㉗-①第二部 第三章 真田征伐 三節 第二次上田合戦 一、二、三
一 孫子の兵法
「何じゃと!大殿が『狸化かしの術』にまたかかったと?」
小助がたまげている。
翌日の二十七日も八人衆は太郎山に集まった。
海野六郎は浮かぬ顔だ。
「いやあ。それが…」
十蔵ははしゃぎ気味だ。
「大殿が人殺しはせぬと言うたのだろう」
「そうだ…」
「では上出来ではないか」
「『猿飛がすっかり大殿の深慮遠謀は日本一じゃと感心しておる』と、わしはありのままを言っただけなんじゃ」
「大殿はなんと?」
「『わしも猿飛に惚れ込んでおる。
猿飛が力になってくれるなら、敵も味方も殺めずに乗り切れるやも知れぬ。
是非猿飛に頼んでくれ』と申された」
「やはり、上出来ではないか。
大殿は戦さ好きとばかり思っておったがのう。
平和主義者だったのか?」
「十蔵、ほんとうに一人も殺めずに戦さが出来ると思うか?」
狸の六郎が不安げに呟いた。
望月六郎の鋭い突っ込みが入る。
「ははあ。おぬし、化かしたつもりが、大狸に化かされて子ダヌキになって帰って来たな」
「化かされたやもしれぬ…。
そんな気がしておる」
「猿飛には『民百姓を皆連れ、城を棄てて総逃げをする事が一番』と言われておったであろう。
『七日間逃げておる事が出来れば、それが一番の得策』であるとな」
「確かに猿飛の案が一番なんじゃ。
昨日の話でわしにも大分見えて来た。
秀忠軍は四万じゃ。
猿飛の策を持ってすれば大軍が逆に足枷になる。
四万人と荷駄隊の行軍は山道では容易ではない。
上田で七日も足止めを喰らったら、主戦場の畿内近辺には間に合わなくなる。
四万の秀忠軍の足止めは西軍に四万の援軍を送る事と同じ意味を持つ」
「つまりこの戦さは勝たなくとも良い、そういう事だな。子ダヌキ殿」
「そうだ。負けねば勝ちという『大きな利』がわれ等にはある」
六郎の言葉が子ダヌキ殿をますますしょげさせる。
望月六郎に悪意はないが、六郎の毒舌の力は甘くない。
攻めてはいないがしつこく責めている。
「七日の間は山に逃げ込む。
その後の七日は西上する徳川軍に後背から奇襲をかける作戦は最適じゃ」
子ダヌキ殿は悔やみ出した。
「そう、その策は十五年前の真田征伐の石川数正調略に匹敵する意味を持つ。
最後の防衛線がまさにそれなんじゃ…」
「四万の軍をやり過ごす。
秀忠軍が主戦場へ付けぬように行軍を遅らせるだけで良いのだからな」
小助も海野六郎を責めるつもりはない。
が、毒舌派という体質が望月六郎と一緒になってついつい追い込んでいく。
「わしが秀忠なら、空になった難攻不落の上田城に三千程の抑えの兵を残してさっさと西上する。
しかし、徳川譜代を中心の大軍とはいえ、背後から中山道という狭い山道で奇襲をかけられたら混乱する。
主戦場には間に合うまい。
この作戦はわし達を不利どころか圧倒的に有利にする」
「西軍が勝てば上田城は直ぐに吾等の手に戻る」
「東軍が勝てば城を開け渡したと言い逃れが出来る」
「まさに妙策ではないか、なあ小助」
「猿飛の作戦は一旦城を放棄してこの上田の民の命を守る戦略だったが、大殿はこの城をよう捨てんのだな?」
子ダヌキ殿は仕切りに反省する。
「そうなのだ。
わしは総逃げ策を提案したのに籠城策にまんまと丸め込まれたようだ」
甚八が重い口を開いた。
「それは大殿の欲かもしれぬぞ。
信濃一国の安堵状を秀頼君から取ると三成は言って来た。
ところが大殿は甲斐と信濃二国に吊り上げておるのだ。
大殿はやっぱり喰えぬぞ」
まとめ役の小助が、
「さすが甚八。
大殿まで探りを入れておるか。
まあ、こんなところだ。
六郎も悔やんでおるが精一杯やった上の事だ。
猿飛、なんとか智慧を貸してくれんか?」
「二千五百対四万の戦さ。
このままでは全滅じゃ。
猿飛の立場は解っておる故、智慧だけで良い。
われ等は敵も味方も殺めぬように必ずやる。
