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落花流水、掬うは散華―歴史に名を残さなかった新選組隊士は、未来から来た少女だった―  作者: ゆーちゃ
【 花の章 】―壱―

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091 谷兄弟と鰻屋へ

 この日、昨夜から降り続いていた雨も夕方になると止み、京屋の窓から見上げた空には雨上がり特有の色鮮やかな夕焼けが広がっていた。

 あまりの綺麗さに見とれていると、背後から土方さんの声がした。


「これから源さんたちと飯食いに行くが、お前も行くか?」

「行きますっ!」


 急いで支度を済ませると、待っていてくれた土方さんと一緒に部屋を出る。土方さんのあとを追うように廊下を歩いていれば、前の方から沖田さんの声が聞こえた。


「あれ、土方さんだ。どこか行くんですか?」

「ん、ああ。……ちょっとな。総司、留守は任せたぞ」


 そう言ってそそくさと立ち去ろうとすれば、私に気づいた沖田さんが、すれ違い様に腕を掴んで訊いてくる。


「春くん、どこ行くんですか~?」

「えっと、ごはっ――んぐっ!?」


 突然伸びてきた土方さんの手によって口を塞がれたうえ、そのまま引きずられるようにして沖田さんから引き離された。


「おい、油売ってねぇで早く行くぞ」

「んーんーっ!」


 何!? もしかして、沖田さんには内緒なの!?

 だからって、こんなあからさまな隠し方に沖田さんが納得するはずもなく、無駄に好奇心と悪戯心を刺激しただけのようで、ニコニコしながらあとをついてくる。


「総司! お前は誘ってねぇ。待ってろ」

「え~。僕だけ除け者なんて酷いじゃないですか。ねぇ、春くん?」

「んー! んー!」


 こんな状態の沖田さんを置いていくなんて至難の技だ。土方さんお得意の副長命令をもってしても、きっと無理。

 だから、諦めて早く離してー!


 玄関まで来てやっと解放されると、土方さんが小さな舌打ちをした気がした。

 そのまま外へ出るとすでに井上さんと谷兄弟がいて、待たせてしまったことを詫びる私たちを、井上さんがいつもの優しい笑顔で迎えてくれた。


「俺たちもついさっき出たばかりだから気にするな……って、総司?」


 私たちの後ろからひょっこり現れた沖田さんを見て、僅かに驚いている。同時に、谷兄弟の顔色も少し変わったように見えて、やっぱり沖田さんには内緒の食事会なのだと確信した。

 若干重苦しい空気が立ち込めるなか、沖田さんも谷兄弟の姿を確認すると、何かを察したように土方さんを肘でつつきながら、この場に似つかわしくない気の抜けるような声を上げた。


「ああ~そういうことでしたか~。ほらほら、ご飯食べに行くんでしょう? 僕、お腹すいてるんです。早く行きませんか~?」

「ったく。総司がいいならいいさ」


 行くか、と土方さんが言えば、谷兄弟の兄の方が先頭を歩き出し、弟の方もその隣に並ぶ。

 土方さんと井上さんが歩く後ろに沖田さんと続けば、井上さんが、谷兄弟の兄の方が美味しい鰻屋さんに案内してくれるのだと教えてくれた。


 谷兄弟は男三人兄弟で、揃って入隊したのは昨年の冬頃、武田さんの入隊よりも少し前くらいだった。

 武家の出身みたいで、兄弟で大坂へ出て来て道場を開き、そこで剣術や槍術を教えていたらしい。その昔、原田さんや監察方の島田さんも、その道場に出入りしていたのだとか。

 その腕前を買われたのか、長男の三十郎さんは、武田さんが副長助勤になったのと同じ頃に副長助勤になった。


 次男の万太郎さんは、入隊してしばらくすると大坂の道場へ戻り、道場経営を継続しつつ、大坂での情報収集を主としている。

 新選組の拠点は京だし、大坂は管轄外なのでは? と思うけれど、水運の発達した大坂は商いの町だけあって物の出入りが激しく、同時に人の出入りも多い。得られる情報は多いに越したことはない、ということらしい。

 けれど、つい先日発覚した多数の長州人潜伏の捜索が急務なので、今回の大樹公の護衛が終わり次第、本隊と一緒に京へ戻ることになっている。


 三男の周平くんは私よりも若い。兄たちは三十才前後だけれど、周平くんは今年のお正月で十七になったばかり。数えでそれだから、実際は十五、六といったところ。

 二十代が中心の新選組においてその若さはそれなりに目立つのだけれど、彼の場合、見た目の若さというより隊務においての若さ、言い換えれば未熟さ……が際立っているのかもしれない。


