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碧と白の珠玉   作者: 真緑 稔
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㊲-④第三部 第二章 雪の百万石 一節 真田十勇士 四

 四 真宝丸(しんぽうがん)


 小助は施療所を作った。

 侍医(じい)青柳清庵(あおやぎせいあん)と共に薬草畑も作った。

 薬も作って真田紐と一緒に売らせた。

 施療所は「清庵」と命名した。



 戦争孤児と暮らしの立ち行かない貧しい家の子供を十人程引き取った。


 薬作りを手伝わすと共に医薬の知識も教え込んでいる。

 将来医薬の道で生計が立つ様に腕に職を付けさせるつもりだ。


 ついでに九度山の子供達にも一緒に読み書きを教える。

 これには伊佐入道の破れ寺を使った。

 清海も伊佐も坊主の端くれである。

 読み書き位は教える事が出来る。


 二人揃って書の腕前は昌幸をも唸らせるほどだ。

 真田に流れ着いた時から身に付いていたらしい。

「日本三筆に二人の僧侶が加えられ、日本五筆と後世の人々は呼ぶであろう。

 弘法大師、嵯峨天皇、橘逸勢(たちばなのはやなり)、清海上人、伊佐入道とな」

 清海はこう(うそぶ)いて伊佐のの書いた手習い用の手本を惚れぼれと見ている。


 何がどこで世の中の役に立つかわからないのが人の世である。


 金は取らない。

 金は取らないが食べ物のお布施だけは喜んでいただく。


 伊佐入道にとってみれば食べ物さえあればこの世は天国だ。

 百姓にとってみれば食べ物なら皆で集めればなんとかなる。


 伊佐のニコニコ顔に童達はすぐに懐いた。

 お日様のような顔がいつも満面の笑みを浮かべている。


 知らず知らずに破れ寺が補修され、まともな寺になっていく。

 気立ての良い娘が嫁になりたいと申し出て来て身の回りの世話をしてくれる。

 伊佐の法衣の破れも繕われ身なりも良くなった。

 人生とは捨てたものでは無い。


「水を得た魚、ふむ、大鯰じゃな」

 青柳清庵が目を細めている。

「『人間(じんかん)到るところ青山(せいざん)あり』とはよう言うたものですな。

 上田城におる時よりもあの兄弟は活き活きしておるぞ」

 望月六郎もこの事には毒を吐かない。


 清庵の子供達はこうして読み書き手習いと薬草、製薬の知識を身に付けていった。

「小太郎を養子にしてみて始めてわかった。

 長い間、子に恵まれなんだせいか子育てをしてみるとかわゆうて堪らん。

 今度は子供が十人も増えて雪乃も大喜びじゃ」


 小助の顔には以前は陰があった。

 それが取れている。


 小太郎は若先生と呼ばれている。

 上田合戦の薬奉行の体験から小助は施療所を思いついた。

 小太郎には上田と同じ現象が起きている。


「高野山の薬師如来様が降りてこられた」

「生き仏様じゃ」

 噂が広まり遠くの桃山辺りからも病人が来る。


 動けない重病人から依頼があると颯や桜木を跳ばして往診する。

 気むづかしい二頭だが小太郎にはめろめろだ。

 喜び勇んでお役を務める。


 噂は噂という仲間達を呼ぶ。


「手を当てられただけで足が立つようになった」

「高野山の偉いお坊さまも若先生に診てもろうたらしい」

「目がかすんどった婆さまが針に糸が通せるようになった」

 それもそのはずだ。


 小太郎は幼少期の眉目秀麗な信長の生き写しのように美しい。



 …野生の薬草の見本が百姓衆にも解り易いように清庵に置いてある。


 百姓衆はそれを見て山野から薬草を取って来る。

 野草であるから元手はかからない。

 それを高値で買い取ってやる。


 百姓衆に取っては高値だが薬にすればその何十倍の金になる。

 百姓衆の副収入となり懐が潤う。

 万金丹(まんきんたん)妙応丸(みょうおうがん)地黄丸(じおうがん)神仙丸(しんせんがん)など甲賀望月家の薬法にあやかって名前をつけた。


 望月六郎を通じて許可を得ている。

 甲賀妙薬として真田紐と一緒に諸国で売られた。

 この薬が真田紐よりも良く売れた。


 特に真宝丸(しんぽうがん)と名ずけた新薬が不思議なほど効いた。

 胃腸を丈夫にし、年寄りは若返り病弱な子供は丈夫になる。

 重病人も徐々に体力がつき一年ほどで床から離れる事が多い。


 三人が知恵を絞って作ったのだが清庵も小助も作った本人達が驚いている。

 小太郎の力が大きいことは目に見えていたが小助の配慮で内密にしてある。


 …実はこれは宝珠の力によるものだ。


 佐助と才蔵が厳しい修行をして気が集中した時に、宝珠も感応して発動する事が度々あった。

 そんな時には宝珠の炎が辺りの草木まで燃やしてしまう事も珍しくはない。


 燃え尽きた後に草木灰が残る。


 最初に見たのは鹿の姿だった。

 前脚を折ってびっこを引きながらやって来た。

 草木灰の中でしばらく寝転んで患部に灰を擦り付けていた。

