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碧と白の珠玉   作者: 真緑 稔
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⑰第二部 第一章 猿飛佐助見参 一節 三好青海入道

 一 山狩り


「いやあ、いい天気でござるな。快晴ではないか」



「声が大きい!

 おぬしの馬鹿は声何とかならぬのか、清海(せいかい)

 若殿のお忍びの山狩りがお忍びでのうなるではないか…。

 やはり連れて来るべきではなかった」


 若殿と呼ばれた武士は狩衣かりぎぬ綾藺笠(あやいがさ)を被っている。

「そうは言っても、今日の山狩りは二人の企てであろう。

『出たがり屋の大入道』と『じゃじゃ馬の姫様』じゃ。

 どうかな、小助(こすけ)?」

「仰せの通り。

 清海(せいかい)を城に残しておいたら、今頃は城で腹いせに事件を起こしておるかもしれぬ。

 連れて来たのが正解(せいかい)であったのかも…?」


「それにしても気持ちが良い。

 田を渡る風が何とも言えぬ。

 それに見よ。

 あの飛燕の姿の颯爽としておる事。

 清海とはちと違うな」

「兄上、清海様には清海様にしか無い良いところがお有りです。

 わたくしは清海様が大好きでございます」

「あゝ、良かったわい。

 さち様が来て下さったのが正解(せいかい)じゃった。

 さち様がおらねば、渋沢の親爺殿の屋敷に辿り着く前に、この清海、若殿と小助殿に鼠のように小さくされておるところでござった」


「なにが鼠じゃ。

 おぬしのような厚顔無恥の人間が鼠になれるものなら、なって貰いたいわ。

 山狩りと言うても、わしは薬草採りじゃ。

 おぬしの馬鹿でかい足でせっかくの薬草を踏み荒らすなよ」

「薬草採りとは聞こえが良い。

 小助殿は毒草採りであろうに。

 ふうむ、そうであった。

 毒も少量ならば薬になるからのう」

「何を小癪こしゃくな。

 頭は回らぬ癖に口だけはよう回りおる。

 この冬、熱病にかかってウンウン唸っておったのを助けてやったのは誰であったかのう」

「ほほほ。本当に楽しうございます。

 わたくし、清海様といるだけで気持ちが明るくなります。

 だから清海様が大好き」

「そうじゃの。

 清海は明るいから良い。

 わしも良い気晴らしになる。

 見よ。

 田植えもとうに済み苗が青々と育っておる。

 百姓衆は忙しく働いておるのに済まぬ心地がする」


 鳥居峠のふもとに続く道は薫風が吹いている。


 ゆったりと馬を走らせているのは四人の武士である。

 一人は大柄で常人の三倍はありそうな大男。

 乗っている馬も巨大だ。

 怪物と言った方がぴったりくる。

 頭は丸めているくせに刀を差し、左の肩には金棒を軽々と担いでいる。

 異様という言葉がそのまま絵になっている。


 もう一人は小柄な若侍。

 後の二人は身なりが良く品がある。

 背格好が良く似ている。

 三十歳くらいで着ているものがまったく同じだ。

 顔だちまで似ているので区別がつかない。


 二人のうち若殿と呼ばれているのは、信州上田城主、真田昌幸(さなだまさゆき)の二男、源次郎信繁(げんじろうのぶしげ)

 もう一人は真田七人衆のまとめ役、穴山小助(あなやまこすけ)である。

 先程から割れ鐘のような大声を出している大男は、自ら五十人力と称する三好清海入道(みよしせいかいにゅどう)

