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碧と白の珠玉   作者: 真緑 稔
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㊴-②第三部 第二章 雪の百万石 三節 吉法師 二

 二 忍法 花吹雪


家守(ヤモリ)達の親方が庭でお待ちかねらしい」



 佐助の言葉に清海が急いで縁側の障子を開ける。

 外は雪が深々と降っている。

 雪見の間と言うだけあって中々の景観だ。


「ウウーッウ!」

 庭の隅の雪が盛り上がる。

 唸り声と共に雪を撥ね退けて大狼が出現した。


「おお。話には聞いていたが見事じゃ!」

 利長が感心している。

 度胸は相当すわっている。


 同じように庭の中央の雪の中から頭を出し始めたのは鬼面の大男だった。

 身の丈は清海と同じくらいに見える。

 怪物である。


 降る雪を渦状に体に巻き付けて竜巻を起こし始めている。

 やがて全身が見えなくなった。

 雪の渦は積もっている雪も吸い上げながら巨大化していく。


「風魔小太郎だな」

 春水が言う。

「いかにも。忍法風吹雪・・・」


 竜巻の中から地鳴りの様な声が響く。

 雪の竜巻は広大な庭を一回りすると更に巨大化し高さ十丈程になった。

 勢いを付け縁側から雪見の間に上がり込もうとしている。


 雪見の間の障子が外れて吸い込まれていく。

 代わりに竜巻の中から無数の(まんじ)手裏剣が飛び出してきた。

 卍手裏剣は深くは突き刺さらない。

 ゆえに大概は刃の部分に毒が塗られている。


「毒に気を付けろ!」

 と天水が叫びながら、春水、それに右近、鎌之助、清海と共に、手裏剣を刀で払い落としている。

 庭の岩影や木の上からは火矢や毒矢も撃ち込まれる。

 相当数の忍びがいる。


 お永もお豪も戦乱の世を生き抜いてきた女傑である。

 (たすき)掛けで(まも)り刀を抜いて闘うつもりだ。

 だが佐助に目で諭され、先程上げられた畳の下にある地下の隠し部屋に移っていく。


 佐助は畳を元に戻してその上に悠々と座している。

「遠当ての術」で通り越して来る手裏剣や矢を全部払い落としている。

 手裏剣は雪見の間の入り口に落ち、うず高く積もった。

 手裏剣の量は尋常では無い。

 遠当ての術とは石などの物体を使わず離れた所の獲物を気の力で落とす術だ。


 太郎と珝は手分けをして庭に潜んでいる忍びを退治している。

 頃合いを見て才蔵が印を結んだ。


(おん)()()() ()()(てい)(えい)()()()。エーイ!」


 鋭い気合が竜巻に突き刺さる様に放たれた。

 雪の渦が外側から桜の花びらに変わりつつある。

 徐々に竜巻の勢いが弱り始める。


「術をお返しになったな」

 天水が卍手裏剣を払いながら感心している。


「花吹雪」の術だ。

 花びらのひとひらひとひらが、鼻や口、目、耳の穴に入り込み窒息させてしまう。


 卍手裏剣はもう竜巻からは出てこなくなった。

 桜吹雪の渦は苦しそうに塀際へ逃げようとしている。


 才蔵の姿が降る雪の中に霞んで見える。

 白い忍び装束になっている。

 空中に浮かんだまま再び気合を入れた。


「トーウッ!」

 途端に竜巻の動きが止まる。

 花びらが風魔小太郎の巨体に隙間なく張り付いている。

 巨大な花びらの塊が雪の上に落ちた。


 ドウッと言う音が轟いた後、夜の庭は静寂に包まれた。


「風魔小太郎も先代から比べると技量が落ちたな。

 変わらぬのは怖い顔と巨体だけじゃ」

 佐助が軽口を叩いた。


「ウウーッ!」

 太郎が唸りながら松の木の中程目掛けて跳んだ。

 空は塀の上の人影目指して急降下している。


 今度は伊賀の十字手裏剣である。

 これは天水と春水が叩き落した。

 全部先端に毒が塗られている。


「猿飛、太郎に叱られたな。珍しいのう」

 清海がからかう。

「面目無い」

「あやつも来ておるのか?」


「かなりの手下を連れて来ている」

「闇烏天鬼め、気を緩めた隙を狙っておったんじゃな。

 今度ばかりは許さんぞ」

「才蔵の技量を確かめたのだろう」


「闇烏天鬼だと?」

 利長にも気にかかる事があるようだ…。


 天水父子が言葉を挟んだ。

「とんだ不覚を。

 これよりそれがしは三十三人の忍びと共に『不空不漏の陣』にて結界を張り、内も外もしっかりお守り申し上げます。

 折角のご対面、大囲炉裏を囲んであとはゆるりとお楽しみ下され」

「今宵のお話は前田家三百年の根幹となるものと拝察しております」

「直ぐに壊された障子も入れ替えさせまする」


 庭には風魔小太郎の他二十四人の風魔衆が気絶していた。

「春水殿、花びらを取ってやらぬと窒息して死んでしまうぞ!」

 鎌之助は相変わらず優しい。

「心配ない。よく見てみろ」


 佐助に言われて見直してみると鼻の中に詰まっているのは雪だった。

 程良い頃に溶けそうだ。

「風魔小太郎ともあろう者がこれ位ではくたばりはせぬ。

 強かさでは鎌之助と良い勝負だろう。

 見ろ、あの顔を。まるで化け物ではないか」

 牙が口から外に剥き出ている。


「あっ、この娘はお峰」

 お豪が驚いている。

「いかにも。奥女中のお峰殿。

 だが、くの一でござる。

 村井殿のご子息やお峰殿だけにあらず。

 数名がこの二、三ヶ月の間に犠牲になって徳川の患者と入れ変わっておった」


「申し訳ございませぬ。

 拙者の落ち度でござる」

 春水はそこまでやられていたとは思っていなかった。

 かなり堪え込んでいる。


「風魔小太郎が自ら出て来ているとは。

 先代の風魔小太郎は北条家と共に滅んだと聞いておったが・・・」

 訝しむ鎌之助に天水が説明する。

「武田の家臣だけでなく北条の英才も徳川殿が取り込まれたのでござる。

 家康公は武士に限らず草の者も幅広く登用されております。

 雑賀、根来、三つ者、伊賀、・・・。

 加賀に入り込んでおりますのは本多正信殿が送り込んだ精鋭でございましょう」


「なるほど。

 猿飛をして(うたげ)に遅参させた訳もようやくわしにも判ってきた。

 にしても家康の懐の深い事。

 国家の要は人であることを心得ておる。

 ではござらぬか、利長様」


「その通り、清海殿。

 そちとは気が合うのう。

 それはそうと春水よ。

 しくじったなどと己れを責めるでないぞ。

 わしはそち無しではとてもやって行けぬ。

 わしとそちとは一身同体じゃ。

 くれぐれもその事を忘れてくれるなよ」 

 春水の横で父の天水が涙を堪えて鼻汁をすすっている。



 …利長がやんわりと、

「甲賀衆の中でもその右に出る者無し、鬼とまで言われた天水殿も涙もろくなられたな。

 ん、ちと冷えたかな」







十丈 30m

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