 沖田さんや藤堂さんは、声を揃えて彼を臆病だと言うけれど、巡察などで一緒になると確かにそういう節もあるのかな……と、正直この私ですら思う場面があったりもする。

 長男の三十郎さんがなかなか口達者な人なので、そんな末弟をいつも上手いこと庇っている、といった感じだ。


 そして今、鰻屋へ一緒に向かっているのも長男の三十郎さんと三男の周平くんだ。

 誰が企画したのか知らないけれど、沖田さんには内緒だったのであろう食事会に、結局、こうしてついてきてしまっているのはいいのだろうか。沖田さん自身は、何かを察して納得したうえで来ているみたいだけれど。

 そんなことを考えながらしばらく無言で歩いていると、いつの間にか周平くんが隣に来ていた。


「春、まむし食べたことあるか?」


 まむし……いつぞやの沖田さんにさんざんからかわれた記憶がよみがえる。あの時はまんまと騙されたけれど、とっても美味しかったっけ。


「ありますよ。うな丼のことですよね?」

「何だ、知ってたか。つまんね」


 つまんねって……沖田さん同様からかうつもりだったのか!?

 チッと舌打ちまでして前に戻った周平くんを、兄の三十郎さんがすかさず嗜めた。


「周平、もう少し口の聞き方には気をつけなさい。琴月君はお前より入隊も年も先輩なんだぞ」

「先輩、ねぇ……。なら、俺のことは“若”とでも呼んでもらおうかなー?」

「周平っ!!」


 三十郎さんが咎めるように名前を呼ぶのとほぼ同時に、土方さんが呆れたように口を開いた。


「周平、新選組局長は殿様でも何でもねぇぞ。組織である以上役職は存在する。が、俺らは同志に過ぎねぇんだからな」

「……っ、もちろん、わかってますよ。冗談ですよ、冗談」


 土方さんに気圧されたのか、周平くんが急に小さくなった。そんな周平くんに対して土方さんは、おかしそうにふんと鼻で笑ってさらに言葉を続ける。


「人を見掛けだけで判断してると痛い目見るぞ。少なくとも、こいつはこう見えて度胸だけはお前より遥かに持ち合わせてるからな。……なぁ?」

「へっ? 私ですか!?」


 突然、そんな同意を求められてもびっくりするうえに、反応にも困る。あげく、井上さんまで笑顔で私の頭をポンと撫でた。


「春は人一倍努力しているしなぁ。周平は兄二人に鍛え上げられたおかげで、道場での腕は確かだが、それだけでは春に抜かれる日もそう遠くはないぞ」

「何言ってるんですか!? 私なんてまだまだです!」


 そんなに誉めても何も出ないからね!

 妙に落ちつかなくて慌てて反論するも、隣の沖田さんまでもがニコニコしながらよしよしと私の頭を撫で始めた。


「この僕の稽古にまともついてこようとするのだって、本当に春くんくらいですしね~」

「そんなことないですよ! 周りが凄い人たちばかりだから、追いつこうととにかく必死なだけです!」

「それに、春くんは本気でこの僕を倒そうって思っているでしょう?」


 あ……バレていた? って、みんなの前でそれを言わなくても!

 穴があったら入りたい思いで、咄嗟に笑って誤魔化した。


「ほ、ほら。沖田さんは本当に容赦がないから、余計に一度くらいは勝ってみたいな~……なんて、すみません。身の程知らずもいいところでした……」

「その気概が大事なんですよ。だからこそ、春くんはこれからも強くなれる。でも、どれだけ腕を上げようと、この僕は倒せませんけどね~?」


 そりゃ、この剣豪沖田総司を倒せる人なんてそうそういないだろう。


「まぁ、総司の指導方法もどうかと思うが、あれに食らいついていくお前も大したもんだよ。それに、実戦じゃすでに周平より上だろう?」

「はい!? 土方さんまで何なんですかっ!」


 いったいこの状況は何!?

 “度胸なら周平くんよりもある”と言いたいのだろうけれど、こう見えても中身は女だからね!

 愛嬌ならまだしも、度胸があるとか言われてもあんまり嬉しくないから!

 全く、まむしの話がどうしてこうなったのか。


 何だか微妙な雰囲気のまま三十郎さんが案内する鰻屋へつくと、さっそく人数分のまむしを注文する。

 しばらくして、運ばれてきたまむしを食べる土方さんが、三十郎さんに家のことなどを根掘り葉掘りと無遠慮に訊き始めた。

 三十郎さんはと言えば、全く臆する様子もなく淡々と答えている。


 そんな二人を横目に井上さんや沖田さん、周平くんとともに食事をするけれど、ふと、沖田さんがいつもより多目のお酒を飲んでいることに気がついた。

 そして、いつぞやのまむしの話を持ち出しては、思い出し笑いをしてるのだった。

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落花流水、掬うは散華 ―閑話集―(10月31日更新)

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