 小柄な若侍に見えるのは信繁の妹、(さち)だった。



 …「叡山焼き討ち」から二十六年、「本能寺の変」から十五年の時が経った。

 慶長二年五月十八日(1597年7月2日)の出来事から物語が始まる。



 二 天狗


 真田昌幸は石田三成をして「表裏比興ひょうりひきょうの者」とめさせた。

 一筋縄ではいかない、老獪ろうかいなくわせ者という意味だが半分以上皮肉がこもっている。



 真田昌幸はもとは国衆と呼ばれる豪族であった。

 父の代から四十年近く武田氏に仕えた。

「天目山の戦い」で武田氏が滅亡し、「本能寺の変」で信長の天下が崩壊した一年後。

 どさくさに紛れて信濃、千曲川の河岸段丘に上田城を築いた。

 上野(こうずけ)と信濃の一部を手中にしてしまった。


 武田信玄は父親を追放し長男も自害させた。

 諜報謀略ちょうほうぼうりゃくを駆使して日本最強の騎馬軍団を育て上げた。

 信玄の側近を幼少より務めた昌幸は叩き上げの猛将となった。


 信玄の真髄を受け継いだのは昌幸であった。


「上田」は「境目(さかいめ)」と呼ばれた要所である。


 北からは上杉、南と東からは北条と徳川、西からは織田と豊臣の圧力を受ける

 徳川も毛利もそうだった。

 境目の地を拠点とする小大名には苦境の連続という宿命が与えらる。

 二男信繁は幼少より織田家・上杉家・豊臣家を人質として転々とした。

 人質生活の賜物だった。

 上杉景勝、直江兼続、豊臣秀吉、石田三成、大谷吉継をはじめとする当代の名将から薫陶を受けたのだ。


 信繁は温和で人徳備わり、父親から受け継いだ猛将としての真髄も奥深く秘めている。

 のちに島津忠恒をして「日本一ひのもといち(つわもの)」と言わしめた名将となる。


 信繁のもとには特異な能力を持つ忍びの者達が集まった。

 皆それぞれに不思議な縁で繋がっていた。

 中でも、穴山小助、海野六郎、望月六郎、根津甚八、筧十蔵、三好清海入道、三好伊作入道は傑出していた。

 真田七人衆として城の内外に人気が高い。


 信繁は引き篭もって書物ばかりを読んでいる。

 清海は信繁のために山狩りを思いついた。


 (さち)は平素は奥床しい振る舞いを装っている。

 明るい性格の上、なぜか武術好きの姫である。

 豪放ごうほう磊落らいらくな清海とは気が合った。

 この二人が絡むと奇妙な化学反応が起こり、事があらぬ方向に進んで事件が起こる。

 今回も山狩りの話を耳にした幸が強引に信繁を連れ出した。


 …「何じゃと。清海と姫がまた組んでおるとな!?」

 小助が慌てて供をすることになった。


 お忍びとは言え、真田の若殿はどこで誰に狙われているか判らない。

 影武者を務めている小助は信繁とまったく同じ出で立ちで用心している。

 さっきから、その用心を清海が大声でぶち壊すので面白くない。


 一行四人は上田城から真田郷を通り過ぎて、鳥居峠の麓にある渋沢村の渋沢虎五郎の家に着いた。