だが、戦さじゃからな。
何が起きるか自信はないが…。
この十蔵からも頼む。
どうじゃ、猿飛」
子ダヌキ六郎は豆ダヌキになっている。
右と言われれれば左に行く佐助の性分が出てしまった。
「大殿は案外本気かもしれぬし、案外無欲の人かもしれぬぞ。
一万の民を一旦逃すにも危険は伴う。
籠城策にも深い読みがあるかもしれぬ。
第一この境目の地で、揉まれに揉まれて生き抜いて来て『表裏比興の者』とまで言われるお方だ。
『人を殺めずにこの死地を乗り越える』と言うだけでも凄い事ではないのか?」
間髪を入れず、清海の割れ鐘が響きまくった。
「おお、確かに。
それだけでも奇跡じゃ。
御仏のお慈悲じゃ」
十蔵が清海側の耳を塞ぎながら、早口で佐助に捲し立てる。
「という事は?」
佐助が答える。
「本気だろう」
「ほほう。確かに大殿はわし等を欺くような姑息な事はされた事がないぞ」
「そうだ。大殿の調略とはそんな見え透いた安っぽいものではないだろう」
「ふむ。では六郎の『狸化かしの術』に大殿はかかったのか?」
「かもしれぬ」
「術を意識せずにかけたという事は?」
「達人の域じゃな」
「では海野六郎は天才かもしれぬな?」
「わしは天才と見た!」
「では猿飛は力を貸してくれるのか?」
「皆に気を使わせて済まぬ。
昨日も言うたとうりだ。
目の前に困っている人達がおるのに、わが身だけ逃亡する訳にはいかぬ」
望月六郎の毒舌が入る。
「それもわかるが。おぬしは甲賀の惣領だぞ」
「わしは上田の衆への恩返しに精一杯させて貰う。
大殿の『人を殺めぬ』との約束に二言はあるまい。
『案ずるより産むが易し』だ。
やってみようではないか。
生き残れる戦略をさらに皆で練ろうではないか。
新たな知恵も出て来るだろう」
「猿飛、おぬしはわれ等から離れるべきじゃ。
わしは反対じゃぞ。
それでもやるのか?」
「やらねばなるまい」
「有り難い!」
十蔵が九字の印を手刀で素早く切った。
「多くの命を救うためじゃ。
大丈夫、御仏のご加護があるわい!」
清海の割れ鐘がまた大きくなった。
…佐助が力強い声で言い放った。
「まずは調略戦だ。
孫子の兵法の五間のうち死間以外は全部使おう。
つまり、郷間、内間、反間、生間だ」
…甚八が渋い声で、
「では、わしと十蔵が西軍と東軍ですでに仕込んでいる者達にすぐにでも活躍してもらおうぞ!」
二 高札
「何じゃと! 大殿がそんな高札を立てたと?」
海野六郎が興奮している。
周りにはぼやいているくらいにしか見えないが…。
領内の要所に高札が立てられ領民へのお触れが出された。
一、十日以内に徳川軍と交戦ある事
一、武士、足軽、百姓、町人に至るまで、敵の首一つに知行百石与える事
一、右偽りあるベからず
上田城主 真田昌幸
とある。
「人殺しをするつもりではないか。
わしが大殿に談判してくる。
全部引き抜いてくれよう!」
「待て待て、六郎らしうない」
佐助が止めた。
「『敵も味方も殺めぬ』と大殿は言うたのじゃろう。
心配ない。
大殿は約束は守るお方だ。
大殿流奇術の始まりだ」
「だが、まともに戦さをする気ではないか?」
「いや、大殿得意の味方への用間じゃ。
民百姓に戦さの腹を括らせるには、それくらい生々しい方が良い。
五千の援軍を産み出すつもりだ。
先の真田攻めを思い出してみよ」
横では清海と伊佐が新しい高札を二十本程書いている。
一、戦さでは敵も味方も一名たりとも殺めぬと決定せし事
一、領民は城内にて全員保護する事
一、兵糧は半年分ある事
一、城内で共に戦いし民百姓には家田畑が被害を受けても保証をする事
一、逃げたい者は戦さが終わるまで安全な場所へ隠れても罪に問わぬ事
一、右偽りあるベからず
上田城主 真田昌幸
「どうじゃ、水茎の跡も鮮やかとはこの事じゃのう」
三好兄弟が互いに自分の書いた高札を見せ合って互いに自慢している。
