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落花流水、掬うは散華―歴史に名を残さなかった新選組隊士は、未来から来た少女だった―  作者: ゆーちゃ
【 花の章 】―壱―

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095 襲われる③

 夕方になると、沖田さんが武田さんをつれて部屋にやって来た。

 何の話かわかっているはずなのに、武田さんは全く動じる様子もなく堂々としていて、むしろ、私に向ける視線こそ憐れんでいるように見える。


 開いた障子から吹き込む夕暮れの涼しい風が、私の頬にかかる髪を微かに揺らしていけば、最初に口を開いたのは、腕を組んだままじっと武田さんを見据える土方さんだった。


「武田。お前の趣味を否定するつもりはねぇ。だが、今回ばかりはやり過ぎだ」

「何を聞かされたか知らないが、最初に誘ったのは彼の方だ」


 また言ってるよ……。黙っていられなくて反論しようとするも、土方さんの方が早かった。その視線もその声音も、私に向けられたものではないのに鋭くて怖い。


「この俺に嘘が通じると思うなよ? 確かに俺は、お前にあの辺りの旅籠の調査の許可を出した。だが、あの時刻の巡察は総司のはずだ」

「ああ。それは……申し訳ない。武田と沖田、勘違いをしてしまったようだ」


 確かに似ているけれど!

 もの凄く嘘くさいのに、武田さんの態度はあまりにも堂々としていて、本当にそうなのかもしれないと思えてくる。

 

「ふん、まぁいい。そういや、そもそもあの辺りが怪しいという情報を持って来たのもお前だったな?」

「副長は、この私を疑っているので?」

「いいや? ただな、今回は総司が見てんだ。お前のやったことは士道に反する。士道に反した者は……わかってるよな?」

「なっ……私はっ――」

「幹部連中の前で申し開きするか? 特別に、副長のこの俺がつき添ってやる。上役の言葉の方が信用に足るんだろう?」

「っく……」


 まさか、武田さんを切腹させるつもりなの!?

 武田さんのしたことは許せないし、全く反省していないその態度はさらに腹も立つけれど。

 だからって、いくらなんでも切腹までして欲しいとは思わない。これ以上黙ってはいられず慌てて土方さんの名前を口にするけれど、こちらを向くことなく、武田さんを捉えたまま逆に私の名前を呼んできた。


「琴月。隊規に反した奴は?」

「え? そっ、それは……」

「総司」

「切腹ですね~」


 なっ! 沖田さんまで!

 どうしてそんな簡単に切腹だなんて口にできるの!?

 当の武田さんでさえ、観念したように大きなため息をつきぼそりと呟いた。


「副長の寵愛を受けた者に手を出したのが、運の尽きか……」

「そういうことだ。遠くから見てるだけで満足してりゃよかったのにな」


 ふ、副長の寵愛!? 何だか話がおかしな方に向かっているっ!

 土方さんも土方さんだ。どうみても武田さんを煽っているとしか思えない。

 全然意味がわからないけれど、今はそんなことよりも、本当にこのまま切腹を言い渡すつもりなのかと気が気じゃないのだけれど!


 切腹を言い渡そうとしている土方さんも、言い渡されそうになっている武田さんも。それを見ている沖田さんも……命の話をしているというのに、どうして誰一人取り乱さず平静でいられるのか!

 何だかいてもたってもいられなくなって、気がつけば私が頭を下げていた。


「切腹は……なしでお願いしますっ!」

「春くん? どうして被害者の春くんが頭を下げてるんです?」

「それは、その……。何だかよくわからないですけど、何も切腹までしなくてもいいんじゃないかなって!」

「あ~、確かに。切腹なんかじゃ生ぬるいのかもしれませんね~」


 生、ぬるい……? 沖田さんの顔が怖いくらいに微笑んでいて、それを見た土方さんも、納得したように続きを引き取った。


「士道に背いたんだから、武士として責任を取ろうなんざ甘ぇかもな。なら、何が妥当だ?」

「斬首じゃないですか~?」


 斬、首……? 何この流れ……ついて行けない……。

 武田さんはすでに憔悴しきっていて、反論一つしない。どうしてこんなことになってしまったの!?


「こんなのおかしいですっ!」

「武田さん自身で蒔いた種ですよ。責任を取るのは当然のことです」

「だとしてもやり過ぎですっ!」


 もう誰に対して怒っているのかもわからない状態の私に、土方さんがただ一言、いいのか、と訊いてきた。

 いいわけないでしょうがっ! そう叫びそうになったけれど、土方さんの顔は申し訳なさそうに微笑んでいて、直感的に処罰の内容ではないのだと思った。

 まるで、許していいのか、と問われているような気がしたから、その目を見ながらただ静かに頷いた。

 直後、土方さんの呆れたような大きなため息が響く。


「おい武田、覚えてるか? いつぞやの借りだがここで返させてもらう」

「……は?」

「今回だけは不問にしてやるって言ってんだよ。ただし、次はねぇからな」




 武田さんが部屋から出て行ったあと、沖田さんがニコニコしながら口を開いた。


「春くんはお人好しですね~。でも、必死な春くんも面白かったですよ」

「お、面白いって……人の命がかかってたんですよ!?」

「春くんは、本当に素直でいい子ですね~」


 そう言いながら、なぜかよしよしと頭を撫でてくる。


「沖田さん!」

「最初から、切腹も斬首も言い渡す気なんかなかったってことですよ。()()()()が聞いて呆れちゃいますけどね~」


 ど、どういうこと? もしかして、私一人が勝手にやきもきしていたってこと?


「総司。なら、団子につられたてめぇも一緒に罰してやろうか?」

「え~、団子に罪はないので遠慮しときます」

「武田には、とっとと返しときてぇ借りがあったんだよ」

「ふーん。まぁ僕には関係ないのでどうでもいいですけど。武田さんもかなり懲りてた様子だし、余程の馬鹿じゃなきゃ、二度と春くんに手を出すこともないでしょうしね。何たって春くんは、副長の寵愛を受けてますからね~」


 沖田さんが私に向かって茶化すように微笑んだ。


「違いますっ!」

「ちげぇよっ!」


 すかさず否定する声は、ものの見事に同時だった。

 僅かな沈黙のあと、堪えきれないとばかりに吹き出した沖田さんを、土方さんが睨みつける。


「あれくらい言っときゃ、武田も諦めんだろうが!」

「はいはい、わかってますよ~。でも、武田さんの中で土方さんの男色疑惑は、決定的になったと思いますけどね~?」

「うるせぇ、ほっとけっ!」

「はいはーい。それじゃ、僕も失礼しますね~」


 怒鳴る土方さんから逃れるように、沖田さんはそそくさと部屋を出ていった。

 今回のことは未遂で終わったし、誰も死なずに済んだ。武田さんにも沖田さんにも女だとはバレていないみたいだし、実質被害を被ったのは、男色疑惑の深まった土方さんだけ……ということになる。


 申し訳ないと思いつつも、笑いを堪えながら土方さんを見たら思いきり睨まれた。

 こ、怖いからっ!

 けれど、ごめんなさいとありがとうございます! そんな気持ちで微笑んだら、優しくふっと鼻で笑われるのだった。

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落花流水、掬うは散華 ―閑話集―(10月31日更新)

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