 清海の馬鹿話に信繁まで乗せられて時の経つのも忘れていた。


 …渋沢虎五郎。

 真田の重臣として仕え、若い頃から名前の通りの荒武者であった。

 ところが五十を過ぎると急に角が取れ温和になった。

 五十五になると隠居をしてしまった。

 生まれ故郷の渋沢村に近い鳥居峠の麓で百姓をしながら悠々自適の暮らしを楽しんでいる。

 以前は「鬼虎」と言われ寄り付く者もいなかった。

 今では皆より親父殿、信繁からは爺と呼ばれてすっかり慕われている。

 親父殿の家には温泉が出る。

 昔の仲間達がちょくちょく訪ねて骨休めをしていくので結構賑わってもいる。

 いざ戦さとなると、上田城に馳せ参じる気骨は失っていない。


「おお、これはこれは。

 幸様もご一緒で。

 お美しうなられましたな。

 姫さまの装いをされましたら東国一でしょうな。」

「そうだな、爺。

 ところが清海と組むとこういう風になる。」

 信繁は頭を掻きながら苦笑いをしている。

「どうやら、清海の馬鹿という病気はすぐに姫にうつるらしい。

 馬鹿にはつける薬がないゆえ困ったものよ」

 小助はまだ清海をいじめている。

「まあまあ、馬鹿役がおりませんと城中も暗くていけませぬぞ。

 清海殿は案外わざと馬鹿役を装うておるやもしれませぬ」

「そうじゃ、そうじゃ」

 清海が調子に乗る。

「ない、ない。

 こやつは頭から尻尾の先まで 、裏も表も正真正銘、生粋の混じりっけなしの馬鹿ですぞ」

「ほんに、幸さまと清海殿が見えると、年寄り二人の侘び住まいがパッと花が咲いたように明るくなりますな。

 有り難いことじゃ。

 さあ、お山へ参りますぞ」

「ようーし、明るく参ろうう!」

「爺も楽しみにしておりましたゆえ。

 但し、狩は中腹までですぞ。

 薬草は良いが中腹から上での殺生はなりませぬぞ!」



 …「鳥居峠には天狗がおるのじゃろう。

 まっ、天狗が出てもこの清海がおるゆえ大事ないがな…」



 三 相州(そうしゅう)正宗まさむね


 清海は絶好調だ。



 鳥居峠の中腹を越えるまでに雉や小綬鶏こじゅけい、野兎を射止めた。

 小助は薬草を採りながら信繁兄妹を見護っている。

「さあ、ここいらで鹿か猪、大物を仕留めたいですなあ。

 四阿山(あずまやさん)まで登ったら月の輪熊がおるらしい!」


 調子付いて親父殿の諌める声も耳に入らない。

 どしどしと奥深く登っていく。


「あんりゃ、あれは?

 おっと猿じゃ! それも大猿じゃ」

 大猿の(ごん)が怒っている。

 (ぶな)の大木の上から一行を威嚇している。

「キキッ! キキキッ!」

「あの大猿め、逃げぬぞ!

 ははあ、縄張りを荒されて怒っておるのじゃな。

 生意気な!

 この清海入道様が成敗してくれよう。

 この弓を受けてみい!」

 清海は大弓を引き絞ると(ごん)目掛けて矢を射放つ。


 片や(ごん)

