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碧と白の珠玉   作者: 真緑 稔
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⑩第一部 第三章 第六天魔王 二節 桃源郷

「颯! 行くぞ!」

 敵は「風林火山」の旗印。

 良之のむちが入る。

 腹は叡山で既に決まっている。

 颯も良之の覚悟を上回るような鼻息だ。

 孫十郎とて颯の脚には追いつけない。


 

 …元亀三年十二月二十二日。(1573年1月25日)

 甲斐から京へ上る武田軍二万八千と、迎え撃つ徳川・織田連合軍一万一千が遠江(とおとうみ)三方(みかた)(はら)でついに激突した。


 信長包囲網の一角である甲斐の武田信玄が北条と同盟を結ぶなりすぐさま上洛をはじめた。

 徳川の城は次々と落とされ国衆や地侍達も信玄に寝返ってゆく。


 …十二月十九日、二俣城ふたまたじょうが落ちた。

 信玄は遠江北部までを武田領にした。

 家康を嘲笑うかのように本拠地の浜松城には目もくれない。

 南下をやめて方向を西に変える。


 浜松城は家康が信玄への備えのために三方ヶ原台地の東南端に築いた堅城である。

 僅か二年前の事だ。

 援軍三千を率いる佐久間信盛さくまのぶもり平手ひらて汎秀(ひろひで)水野みずの信元(のぶもと)の織田方三重臣は執拗に籠城を主張した。

 信長は本隊を派遣する余裕もなければその気もない。

 信玄の荷駄隊の規模から見て「一気の上洛無し」と読んでいる。

 三河武士はそうではない。

「 武田軍の後背を衝く。

 我ら三河勢と、そこまで来ている織田本隊が西と東から挟撃きょうげきすれば勝機がある」


 家康はいきり立つ強行派に乗せられて出陣した。

 待ち受けていたのは武田の「魚鱗(ぎょりん)の陣」だった。

 押し寄せる徳川・織田連合軍は多勢に無勢だ。

 にもかかわらず、巧みに操られ「鶴翼(かくよく)の陣」を敷いてしまった。

 武田軍は石飛礫(いしつぶて)で挑発する。

 小馬鹿にされている。

「いかん!!」

 信玄の罠に気づいた時には既に味方の暴発を抑えきれない。

 蟻地獄に堕ちるように、家康は采を振った。


 日本最強と言われる武田軍の本陣目掛けて一騎駆けをする武者がいる。


 颯は駿脚だ。

 三馬身ほど後ろを孫十郎他、徳川・織田の諸将が追う。

 織田随一と言われる良之の剣は鋭い。

 強兵で知られる三河武士も必死だ。

 武田の騎馬隊の壁は厚い。

 半刻もしないうちに乱戦となる。

 良之は此処(ここ)を死に場所とばかり、獅子奮迅ししふんじんの働きをしている。

 その隣には、これまた命を賭して良之を護ろうとする孫十郎の姿があった。

 良之は飛来した矢を右腕で払う。

 その時右脇の鎧の隙間に鋭い痛みを感じた。

 (おかしい!?

 右の備えには孫十郎がいたはず…)