「頭はかぼちゃと言われても、人間一つくらいは取り柄というものがある、のう兄上」
「見事な出来映えじゃわい。
我ながら惚れぼれするぞ。
明日は手分けをして高札を差し替えるぞ。
後は手筈通り、籠城と例の仕掛けの準備じゃ。
楽しみじゃのう。
腕が鳴る、いや尻も鳴るわい」
…慶長五年八月二十四日(1600年10月1日)。
秀忠軍三万八千は宇都宮を出陣。
その事は狼煙や早馬で上田城へその日のうちに伝えられた。
幾重にも諜報網が張り巡らしてある。
佐助はこの頃になると白珠との呼吸がぴったり合うようになった。
四万近い人馬が放つただならぬ気配を捉え、その景色を心に移す事などわけなく出来るようになっている。
千里眼だ。
間諜から情報が伝えらた時点では心に映った事を確認するに過ぎない。
佐助には秀忠軍が敵という意識はない。
「人殺し」をいかにして止めさせるかの一点だ。
高札を立てたのは昌幸ではなく信繁だった。
秀忠軍の出陣についてはの情報は三、四日前から把握している。
…的確な情報をいち早く掴めているのは、猿飛が甚八と十蔵に教えた「蛍火の術」が功を奏している。
郷間、内観、生間、反間を見事にやらしているせいだ。
出陣の確認をして昨日の日暮れ前にはすでに高札を立てさせた。
地の利のある上に昌幸と信繁が知恵を絞った要塞とはいえ、二千五百の兵ではどうにもならない。
作戦の成否は百姓町人の協力にかかっている。
…猿飛に言われ、一年前から籠城の備蓄を徐々にして置いたおかげで首の皮一枚で繋がっている感じだ。
信繁は犬伏から引き返してから直ぐに本格的にいろいろと準備を始めた。
ひと月になる。
籠城となると仕掛けを一気に人海戦術で仕上げねば間に合わない。
いち早く三千は城内に入れ、仕掛けを完成させたい。
戦さの勝敗の基本は兵力と兵站にある。
闘う前に準備がどれだけ出来たかで九分九厘決まっている。
…信繁は嫌な予感を引き摺っている。
寡兵の真田には山谷に逃げ込んでの奇襲作戦が向いている。
猿飛の言う通りだ。
この大きな兵力差では籠城には無理がある。
八人衆が確かにいろいろと準備はしている。
大殿も下駄を投げた時から、いつもとは違う…
何か道を踏みはずした気がしてならない。
…この違和感はどこから来るのだろう。
三 誤算
軍列は伸びに伸びた。
殿軍の着陣は明日になるだろう。
…九月二日。
秀忠はようやく小諸城に着陣した。
そうでなくても出発の際、宇都宮出陣が五日も遅れた上、宇都宮を出てから既に八日も費やしている。
…出陣が遅れた事の始まりは「越後の堀秀治(三十万石)が上杉景勝と内通している」という噂だった。
「上杉征伐」の発端となったのは、上杉景勝の所領であった越後に移封された堀秀治に直江兼続が租税を残さなかった事から始まったいざこざだ。
ところが、「そのいざこざは上杉と堀で事前に話が出来ていた罠だった」というのだ。
直江兼続の名前が出てくるともっともらしい。
兼続と堀秀治とのやり取りをした書簡まで出て来た。
その後にも「上田に最も近い川中島の森忠政(十二万七千石)の裏切り」、
「松本の石川康長がまたしても寝返る」、
「真田信之は西軍の間諜」等、次から次へと諸将から情報が入る。
ほとんどが小諸付近で集結予定の大名達だけにやりにくい。
いずれも証拠や証人がある。
真偽を見極めるには時間がかかるので、その度に一応軍編成も変えた。
さらに遅参する大名も続出して、見切り発車をするように宇都宮を出た。
いずれも甚八と十蔵の指揮の下で動いている真田の間者達の妨害工作の成果である。
佐助が授けた孫子の兵法だ。
郷間。
敵国の民や足軽、雇われ雑兵を味方の間者にする簡単な技だ。
狙いは手足となっている下層の者達だ。
金で転びそうな輩を見つける。
初手は二、三年は暮らせる金子を掴ませる。
あらぬ噂を同僚達へ大量に所構わずばら撒かせる。
荷駄隊の車輪に仕掛けをさせて行軍の途中で外させる。