 飛んで来た矢を難なく鷲掴みにして木の下へ落とす。

 それもそのはず。

 佐助の修行に付き合っているうちに矢を掴む呼吸を自然と習得している。

 たまらないのは清海入道だ。

 勇猛だけが売り物のこの男。

 しかも五十人力などと日頃うそぶいている。

 主君や姫の前で己れが射った矢を山猿如きに掴まれたとあっては物笑い。

 口の悪い小助にも何と言いふらされるか判ったものではない。

 血相を変えて次々と矢を放つ。

 気合いはいつのまにか殺気を帯びている。


 琿はというと。

 木から木へ飛び移りながら、飛び来る矢を片手で掴んでは落とし、掴んでは落とし、

「キキキッ! キーイ!」

 甲高い奇声で激しく威嚇している。

 小助は普段なら清海の失態に大笑いするところだ。

 しかし、ただならぬ気配を感じて既に刀の鯉口(こいくち)を切っている。

 琿の顔は攻撃色で真っ赤だ。

 蔦にぶら下がり飛び込みざまに清海の坊主頭を蹴り込んだ。

 清海はとっさに身を返すと槍を持って琿の後を追う。

 大男とは思えない素早い身のこなしだ。

 こちらもどうやら只者ではない。

 しかも逆上して我を忘れてしまっている。


「こやつ、許さん!」


「ガウッ!」


 その刹那…。

 白い巨体が何の気配も無く静まり返っていた熊笹の中からいきなり飛び出した。

 槍の柄を噛み咥えると同時に右の前脚で清海の両腕を叩いている。

 血が頭に上がっている清海は横からの不意の攻撃にもんどりうった。

 両腕からは血が吹き出している。

 むごい引っ掻き傷だ。

 槍は白狼の口にくわえられていた。


「そこ迄!」


 若々しい、しかし野太い声が山に響き渡る。

 騒然とした気配が一転した。

 静寂が訪れる。

「無益な殺生は許さぬ!」

 横転した清海の前に立っているのはボロ着の若者だった。


 高さ八丈もあろうかと思われる大杉の木の枝から音も立てずにふわりと降りて来た。

 背は六尺もあるだろうか。

 よく鍛えられ均整のとれた身体付きをしている。


 清海は気を抜かれ呆気にとられている。

 佐助は昫から槍を受け取ると無造作に投げ返した。

 (ごん)(くう)は気を殺して佐助の両側に身構えている。


 信繁が穏やかな声で語り掛けた。

「見事! あいわかった。

 貴殿の言われた通りである。

 落ち度はこちらにある」

「清海よ。

 この戦い、吾等の負けじゃ。

 どう見ても力に差がある。

 おぬし、とんでもない怪物に矢を射たな」

 そう言う小助の顔はもう笑みを浮かべている。

 琿と昫からも戦闘の気が完全に引いた。


 初夏の涼風が一同の間を吹き抜けた。


 頬白の鳴き声が響く。

「スイピー。スイピー。チョッピイ。ピッピチュ。チュリチュリチュー」


「良き風と鳥の声のご馳走だな。

 申し遅れたがわしは真田信繁と申す。

 この度は貴殿の山にて失礼仕った。

 それにしても貴殿の友は強いのう。

 油断しておったとはいえ、五十人力の清海入道が不覚を取るとは」

「大猿の琿はこの山の頭ゆえに本能的に命を張ったまで」

 上田城の若殿に対して堂々として卑屈さの欠片(かけら)も無い。

「ところで貴殿の名を承りたい」

「佐助と申す」

「ほう、見た事の無い眼をしておるな。

 なかなかの眼力じゃ。

 底光りがしておる。

 全く穢れが無い。

 どうじゃ、わしに仕えてみぬか?」


 佐助も信繁の柔和な人柄に好意を持った。

 暫く考えると、

「故あってお仕えすることは出来ぬ」

「おお、そうか。仕えなくても良いぞ。

 上田の城へ一度遊びに来ぬか。

 そうじゃ、門番が無礼を働いては済まぬ故、是を進ぜよう」

 脇差を抜いて佐助に与えた。

「『五郎入道正宗』じゃ。

 いつでも良い。

 門にてその脇差を見せ、わしの客じゃと申せば良い」

 信繁は佐助の身なりがボロ着なので気を使ったのだ。

「五郎入道正宗」は「相州正宗」ともいう。

 鎌倉期に作られた名刀中の名刀である。

 それは秀吉から拝領したものだった。

「楽しみにしておるぞ」



 …佐助は十六歳。

 戸沢白雲斎の苫屋での修行も五年目を迎ていた。



 四 日日是好日(にちにちこれこうにち)