 徐々に意識が遠のきガクッと崩れた。


「殿っ、殿っ!」

 孫十郎は叫びながら颯の手綱を取ろうとする。

 どこから湧いてきたのか、赤備えの武田の新手(あらて)が五騎、十騎と現れる。

「佐脇良之、打ち取ったり!」

 大声で勝鬨(かちどき)を上げる。

 良之の遺体を囲むようにして、颯ごと武田の陣深く消えていく。

 あっという間の出来事だった。

「殿っ、殿っ、待て!」

 孫十郎は狂わんばかりに叫びながら追いかける。

 だが、配下の者に馬を倒され、地面にもんどりうって落ちた。


 戦いは僅か二刻で終わった。

 家康の惨敗である。


 家康は敗色濃厚の中で死の突入をしようとした。

 夏目吉信なつめよしのぶが家康を引き止めると、身代わりになって死んだ。

 浜松城に命からがら逃げ帰った時には家康は脱糞していた。

 命があったのは、殿軍(しんがり)を努めた本多平八郎忠勝(ほんだへいはちろうただかつ)の活躍のおかげだ。

 武田軍の死傷者二百、徳川軍の死傷者二千。

 織田軍も平手汎秀を始め多くが討死した。


「佐脇良之討死」は利家にも信長にも報じられた。


 百戦錬磨ひゃくせんれんまの信玄は深追いなどはしない。

 そのまま西上を続ける。

 家康など眼中にない。

 敵は信長のみ、目的は京だ。



 …ところが歴史は予期せぬ方向に動く。


 家康は義と勇の将として名を上げた。

 負け戦さにもかかわらず、国衆くにしゅうや地侍の離反も食い止めることができた。


 一方、信玄の陣営では大問題が生じていた。

 信玄の太腿に流れ矢が当たった。

 それは毒矢だった。



 良之の耳に孫十郎の言葉が入った。

「お気付きになられたか、殿!」

「うむ。ここは…?」

「信州鳥居峠の我らが忍び小屋のひとつ」

「・・・・・はかられたか」

「死ぬお覚悟の殿をみすみす放ってはおけませぬ。

 殿のご気性は真っ直ぐ過ぎて、この時代にはちと……」

「兄上の差し金か」

「はっ!」

「すまぬ。まだ舌が痺れる。

 頭の中も混乱しておる。

 今少し時間をくれ…。

 にしても。おぬしら甲賀衆は…」


「殿のおかげで武田の陣中に入りました際、信玄公のお命も頂きました」

「・・・」

「無論、信玄公は今はご存命ですが長くは持ちますまい。

 鳥兜(とりかぶと)と唐天竺(からてんじく)の毒を調合した矢が二本当たりましたゆえに」

「それも兄上か?」

「いかにも」

「なんと穢い手を。

 手を毒で染めおって。

(かぶ)き者の犬』の名も廃るは…」

「ゆるりとお休みくだされ。

 殿の毒はお命に関わるものではありませぬ。

 外は雪。

 足跡ひとつ残しておりませぬゆえ」


 良之が再度目覚めたのは一日経ってからだった。

 毒のせいで暫くは右半身に不自由をした。

 鳥居峠の雪が消える頃には体力もかなり回復した。

 そのまま甲賀衆の忍び小屋に住み着いた。



 世捨て人として名も「佐平」とした。

 目立たぬよう三畝程を開墾し百姓となった。

 孫十郎は堺の豪商、今井宗久いまいそうきゅうの下人、蔦屋宗次つたやそうじとして活動を始めた。

 それでも年に二、三度は米や酒・古着を持って訪れた。

 佐平は謝礼になるように、山菜や薬草などを採って陰干しにして蓄えた。

 形ばかりでも品物と交換する形を取り、世間の目から隠れた。

 佐平は桃の苗木を七株植えた。



 …四年の時が過ぎた。

 鳥居峠に遅い春が来ると、庵には少しだが桃の花が咲き染めていた。

 花を愛でつつ侘び住いを楽しんだ。

 その小さな桃源郷に世捨て人の心を弾ませる事件が起こった。

 娘の志乃しのを宗次が連れてきたのだ。


「なんとわしに娘がいたのか。

 そうか、琴はあの折、身籠(みごも)っておったのか?」

「『ほとぼりも冷めた頃じゃ。もう良かろう』との兄君のご下命で。

 琴様は、お市の方のご三女、於江おごう様の乳母めのととしてお仕えでござる。

 お市様のたっての御所望で。

 志乃様には今の今まで、佐平様ご存命の事は申し上げておりませぬ」

 佐平はさっと志乃を抱き上げた。

「知らなんだ。

 すまなかったのう、志乃。

 わしが父じゃ。わしが父じゃ。

 よし、よし」

  佐平の目尻からは涙が流れている。


  志乃は何が何だかわからなかった。

  自然に涙が溢れて、ただ父の温もりの中に抱かれていた。

「今まで寂しい思いをさせた分を何倍も取り返そうぞ……」

 この時の事を志乃は今でも鮮やかに覚えている。

 父の着物からは土の匂いがした。

 肩越しに涙に濡れてぼんやりと桃の花が映っている。



 …お日様が桃の花を見護みまもっていた。





 

半刻(1時間)

二刻(2時間)

三畝(300㎡)

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