中堅から下級武士の馬草に馬酔木の葉や芥子の実で作った薬を混ぜる。
目立たない程度にあちこちで動きの鈍い馬が出現した。
行軍は徐々に遅れ出す。
薬は小太郎特製のもので抜群の効き目があった。
真田の下忍達は雑兵に紛れ混んではやりたい放題にやりまくり、いつの間にか消えている。
四万人の行軍は難しい。
些細な事で渋滞が起こり立ち往生が繰り返された。
上層部に苛立ちが見えると下々は怯え始める。
やがて指揮系統にまで滞りが出る。
伝達能力の低下は強兵を弱兵に変える。
内間。
諸将の侍大将か参謀で不満のある者を真田の間者にする。
狙いをつけるのは上層部の人間だ。
主に「蛍火の術」が使われた。
蛍火の術とは「敵の腹の中に入り腹の中から光を出す」という意味だ。
まず待遇に不満のある者、家中で孤立したり窮地にある立場の者を選ぶ。
どの家中でも必ず適当な人間がいる。
まずはその人間と信頼関係を作る。
食事や酒を共にして鬱憤や窮状をよく聞いてやる。
この時に佐助から貰った秘薬を使う。
汁物や茶や酒に入れる。
これを飲むと気持ちが晴れやかになり先が明るいような良い気分になる。
佐助が小太郎に頼んで考案した特製のものだ。
中忍達が一年前から潜入して人間関係は作ってある。
相手の長所を褒めて褒めて褒め倒す。
益々気分が良くなる。
そこで情報を渡す。
この場合、本人には裏切りの気持ちを持たせないのが「蛍火の術」の肝腎要だ。
その気になってほんとうにお家のためと思わなければ諸将級は動かせない。
上手くいけば蛍火の術にかかった者が昇進することもある。
悪くしても現状よりも立場は悪くはならない。
本人に悪意がない上に情報の真偽は永遠に解らない種類のものだ。
家中で卯建が上がらず燻っている連中は大概は陰に籠っている。
たとえ一時でも明るく朗らかになれば、それがきっかけで先が開ける事がある。
術にかかった本人の心の闇を照らす蛍の灯、故に蛍火の術でもある。
生間。
生還して敵の情報をさらに詳らかに報告させる。
命令のために命まで犠牲にしてはならない。
危なくなったら遁げろ、と徹底してある。
反間。
敵の間者を味方の間者にする事だ。
徳川方には甲賀衆が多く入っている。
甲賀衆には「上田城には甲賀の新惣領の猿飛佐助がいるぞ」が殺文句だ。
甚八と十蔵は佐助には内緒でこの手を多く使った。
死間。
敵にわざと捉えられ、処刑される際に偽情報を自白する。
自らの命を犠牲にして相手側を撹乱する。
佐助の作戦には五間のうち死間はない。
…秀忠が昌幸に行軍を散々邪魔されている事に気付いたのは、高崎を過ぎ軽井沢宿の手前の碓氷峠に差し掛かった辺りからだ。
度々先頭が止まり行軍が滞る。
きつい上り坂に加えて、東海道に比べ道幅の狭い中山道の更に狭い所を狙って倒木や大岩がある。
上田まで後一息という地点だが、徒歩の者も馬上の者も嫌気がさしてだらけてくる。
東軍も前日には物見を立てて確認している。
おおむねその日の丑の刻頃の犯行と言う事は見当がついているが、神出鬼没なので手が打てない。
これが大軍の弱点だ。
ちょうど新月の頃で闇夜だ。
夜目が効く八人衆の犯行である。
「なあに幾らやってもやり過ぎはないわい」
「朝には徳川方が焦って除けるゆえ、一般の通行人の迷惑にはならぬ」
「舐めるなよ、秀忠め。吾等兄弟だけでも百人力じゃ」
「安心して暴れられるとは嬉しいのう」
「おっとっと! あそこにも大岩があるわい。
わしの金棒を梃子にして転げ落としてやるぞ。伊佐、あれじゃ」
三好兄弟が勢いづいたら佐助以外には止めれない。
その佐助が煽っているから手のつけようがない。
十蔵の目が小童の目になっている。
「行軍している横で山火事が起きたらどうなる、甚八?」
「煙だけでも馬が暴れるぞ」
「横で起きたら行軍を止めてでも火消しはせずばなるまい?」
行列の先頭から下へ飛び火をさせるか?
