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碧と白の珠玉   作者: 真緑 稔
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㉟-①第三部 第一章 霧隠才蔵 三節 六千年の謎 一、二

 一 四つの珠玉


「名はクーです」

「クーか。太郎、クーだとさ」

「クーゥ」

 太郎が耳を垂らして喜んでいる。



「太郎の母親と同じ名前だ。

 太郎の母が赤ん坊の頃、谷川に流されているのを助けた。

 クー、クーと言ってじゃれ付くのでクーと名前を付けた。

 あれから八年になる。

 ずっと私の守り神だった」


「はあ」

「今年の九月にクーは死んでしまった。

 関が原の戦いのおり、私の命を狙う闇烏天鬼の毒手裏剣を体に受けたのだ。

 今は太郎がずっと私を守ってくれている」


 佐助が昫という字を指で砂地に書いた。

「おぬしのクー殿はどんな字を書く?」

「はあ・・・」

「昫」と書かれた横に「珝」と才蔵が書いた。


「この字は『たま』とも読むぞ」

「そうでございますか?

 母がつけてくれましたが…」

「ほほう?」


「母から修行を受けていた時、突然空から落ちてきました。

 高さが六千尺もあるピナトゥボという火山の火口です。

 まだ雛でした。

 もう死んでいるかと思いましたが…」

「ほう?火の鳥か。

 気性も荒いのではないのか?」


 太郎も興味深そうに耳をピンと立てている。


「その通りです。

 雛の頃から気が荒く、いたずらばかりして、私の着物は突っつかれていつもぼろぼろでした。

 最初はマニラの家で育てていましたが、すぐにこんなに大きくなりました」

 くうを見ながら佐助はにんまりしている。

「怪物、いや怪鳥だなあ」

「ご近所が怖がるので、父に言われてピナツボ火山に帰しました」

「面白い。いたずら者か…?」


 佐助の中のいたずら小僧が顔を覗かせた。

 くうが反応して佐助を見つめている。

 気に入られた見たいだ。


「今は時々しかしませんが、それはひどいものでした」

「家畜を襲ったりしたのか?」

「そういう事は致しません。

 しかし、大泥棒を捕まえて突っつき回して懲らしめていた事が・・・。

 教会に入って大切な宝石を盗もうとした者達でした」


 飲みかけていた水を佐助がプーッと吹き出した。


「修行をする時には必ず現れて、母と一緒になって私を鍛えてくれました」

「おせっかいだな。

 私も良く似た経験がある。

 おせっかい者の(からす)に随分と世話をしてもらった」


「鍛えてくれたと言うよりも、小さい頃はいじめらていると思っていました。

 あまりな仕打ちでしたから。

 そのおかげで少し術が使えるようにはなりましたが…」


「何だ。(くう)の事になるとまともに話ができるではないか」

「い、いえ。母には少しぼけていると言われます。

 物覚えが悪く、珝に突っ突かれなければ術も覚えられなかったと思います」


「しかし、この松原に来たのは心話ができるからだろう」

「心話でございますか…?」


 佐助と才蔵は昨日の松林の中にいた。

 海を眺めながらのんびりと話をしている。

 初冬とはいえやわらかな朝陽が暖かい。

 今日も長閑な海が広がっている。


 佐助は「霧隠才蔵」を持て余している。

 そう言えば頭の回転が遅い人種と接触するのは初めてだ。

 まゆには霧がかかっていて掴みきれない感じがするのだ。

 だが、くうとは相性が良さそうだ。


 太郎はそんな佐助にはかまわず、珝と戯れあっている。

 こちらは雄同士気が合うらしい。


「そうか。これも縁だな」

「はあ」



「父信長が才蔵殿の肉親や伊賀の衆の尊いお命を奪った事、申し訳ない。

 お詫びのしようもない」

「い、いえ・・・。私の方こそ・・・」


 続いて何か言いたげなのはわかるが、それからしばらく言葉が出て来ない。

 次の言葉を佐助はのんびり待った。


 …十九年前の天正九年(1581年)