 次の瞬間には跳ねて山奥を消えて行った。

 気を殺して観察していると、次々といろいろな鳥や動物がやって来ては回復して帰って行く。

 最後に年老いて痩せ衰えた雌の狸がやって来て、すっかり若返り福々しい姿にになった。

 涼しい顔で戻って行ったのは微笑ましかった。


「若返りもするぞ!」

「妙薬でございますね」

「驚いた。これは才蔵の力だぞ。

 独りで修行していた時にはこのような事はなかった。

 これは世の役に立つ!」

「早速、小太郎様に」


 小太郎はその草木灰を取って来ると、まず岩清水で一昼夜晒す。

 次に天火で充分に干す。

 そうして裏ごしをしてから微量を真宝丸に混ぜ込んでいる。


 大地と太陽と水と草木の気に珠玉の精が入っているのだ。

 それを小太郎の手によってなされるから、さらに効果があると佐助は見ている。


 …(くう)を失った事で自分を責め抜いているのは佐助だけではない。


 小太郎は口にも顔にも出さない。

 心の中では苦しみのたうった。

 闇烏天鬼に知らないうちに仕掛けられていたとはいえ、血を分けた弟を殺そうとした。

 あろう事か、我が手で昫を犠牲にしてしまったのだ。


 昫と小太郎は特別に親しかった。

 佐助と小太郎は双子だ。

 昫は佐助に抱く感情と同じものを小太郎にも感じていた。


 小太郎は自分の医術で昫の命を救えなかった。

 その分、出来るだけ多くの人の命を救いたいと必死になっている。

 そうすれば、きっと昫が喜んでくれるだろうと…。


 九度山に来てから小太郎の腕は数段上がった。



 …薬の商いは売れれば儲けが尋常ではない。

 真田紐の十倍は稼いだ。

 清庵は貧しい者から金を取らない。


 薬の商いで十二分に儲かっているので本来は治療代を取る必要はない。

 が、浅野家から怪しまれない程度のことはせねばならない。


 地元の住民に取ってはこんな有難い事は無い。

 そもそもこんな山里に医者が居てくれるだけでも有難い。

 小助の医者としての腕も悪くないが青柳清庵はもと御殿医である。


 その清庵が喜んでいる。

「大きな声では言えぬがな。

 わしは九度山に来て初めて医術に目覚めた。

 患者衆が心から感謝してくれる。

 毎日が楽しい。

 人の世の幸せとは解らぬもんじゃ。

 上田を出る時は決死の覚悟であったのが嘘のようじゃ。

 わしの寿命も延びるかもしれぬ」


「情けは人の為ならずですな。

 実はわしも少し考え方が変わって来ましてな。

 忍びの術の本当の目的は戦さのために使う事では無いと…」

「そうであろう。

 人を活かす為に使うと言いたいのじゃな」


 九度山の住民はこうして真田流人遁の術に堕ちて行った。



 …十勇士達はそれぞれ自立している。


 両六郎の影武者と側近の役は外せない。

 甚八は橋本で水運をやっている。

「わしの水遁の術を持ってすれば三年もすれば紀ノ川水運を牛耳っておろう」


 十蔵は堺で赤沢三志郎と組んで商いを始めた。

「わしは堺で新しい鉄砲を作るぞ。

 火遁の術にさらに磨きをかけたいのじゃ。

 南蛮からどんどん新しい技術が入っておる。

 わしはさらに上をゆかねばならぬ。

 忍びは死ぬ瞬間まで修行じゃ」


 まず清海が紅屋の婿になり、一番の難物が片付いたのが幸運だった。

 おかげで以降は事がすんなりと行った。

 伊佐は清海より大分まともな坊主なので高野山から直ぐに破れ寺が貰えた。


 鎌之助は佐助の命令で全国を飛び回っている。

 たまに九度山に帰ると紅屋で居候をする。

 清海とつるんで何事かをする。

 それも佐助の命令のようだ。

 そんな生活が大いに気に入っている様子に見える。


 才蔵は(くう)に護られてどこかにいるが「霧」のように所在はわからない。

 佐助も太郎と一緒にどこかにいる。

 いろいろなところに出没したという噂は聞くが、これも「霞」のように所在はつかめない。


 二人で高野山の奥の院で修行をしているとか、大峰山にこもっているとか、江戸の街中で見かけたとか、鎖を解かれた獣のように自由気ままに居場所を変えている。


 紀見峠の洞窟は忍び小屋としてはうってつけだった。

 才蔵と鎌之助が加わった十勇士の繋ぎ場所となった。



 …「鶏を飼わぬか。

 卵は病人の滋養に良いし育ち盛りの子供達にも良い」

 青柳清庵が小助に話している。

「桃の木も植えますかな?」


「おぬしもそう思っておったか」

「桃源郷でございましょう。

 犬と鶏の鳴き声は平和の象徴ですから」

陶淵明(とうえんめい)の詩をおぬしも好きなのじゃな」

 犬は清海が連れてきた立派なのがおる」

「次郎は人なつこいばかりで滅多に吠えませんぞ」


「それが良いのじゃ。

 次郎ほど平和な犬もおるまい」



 …数年後の春、九度山は桃色で彩られた。



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