「今日の山狩りは思いもよらぬ収穫でございましたな」



「爺もそう思うか。

 ところで小助、あの若者はいったい何者であろう?」

「判りませぬな。

 活躍したのは大猿と白狼、それに脳天気の大入道。

 あの若者は杉の木からふわりと降りてきただけですからな」

 小助はまだ清海をいびっている。


 ところが、当の清海は別次元の人だった。

 幸に両手を手当てしてもらい上機嫌ではしゃいでいる。

 事件を起こし、主人に頭まで下げさせた張本人である事など全く頭にないかのようだ。

 山猿にしてやられて一刻前には怒り狂っていたのだが・・・。


「清海殿はあっさりされておりますのう。

 何というてもその明るさは大したもんじゃ」

 虎五郎も呆れている。

「清海さま、この傷は思いのほか深手でございます。

 お薬は付けましたが痛うございませぬか?」

「なんの、なんの。

 幸様に手当てをしてもろうたゆえ、もう治りましたわい。

 こんなに大事にされるとは今日はなんと幸運な日よのう。

 天気も良いし」

「わしの作った妙薬も清海には効かぬやもしれぬ。

 毒ならば少しは効果があるかもしれぬぞ」


 (ゆみ)籠手(ごて)を外している信繁が、

「ところで小助、清海をからかうのもその辺にしてわしの聞いた事に真面目に答えてくれぬか?」

「失礼仕った。

 あの若者の身のこなしは甲賀でございます。

 わしは伊賀でござるが、伊賀と甲賀は似ておりますが微妙に違いますのでな」

()()なるものか?」

「そうではござらぬ。

 現れ方は違うが芯は同じでござる」

「ふむ」

「ところで甲賀衆は惣領の戸沢白雲斎殿がご高齢ゆえに奥義をどこかで伝授しておるとか。

 それがまさか若殿のお膝元の鳥居峠であったとは…」

「ふうむ」

「断言はできませぬぞ」

「そうか、やはり…」

「ただ、あの技や気迫は上忍ではございませぬ。

 更に上ですな。

 しっかりとした根太い声は相当な気の鍛錬を積んでおりましょう。

 同じ太い声でも清海の割れ鐘のような品のないのとは、月とすっぽん。

 吾等七人衆が束になってもおそらく歯が立ちますまい」

「あの若さでか?」

「別次元のお方ですな」

「別次元とな?」

「いや七人衆にも一人だけ歯が立つ者がおりました。

 馬鹿にかけてでござるが」

「あの大猿や白狼も尋常ではなかった。

 言われてみるとこの世の者ではなかったような気さえする。

 不思議よのう」


 小助はそれとなく信繁を観察している。


 信繁は頭の中が今一つすっきりとしない様子だ。

「あの佐助という若者の顔に見覚えがあるような気がするのだ。

 無論、会ったのは今日が初めてではあるが…?」

「ほほう。ということは…?」



 小助と幸と二人でにこやかに薬草を種類別に並べて藁で束ねている。

 しっかりと収穫があったのだろう。

 顔から険がとれている。

 貴重な物を見つけたに違いない。


 小助の毒舌の矛先は清海から信繁に移った。

「それはそれでござる。

 若殿の権謀術数も大殿の域に達せられましたな。

 大坂城で太閤殿下に揉まれた甲斐がありましたようで」

「どういう事かな?」

「甲賀といえば望月家と所縁あるところ。

 数日前から望月六郎の動きがおかしい。

 若殿が命じて何がしかの探りを入れておいででは?」

「・・・・?」

「『 燕使い』の若殿の燕が数年前からこの辺りをしきりに飛び回っておったとか。

 今日も颯爽と飛んでおりましたな?」


 小助の記憶では同じ燕が二羽、真田郷あたりから鳥居峠の深山まで案内していた。

 今は虎五郎の家の軒先を出たり入ったりしている。


 小助はさらに探りを入れる。

「ひょっとすると、この山狩りは始めから若殿の仕組んだ謀り事かも知れませんなあ。

 清海を連れ出せば何かをしでかし事件を起こす。

 いづこに潜んでいるかも知れぬあの若者を探すのは容易ではない。

 だが清海が問題を起こせば探さずとも向こうから出て来る。

 さすれば、会ってご自分の目で確かめる事ができるやもしれませぬしな?」

「・・・」

「あるいは殿の燕は若者の寝ぐらを知っているのでは?

 いやあ、わしもワルと言われるが若殿にはもはやかないませんぞ」

「まいった。許せ、完敗じゃ」

「やはり…」

「まだまだおぬしには敵わぬ。

 苦労人のおぬしの率直な感想を聞きたかったんじゃが、思いのほかの収穫であった。

 ところで、どこで感ずかれたのかのう?」


「相州正宗でござる。

 見ず知らずの小童(こわっぱ)にいきなりあのような名刀は露骨でしたな。

 太閤に『相州正宗は?』と聞かれたら山の小童にくれてやったと言えますまい。

 ということは太閤まで噛んでおる事もあり得ますなあ?」

天網てんもう恢々(かいかい)()にして()らさず。

 浅知恵の謀りごとは直ぐに露見するものじゃな。

 大殿の域に達するには百年早いな」


 信繁は庭に出て大きな伸びをした。

「チチ、チチチ、チ、チ」

 燕が信繁の周りにやってきて、仲むつまじく話をしている。


「まっ、とにかく清海の申した通り今日は幸運な日でござりました。

 山狩りが途中で終わった分、親父殿の温泉でゆるりとさせて貰いましょうぞ」

「そうじゃ、小助殿。

 そうして下され。

 粗末なものしかございませぬが精一杯の事はさせて頂きますぞ。

 今日の獲物もありますでの。

 雉鍋は如何かな?」

 清海が鼻をひくつかせている。

「おお、それは良い。

 わしの大好物でござる。

 わしの分として五人前は余分に頼みますぞ。

 働きは五十人力、飯は五人前でござる。

 今日はまっこと幸運尽くしでござる。

 やはり、わしと幸さまは相性が良い。

 ガアハッハッハ」

日日是好日(にちにちこれこうにち)でございますな。

 清海様も常人ではありませんぞ」

「さすがは親爺殿。

 今日は雉鍋ゆえ、七人前ほど所望しても良いかな」



 …信繁がまた頭を掻いている。

「爺、済まぬの」









八丈(24m)

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