「仕方がない。
火が消えて無いと民の迷惑になるから頃合いを見て最後はわしが消してやろう」
「どうやって」
「決まっておろう」
「鉄砲水じゃ。怪我人が出ぬ程度のな」
「ガッハッハッハ!悪ガキに戻っておるわい」
と言いう三好兄弟は野生に戻っている。
あちこちで崖崩れが起きているのは海野六郎の仕業だ。
六郎は道にも細工をした。
荷駄車の轍が滑り出して進まなくなる。
二、三台が止まるとそれ以降の行軍全隊が止まる。
鉄砲水、山火事・・・。
四万人の行軍は八人衆に翻弄された。
秀忠軍は軽井沢宿から二里余り進んだのところの追分け宿までようやくたどり着いた。
追分け宿からは西北方向に延びる北國街道がある。
北國街道は小諸宿、上田宿と続き、善光寺を経て直江津で北陸道に合流する。
つまり上田城攻めには中山道から一旦八里程北西に外れなくてはならない。
「あのような小城にかまっておる場合ではありませんぞ!」
「大御所本隊は九月一日に江戸を立ち、八日か九日には岡崎に入る予定でござる。
蝸牛の如き歩みではこのまま参っても間に合うかどうか」
補佐役として付いている榊原康政と本多正信が必死で諌める。
「しかし小諸で集結する大名がいる」
「わしが小諸に参って諸将を引き連れ、直ぐに本隊に追いつきまする。
戦場に遅れたら一大事どころでは済みませぬぞ」
榊原康政も食い下がる。
「大御所には『真田を征伐して参れ』と厳しく言われておる」
「ではわしが小諸に集まる諸将達と上田を落として、後から馳せ参ずる。
若殿本隊は一刻も早く岐阜へ参られい。
上田城を攻め始めたら真田も妨害工作どころではなくなる筈」
「とりあえず小諸までは参る。
真田は小なれど、掃討せずば上杉という龍が暴れ出す」
…一方、秀忠軍の先頭が小諸に着陣した事を聞いた昌幸も信繁にぼやいている。
「とうとう小諸まで来おったか。
今から西上してもおそらくもう間に合わぬぞ」
「まともな大将なら追分け宿で諦めますが…」
「最上策とは参らなんだか…」
「清海達にあれほど邪魔をされたのですから、この先の行軍を考えると普通ならこうはならぬのですが。
お互いに痛いですな」
「追分け宿から先は妨害工作がなくとも難所が続く。
奇襲をかけたら進めぬぞ」
「真田相手に大軍の山道行軍は雪中行軍よりも難しい事を思い知ったはずですが」
「秀忠という男、何者じゃ?」
「どうやら度を越した生真面目らしいですぞ。
兄上も生真面目ですが種類が違いますな」
「源三郎はわしの言う事を聞かなかったからのう」
「片方は父親の言い付けが絶対のようで」
「まだ大人になっておらぬのか?」
…「さあ、それは?
しかし、われ等真田にとっては大きな誤算でござる」