㊳-③第三部 第二章 雪の百万石 二節 高山右近 三
三 百姓の持ちたる国
申の刻。
佐助が高山屋敷の門前に現れた。
金沢城内には横山・長・太田・村井・奥村はじめ百万石の重臣にふさわしい武家屋敷がある。
高山屋敷は城の南側にあるが二万五千石の大身とは見えぬ佇まいだ。
清楚というより清貧という言葉がふさわしい。
門から玄関迄の石畳は整然と雪掻きがされている。
沼田春水が門迄出迎えに来た。
春水は蔦谷宗次こと沼田天水の次男で前田家に仕えて二十年になる。
父天水が利家に仕えてからは三十五年。
春水は三十五歳、兄春風は四十歳である。
春風は駿府で家康に仕えている。
追い掛ける様に右近の妻ジュスタと娘ルチアが現れた。
母娘とも武人の家には無い柔らかな雰囲気を持っている。
「お待ちして居りました。
どうぞ奥へ。
マリア様もお連れの方もお見えになられておいでです」
娘ルチアが明るい声で案内する。
家の内は清掃が良く行き届いている。
廊下は拭き清められ、「清の病」とまで言われる右近の性格が現れている。
奥座敷では右近と天水が待っていた。
上座は空けてあった。
右近に取って見れば佐助はかつての主君の子である。
(謙虚なお方よ。
父君の飛騨の守ダリオ殿は領民の葬式のおり棺桶を自ら担いだというが…)
「これは困る。
わしは禄も無ければ家も定まらぬ漂泊の者。
どうか平にご容赦を」
天水が気を利かした。
「車座という事でいかがでございましょう」
「ご命令と思い、そのようにさせて頂こう」
右近の声には物静かな強さがある。
「右近様、佐助様は堅苦しい方ではありませぬ。
ジュスタ様もルチア様もお入りになって寛ごうではありませぬか。
やがてマリア様もリボス様もお見えになりましょう」
右近は洗礼名のジュスト(正義の人)の通り、清廉潔白な人柄である。
信長・秀吉・利家・家康、どの武将からも信頼が厚かった。
利家の子、利長も十歳上の右近を兄の様に慕っている。
(堅い…。
檻に入れられたような気分だ。
どうもかなわぬ)
佐助は居心地が悪い。
そこへ救いの神が現れた。
塵一つなく拭き清められている高山屋敷の廊下に大男の足音が響き渡る。
「やぁ、猿飛。おぬしも湯を頂いて来ぬか。
珝の背に潜り込んではいたものの五体が芯まで冷え凍っておった。
極楽とはこの事。のう、鎌之助」
「いかにも。さっぱりした上、氷が溶けて腰の芯からほのぼのとした心地でござる」
見れば着物も一段と立派な物になっている。
「志乃様がこういう事もあろうかとお二人のお召し物を父に預けて下さりました。
佐助様のお連れ様とは言え、利長公は良いとしても、永姫様や豪姫様はと気を使われまして」
春水が説明する。
二人はどっかと佐助の両脇に座った。
実は右近に気を使ったのが見え見えだ。
清海は清潔で新しい僧衣を身に着けると高僧に見える。
本当に格が上がったのかも知れない。
二人の出現で座の空気が変わった。
(成る程、清海に救われた様な気がする。
清海を連れて来てあながち無駄で無かったかもしれぬ)
「失礼致します」
ジェスタとルチアが一人の姫と切支丹の宣教師と共に現れた。
高山家の奥座敷に車座が出来上がった。
「ようお越し下された。
一家をもって御礼申し上げる」
改めて右近が挨拶をする。
「こちらのお方はイワドロ・リボス様と言われてイエズス会の司祭様でござる。
わしが最も信頼する年来の友でもござる」
南蛮人にしては小柄な方だ。
背は右近よりわずかに高い。
大柄な佐助から比べると四、五寸ほど低い。
体はがっしりとしている。
手の甲まで茶色の毛が生えている。
顔は四角く大きい。
厳つさでは鎌之助と良い勝負だ。
だが、濃い眉の下の青い涼しげな目がいかにも優しい。
「司祭様のお国はどちらでござる」
鎌之助が親しそうに語りかける。
厳つさが共鳴している。
「イスパニアにござります。
日本に来て二十年にナリマス」
リボス神父が上手とは言えない日本語で答える。
「イエズス会とは何でござるか」
「はい。
切支丹にもいろいろな教派がゴザイマス。
仏教にも、シンゴン、テンダイ、イッコウシュウ等ござりましょう。
イエズス会はイエス・キリストの救いを全世界に広げるため一命を捧げた者達でございます。
今より六十二年前、聖イグナチオが創立され、日本には五十二年前にザビエルが初めて辿り着かれました。
わたくし供はそのザビエルの志を受け継ぐ者でゴザイマス」