 信長は次男信雄に伊賀焼き討ちを命じた。

 天正六年と七年(1578、9年)には二度に渡り、信雄に伊賀攻略をさせたがいずれも失敗した。


 伊賀衆は負けなかった。


 しかし、三度目の伊賀攻めの織田軍は総勢四万四千。

 新式の大筒十門、鉄砲八千丁を持ち込んでの伊賀殲滅作戦となった。

 最も難敵であった本願寺顕如との和睦も終え、加賀一向一揆も平定していた。

 残る一揆集団は伊賀のみとなっていた。


 伊賀の国は土着の忍びの衆六十六家が団結して、自治組織「伊賀惣国一揆(いがそうこくいっき)」を作っていた。

 厳しい掟が守られ、他国の支配を受け無い「忍びの者達の国」だ。


 惣領は百地三太夫。

 その下に上忍十二家の評定衆があり、その評定衆により伊賀の国は運営されていた。

 服部、藤林、音羽、伊那具、比土等の有力者である。

 百地三太夫は「忍びの国」を守るために戦った。


 伊賀の国は焦土と化した。

 女子供まで容赦無く三万人以上が殺された。



 …服部半蔵正成。

 伊賀十二家評定衆の頭であり、忍びの国伊賀でも三百年に一人の達人と言われた。


 父半蔵保長(はんぞうやすなが)の代より将軍家や徳川家と縁があり、伊賀焼き討ちの日は服部党の大半は岡崎と浜松にいた。

 お陰で服部党の被害は少なかったが伊賀を守る事が出来なかった。

 半蔵正成(はんぞうまさなり)は惣領を失った伊賀の衆をまとめようと直ぐに動いた。

 窮地にあった伊賀衆に呼びかけ情報を集めた。


 その結果、白羽の矢を立てたのが父の代から縁の濃い徳川家康であった。

 忍びの習わしを捨て、家康の家臣となった。

 家康に賭け家康に尽くした。

 慶長元年(一五九六年)五十四歳で没した。

 伊賀衆をよく組織し隠密頭として遠江(とおとうみ)に八千石を領した。

 その功により現在も皇居西側に半蔵門という地名で名を残している。


 半蔵正成はんぞうまさなりの後はその息子である半蔵正就はんぞうまさなりが継いだ。

 正就は忍法の技には秀で機略にも富んでいたが人徳に欠けていた。

 我欲が強く人望が薄く統率力に欠ける難点があった。

 半蔵正就の間は終始伊賀衆内での騒動が絶えなかった。


 十五年後の大坂夏の陣で討ち死をする。

 敵では無く伊賀衆の手に掛かっている。

 後方からの一発の弾丸が急所を貫いたのだ。


 幸の嫁ぎ先は服部半蔵政重で正就の弟だった。


「本能寺のことは先代の半蔵様が絡んでいたとの事、昨夜初めて知りました。

 しかも、私の母を呂宋へ逃がして下さったのは宗次様と、母から聞いております・・・」

「そう言ってくれると少し気が楽になる。ところで才蔵の母上様はお元気か」


「はあ。呂宋で達者にしております」

「そうか」


「お気付きの様に私の父は日本人ではありません。

 母は私を産むためにイスパニア人を選びました」

「ふむ」


 合図地を打ってやると話易いようだ。


「生まれた子が男の子でなかったので母はがっかりしたと思います。

 おまけに頭が良くないので…。

 でも、伊賀の惣領を私に託そうとこの秋までは呂宋の山中で修行の毎日でございました」

「お名は雪様では?」


「はあ」 

「今回、日本に戻られた用件は?」


「それが…。よくわかりません」

「ふむ」


「幸様が…。

 幸様と名乗られる姫君が夢枕に立たれて、日本に帰り佐助様に会うようにお命じになりました」


「成る程。

 南蛮船は季節風を利用する。

 普通は秋冬に呂宋へ向けて堺を発つ。

 春夏には呂宋から堺に来ると、宗次殿に聞いておった。

 冬に来るとは随分無理をするものだと思っておったが」


「助佐衛門様に無理にお願いをして船を仕立てて頂ました」

「ふむ」


「南蛮船が下関に寄港した時、半蔵様がおいでになって事の子細を説明してくださいました。

 そしてこれを頂きました」


 まゆは懐から幸の御守り袋を取り出すと佐助に渡した。


「半蔵殿はなんと?」

「幸様に夢で告げられ、中身は見ず直接に私に渡すように、と・・・。

 関ヶ原のおりの事でいろいろと難儀をされたとか」


「何が難儀じゃ。

 伊賀を束ねる者が幸様も守れずして己れの労苦を言うか!!」


 佐助の心に怒りが湧いてきた。


「謝罪はあったのか?」

「はあ…?

