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落花流水、掬うは散華―歴史に名を残さなかった新選組隊士は、未来から来た少女だった―  作者: ゆーちゃ
【 花の章 】―壱―

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088 買い物と火事

 四月二十二日。

 現代に直せばおそらく六月間近で、そろそろ梅雨の時期。

 毎日当たり前のようにチェックしていた天気予報もここにはないので、梅雨前線が今どの辺りにいるのかなんてわからない。次の非番も晴れとは限らないし、天気のいい今日のうちに買い物を済ませるべく、午後から町へ出ていた。

 誕生日をお祝いする習慣はないみたいだけれど、私は土方さんに誕生日を祝ってもらったうえに、土方さんの誕生日も知っているしね。


「何がいいかなぁ……」


 父と兄以外の男性にプレゼントをあげたことがなく、それらしいお店を軒並み回ってはみるけれど、どんなものをあげたらいいのか全く検討がつかない。

 それでもふと、父の誕生日に万年筆をあげたことを思いだせば、時々お父さんぽいしいいか……何て思ったわけではないけれど、もう時間もないしいいか……とは思ったかもしれない。


 けれど万年筆は売っていなかった気がするし、この時代の筆記具といえば筆だ。それに、部屋にいる時はよく文机に向かっている土方さんになら、いくらあっても困る物でもないだろう。

 よし、筆にしよう!


 だいぶ日も傾いているので、さっそく筆を購入した。さっきまで悩んでいたのが嘘みたいに即決。

 あとはこれをどこかに隠しておいて、五月五日の当日に渡せば完璧!


 一番の目的は達成したので、もう一つの目当てでもある甘味を食べてから帰ろうと、近くの甘味屋の縁台に腰掛けお団子を注文した。

 お茶を啜りながらしばらくお団子を堪能していると、笠を目深に被った人が隣に座るなり、やぁ、と笑顔で覗き込んできた。


 ……って、桂小五郎!? 何でまたこんなところに!


「な、何か用ですか?」

「偶然、美味しそうにお団子を頬張る君の姿を見かけてね」

「あのですね、私はあなたを捕まえなければいけない立場なんです。このまま屯所まで一緒に来てもらえますか?」


 そう告げると同時に、桂さんの手首を掴んだ。

 とはいえ、本気を出されたら簡単に振り払われてしまうし、せめて縄くらいかけておきたいところ。

 ……まぁ、非番の日にそんな物は持ち歩いていないのだけれど。


 どうしたもんか……と考え込む側で、桂さんはふっと笑みをこぼすと手首を返すようにして私の手を外し、逆にこちらの手首を捕んできた。


「形勢逆転。このまま長州へ来てもらってもいい?」

「い、行きません!」


 力任せに振りほどこうとするも、びくともしない。白昼堂々拐われた記憶が過り焦るけれど、夕暮れとはいえまだまだ人の多いこんな往来で、どこかのバカ杉晋作のような真似はしない……はず。


「そ、そういえばバ……高杉さんもまだ京にいるんですか?」

「知りたい?」

「……いえ、別に」


 どうせまたいつもの、“僕のところに来てくれるなら”って言われるのがオチだ。捕まれたままの手を振りほどくと、今度はあっさりと外れた。


「晋作はもう京にはいない。牢獄にいるよ」

「へ?」


 どうやら、あれから桂さんの説得に応じて長州へ帰ったけれど、脱藩の罪で今は獄中生活を送っているらしい。

 よく知らない人に変わりはないけれど、何となくバカ杉晋作らしいと思ってしまった。


「桂さんは帰らないんですか?」


 長州の人間は、京にいることを許されていない。いっそ今からでも帰ってくれれば、捕まえなきゃってやきもきしないで済むのだけれど。

 というより、これでまた捕まえずに帰ったら土方さんに怒られるんじゃ!?

