スイカ割りの少女
これはとある国のお話である。
この国では毎年夏になると、「ココモビーチ」と呼ばれる海岸にて恒例となる儀式がある。
その名も『伝説のスイカ割り』である。
そのスイカを割ったものは、いずれ復活するであろう魔王を倒すことができると言われる伝説のスイカ。
伝説のスイカは常にあるわけではなく、その姿を現すのは真夏の1日という限られた時間であり、その時期には国中から勇者を目指す我こそはというあらゆる者がスイカを割るために訪れるのだ。
だが、未だにそのスイカを割ることができた者は1人としておらず、そして魔王もいまだ復活することなくただただ時が経っていくのであった。
そして今年、ココモビーチにまた夏がやってきた。
「へいらっしゃーい! ココモビーチ名物『伝説のスイカアイス』はいらんかねー?」
「『伝説のスイカ』ビーチボール貸し出してまーす!」
本来ならば『伝説のスイカ』を割るのは神聖な儀式的であり、神官や国の重鎮も集まるのだが、その辺りはもはや知ったことではない、商売は売れるときにやるという商人たちの勢いに飲まれていた。
こうして商売根性逞しい露店街が、勇者候補(仮)やら観光客目当てに出来上がり、もはや本来は儀式のはずがお祭りもといイベントと化したビーチに商人たちの客引きの声と賑やかな人々の声で盛り上がっていた。
そして真夏の暑さが絶頂となったとき、ソレは光り輝きながら突如として姿を現した。
大きさは大人の頭部と同じくらいの、緑と黒に彩られたソレは…まごうことなきスイカである。
スイカの出現に、喧騒は一瞬収まり、次の瞬間には大歓声に包まれたココモビーチ。
今この時、『伝説のスイカ』割りの儀式が始まろうとしていた。
現れた『伝説のスイカ』に神官が一礼をし、宣言する。
「今の時より、時代の勇者を決める『伝説のスイカ』割りの開催を宣言する!! スイカに選ばれし者と信ずるものは儀式に参加せよ。真に選ばれたものは『伝説のスイカ』の祝福を受けるだろう」
そして神官は、代々儀式に使われてきた細長い布と木刀を手に、我こそはと進み出た者を順に並ばせ始めた。
布で目を隠し木刀を持たせて10ほどその場で回転すれば、通過儀礼は終了となりいよいよ本番である。
「ハアァァァァ!!」
「ウオリャアァァ!!」
「ソコだっ!」
何人もの勇者候補(仮)たちが挑む中、『伝説のスイカ』にたどり着いたものは1人も出ることはなかった。
誰もが、今年もダメかと諦めたときだった。
1人の少女が前へと歩み出た。
12、3歳ほどと思しき少女は、暑さからか微かに息を荒くしながらも真っすぐに『伝説のスイカ』を見つめた。
この儀式において年齢も性別も関係はない。定例通りに神官は通過儀礼を受けさせると、少女は静かに木刀を構えた。
一歩、また一歩と歩き出す少女。
その足取りはしっかりとしており、導かれるように一歩ずつ『伝説のスイカ』へと歩み寄って行った。
シン、と静まり返り誰もが息を飲む中、彼女は迷うことなくスイカの前に立ち、木刀を振り上げ———
ドゴォォォォォォォン
凄まじい音とともに、伝説のスイカは爆発四散した。
激音が鎮まるころ、少女はゆっくりと目隠しを外し、スイカのあった場所を見てその後ゆっくりと木刀に目をやった。
少女が手にしていた木刀は、淡い輝きを放っていた。そして、『伝説のスイカ』はその姿を完全に消していた。
くたり、と少女はその場に座り込んだ。
少女のその反応で、周りの空気がようやく動き出した。
歓喜からの歓声、動揺など様々な反応を人々を見せる中、神官だけは冷静に少女に近づき、始まりの時のように宣言した。
「この娘こそ、『伝説のスイカ』に選ばれた勇者である!! その証拠に、スイカは木刀に祝福を与えた!」
勇者の誕生、それはイコール魔王の復活も意味していた。喜びと畏れ、その二つが人々の心をかき乱す。
だが少女はごくごく自然に立ち上がり、神官を見上げた。
「私は、スイカを割れたのですね…?」
「無論だ、その手の木刀の輝きがその証である。其方がその木刀をもって魔王を討伐してくれることを、全ての民が期待するであろう」
神官の言葉に、少女はただ静かに木刀を見つめるのであった。
それから数日後、少女は国王直々に魔王討伐の命を受け旅立つことになる。
少女の見送りには数えきれないほどの人々が集まった。
見送りを受けた少女は自らが望む行く末を辿るためにただ進むことを決意して旅立つ。
「スイカ、食べたい…」
ポツリと呟いた、その言葉通りの一心のみを刻んで。少女の本音は、スイカを食べることのみであることを、誰も気づきはしなかった。
だが少女はまだ知らない。
この旅先、様々なスイカが立ちふさがることを。そして、ことごとく食べることが出来ないことを。
スイカが食べたかっただけというオチ。
ちなみに筆者はメロン派です。