 ございませんでしたが…?」


 呂宋という南の島で、おおらかに育った繭の言葉は佐助の気を鎮める力を持っていた。


 佐助は碧玉を守り袋を(たなごころ)に出した。

 初冬の陽射しに透かして見る。


「間違いない」

 才蔵の両手を広げさせ、幸の御守り袋と碧玉を掌に置いた。


 自分の懐から三つの守り袋を取り出して、二つの白珠と一つの碧玉を見せた。



 …「碧玉と白珠だ。

 如意宝珠とも汐満潮干の珠ともいう。

 (くう)という字が(たま)という意味を持つのも不思議なことだ…」



 二 血戦の謎


「右手にあるのが昫からもらった碧玉と白珠。

 左手が父信長から引継いだ白珠だ」



 佐助は左手の白珠を才蔵にわたした。


「この碧玉と白珠は秘伝として伊賀と甲賀で守られてきたらしい。

 上忍の頭である半蔵殿も知らぬ秘密のようだ」

「これは・・・」


「二つの珠が揃えば天下が取れるらしい」

「はあ」


「全く無欲だな。ゆえに天国の幸様は才蔵殿に託されたのだろう」

「はあ」


「父の伊賀攻めの真の目的は才蔵殿の碧玉を狙っていたのかもしれぬ。

 如意宝珠が手の内になれば天下人として万全だ」

「・・・・・・?」


「百地三太夫殿はわが父から碧玉を守るために心ならずも、無謀な戦さをしてしまったのかもしれぬ。

 当時の父が二つの玉を掌中にしていたら大変なことになっていただろうからな。

 遁げなかったにせよ、遁げれなかったにせよ、伊賀の惣領しか知り得ぬ理由があるように思う」

「なぜ伯父は遁げなかったのかと母も・・・」


「という事は雪様も碧玉の事はご存知なかったということになる」

「どさくさの中で百地殿は月様を死んだ事にして真田に隠した。


 月様は娘の幸様に碧玉を託してさらに隠された。

 幸様は碧玉の意味も、ご本人が伊賀の惣領家の血を引いている事さえも告げられず・・・」

「・・・・・・・・・?」


「伯父君は雪様が生き残った事を世間からも伊賀衆からも隠した。

 雪様ご存命の事は、月様も幸様もお亡くなりになるまで知らなかったはずだ。

 しかし雪様のお命は一部の堺衆や甲賀衆に託した。

 漏れる可能性は充分にある。

 そこでできるだけ危険を減らすため、権勢に関わらぬ証に遠い呂宋に逃した。

 しかもその呂宋には碧玉は無い。

 それどころか、碧玉の事は雪様さえ全くご存知ない。

 雪様に行き着いたとしても碧玉の事はいくら探られても何も出てこない」

「はあ」


「そこまで咄嗟に手を打てる伯父君が短慮で戦さをする訳がない」

 …(雪様の呂宋への脱出には宗次殿も関わっている。

 という事はお師匠様も・・・?)

「しかし…?」

 才蔵は言いかけたが黙った。


 (渋沢の親父殿が隠居までして月様を守った事もうなずける。

 とすれば大殿や若殿はどこまでご存知だったのか…?)


「多くの人の命まで犠牲にしてしてこの珠玉を守らねばならないのでしょうか?」


 才蔵はただぼーっと海を見ている。


「その通りだな」

「他の選択肢もあったかもしれぬ。

 私も珠玉の謎については良くはわかっておらぬ。

 兎に角、大切なものゆえ肌身はなさず見につけられよ」


 佐助は近くにある石を手を使わず気の力で海に投げた。

 石は岸から十間ばかりの海中へ「ポチャン」と落ちた。

 水紋を作っている。


「私の夢は『空を飛び、水を渡り、水に潜む』事だった。

 この珠玉のおかげで今ではできるようになった。

 気の力で石をこのように投げる事もな」


 今度は珝が留まっていた大岩が宙に浮いた。


 くうが慌てて飛び上がる。

 大きく羽ばたいた。

 一回羽ばたくと羽音と風圧が凄まじい。

 珝は海の上を風に乗って気持ち良さそうに、一回、二回、三回と悠々と旋回している。


 太郎は片目を半分チラッと開け空を見ただけでまた眠っている。

 気にする様子もなく完全な安全信号を出している。


「空を飛び、水を渡り、水に潜む。…?」

 才蔵の目が輝いている。


「この玉は六千年の時を超えて伝えられているのだそうだ。

 はるか昔、今を凌ぐ霊性の高い文明がこの世に存在したのだそうだ」

「それに似た話を母から聞いた事がございます。

 大地が割れ、一夜にして都が海に沈みましたとか。

 呂宋より遥か南東の水平線の彼方に、今も神々が憩われるところが・・・」 


 小春日和の松林の中を潮騒が通り抜けていく。


「わたくしの名はまゆと申します。

 字はこんな難しい字です」

 砂地に指で「繭」と書いた。

「美しい絹になるのだな」

「才蔵殿ではなくまゆと呼んでくださいませ」


 若侍が十五歳の乙女になった。



 …「謎は深まるばかりだ。

 吾等のなすべきことはいったいなんだろうな?」

 長閑な初冬の海が何かを語ろうとしているようにも思えた。




 


ピナトゥボ山:六千尺(標高1745m)

十間:18m

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