておったのカア?
気に入らねえ。
が、可笑しくってどうにもならねえ。
だいたい佐助が下手な冗談を言うからこんなになっちまった。
勘三郎は呆れている。
「仕方がない。
笑いながらで良いから聞いておくのじゃ。
辛い時や物事に行き詰まった時は気持ちの切り替えが大事でな。
気分転換をすると新しい道が見えてくる」
佐助はしゃべりたいがもう言葉にならない。
「くっくっく!」
「そのためには『起点となる言葉』を決めておくのがコツじゃ。
その言葉は何でも良いが、自分の好きなものや、楽しくなるものほど良く効果があるぞ!」
「ケッケッケ!」
「たとえば、わしの場合は『珠』なんだ。
特に光る珠がたまらんわい。
カッカッカア。
吸い込まれそうになって本能的に欲しくなる。
珠と言う言葉さえ思い出したら、嫌な事もぱっと忘れるように訓練してあるのじゃ」
「ヒッヒッヒ!」
「ン、そういえば、昫も琿も『美しい珠』という意味の名じゃぞ!」
その日の修行は台無しになったが、次の日から技の飲み込みが三倍くらい早くなった。
不思議なことだ。
それから山々が美しく色づき始める頃まで勘三郎は毎日のようにやって来た。
白雲斎がいる時には来ない。
来れば、佐助にいろいろと注文をつける。
「腰が入ってないぞ!」
「なんじゃ、その口の利き方は!」
「気じゃ。集中するんじゃ!」
「固い、固い。
それでは木偶の坊ではないか!!」
ヨモギは無口なので、八割は勘三郎がしゃべっている。
勘三郎をヨモギは気にするでもなく、嫌がるでもない。
無視していると言った方が良いかもしれない。
「うずら隠れ」の術を習っている時の事だ。
ヨモギがいつものように丁寧に教えている。
「じっ、自分の気配を消し、隠れるためにウズラのように手足を引っ込めます。
丸くなるのでごぜえます。
うつ伏せになって顔も隠し、息遣いを悟られぬように気をつけます。
物陰に隠れて石になるのです」
やって見せる。
岩の横に行き、懐から布を出して頭から被ると気配を殺して小岩になった。
それを見ていた勘三郎、
ヨモギの岩の上に三本足でピョコっと止まった。
「さすがヨモギ殿!
見事なもんじゃ。
今のが基本なり。
まずは基本をしっかり身につけるが良い」
ヨモギが文句を言わないのを良い事に、ヨモギの上に乗ったままで、
「わしは『七化けの勘三郎』とも呼ばれておる。
今習っておる術の先にある『奥義』をチラッと見せて使わそう」
「七化けの勘三郎だと?」
勘三郎は自信満々だ。
「まずは白い烏じゃ!」
真っ白に変わった。
「次は白鷺!」
首が伸びて美しい白鷺になる。
「次は山鳥じゃ!」
赤茶色に白い縞模様があり、見事な尾が長く地面まで垂れている。
「山鳥が雉になるぞ!」
全体的には緑だが極彩色の荘厳な雉が現れた。
「最後に金鵄を見せておこう!」
勘三郎は羽ばたいて宙空の太陽の中に入る。
日輪の中で黒い烏が黄金に輝いた。
降りてきて、ヨモギのうずら岩の上に止まってもまだ荘厳に光輝いている。
「これが昫の親戚ということじゃ。
時来たりなば役に立つ事もあろう。
カアーッツ!」
白雲斎の口真似をしている。
あんまり威張っている勘三郎に佐助は悪戯っけを出して、
「確かに凄い技だ。
んだが、全部足が三本あったぞ!」
「うるさい!うるさい!それを言うな!」
勘九郎は気にしているところを佐助に突かれて、怒ったかのように勢いよく急に飛び上がった。
「五体の不具を言うは卑怯なり!
カアーツ!」
捨て台詞が余計だった。
唐松の大枝に頭をぶつけてしまい地面に落下する。
昫が身体を舐めてやると蘇生した。
何事もなかったかのような表情を無理矢理つくっている。
それがみえみえのまま勘三郎は空に消えた。
「アホー、アホー、アホー!!」
ーーー勘三郎のあの技は凄いわ。
佐助様も琿もほんとうは感心してたもん。
あいつのドジはわざとなの。
楽しくするために、いっつも何かやらかして帰るんだから。
お爺さんがいない時にしか来ないのがちょっと怪しいけど…。
厚かましいけど、いい奴みたい。
悪い奴ならヨモギ様が追い払うはずだもん。
変な奴には変わりないけど。
変な奴といえばヨモギ様も変。
まだ岩のままなんだもん。
岩になりきって岩になっちゃったのかしら?
あれが忍術というものなのかしら?
ヨモギ様は我慢強い。
というか、気がものすごく長ーい。
やっぱり変。
あんなことは短気な琿では絶対無理。
毎日いろんなことがあるのでおもしろい。
すごーく楽しい。
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よろしくお願いいたします。
咫(18cm)、八咫(144cm)、五尺(152cm)