右近が補足する。
「五年前のサンフェリッペ号の二十六聖人の殉教事件は、イエズス会では無く日本の国情を良く知らぬフランシスコ会という教会に端を発した事件でござった」
「ふむ」
清海が頷いている。
「イエズス会の中にもこのリボス様のように敬虔な神父様もおいでになれば、秀吉公に伴天連追放令を出さしめたコエリエ殿のような、法衣の下に武器を隠している生臭い方もおりました。
実際イスパニア軍に援助を求めて武器弾薬を持っておった。
後始末にヴァリアーノ様もリボス様も随分と苦労をされた」
清海が再び頷く。
「どうやら切支丹の世界もわれ等仏教の世界も宗教界は同じ性が有るようじゃ」
「というよりも人間の性でござるな」
鎌之助が突っ込む。
清海は続ける。
「確かに。
比叡山の僧侶達も信長公の焼き討ちに遭う前には堕落振りが目に余るものが多かった」
右近は一見異質に見える清海や鎌之助と気が合うようだ。
お互いの純朴さが引きあっているのかもしれない。
他人の事には普段は触れない右近が、
「そうそう、信仰もそれぞれでござる。
家康公の参謀を勤められておる本多正信殿も熱心な一向宗徒であった。
一時は家康公のもとを出奔され、最後はこの加賀で一向一揆を仕切っておいでであった。
思うところがあったとみえ家康殿のもとへ帰られたがな」
…加賀・越前は一向宗の祖、親鸞聖人と縁が濃い。
一向宗の勢力が強く一揆を作り、加賀の守護大名であった冨樫氏を攻め滅ぼしてしまった。
「御仏の前には皆平等」
「百姓の持ちたる国」
「一向一揆の国」が実現した。
一向宗の中心は石山本願寺である。
肥大化した本願寺の組織は零細な農民から喜捨を吸い上げた。
本願寺の懐へは巨大な富が流入する。
本願寺法主は魔王信長にも屈せぬ程の力を持った。
しかし組織はやがて膿む。
階級が生まれ同時に貴族化してゆく。
草鞋を履き、一笠一杖で生涯を通した親鸞の姿を貴族化してしまった僧達の中に見ることはできなかった。
本多正信の夢は破れた。
その時を見計らったかのように服部半蔵正成が正信の前に突然現れた。
正信は家康のもとに帰った。
「この加賀を平定するために、某は利家公と共に鬼となり多くの一向門徒を殺した。
百姓衆は鍬を持ち、竹槍を持ち、口々に『死ぬは極楽、生きるは地獄』と唱えながら嬉々として死んでいった。
切支丹と同じものを一向門徒の中に見た。
佐脇良之殿の気持ちが痛いほど解る。
わしは『清廉の士』などと呼ばれているそうだが『人殺し』を生業としておる悪魔でもある」
清海が珍しく声を細める。
「右近殿、そう思える貴殿の優しい心が尊いのじゃ。
親鸞聖人も言われておる。『善人なをもちて往生をとぐ、いわんや悪人をや』とな」
右近は柔和な笑みを浮かべて聞いている。
「悔いるのも良いが過去に囚われてはいかん。
今を生きるのじゃ。
真に『人殺し』を悔いたならもうせぬことじゃ。
切支丹の神様は必ずお救いになるじゃろう。
のう、リボス殿」
「はい。イカナル罪深き者とて、己が過ちに気付き悔い改める者を神はお裁きにはなりませぬ。
その御手で御胸に抱かれるでアリマショウ」
「その通りじゃ、リボス殿。
おぬしとは気が合うな」
羞恥心を持ち合わしていない清海ならではの融和術だ。
当時、切支丹の教えでは、日本の神、仏はサタンであった。
切支丹以外の教えは邪教とされている。
どうやらこのリボス神父はそのような垣根を越えている。
たどたどしい日本語ではあるが、声に深みと広がりがあり慈しみを感じさせる暖かさがある。
…「ところで、そこにおいでの姫君はマリア様と聞いたがどちらのお方かな。
わしはこのような姫君を生まれて初めて見た。
この世のものとは思われん」
確かに日本人離れした色の白さといい、整った顔立ちといい、非の打ち所が無い。
「あんりゃりゃー…」
鎌之助ががっくりと肩を落とした。
「これだ。
さっきまでは偉い坊主じゃと思うて有難く説教を聴いておったのに。
もう鼻の下を伸ばしておる。
おぬし、来月にはふき殿と祝言を挙げる身ぞ。
よく見てみよ、才蔵殿じゃ。
この生臭坊主め。
目を覚ませ!」
「えっ。才蔵はくノ一であったのか。
それにしても美しい。
ルチア殿もお美しいがの」
まだ感心をしている。
それでも慌ててルチアにも配慮するところが邪気が無く厚かましい。
…高山屋敷では今だかつて聞いた事も無い、腹の底からの笑い声が響いた。
申の刻:午後4時
四、五寸13cm