 思わずため息をつきそうになれば、突然、桂さんは表情を消して再び私の腕を掴む。


「ねぇ、春。やっぱり君を長州へ連れて行く」

「だから、行かないと何度言えば――」

「じゃあ、長州じゃなければついて来てくれる?」

「はい? どこだろうと、新選組を離れるつもりはありません!」


 ハッキリと告げれば解放はしてくれたけれど、その顔はどこか苦し気にも見える。

 これ以上、この人の側にいるのは危険な気がする。捕縛したいのは山々だけれど、このまま本当に拐われでもしたら洒落にならない。

 最後のお団子を急いで頬張れば、すっと桂さんが立ち上がった。そして、真っすぐ遠くを見つめたまま、独り言のように呟いた。


「春、僕は強引な方法は好きじゃない。だけど……僕ではもう、止められないかもしれない……」

「……止める? 止めるって何をですか? まさか、何かよからぬことでも企んでるんですか?」


 思わず問い詰めれば、いつもの笑顔と目が合った。


「僕のところに来てくれるなら教えてあげる」

「なっ……」

「あんまり長居してると、本当に捕まっちゃいそうだからもう行くね」


 言うが早いか、またね、と言い残して駆け出すなりすぐに人混みに紛れた。慌ててあとを追うけれど、思った以上に足も早くすでに見当たらない。

 一人でこれ以上の深追いは危険な気がして、諦めて屯所への帰路につくけれど、何やらすれ違う人たちの様子が騒がしいことに気がついた。

 訊けば火事が起きているらしく、教えてもらった方向の空は不自然に明るい。何か手伝えることがあるかもしれないと、野次馬の流れに乗って向かうことにした。




 現場につけば、出火元らしき家屋からすでに並びのニ、三軒の家屋が燃えていた。

 火消しはまだ到着していないのか、燃える家屋の前で避難を促したり、野次馬の整理をしている人たちがいる。手伝いを申し出ようとそのうちの一人に近づけば、同じく非番でたまたま通りがかったという永倉さんだった。


「春か、丁度いいところに来た! 取り残された人がいないか確認に行くぞ!」

「わかりました!」


 一緒に駆け出せば、風下にある家屋の中に入り、逃げ遅れた人の捜索にあたる。

 この時代の家屋は木造だから燃えやすく、時間との勝負だ。一階と二階に別れて各部屋を捜索する。


 一軒目には誰もいなかった。

 続いて二軒目の一階を捜索していると、奥の部屋に人の気配がした。慌てて襖を開ければ、二人の男性が箪笥などを漁っているところだった。


 まさかの火事場泥棒!?

 二人は私に目もくれず何かをかき集めているけれど、それらは金目の物というより書状や文の類いばかり。どうやら物取りではなさそうだけれど、そんなに大事な文……恋文か?

 って、そんなことしている場合じゃないよ!?


「何してるんですか!? すぐそこまで火の手が迫ってます! 早く避難してください!」

「わかっている!」


 わかっているなら早く避難してっ! その音と熱気から、おそらく火の手はすぐそこまで迫っている。

 いくら急かしても移動してはくれないので、その腕を掴み強制的に外へ出そうとした。

 けれど、力では敵わず押しのけられてしまったところで、後ろから永倉さんの声がした。


「お前ら何してんだ! 早く外へ出ろっ!」

「うるさい! 構うなっ!」

「春、こいつらは俺が連れ出す。新選組の奴らも来たみたいだから、外でそっちの応援を頼む」

「はいっ!」


 私が返事をするのとほぼ同時に、新選組!? と男二人は血相を変えて部屋を飛び出した。

 思わず永倉さんと顔を見合せ頷き合うと、すぐさま逃げた二人のあとを追う。しばらく二人で追いかけるも、十字路で別々に逃走され私たちも二手に別れた。


 物取りには見えなかったけれど、新選組と聞いて逃げたことも含め、不審な行動を見逃すわけにはいかない。やましいことがないのであれば、逃げずにちゃんと申し開きをすればいいだけのこと。


「何で逃げるんですか!?」


 すぐに追いついた男の着物を掴み、後ろへと思い切り引き倒した。僅かに距離を取りつつ男の進路を塞ぐようにして前に立てば、倒れた男は立ち上がりながら睨んでくる。


「お前も新選組か!?」

「そうです。どうして逃げるんですか? 何かやましいことでもあるんですか?」


 男は舌打ちをすると、ためらうことなく抜刀した。


「ここで捕まるわけにはいかねえんだよ。てめえみたいなひょろっこい奴に何ができる? 死にたくなきゃ道を開けろ!」

「嫌です!」

「ならば斬る!」


 そう吐き捨てるや否や、男は正面に構えていた刀を振り上げ一気に間合いを詰めてきた。

 そして……。




 ――――世界が、揺れた――――

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落花流水、掬うは散華 ―閑話集―(10月31日更新)

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